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第五部
7 エレナ、ご令嬢に囲まれる
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「エレナさま。さすがに王太子殿下がお可哀想です」
作法の授業は、三学年合同で行われる。
今日は夜会の形式。王立学園は社交界の縮図なので、与えられる役割は卒業後を想定されたものになっている。
わたしは主賓の役割。スピカさんは護衛の役割だ。
意を唱えるものは誰もいない。
前世の記憶があるわたしには学生の間も平等じゃなくて、身分によって役割が決められているなんて少し違和感があるけれど。わたしが護衛の練習をしても仕方ないし、残念ながらスピカさんが主賓としての振る舞いを練習しても仕方ない。
みんな自分が与えられた役割を粛々とこなしていた。
「そうでしょう? お可哀想よ」
わたしはスピカさんに同意し、入り口の前でドアが開くのを待つ。
「えっ? エレナ様ってば、お分かりだったんですか?」
「スピカさんまでわたしが物分かりが悪いなんてお思いなの? 悲しいわ」
嘆くわたしにスピカさんは「そういうわけじゃ」と慌てて首を振る。
「わたしだってわかってるわ。殿下は本当はとても優秀で素敵な方なのよ」
「ええ」
「なのに、あんな態度とってたら誤解されるわ」
「誤解ですか? わかりやすかったと思いますけど」
「わかりやすすぎて誤解されるのよ」
スピカさんはよくわからないといった顔でわたしを見つめる。
「……今の王宮にはあまり殿下の味方はいらっしゃらないみたいなの。殿下は優秀な人材を腹心の部下にされたいのよ。普段王立学園でも授業に出られることは少ないようでしたから、自分の腹心足るような生徒がいるのを期待されていたんだわ。でもね、ご自身のお目にかなう人物がいなかったからといってあんな高圧的な態度をとったりしていたら誰も殿下に尽くそうとは思わないじゃない。腹心の部下が欲しいだけなのに誤解されてしまってお可哀想だわ」
説明を聞いてスピカさんの表情は複雑さを増した。
「王太子殿下は周りに牽制してただけですよ!」
「牽制? あの講義には殿下の政敵になりそうな家の子息は参加していないと思ったけど? うーん。先生方は反マグナレイ派みたいですから、マグナレイ侯爵が教育係だった殿下は先生方が政敵に思われたのかしら」
「もう! 違いますって! 王太子殿下は男子達がエレナさまのことをチラチラ見てるから牽制してたんです! 『俺の女だ手を出すな』ってアピールです!」
いくらなんでも考えすぎだ。
わたしはスピカさんを半眼でみつめる。
殿下は、幼い頃に母親である王妃様が儚くなられて寂しい思いをされていて、その時に幼いエレナと過ごした日々が、殿下にとって立ち直るきっかけになったと手紙に書いてあった。
殿下はそういう幼い頃に過ごした思い出があるから、わたし……じゃなくて、エレナに対して固執というか執着というか、リリィさんに言わせれば重い感情を向けている。
でも、周りの男子生徒たちにとって、わたしはあまり王立学園に通ってない訳で、物珍しいだけでしかない。
わたしのことなんてろくに知らないんだから、公にしてもらえない悪評高い王太子殿下の婚約者だという風に考えているはず。
そんなわたし相手に殿下がチヤホヤしてるのをみたらそりゃ気になる。周りの生徒たちがチラチラ見るのは当たり前だ。
「わたしが『小太りで醜女のわがまま令嬢』だと周りから思われているのは殿下だってご存じよ? 牽制だとすれば『俺の女に手を出すな』よりも『気になるからとこちらをみずに授業に集中しろ』でしかないわよ」
「この王立学園にいる誰もエレナ様のこと『小太りで醜女のわがまま令嬢』だなんて──」
話の最中にドアが開く。
役割を果たさなくてはいけない。わたしたちは口を閉ざして広間の中央に向かった。
下を向いて歩いても、視線を感じる。
令嬢達の「悪評高いくせに幼馴染の妹だからと王太子殿下の婚約者におさまるなんて」と言わんばかりの視線を浴びるのは慣れたものだ。
スピカさんがわたしのそばにいる。
わたしが王太子妃になると信じてくれているスピカさんにカッコ悪いところは見せられない。
わたしは微笑みをたたえ顔を上げた。
「あっ! あのっ! エレナさま! エレナさまが幼い頃、王太子殿下から『マーガレットの妖精』って呼ばれてらっしゃったって話、私たちにもお聞かせ願えませんか?」
「わたしもお聞きしたいわ!」
「ぜひお話しくださいませ!」
キラキラと目を輝かせたご令嬢達に取り囲まれる。
「なっなんでそんな話ご存じなの?」
予想外の反応に動揺して声が裏返ってしまう。
「先日コーデリアお姉様とお会いした時にお話を伺いまして……」
「わ、わたしはベリンダ様から教えていただきましたわ」
「わたしはミンディ様から……」
わたしと親しくしてくださる数少ないご令嬢の名前があがる。
えっえっ。どういうこと?
