図書と保健の秘密きち

梅のお酒

文字の大きさ
上 下
17 / 25

16 健康診断 (後藤)

しおりを挟む
僕は生まれつき体が弱くすぐに体調を崩した。そのため小学中学では保健室にいることが多かった。
そんな僕にとって保健室は二つ目の家みたいなものだ。だから毎年春になると保健委員になる。
そして思いもよらぬことに僕はもう一人の保健委員、草餅さんに恋をした。
今日はその草餅さんと一緒に視力検査の受付の仕事をする。
「えと、今日はよろしく」
「うん。よろしく」
草餅さんに声をかけられてドキッとする。そして草餅さんといとことでも会話できたことに、お尻から火が噴き出て宇宙まで行けてしまうように舞い上がった。

、、、
視力検査を待つ生徒の列は最後尾が見えないほど長い。その列を少しでも早く短くするため黙々と受付を済ましていく。時折草餅さんのほうを見ると普段は見えない真剣な顔で作業していた。
その横顔を見ては心臓がはね、集中力が途切れ、ミスをする。それを何度か繰り返した。

それからお昼休憩まで会話をすることはなかった。もちろん次から次へと生徒がやってきて仕事が忙しかったということもあるが、話しかけるのが恥ずかしかったからということもある。
昔から話し相手は家族か保健室の先生だったから、あまりそれ以外の人と話すことになれていない。
一目ぼれをした日から、草餅さんを見ると鼓動が高まり緊張からか固まってしまう。こんなに近くいるのに勇気が出ず、向こうから話しかけてくれるのを待っている自分に苛立ちを覚える。
そんなことを考えている間に、最後の一人の受付が終わる。最後にもう一度草餅さんのほうを見ると、目が合った。
やばい、どうしよう。飛び出しそうなほど心臓が跳ねている。何か言おうと口を動かすが頭が真っ白で何も言葉が出てこない。どうしよう。どうしよう。
「後藤君、お疲れ」
「え、、、」
名前?知ってたの?なんで?たった一声かけられただけで多くの疑問が目まぐるしく頭の中を駆け巡る。しばらく返事をできないでいると、草餅さんがこちらをのぞき込んできた。
「あれ、名前間違えてた?」
もう一度声を掛けられようやく意識が目の前に戻ってくる。それと同時にさっきまで頭をぐるぐると回っていた疑問がポット出る。
「いやあってる。ていうかなんで名前、、」
「あー名簿見てたら、そういえば後藤って名前だったなって。なんか今更でごめん」
「いや全然。むしろありがとう。嬉しい」
名前を覚えてもらっただけでこんなにもうれしいなんて。きっとほかの人に名前を呼ばれても何とも思わないだろう。ただ一人、草餅さんだけは別だ。
俺の表情はいまどうなっているだろう。気持ち悪い笑みを浮かべていないといいのだが。
「そう?トイレ掃除の仕事の時はまたよろしくね」
「うん。よろしく草餅さん」
「それじゃまたね」
「それじゃ」
それじゃまた。また草餅さんと一緒に仕事ができる。会話ができる。

草餅さんが見えなくなってから僕は一人飛び跳ねた。
名前を呼んでくれたことがうれしくて。
またねって言ってもらえたことがうれしくて。
たったこれだけの会話が今までのどの会話よりもうれしかった。


自分の分の健康診断を済ませ下校する。心拍数がいつもより多かったが恋の病ってやつだろうか。
帰り道はどこもかしこも色鮮やかで輝いて見えた。
しおりを挟む

処理中です...