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一章 女神と花冠の乙女

小話 カーク兄様と炎の巫女姫

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 暮れなずむ夕陽をバックに、大泣している美丈夫が鼻をかむ。
 開け放たれた神殿のバルコニーから、優しい潮騒が耳を慰めてくれるからなのか、ズビーッと盛大に鼻を啜ると、情けない顔を私に晒したカーク兄様が、ポツリと話し出す。

 モリヤの淹れた香茶が落ち着きをくれる。ん、美味しい。

「ーーーーフィアちゃん、兄様、もう••••どうしたら良いかな。時間が無いんだ。フィアちゃんの幸運に縋らせて?」

 兄様の良く日に焼けた肌ーーーー頬にくっきり浮かぶ紅葉。
 それは情熱的に燃える炎のようで、火の神である兄様にして不思議と違和感が無かった。
 兄様が座り心地の良い椅子から立ち上がれば、金色に煌く夕陽が床に優しい影を作る。
 精悍な美貌を情けなく歪めて、兄様は私を膝に乗せて座り直した。
 穏やかな光に包まれた部屋にまたもやズズビーッと音が響く。
 兄様が私の肩に頬ずりする。
 あ、鼻水が付いた。
 私の見舞いに訪れていたティティがそっと、ハンカチで鼻水の付いた私の肩を拭ってくれる。

「兄様••••毎年に一回プロポーズしては振られて、今日で百と五十回目。時間が無いと言うのは、お相手の寿命が、と言う事で。何としてもお相手のお心をゲットするのに私の力を借りたい、で、ファイナルアンサー?」

 兄様が高速で首を縦に振るので、涙も飛ぶ。
 お茶菓子を運んで来たメルガルドの床に伸びた長い影を見ながら私は溜息を付いた。





 更に聞けばなんと、兄様の想いびとは、この大神殿の尼僧長でーーーーフィリアナがアーチのある場所で騒ぎを起こした時に呼ばれたあの老尼僧だ。

 矍鑠として、凛とした印象だったと思い出す。
 エルフの血が僅かに入っているらしく、人間にしては長寿の理由が頷けた。
 名前をフレイアと言って、何代も前の花冠の乙女になった彼女に一目惚れした兄様は速攻でプロポーズ。

 速攻で断られては食い下がり、粘りに粘って漸く得た回答が『わたくしの一番欲しい言葉を下さいまし』見事射止めたら、お受けしましょうと、言う賭けをしたらしい。

火の神の加護を持つ事から付いた二つ名が炎の巫女姫。
その情熱的な舞は見事と、技芸も感嘆したそうな。

「幸運に縋りたいって言われても、その辺はまだ思い出して無いというか、取り戻して無いと言うか」

「大丈夫!フィアちゃんの野生の勘で良いから!ね!?兄様を助けて!」

ウンウン唸る私は、百五十回も言葉を贈り続け、振られてきた兄様の『お言葉集』がとても気になった。

チラとティティを見遣ると、同じ事を考えていたのか、首を傾げてカーク兄様に問うた。

「あの、カーク様?お言葉を贈られたとーーーーその、一体どの様なお気持ちをお伝えになってらしたのでしょうか、お聞きしてもーーーー?人間の側からみた感覚で、何か気が付く事があるかもしれません」

「ティティちゃん!!ありがとう!なんか各国から粉かけられまくって大変そうだけど、何かあったら俺を呼んでね、燃やすから!」

ティティは困り顔で曖昧に微笑んだけどね、燃やしちゃ駄目だからね?

モリヤに紙とペンを用意してもらい、書き出す兄様を暫し眺める。
ペンが紙を擦る音と、潮騒のざわめきが室を満たす。

ロウや、珍しくラインハルトまで、女の子同士で積もる話もあるだろうからって、室にモリヤとメルガルドだけを残して下がってくれたのにな。
カリンとチュウ吉先生もだ。

ポポは膝に居てくれるけどね。ナデナデして和む。

でもーーーーと私は思い直す。
兄と友達が仲良く出来るのは素直に嬉しい。


「ーーーーうん、書けたぞ」

どこか誇らしげな兄様からお言葉集を受け取る。

「ーーーー••••••(うわぁーなんか痒い)」

「ーーーー•••••(物凄い美辞麗句の嵐ですわー)」

錚々たる麗句の羅列にちょっと引く。
そして、この詩集ともいえるお言葉の最後の方って。

「ね、兄様。この最後の方、もしかして、ロウとか、ディオンストムが考えた?」

ヴゴッとか、ギクリって言う擬音がピッタリな兄様の肩の動きにちょっとだけ呆れた視線を送る。

「だって、切羽詰まってるんだって!でも今日のは兄様がちゃんと考えた!」

それが、おばあちゃんでもフレイアは可愛い、抱ける!じゃぁねぇ。
紅葉生産する訳ですねぇ。

「時が経つにつれて焦るでしょ?藁にだって縋るよ!」

ほうほう、そして藁の最終兵器が私だと言う事ですね?兄様。

「うーん、今日のは論外として。兄様って本当にフレイアの事が好きなの?ね、ティティはこの言葉を集をみて、兄様の好きって気持ち伝わる?」

多分だけど、フレイアはこんな美辞麗句は聞き飽きる程浴びてる。聞き流す位には。
兄様から聞きたいのはきっとーーーー。

「そうですね••••フレイア様の舞や姿をお好きなのは良く伝わってまいります」

「そうだよね?でもさ、フレイアは頷いてくれないんだ。俺、嫌われてる?寿命で逃げ切られちゃうのかな」

「いえ!そうではなくて。フレイア様自身をお好という事がーーーーイマイチ伝わって無いと思うのですが」

「ーーーーへ!?」

私は兄様のお間抜けな表情に、そっと溜息を付いた。

「あのね兄様のお言葉集にはね、フレイア自身が好き、愛してるって、一つも無いんだけど。これじゃフレイアの舞や姿が好きなのであって、舞姫としてのフレイアが好きで、『フレイア自身』はどうなのって疑問。解らないし」

「それに、フレイア様はこの様な美辞麗句は聞き飽きているかと思います。きっと欲しいのは、舞や姿を賛賞する言葉では、ないのではありませんか?」




結局、好きです、愛してるので、結婚してくださいってストレートに言ったほうが良いとの結論で、兄様はフレイアの所へ飛んで行った。


花冠の乙女で、各国からも婚約や、結婚の打診も多かっただろうに、独身を貫く為に大神殿に入る位だ。
フレイアだって、きっと兄様を憎からず想っていたーーーー筈。多分。きっと。

上手くいくと良いねってティティと笑う。



後に私は、尼僧長の葬儀が厳かに執り行われたその晩。
カーク兄様がビシッと綺羅びやかな衣装を身に纏ってフロースのチェックを受けている姿を見る事になる。




燃える様な真っ赤な薔薇の花束を抱えて。
何本あるのかはあえて聞かなかったけれども。
これから黄泉の坂を降って冥界の母様の所へ行くらしい。いつものように勝手口からこんにちは!じゃなくて正式に、門からの訪問だ。
輪廻から外れる兄様の乙女を迎えに行くのだろう。


ーーーーあ、兄様、母様の好物持った!?






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読んでいただきありがとうございました!

お気に入り登録ありがとうございます(♡´∀`)
喜びの舞をスマホ持ってやるのは危険でしたので拝みました。

ちょこっとカーク兄様を出演させて見ました。
次回はティティ視点でのお話です。
その後、二章に向けてジワジワと幕間をば。


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