残ったのはただ一人

こうやさい

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 ゆるりと意識が浮上する感覚がする。
 いつの間に眠ってしまったのだろうか?
 思い出そうとするが記憶は居眠りすらしないような場面で途切れている。
 それでもとりあえず起き上がろうとするが、身体が動かなかった。
 目蓋も重い。

「殿下っ」
 それでも身じろぎしたせいか、起きたことに気づいたらしい。聞き覚えはあるが、ここにいるはずのない女性の声がする。
「気づかれましたか?」
 ようよう目を開けると、予想通りの人物が顔をのぞき込むようにこちらを見ていた。

 手伝われながら上半身を持ち上げる。
 匙で水が差し出され、喉かからからな事に気づく。
 差し出された匙で器一杯分、その後自分でもう一杯分飲む。

「なぜ、君が、ここに?」
 そうしてやっと質問した。

「他の婚約者さまは、もしかしたらいるかもしれない殿下の子が病のせいで流れてはいけないからと」
 彼女が今の俺よりもよほど弱々しい笑顔を浮かべて言う。
「やることをやってもいないのに子が出来る訳がないだろう」
 彼女のせいではないのに、ついついあきれかえった視線を向けてしまう。
 彼女はあまりにも惚けた顔をしているので完全に騙されていたのだろう。

 確かに婚約者のようにふるまっている者は複数いるが、実際は候補に過ぎず、婚約者に引いては妃になるのは一人だけで、場合によっては側妃として娶ることもあるだろうが、正妃より早く子を胎みでもしたらややこしいことになる。こんな状況でなくともうかうかと手を出す訳がない。
 なのにあることないこと吹き込めたのは婚約者候補の中で彼女だけをこちらが必要以上に避けていたからだ。

 嫌っている訳ではない。
 むしろ初恋だった。

 小さな頃、庭で偶然彼女と出会った。
 考えてみれば宮殿の庭なのだから、そこにいる時点で関係者であることは察することが出来るだろうに。
 後日、婚約者だと紹介されて裏切られたような気がした。
 楽しかった分、彼女も殿下だからと思って相手をしてくれたのかと。

 ゆるゆると何とか動かした手で近くに置いてあった鈴を鳴らす。
 その音を聞いた一応の部下が恐る恐る扉あけてこちらをのぞき込んでいた。
「移るわけでも、そもそも病でもない」
 思っていたより声量は出なかったが、聞こえはしたらしくこわごわと近づいてきてきた。
「今頃不義を働いているであろう他の婚約者扱いだった者とその相手を秘密裏に捕らえよ。不必要に乱暴にはしないように」
「りょ、了解しました」
 部下は慌てて出て行き、彼女と取り残される。

「あの、目覚めたことを知らせなくても?」
「捕縛がすんでからだな」
 出来るはずもない殿下との子供を今頃作っているならば、単純に契約不履行という問題ではすまない。
 殿下の子と偽ろうとしようことそのものもすでに問題だが、産まれた子供を殿下の子だと言い張れる自信があるなら、それは父親とされる者の死、あるいはまともに意思疎通が出来る状態ではなくなると確信している事になる。
 なにせそんな結果になる行為をやっていないのだから。
 単純に手を出しておきながら認めない男もいるだろうが、殿下の発言ならば重みが違う。

 恐らく彼女らの誰かに、あるいは複数に薬を盛られたのだろう。

 最近そういう何かを企んでいるかもしれないと疑ってはいた。
 間に子を成したなら殿下の子だと言い張れる色彩をもつ男を身近に侍らせていたのだから、一度でも手をつけられれば一刻も早く子を産むためにそうするつもりなのだろうと。
 生まれた子供を傀儡に据え、権勢をほしいままにするつもりだったのだろう。王家の力はまだまだ強い。
 まさか行為すら待たずに殺して証言出来なくする気だとまでは思わなかった。俺もまだまだ甘い。
 問題はそれを企んだのが誰かだ。
 婚約者当人なのか、相手の男なのか、家ぐるみなのか、複合なのか、それ以外なのか。
 けれど相手の男は確実に殿下の色彩を持つ子を成すために、既に結婚して子供もいる可能性もある。
 何か企んでいたり、そこまで行かなくとも誘惑に負けたのなら酌量の余地はないが、妻や子を質に取られている可能性もある。

 ちらりと彼女に目を向ける。
 本来、彼女こそ一番に毒殺それをやろうとしても立場的におかしくないはずなのだが。
 乾きとまだ上手く働かない思考のせいで差し出された水を飲んでしまったが、あまりにも不用心すぎた。
 ……未だ、気持ちが残っているというのはやっかいだな。
 避けていたはずなのに機会があれば目で追って、むしろ気持ちを募らせたかもしれない。
 今更だが他の候補は何をやっていたんだ、心を奪うどころか気をそらせることすら出来ていない。

 けれどこれで婚約者は彼女一人となってしまった。
 候補の中で一番心を傾けていた相手が残ったのだから本来は喜ぶべきなのだろう。

 ……俺が本当の殿下ならば。
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