【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
147 / 276
第三部

46 エレナの膝枕

しおりを挟む
 恐る恐る手を伸ばし、淡い金色の髪に触れる。
 丁寧に手入れされてるだろう髪の毛は、絡まることもなくサラサラと流れる。

 ゆっくりと殿下の頭を撫でると強張っていた身体が緩み、太ももに頭が沈む。
 リラックスしてくれたことにホッとする。

 わたしは子守唄をうたう。

 幼かったあの頃にうたった子守唄を。

 ──七年前。

 お兄様に負けないくらいエレナを甘やかして可愛がってくれる、エレナの理想のおにいちゃまだった殿下。
 まるで物語の王子様みたいにエレナを小さな淑女として丁重に扱ってくれる、エレナの理想の王子様だった殿下。

 でも、それは殿下の一面でしかない。

 あの頃の殿下は、母親である王妃様が儚くなられたばかりで、悲しみに耐える少年だったのを思い出す。

 殿下は、この別荘で過ごしていたあの日々も、王宮の役人達に監視されていて、いつも表情を取り繕っていた。
 目を細め口角を上げるだけのその顔が、エレナの膝枕で昼寝をする時に、素が覗く。
 小さなエレナにとって、殿下に「歌をうたって」「頭を撫でて」と甘えられるのは、おままごとのお母さん役みたいで楽しい時間だった。
 今思えば、誰にも甘えられない殿下は、おままごとでも甘える事ができるのは貴重な時間だったんだろうな。

 ああ、そうだ。

 殿下の婚約者として一度だけ参加した王宮のお茶会で、オーウェン様に「おままごと」とからかわれた。
 殿下が何を言ったか思い出せなかったけど。

 ──ままごとでよい。

 そう言ったんだ。

 あの時はまだ子供にしか思われてないと思って悲しくなってしまったけれど……
 もしかしたら、まだ殿下は、妹みたいなエレナ相手のおままごとでも、甘えたいと思っているのかもしれない。

 子守唄が終わったわたしは、頭を撫でる手を止める。

 お兄様がアイラン様にちょっかいを出してキャッキャしてる声に殿下の規則的な寝息が混じる。
 いつものキラキラと美しい殿下も、寝顔はあどけない。
 もう少し寝かせてあげよう。

「……ねえ、ウェード。刺繍をしたいから、机から道具を取ってもらえる?」

 小声でお願いをしたけど、返事はない。

「ねえ、ウェード。机から刺繍道具を取ってもらえないかしら?」

 今度はウェードの控える壁に振り返り、もう一度お願いをする。
 ウェードの片眉がピクリとするだけで、動いてくれない。

「エレナ。ウェードは殿下の侍従なんだから、エレナが頼むんじゃなくて、殿下に頼んでもらいなさい! そもそも殿下も知らんぷりしてないで。エレナがウェードに無視されてんだから助けてあげなよ!」
「お兄様。静かに。殿下が起きちゃうわ」

 大きな声を出すお兄様を諌める。

「……はあ? 殿下ったら、寝てるの? え? 信じらんない! あの流れで普通寝れる?」
「あの流れ? なんのこと? 普通も何も、殿下はお疲れだったのでしょう? 仕方ないわ。もう少し寝かせて差し上げたいけれど──」
「あの、エレナ様。こちらでよろしいでしょうか」
「え?」

 いつのまにかウェードが足元にひざまずき、目を潤ませて刺繍枠を掲げていた。

 え? なに急に?
 動揺を隠しきれないわたしは、おずおずと手を伸ばして刺繍枠を受け取る。

「体勢はお辛くないですか? クッションでもお持ちしましょうか?」
「えっ? あの……大丈夫よ」
「そうですか。では、他に何か必要なものはございますか? ご要望に合わせてご用意いたしますので、何なりとお申し付けください」

 イケオジのウェードに媚を売るような態度をされると、素敵とかかっこいいとかよりも、恐怖心の方が勝る。

「今までの非礼をお詫び申し上げます。ですので、その、シリル様がご休息いただけるように、膝枕を続けていただけませんか」

 さっき足置き椅子オットマンを持ってきた時も、違和感があったけど、いつもエレナに対して一線を引くウェードが懇願するほど、殿下は寝れていないのね。

「もちろんだわ。わたしのせいで寝れない日々が続いてるいるのだものね」

 頭を下げ続けるウェードにそう言って、殿下の頭をもう一度撫でた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...