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一章 女神と花冠の乙女

34 修行をしよう!1

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これから私達の本格的な修行が始まろうとしていた。



フロースがちょっと行ってくる、って消えた後ーーーちょっとひと悶着あって、その悶着中に技芸神が降臨したのだ。フロースに聞いたって。フロース、仕事早いな、おい。
因みにフロースはまだ戻った来ていない。

技芸神は、何ともセクシーなお姉様で、アラビアンナイトを思わせる出立は、減り張りのある身体つきに良く似合っていた。

ある程度の事情は掻い摘んで説明されていたらしく、私を見るなりギューッと抱き締めて「嗚呼、なんとおいたわしい。姫様、妾が罷り越しました故、ご安心召されよ」って言ってくれたのだけど、その、身長が高いんですね、技芸神。危うく豊満山脈で窒息ーーーチチソクする所でしたよ。
急な呼び出しに応えてくれたお礼を言うと「姫様のお為に成るならば!」と、山脈再びになってしまって大変でした。ーーー呼吸が。

ただ、呼び出しには応えてくれたけど、弟子にするかは別の問題で、一度ティティに舞を奉納させてからの判断だと言われた。
それに、薬神がティティの舞を気に入っていたからと、その存在は、気にはなっていたらしい。

かくして、ティティの先生になってくれる事になったんだけどーーー当たり前だけど、厳しい。
私なんて見惚れて声も出なかったのに
「全体的に荒い。ーーー頭一つ分。それしかあの娘に抜きん出はておらぬ。当代一の舞姫には遠い」
って。
もうね目が点になったからね。だって、ティティの舞は、爪先指先はおろか、装飾の鈴にまで神経が行き渡っっているんじゃないかって思ったのに。

でも、その後直ぐに「気に入った」って言ってくれたからホッとしたよ。


更に、技芸神自ら手本を見せてくれる事に。
ラインハルト曰く、人に舞を披露してくれる事は滅多にないそうで、これ迄に二回だけだそうだ。



技芸神がフロアの中央に立つ。
ただ立ったーーーそれだけで、視線が外せなくなる。
音も無く腕を上げて、宙に浮かぶ領巾が空に留まる一瞬。

ーーーーーーシャンッ。

静まり返っていたフロアに、身を切るような鈴の音が奔った。

魅せられるとは、こういう事を言うのか。
観客の立場のーーー私の呼吸も支配されているんじゃないかと思わせる。
感嘆の溜息のタイミングすら計られているような。現にそれは、カリンと同じタイミングだった。

ティティの舞が、ミリのズレも許されぬ、几帳面に調えられた完成品ならば。

技芸神の舞は、完成のその先を行く。
まるで態と作られた不協和音が、オーケストラの中で絶妙な調和を齎すかのように。
完璧に調えられた楽譜から、重低音を奏でる弦楽器を、他の旋律よりも態とーーー瞬きにも満たぬ差で遅らせ、重厚感を演出するように。

筋肉の動き、呼吸のタイミング、身に付けた装飾品の動き、薄物の広がり一つすら、場の空気を支配する。
楽の音も無いのに、そこには確かに美しい旋律があった。

動から静へ、静から動へと移り変る場面は、やがて終息に向かう。
壮大な叙事詩が幕を降ろす。
領巾が床に舞い降り、鈴の音がフロアに吸い込まれ消えた。

誰もが息を留め、身動ぎも出来ない。
ーーー魂が持っていかれる。

数秒経った頃、漸く技芸神が舞を解くと、フッと周りの空気が軽くなった。

気が付いたら私は泣きながら拍手をしていた。言葉無く。
それは瞬きも惜しみ、食い入る様に観ていたティティも同じだった。

感動の涙腺が壊れっぱなしの私を見た技芸神が、涙を拭ってくれる。

「姫様の御前故に。本気を出してしまいました」


ーーー幼き頃の姫様は妾が舞えば直ぐにでも泣きやんだものを。これはいかがしたものか。

と、言ったまでは良かったけれど「ハッ!こんな時は、確かーーー」って要らない黒い歴史を掘り起こされそうな予感がしたので慌てたよ。涙もお陰で引っ込んだよ。

ティティ達は、気が高揚してるし、このまま稽古に入ると言う事で、私は邪魔にならないように再び庭の散策へと戻る事にした。


低木で作られた散策道をフラフラと歩く。低木と言っても私の肩位はあるのだけれど。あら?ちょっと上かしら?
その木々達は淡く色を付けた蕾が咲くを待っている。
もう直ぐ香気豊かに、その馨しさを庭に振りまくのだろう。
気の赴くままに歩いていたら、いつの間にか周りは低木だらけで、どうやらこの道は、低木で作られた迷路のようだった。
ずんずんと進むうちに、私は一体何をしているのだろうとの思いに思考が動く。
私の修行ってどうやるんだろう?
何をすればいいのか見当もつかない。
修行って言うと、イメージ的に汗水垂らしながらのものとか、滝の下で座禅を組むとかーーーあっ!?真逆、やたらと重い何かの甲羅とか背負ったりしないよね!?
と、思考が迷路で迷子になり掛けた時に、突然カリンが目に前に現れた。

「フィーア、もしかして、こんな子供向けの迷路で迷子?」

カリンはふよふよと空中に浮かびながら、背後から私の顔を覗き込んだ。


「あ、カリン。迷子と言うか、思考が迷子と言うか?」

呆れたような、でもどこか笑いを堪えているようなカリンは、私の返事を聞いて、爆笑した。

「アハハ!あーお腹痛いし。や、やっぱり迷子じゃんか。なんかさー、プス。フィアの顔半分だけ出てんだよね、この迷路から。想像してみてよ、顔半分がこのトピアリー迷路の上で猛然と彷徨ってる所。ブハッ!」

そう言って笑いながらカリンは、指で私の後ろを指し示した。
くるんと回れ右してみれば、遠慮なく笑い転げているフロースと、口を手の平で抑えて、俯き加減で肩を震わせているラインハルト。
あ、ロウまで笑ってる!
ひどいな、みんな。そこまで笑わなくてもいいのに。

というか、フロース戻って来たんだ。
未だ爆笑中の彼は、普段の優雅さと、どうやら喧嘩中であるらしかった。
しかもジンライ風の姫装束では無く、西側の帝国、カスタリア風の貴公子然とした姿で、まるで遠乗りにでも行く王子様だ。

「あー笑った!フィア、兎に角この迷路から出るよ」

カリンがヒョイと私を横抱きにすると、重力を感じられない浮遊感に、身体がむず痒さを訴える。

「わ、え、飛んでる!」

私が風を感じる間もなく、カリンはあっという間に迷路を飛び越えて、何とか笑いを堪えている三人の前に着陸した。

「さて、お待たせ致しました、フィア様。取り敢えず、漂う魔素を感じてみましょう。極限の状態で、大気を漂う事が一番の近道です」

「ーーーへ?」

私は、ロウの片眼鏡がキランと光ったのは気のせいだと思いたかった。



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