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第五部
8 王太子護衛候補ジェレミーと姉メアリの密談
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「ジェレミー! どういうこと⁈ わたしのいない間に何が起こったの⁈」
王立学園の回廊で腕を掴まれ、引き込まれた空き教室でジェレミーを見上げるのは自分にそっくりな顔をした双子の姉──メアリだった。
「何がだよ。キャンキャンうっせえな。赤毛の犬かよ」
薄暗かったので一瞬赤毛が自分の好きな女の鳶色の髪の毛に見えて、冷静に考えればこんなところに引き込まれるわけないのに浮かれてしまった。
勝手に浮かれて勝手にがっかりしてるのは勘違いした自分のせいだが、他人の気も知らずに騒ぐメアリに腹立てて、ジェレミーはつっけんどんな返事をする。
「痛ってぇ!」
メアリに踏み潰された足の爪先をさする。
「お姉さまに向かってなんて口を叩くの? あんたはいつからそんなに偉くなったのよ」
姉と言っても双子だ。なのに偉そうに振る舞うメアリに逆らえないのは、きっと母の腹の中にいる時から虐げられ、産まれるその瞬間も押し除けられたからに違いない。
「失礼しました。なんでしょうかメアリお姉さま。いや、ジェイムズ男爵家の若奥様」
「慇懃すぎるのも無礼なのよ!」
もう一度足を踏もうとするメアリからすんでのところで回避する。
舌打ちをする姿は子爵家のご令嬢にも男爵家の若奥様にも見えない。
メアリが席にふんぞりかえって座るのを見て、ジェレミーは諦めて話し始めた。
「──つまり、エレナ様が王立学園を留守されてる間に、コーデリア様達がお茶会やら夜会やらで、エレナ様は王太子殿下が幼い頃から『マーガレットの妖精』とお呼びになっていた特別な少女だって触れ回っていらしたってことなのね?」
「まあ、そんなとこらしい。俺も殿下の護衛に交代ではいっていたから、ブライアンからの又聞きで詳しくは知らないけど」
たまに護衛で休む日がある程度のジェレミーですら、一日二日休んだだけでついていけないほど噂話は盛り上がりを見せていた。
王太子の婚約者であるエレナと共に王宮で女官見習いとして働いていたメアリにとって、久しぶりに来た王立学園の雰囲気は異様だったはずだ。
市井で笑いぐさになっている婚約話も、王立学園の生徒達にしてみればエレナが噂されるようなわがまま令嬢ではないことを知っている。
誰かが「王太子殿下やエレナ様を貶めようと悪意あるものが流した噂に違いない」と言い出せば、「思い合う二人を引き裂こうとしている勢力がある」だとか「私たちだけでも味方になって応援しなくては」と騒ぎ出し、みな王太子とエレナの恋物語の行方に夢中になっている。
「ふーん。なるほどね。それで王太子殿下がエレナ様を馬車止めにお迎えにいらした時に黄色い悲鳴が鳴り止まなかったのね」
したり顔で席に座り込んだまま立ち上がらないメアリを見てジェレミーはため息をつく。気が済むまで解放する気はなさそうだ。
「体調を崩されて宰相は辞されたとはいえ、いまだ貴族院に発言力のあるシーワード公爵家のコーデリア様に、歴代近衛騎士団長を務められているケイリー伯爵家のご令嬢のベリンダ様に、そのケイリー伯爵家に嫁ぐ事が決まっているミンディ様。ミンディ様のお父上であるハーミング伯爵は財務を司る部門で若かりし頃次官をされてらして次期大臣の呼び声も高く高官たちに顔が広いわ。この王立学園に通っている貴族令嬢達であればお近づきになりたいトップスリーが流す噂話なんて食いつかないわけがないわ!」
鼻息荒いメアリをジェレミーは呆れて見つめる。
(こんなやつに大商会の若奥様だとか男爵家の若奥様が務まるのかね)
トワイン家でエレナに仕えている専属侍女は寡婦なため、王宮で王太子妃の侍女としては働けない。
嫁いだ後も仕える侍女が欲しいという思惑のエリオットがメアリの婚家を親族から接収した領地の管理人にと打診し受け入れられた。
酒好きのジェイムズ商会長は侯爵領の管理人として男爵位を賜ったことよりもワイナリーと蒸留所の管理を任されたことに大喜びし高級蒸留酒の再興に熱が入っていると聞いた。
「ジェレミー! 聞いてるの!」
「あ、おう」
「聞いてなかったでしょ!」
「ってぇ!」
耳を引っ張られたジェレミーは顔をしかめる。メアリは鍛えられない急所ばかり狙う。
「せっかくコーデリア様達が作ってくださった好機だもの。利用させていただかないと」
「まあ、仕えるべき主の噂が好転しているんだものな」
市井ではまだまだだが、王立学園の中ではみな王太子やエレナを貶めるものはいない。
護衛として仕えるジェレミーにしてみれば、勝手な言い分の悪評は不快なものでしかなかった。
正しい評価をされて当たり前ではあるが、喜ばしいものとして受け入れている。
「そうよ。そしてエレナ様が殿下にお送りになったカフスボタンが大流行してジェイムズ商会は大儲けよ」