ご令嬢でできた人垣の向こうで人差し指を顎に添え小首を傾げているしたり顔の絶世の美女と目があった。
作法の授業は、三学年合同で行われる。
今日は夜会の形式。王立学園は社交界の縮図なので、与えられる役割は卒業後を想定されたものになっている。
わたしは主賓の役割。スピカさんは護衛の役割だ。
意を唱えるものは誰もいない。
前世の記憶があるわたしには学生の間も平等じゃなくて、身分によって役割が決められているなんて少し違和感があるけれど。わたしが護衛の練習をしても仕方ないし、残念ながらスピカさんが主賓としての振る舞いを練習しても仕方ない。
みんな自分が与えられた役割を粛々とこなしていた。
「そうでしょう? お可哀想よ」
わたしはスピカさんに同意し、入り口の前でドアが開くのを待つ。
「えっ? エレナ様ってば、お分かりだったんですか?」
「スピカさんまでわたしが物分かりが悪いなんてお思いなの? 悲しいわ」
嘆くわたしにスピカさんは「そういうわけじゃ」と慌てて首を振る。
「わたしだってわかってるわ。殿下は本当はとても優秀で素敵な方なのよ」
「ええ」
「なのに、あんな態度とってたら誤解されるわ」
「誤解ですか? わかりやすかったと思いますけど」
「わかりやすすぎて誤解されるのよ」
スピカさんはよくわからないといった顔でわたしを見つめる。
「……今の王宮にはあまり殿下の味方はいらっしゃらないみたいなの。殿下は優秀な人材を腹心の部下にされたいのよ。普段王立学園でも授業に出られることは少ないようでしたから、自分の腹心足るような生徒がいるのを期待されていたんだわ。でもね、ご自身のお目にかなう人物がいなかったからといってあんな高圧的な態度をとったりしていたら誰も殿下に尽くそうとは思わないじゃない。腹心の部下が欲しいだけなのに誤解されてしまってお可哀想だわ」
説明を聞いてスピカさんの表情は複雑さを増した。
「王太子殿下は周りに牽制してただけですよ!」
「牽制? あの講義には殿下の政敵になりそうな家の子息は参加していないと思ったけど? うーん。先生方は反マグナレイ派みたいですから、マグナレイ侯爵が教育係だった殿下は先生方が政敵に思われたのかしら」
「もう! 違いますって! 王太子殿下は男子達がエレナさまのことをチラチラ見てるから牽制してたんです! 『俺の女だ手を出すな』ってアピールです!」
いくらなんでも考えすぎだ。
わたしはスピカさんを半眼でみつめる。
殿下は、幼い頃に母親である王妃様が儚くなられて寂しい思いをされていて、その時に幼いエレナと過ごした日々が、殿下にとって立ち直るきっかけになったと手紙に書いてあった。
殿下はそういう幼い頃に過ごした思い出があるから、わたし……じゃなくて、エレナに対して固執というか執着というか、リリィさんに言わせれば重い感情を向けている。
でも、周りの男子生徒たちにとって、わたしはあまり王立学園に通ってない訳で、物珍しいだけでしかない。
わたしのことなんてろくに知らないんだから、公にしてもらえない悪評高い王太子殿下の婚約者だという風に考えているはず。
そんなわたし相手に殿下がチヤホヤしてるのをみたらそりゃ気になる。周りの生徒たちがチラチラ見るのは当たり前だ。
「わたしが『小太りで醜女のわがまま令嬢』だと周りから思われているのは殿下だってご存じよ? 牽制だとすれば『俺の女に手を出すな』よりも『気になるからとこちらをみずに授業に集中しろ』でしかないわよ」
「この王立学園にいる誰もエレナ様のこと『小太りで醜女のわがまま令嬢』だなんて──」
話の最中にドアが開く。
役割を果たさなくてはいけない。わたしたちは口を閉ざして広間の中央に向かった。
下を向いて歩いても、視線を感じる。
令嬢達の「悪評高いくせに幼馴染の妹だからと王太子殿下の婚約者におさまるなんて」と言わんばかりの視線を浴びるのは慣れたものだ。
スピカさんがわたしのそばにいる。
わたしが王太子妃になると信じてくれているスピカさんにカッコ悪いところは見せられない。
わたしは微笑みをたたえ顔を上げた。
「あっ! あのっ! エレナさま! エレナさまが幼い頃、王太子殿下から『マーガレットの妖精』って呼ばれてらっしゃったって話、私たちにもお聞かせ願えませんか?」
「わたしもお聞きしたいわ!」
「ぜひお話しくださいませ!」
キラキラと目を輝かせたご令嬢達に取り囲まれる。
「なっなんでそんな話ご存じなの?」
予想外の反応に動揺して声が裏返ってしまう。
「先日コーデリアお姉様とお会いした時にお話を伺いまして……」
「わ、わたしはベリンダ様から教えていただきましたわ」
「わたしはミンディ様から……」
わたしと親しくしてくださる数少ないご令嬢の名前があがる。
えっえっ。どういうこと?
ご令嬢でできた人垣の向こうで人差し指を顎に添え小首を傾げているしたり顔の絶世の美女と目があった。
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