60 / 276
第二部
10 エレナはお兄様の思惑にのりたくない
しおりを挟む
「エレナー。全部試着終わった? 僕が選んだんだけど、全部気に入った?」
ドアを開ける音と、ノック音と、お兄様の声が全て同時に聞こえたと思うと、おろしたての夜会服に身を包んだお兄様がツカツカと返事も聞かずに支度部屋へ入ってきた。
「僕もエレナと揃いで新調したんだけど、この夜会服はどう?」
今までお兄様の夜会服はパステルカラーの明るい色が多かったのに、今回は違う。
黒いシルクの天鵞絨生地に贅沢に施された金糸の縁飾りの刺繍が映える長上着と共布のキュロット……それに私のドレスとお揃いの柄を織り込んだ真っ白な生地の胴着でコーディネートされたモノトーンのセットアップだ。
全体的にシックな装いに、レースたっぷりの胸飾りが華を添えている。
お兄様の肌の白さが漆黒に映えて、いつもの優しそうなイケメンからバージョンアップし儚げな美青年に見える。
「んまー! お似合いです事!」
マダムの悲鳴にも似た絶賛に、ハッとする。
だめだ。くるりと回ってポーズをとるお兄様に私もうっかり見惚れてしまった。
イケメンに弱すぎる。
「……お兄様! 返事も待たずに部屋に入るなんて、淑女に対して失礼じゃなくて?」
「兄妹なんだからいいじゃないか」
悪びれずにお兄様は笑ってそばにある椅子に座ると、試着したドレスを片付けているメリーとマダムに手をヒラヒラ振っている。
「ねぇマダム。お兄様とお話したい事があるからわたしはもう自室に戻っていいかしら」
「えぇ。もうお直し予定のドレスは全て試着いただきましたから大丈夫ですわ」
マダムの返事を聞くや否や、座ったばかりのお兄様の腕を取り、続き間になっている自室へと戻った。
「ねぇ、お兄様。シーワード領で何回お茶会があるの?」
わたしはドアを閉めるとお兄様を問い詰める。
メリーがエレナのことを着飾らせたいのはさておき、一回のお茶会でこんなにドレスはいらないはず。
「うーん? えっと……何回かわからないけど……毎日あるはずだよ?」
「毎日⁈ それって、五日間全部ってこと? 聞いてないわ!」
あの時ランス様にしていただいた説明で聞いたのは初日のスケジュールと、王都に戻る予定日だった。
「そりゃ多少のお客様が変わるくらいで同じことの繰り返しだもん。説明なんてしないよ。まぁ夜は晩餐会だったり舞踏会だったりするけれど、昼間は毎日お茶会じゃない?」
「毎日なんて無理よ!」
「まだそんな事言ってる。まぁ、全てのお茶会に参加する必要があるかは、イスファーンのお姫様次第だよ。エレナみたいにお茶会嫌いのお姫様だといいね」
お茶会に参加したがらない引きこもりのお姫様なら自由に過ごせるかもだけど、そんなわけがない。
だってわざわざ他国に来て三ヶ月も過ごそうなんて思うんだもの。
「お兄様はイスファーンの王女様ってどんな方かご存知?」
「さぁ噂程度しか知らないよ」
「どんな噂なの?」
「ん?」
「お兄様。おっしゃって」
普段よりキラキラしているお兄様に気後れしてしまいそうだけど、じっと見つめる。
お兄様はそっと目を逸らす。
「……えっと、目立つのがお好きでお茶会をよく開かれているそうだよ」
「ほら! そんな事だと思った! 外交のお仕事を目指されているのに接待相手の情報を何も持ってないなんておかしいですもんね? 今回イスファーン王国の方々が交易について話し合いに訪れるのも、そもそもシーワード子爵がイスファーン王国と秘密裏に行っていた貿易が発端で、お兄様は取引に関係ありそうな夜会だなんだと足繁く通われて隠密活動していたし、他にもご存知な事たくさんあるんでしょ?」
「……ないよ」
嘘が下手なお兄様はすぐ逃げようとする。
お兄様を逃さないように腕をつかむと、立ち上がって逃げようとしていたお兄様が、今度は笑って誤魔化そうとしている。
「お兄様? いいから、おっしゃって」
「……えっと、側妃の子だから王国内では立場が比較的弱いから、他国の王子様と結婚して後ろ盾を得ようとしてるとか……あと面食いで……殿下の見目麗しい噂を聞いて……だから来るみたいとか?」
普通のご令嬢なら卒倒しそうな重要情報をお兄様から告げられて、残念ながら貧血ではないわたしは、倒れられずに頭を抱えるしか出来なかった。