(務まるもなにも、こいつは大商会の若奥様になるべくしてなるんだった)
鼻息荒い双子の姉にジェレミーは呆れた顔を向けるしかできなかった。
王立学園の回廊で腕を掴まれ、引き込まれた空き教室でジェレミーを見上げるのは自分にそっくりな顔をした双子の姉──メアリだった。
「何がだよ。キャンキャンうっせえな。赤毛の犬かよ」
薄暗かったので一瞬赤毛が自分の好きな女の鳶色の髪の毛に見えて、冷静に考えればこんなところに引き込まれるわけないのに浮かれてしまった。
勝手に浮かれて勝手にがっかりしてるのは勘違いした自分のせいだが、他人の気も知らずに騒ぐメアリに腹立てて、ジェレミーはつっけんどんな返事をする。
「痛ってぇ!」
メアリに踏み潰された足の爪先をさする。
「お姉さまに向かってなんて口を叩くの? あんたはいつからそんなに偉くなったのよ」
姉と言っても双子だ。なのに偉そうに振る舞うメアリに逆らえないのは、きっと母の腹の中にいる時から虐げられ、産まれるその瞬間も押し除けられたからに違いない。
「失礼しました。なんでしょうかメアリお姉さま。いや、ジェイムズ男爵家の若奥様」
「慇懃すぎるのも無礼なのよ!」
もう一度足を踏もうとするメアリからすんでのところで回避する。
舌打ちをする姿は子爵家のご令嬢にも男爵家の若奥様にも見えない。
メアリが席にふんぞりかえって座るのを見て、ジェレミーは諦めて話し始めた。
「──つまり、エレナ様が王立学園を留守されてる間に、コーデリア様達がお茶会やら夜会やらで、エレナ様は王太子殿下が幼い頃から『マーガレットの妖精』とお呼びになっていた特別な少女だって触れ回っていらしたってことなのね?」
「まあ、そんなとこらしい。俺も殿下の護衛に交代ではいっていたから、ブライアンからの又聞きで詳しくは知らないけど」
たまに護衛で休む日がある程度のジェレミーですら、一日二日休んだだけでついていけないほど噂話は盛り上がりを見せていた。
王太子の婚約者であるエレナと共に王宮で女官見習いとして働いていたメアリにとって、久しぶりに来た王立学園の雰囲気は異様だったはずだ。
市井で笑いぐさになっている婚約話も、王立学園の生徒達にしてみればエレナが噂されるようなわがまま令嬢ではないことを知っている。
誰かが「王太子殿下やエレナ様を貶めようと悪意あるものが流した噂に違いない」と言い出せば、「思い合う二人を引き裂こうとしている勢力がある」だとか「私たちだけでも味方になって応援しなくては」と騒ぎ出し、みな王太子とエレナの恋物語の行方に夢中になっている。
「ふーん。なるほどね。それで王太子殿下がエレナ様を馬車止めにお迎えにいらした時に黄色い悲鳴が鳴り止まなかったのね」
したり顔で席に座り込んだまま立ち上がらないメアリを見てジェレミーはため息をつく。気が済むまで解放する気はなさそうだ。
「体調を崩されて宰相は辞されたとはいえ、いまだ貴族院に発言力のあるシーワード公爵家のコーデリア様に、歴代近衛騎士団長を務められているケイリー伯爵家のご令嬢のベリンダ様に、そのケイリー伯爵家に嫁ぐ事が決まっているミンディ様。ミンディ様のお父上であるハーミング伯爵は財務を司る部門で若かりし頃次官をされてらして次期大臣の呼び声も高く高官たちに顔が広いわ。この王立学園に通っている貴族令嬢達であればお近づきになりたいトップスリーが流す噂話なんて食いつかないわけがないわ!」
鼻息荒いメアリをジェレミーは呆れて見つめる。
(こんなやつに大商会の若奥様だとか男爵家の若奥様が務まるのかね)
トワイン家でエレナに仕えている専属侍女は寡婦なため、王宮で王太子妃の侍女としては働けない。
嫁いだ後も仕える侍女が欲しいという思惑のエリオットがメアリの婚家を親族から接収した領地の管理人にと打診し受け入れられた。
酒好きのジェイムズ商会長は侯爵領の管理人として男爵位を賜ったことよりもワイナリーと蒸留所の管理を任されたことに大喜びし高級蒸留酒の再興に熱が入っていると聞いた。
「ジェレミー! 聞いてるの!」
「あ、おう」
「聞いてなかったでしょ!」
「ってぇ!」
耳を引っ張られたジェレミーは顔をしかめる。メアリは鍛えられない急所ばかり狙う。
「せっかくコーデリア様達が作ってくださった好機だもの。利用させていただかないと」
「まあ、仕えるべき主の噂が好転しているんだものな」
市井ではまだまだだが、王立学園の中ではみな王太子やエレナを貶めるものはいない。
護衛として仕えるジェレミーにしてみれば、勝手な言い分の悪評は不快なものでしかなかった。
正しい評価をされて当たり前ではあるが、喜ばしいものとして受け入れている。
「そうよ。そしてエレナ様が殿下にお送りになったカフスボタンが大流行してジェイムズ商会は大儲けよ」
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