1 / 4
-1-
しおりを挟む
ゆるりと意識が浮上する感覚がする。
いつの間に眠ってしまったのだろうか?
思い出そうとするが記憶は居眠りすらしないような場面で途切れている。
それでもとりあえず起き上がろうとするが、身体が動かなかった。
目蓋も重い。
「殿下っ」
それでも身じろぎしたせいか、起きたことに気づいたらしい。聞き覚えはあるが、ここにいるはずのない女性の声がする。
「気づかれましたか?」
ようよう目を開けると、予想通りの人物が顔をのぞき込むようにこちらを見ていた。
手伝われながら上半身を持ち上げる。
匙で水が差し出され、喉かからからな事に気づく。
差し出された匙で器一杯分、その後自分でもう一杯分飲む。
「なぜ、君が、ここに?」
そうしてやっと質問した。
「他の婚約者さまは、もしかしたらいるかもしれない殿下の子が病のせいで流れてはいけないからと」
彼女が今の俺よりもよほど弱々しい笑顔を浮かべて言う。
「やることをやってもいないのに子が出来る訳がないだろう」
彼女のせいではないのに、ついついあきれかえった視線を向けてしまう。
彼女はあまりにも惚けた顔をしているので完全に騙されていたのだろう。
確かに婚約者のようにふるまっている者は複数いるが、実際は候補に過ぎず、婚約者に引いては妃になるのは一人だけで、場合によっては側妃として娶ることもあるだろうが、正妃より早く子を胎みでもしたらややこしいことになる。こんな状況でなくともうかうかと手を出す訳がない。
なのにあることないこと吹き込めたのは婚約者候補の中で彼女だけをこちらが必要以上に避けていたからだ。
嫌っている訳ではない。
むしろ初恋だった。
小さな頃、庭で偶然彼女と出会った。
考えてみれば宮殿の庭なのだから、そこにいる時点で関係者であることは察することが出来るだろうに。
後日、婚約者だと紹介されて裏切られたような気がした。
楽しかった分、彼女も殿下だからと思って相手をしてくれたのかと。
ゆるゆると何とか動かした手で近くに置いてあった鈴を鳴らす。
その音を聞いた一応の部下が恐る恐る扉あけてこちらをのぞき込んでいた。
「移るわけでも、そもそも病でもない」
思っていたより声量は出なかったが、聞こえはしたらしくこわごわと近づいてきてきた。
「今頃不義を働いているであろう他の婚約者扱いだった者とその相手を秘密裏に捕らえよ。不必要に乱暴にはしないように」
「りょ、了解しました」
部下は慌てて出て行き、彼女と取り残される。
「あの、目覚めたことを知らせなくても?」
「捕縛がすんでからだな」
出来るはずもない殿下との子供を今頃作っているならば、単純に契約不履行という問題ではすまない。
殿下の子と偽ろうとしようことそのものもすでに問題だが、産まれた子供を殿下の子だと言い張れる自信があるなら、それは父親とされる者の死、あるいはまともに意思疎通が出来る状態ではなくなると確信している事になる。
なにせそんな結果になる行為をやっていないのだから。
単純に手を出しておきながら認めない男もいるだろうが、殿下の発言ならば重みが違う。
恐らく彼女らの誰かに、あるいは複数に薬を盛られたのだろう。
最近そういう何かを企んでいるかもしれないと疑ってはいた。
間に子を成したなら殿下の子だと言い張れる色彩をもつ男を身近に侍らせていたのだから、一度でも手をつけられれば一刻も早く子を産むためにそうするつもりなのだろうと。
生まれた子供を傀儡に据え、権勢をほしいままにするつもりだったのだろう。王家の力はまだまだ強い。
まさか行為すら待たずに殺して証言出来なくする気だとまでは思わなかった。俺もまだまだ甘い。
問題はそれを企んだのが誰かだ。
婚約者当人なのか、相手の男なのか、家ぐるみなのか、複合なのか、それ以外なのか。
けれど相手の男は確実に殿下の色彩を持つ子を成すために、既に結婚して子供もいる可能性もある。
何か企んでいたり、そこまで行かなくとも誘惑に負けたのなら酌量の余地はないが、妻や子を質に取られている可能性もある。
ちらりと彼女に目を向ける。
本来、彼女こそ一番に毒殺をやろうとしても立場的におかしくないはずなのだが。
乾きとまだ上手く働かない思考のせいで差し出された水を飲んでしまったが、あまりにも不用心すