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一章 女神と花冠の乙女

14 牢破りと悪役令嬢

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 ピカッと光った。

「ーーー•••え、これで終わり?」

 三人?ともウンウンと頷いている。

 こう、もっと幻想的で神秘的なものじゃないの?
 光る魔法陣が空に浮かんで、クルクルと文字が回って浮かび上がったりするやつ。

 ピカッって一度光っただけの、カメラのフラッシュですか?な、感想しかないんだけど。

「知りたくなかった現実がここに!」

 ちょっと期待してただけに、呆気なくも残念な気分になる。

 それと、大きな荷物を風呂敷で背負っている、足が地面から離れている様に見えるカリンなんだけど。
 契約しておいてなんだけど、今更だけど。これは、アレよね。うん、アレだ。今は気にしちゃ駄目だ。

「なんじゃ、そんな顔しおって」

 何でもないですぅー。
 それよりも、早くここを出ないとまずい。ドタついた牢番の足音が階段の方から聞こえてくる。
 なのに、チュウ吉先生はドヤ顔で余裕だ。

「チュウ吉先生、牢番来るけど、どうするの?」

「それはじゃな、これだ!」

 ご機嫌で出したのはヤモリさんではありませんか。

「ヤモリさん!無事で良かった!」

 やっぱり皆に知らせてくれたんだ。有難う、ヤモリさん。

 チュウ吉先生はヤモリさんをポイッと鉄格子の向こうへ投げる。

「欲をたっぷり持ってる奴らじゃ。存分に吸うてくるが良いぞ。鍵を忘れずにの」

 やがて、通路に沈黙と静寂が満ちる。と同時に暗い通路に重くて鈍い音が落ちた。おそらくは鍵の束だろう。
 ヤモリさんが真鍮製の鍵束を抱えて持ってくる。
いくつか試して漸く鍵が開く。錆び付いて開きの悪い鉄格子の蝶番が嫌な音をたてた。

通路に出ると、太かったとはいえ、短かめだった蝋燭が残り僅かになっている。
醜悪な男は倒れている。胸が上下しているので、気を失っているのだろう。
この男の目が私に向けられない事にホッとする。

「ずっと使われてなかったみたいな感じね」

チュウ吉先生によれば、取り壊し予定のまま、放置されている牢屋なのだそうだ。

「随分と探したぞ。まさか使われなくなって久しいこの牢屋だとは思わなんだ。契約しておれば繋がりで分かろうものを」

お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。現在進行系でご迷惑をお掛けしてますが、よろしくお願いします!

蝋燭ではない、自然の陽射しが届く通路に出ると、やはり見張り番がいる。
ヤモリさんが見張り番に取り付くと、壁に凭れて気を失ってしまった。
私達は暗い通路を抜けて、ポッカリと光の口を開けたそこから陽光の元へと帰還した。

木が生い茂って尚眩しい、だが、全身を包み込む暖かな日差しの波に身体が冷え切っていた事を知る。じんわりと、広がる温もりに、強張った筋肉が解れていくようだっ
た。

ただーーー陽射しが物凄く眩しい。目が!!目が!!サングラスが真面目に欲しくなる。

「さ、脱獄が見つかる前にトンズラしようよ」

カリン、不思議な子を見る目が生温かいです。
そうだった、このネタやっても誰もわからないよね。

「ーーー脱獄って」

 どこかの三代目みたいよね。今一、華麗とも風の様にとも、言い難いけど。
チュウ吉先生達が牢屋に現れた時は、当に神出鬼没、華麗に参上だった。
ーーーーーーんん?

「待って、カリン、さっきはどうやって牢の中に来たの?それと同じ方法で王城から出れば良くない?」

 というか、最初からそれで脱出すれば簡単だったのでは?

「ウーン、やっても良いけどね、現世と黄泉の境目を通るから、人間にはちょーっと危険かも?」

 ーーーーーー止めましょう。安全第一でお願いします。

そして、カリンはやっぱり人間じゃなかったんだ。
何でとか、どうして、とか色々思いは出てくるけど、いつもと変わらないカリンを見てたらどうでも良くなってしまった。
訳なら後で聞けばいいよね。

チュウ吉先生が、淀みない足取りで北へ向く。

「ここからなら北西の城門が近いんじゃ。あそこの門は、あまり使われないから人も少ないしの。城の使用人が亡くなった時くらいじゃな使われるのは」

へぇ、そんな門があったのか。
贅沢を言える場合じゃないけど、何となく謝りたくなる気持ちになる。
一応、神様に祈っておこう。

一行は大泥棒ではなく、こそ泥みたいにコソコソとーーーいや、結構大胆に進む。 

庭仕事に人員を割いている為か、亡骸を運ぶ為の道だからなのか、人が居ない。
本当に、このお城大丈夫なのかしら。色々と。

黙々と歩けば見えてきた北西の城門は、寂れて城の壁も崩れている。
そこに1台の馬車が停まっていて、御者らしき人影が走って来た。

「おお、丁度良いぞ!あの荷馬車に乗って城門を潜れば良い」

「荷馬車にしては変な造りしてない?」

 何となく霊柩車みたいな?イメージなんだけど。だって、さっき聞いた話だとどうしても想像しちゃうよね。
出入り口が後ろの扉のみで、四隅に崩れて良くわからないけど、飾がある。

「む、御者が乗り込みおったぞ。グズグズするな、急げ」

荷台の両開きの扉は鍵が掛かっておらず、閂一つで閉じられていた。
馬車が動き出す寸前に荷台に滑り込むと、蒲公英ちゃんとヤモリさんが隙間から閂を指して扉を閉じてくれる。

ーーーーーーヒュっと息が止まった。

荷台の中で息飲む。目の前には聖霊避けの装飾が施された柩。
カリンをチラっと見る。上級精霊には効かないのかも。平気そうな顔だ。
蒲公英ちゃんは私の胸元に入ってしまった。
動き出した馬車が、車輪をガタガタさせて私達を揺らす。
柩は揺れない様に固定出来る仕掛けになっている。

「ま、頃合い見計らって、降りればいいでしょ。出来れば王都から出た所の墓地だと有り難いな。何かあっても焼き切ってしまえばいいし」

 焼き切るってカリンさん、中々過激な事を仰いますね。 
そんな事言ってると、ガタガタとした車輪の振動が消え、まるで空を滑っているかのようなーーー浮遊感のような感覚。
慌てて覗き窓から外を見る。眼下に広がるのは王都だ。


 え、もしかしてこの馬車飛んでるーーー!?


バサッと大きく羽ばたく音に、覗き窓から微かに見えた黒緑の硬そうな鱗の身体、竜の羽。

ーーー馬車を引いてるのって、飛竜馬じゃない!?

「ね、この馬車、飛んでるよ?どうやって降りるの?これ、何処へ向ってるの?」

飛竜馬は竜の羽と鱗を持った馬で、アルディア王国特産の馬で軍馬としても有名であり、一つ羽ばたけば街一つ越えると言われる程。

「そんな機動力を持った飛竜馬でこの柩を何処に運ぶつもりなのよ•••」

しかも荷馬車を付けると言うことは、馬車自体に浮遊の仕掛けをしたと言う事だ。

「王宮の魔導師団が動いたね、この馬車の仕掛け」

「心配するでない。我がついておる」

そうなんでしょうけどね?でも感情は、ハイそうですかって直ぐには切り替わら無い。

確か、浮遊の魔法付与って、物凄く細い魔法陣と込める魔力とで、膨大な労力を必要とするから、目玉飛び出て戻らない位のお値段じゃなかった?
そんなのを用意するって大貴族か王族じゃないの!?

謎すぎる柩とこの状況に、私は力無く座り込んで、頭を抱えた。






ガタン、と大きな衝撃で我にかえる。
どうやら私はあれからうたた寝ていた様だ。いいかげんキチンと寝たいな。
覗き窓からの日がオレンジ色をしているので、夕方が訪れたのだろう。

外で御者が金具を外しているのか、金具の音がする。

「目的地に着いたのかな」

「フィア、こっち、こっち」

寝起きで頭が痛いが一応皆と隠れる。
御者側にカーテンの仕切があって、そこで息を潜めた。

だが、棺が降ろされる事はなく、代わりに飛竜馬の羽が風を生む音が、荷馬車の壁に叩きつけられただけだった。

とーーーその時、柩がガタガタと動き出した。

ーーーヒィィィッ!?

「ちょっと、ええい!ままよ!!」

矢鱈と気合の入った掛け声と共に柩の蓋が飛んだ。

ーーーあ、綺麗なおみ足が出ています。

すっくと立ち上がって出て来たのは銀の髪に極上の翡翠の瞳を持つ美少女ーーーーーー噂の悪役令嬢、レイティティア•ジ•ガレール公爵令嬢だった。

「最悪!思い出したのが断罪後の今だなんて!ここ、まんま、ゲームか、ラノベの『花冠の乙女』の世界じゃないの!何で今なのーーー!もう少し早く思い出していれば、色々対策出来たのに!ああ、もうっ!」

「えっ!?」

今何て言ったの!?
ゲーム!?ラノベ!?

もしかしなくてももしかして!?

「誰!?そこに誰かいるの!?」

ピリピリして緊迫した声が上がる。

どうする?!同郷人を逃す手は無い。
私は腹を括って、なるべく穏やかに聞こえるように努めてゆっくりと応えを返した。


この子は大丈夫。敵じゃ無い。訳もなくそう思ったのは懐かしさもあったのかも知れない。

『頭脳は大人で身体は少年の名探偵と言えば?』


悪役令嬢は驚愕に目を見開くと、ポツリと答えてくれた。
ちょっとだけ涙混じりの声で。


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