ドアを開ける音と、ノック音と、お兄様の声が全て同時に聞こえたと思うと、おろしたての夜会服に身を包んだお兄様がツカツカと返事も聞かずに支度部屋へ入ってきた。
「僕もエレナと揃いで新調したんだけど、この夜会服はどう?」
今までお兄様の夜会服はパステルカラーの明るい色が多かったのに、今回は違う。
黒いシルクの天鵞絨生地に贅沢に施された金糸の縁飾りの刺繍が映える長上着と共布のキュロット……それに私のドレスとお揃いの柄を織り込んだ真っ白な生地の胴着でコーディネートされたモノトーンのセットアップだ。
全体的にシックな装いに、レースたっぷりの胸飾りが華を添えている。
お兄様の肌の白さが漆黒に映えて、いつもの優しそうなイケメンからバージョンアップし儚げな美青年に見える。
「んまー! お似合いです事!」
マダムの悲鳴にも似た絶賛に、ハッとする。
だめだ。くるりと回ってポーズをとるお兄様に私もうっかり見惚れてしまった。
イケメンに弱すぎる。
「……お兄様! 返事も待たずに部屋に入るなんて、淑女に対して失礼じゃなくて?」
「兄妹なんだからいいじゃないか」
悪びれずにお兄様は笑ってそばにある椅子に座ると、試着したドレスを片付けているメリーとマダムに手をヒラヒラ振っている。
「ねぇマダム。お兄様とお話したい事があるからわたしはもう自室に戻っていいかしら」
「えぇ。もうお直し予定のドレスは全て試着いただきましたから大丈夫ですわ」
マダムの返事を聞くや否や、座ったばかりのお兄様の腕を取り、続き間になっている自室へと戻った。
「ねぇ、お兄様。シーワード領で何回お茶会があるの?」
わたしはドアを閉めるとお兄様を問い詰める。
メリーがエレナのことを着飾らせたいのはさておき、一回のお茶会でこんなにドレスはいらないはず。
「うーん? えっと……何回かわからないけど……毎日あるはずだよ?」
「毎日⁈ それって、五日間全部ってこと? 聞いてないわ!」
あの時ランス様にしていただいた説明で聞いたのは初日のスケジュールと、王都に戻る予定日だった。
「そりゃ多少のお客様が変わるくらいで同じことの繰り返しだもん。説明なんてしないよ。まぁ夜は晩餐会だったり舞踏会だったりするけれど、昼間は毎日お茶会じゃない?」
「毎日なんて無理よ!」
「まだそんな事言ってる。まぁ、全てのお茶会に参加する必要があるかは、イスファーンのお姫様次第だよ。エレナみたいにお茶会嫌いのお姫様だといいね」
お茶会に参加したがらない引きこもりのお姫様なら自由に過ごせるかもだけど、そんなわけがない。
だってわざわざ他国に来て三ヶ月も過ごそうなんて思うんだもの。
「お兄様はイスファーンの王女様ってどんな方かご存知?」
「さぁ噂程度しか知らないよ」
「どんな噂なの?」
「ん?」
「お兄様。おっしゃって」
普段よりキラキラしているお兄様に気後れしてしまいそうだけど、じっと見つめる。
お兄様はそっと目を逸らす。
「……えっと、目立つのがお好きでお茶会をよく開かれているそうだよ」
「ほら! そんな事だと思った! 外交のお仕事を目指されているのに接待相手の情報を何も持ってないなんておかしいですもんね? 今回イスファーン王国の方々が交易について話し合いに訪れるのも、そもそもシーワード子爵がイスファーン王国と秘密裏に行っていた貿易が発端で、お兄様は取引に関係ありそうな夜会だなんだと足繁く通われて隠密活動していたし、他にもご存知な事たくさんあるんでしょ?」
「……ないよ」
嘘が下手なお兄様はすぐ逃げようとする。
お兄様を逃さないように腕をつかむと、立ち上がって逃げようとしていたお兄様が、今度は笑って誤魔化そうとしている。
「お兄様? いいから、おっしゃって」
「……えっと、側妃の子だから王国内では立場が比較的弱いから、他国の王子様と結婚して後ろ盾を得ようとしてるとか……あと面食いで……殿下の見目麗しい噂を聞いて……だから来るみたいとか?」
普通のご令嬢なら卒倒しそうな重要情報をお兄様から告げられて、残念ながら貧血ではないわたしは、倒れられずに頭を抱えるしか出来なかった。
9
あなたにおすすめの小説
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる