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一章 女神と花冠の乙女

63 ドキドキとバクバク

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手のひらに人文字を指で書いて呑み込む。
緊張した時のおまじないだ。
向かいのソファーに座ったティティも同じ事をやっているので、これは日本のおまじないの中でも、あるあるなんだと思う。

不意にティティの視線が私の左耳に固定された。
首を傾げると微かに石の触れ合う音に、ああ、と思い出す。

「この耳飾り?ラインハルトが付けてくれたんだけど、可愛いよね」

私はくふん、と笑う。可愛い物は好きだ。

「はい、とても。それに良くお似合いです。なんですが、あの、フィア様は、えっとーーーー」

そこでティティは、チラっとメルガルドを見て、アワアワした顔をしている。
メルガルドが苦笑いをしてヤレヤレのポーズだ。
ティティの顔がちょっと赤くなって、もじもじちゃんしてて可愛い。

「ーーーー••••?」

二人の態度で、私にの頭上に疑問符が飛び出たのを悟ったティティが、慌てて手を横に振って話しだした。

「ああ、いえ、その耳飾りに使われている宝石なのですが、私の見間違いでなければ
、蒼蛍華の魔石化した物を使っていらっしゃるのでは?」

蒼蛍華?って初めて聞く名前だ。
初耳の私に今度はメルガルドが説明してくれる。

「深海に咲く華でございます。それも深層域が弱光層と無光層の境目でしか生息しておらず、分類的には魔物です。暗闇に咲く花は、花弁が蒼く蛍のように光るので、この名が付きました」

この花は次代の種を残すと、枯れるか魔魚に喰われるかして残る事が少なく、条件が揃うと魔石化すると言う。

ーーーーもしかして、かなり貴重な物なのでしょうかね!?心臓が緊張とは別の意味でバクバクしてきたんだけど、どうしよう。
そんな私にティティが追い打ちを掛ける。

「とても貴重な宝石で、力のある水の精霊ーーーー上級以上の精霊じゃないと探せませんし、採りにもいけませんから、市場に出る事が稀なんです。魔石化自体が謎に包まれている現象ですし、アルディアでは王妃殿下が真珠と合わせて首に飾っているのを見た事があるだけで、他の貴婦人が所有しているとは聞いたことがありません」

「最大の特徴はその石の中に舞う金の光の粒子でしょう」

メルガルドに手鏡を渡されて耳飾りを映し見れば、なる程、小さな蕾花の中に金の粒子が、スノードームの中を舞う雪のようにキラキラと輝く。時折、粒子がリボン状で風に吹かれ、翻り、散る。

ーーーー何というか、芸の細かい宝石だ。

素直に感想を述べた私に二人は残念な子を見る目で応えてくれた。
うっ、仕方無くない!?宝石とかってあまり興味がなかったと申しますか、お高い物なんて、見るようになったのは最近だからね!?

他にも深海にある時は百合に似た花だとか、それを加工して私の耳にぶら下がっているのは、パっと見はスズランに似ているけれど、佳宵花ーーーー別名、月待花とも呼ばれ、月明かりの下ですら、恥じらい俯く乙女の化身に例えられてる花の蕾を象っているとか何とか、何とか。



私はこの時に、佳宵花に付いてもっと聞いて置くべきだったと後悔する事になるのだけれど、お高そうーーーーじゃ済まない宝石を所有する事について、それどころじゃなかった私は、ひたすらガクブルしていたのだった。





モリヤの用意してくれた鏡に舞殿が映し出された。
ディオンストムが事前に術を施し、様子が分かるように細工をしてくれていたらしい。「もしや、と思い、備えていて正解でした」と、その皺を深く優しく刻み微笑んでいたディオンストムが、今は鏡の中で長い袖を優雅に振るい、胸の前で祈りを結ぶと、神座に向かって開幕を宣した。

「始まりましたね」

メルガルドが言うや否や、殿上に舞姫達が揃った。

一斉に上がった白い腕は、角度も位置も一糸乱れず、風に舞う領巾は満月の元で淡く光を纏う。

空を打ち付け領巾の鈴がシャン、と鳴れば顕れる聖霊の光達。
それは、夏の終わりに雪を見るようだった。
音もなく、月下で静かに振り舞う雪を連想させる。冴々として玲瓏、だがそれは同時に、ほの温かさも連想させた。

最前列の真ん中にいる舞姫に光が集まりだす。フィリアナだ。
私は瞬きもせずに凝視するティティの手を取る。その手は細かく震えていた。私の手もだけどね。

「••••••フィリアナ」

ティティが全身から絞り出すような声で呟く。
フィリアナの舞は美しかった。単に技量に優れているだけでなく、表現力も生き生きとして眩しい。

「邪に、力など使わなくても、真摯に舞と向き合えたなら、姫様の力の気配等は必要ありませんでしたでしょうに」

残念そうに言ったのはメルガルドだ。

確かに、フィリアナ自身の実力だけでも、選ばれる事は出来た筈だ。そこにティティと言う壁があったとしても、複数人選ばれる事もあるのだ。

私の手の中で、小刻みに震えている手を擦る。ティティが深呼吸を繰り返す。

「ティティ、この舞は、祈りを神へ届けるものなんだって。フロースが言ってた。神は純粋な願いを聞くんだって。嘘偽で飾られたって届かない。いつだって、もう、それしか自分に残らない、そんな願いを」

綺麗にラッピングされてプレゼントされる祈りじゃない。
産まれた赤子が本能で泣き叫ぶように、神に祈る。

「ティティ自身の願いを叶える為で良いんだよ」

私のーーーーこの世界が、魔女が、なんて気にしなくていい。
ティティがそう思ってくれている事は知ってるから。

大丈夫だと伝わるように。

冷たかった手に温もりが徐々にもどる。
ティティのペリドットの瞳が光を宿す。


鏡の向こうは聖霊を侍らせたフィリアナが、乙女となる宣旨を賜るのだろう場面だ。
しおらしく膝を付いているが、傲慢に口の端がニヤっと上がっている。
欺瞞が隠しきれていない。

神座の数段下、中央に座っていたディオンストムが神妙な顔つきで立ち上がる。

ーーーーいよいよ来る。

シン、とした舞殿に技芸神の声が響いた。

「異議ありーーーーその者を乙女とするは、待たれよ」

凛と力強い張りのある声だ。
神座の薄い幕がヒラリと揺れて現れるは妙齢の美女神。剛毅さが伺える、勝ち気な眼差しが真っ直ぐにフィリアナを射抜く。

「我の舞姫を超えるとは思えぬ」

ーーーー我の舞姫との舞競いを宣言する!

今、技芸神による宣が、高らかに言い放たれた。





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読んでいただきありがとうございました!

そうは問屋が卸さぬ!と技芸神が仰っておいでなのです。
そしてラインハルトは有無を言わさず耳飾りを付けてしまうあたり、チュウ吉先生の苦労は続きそうです。




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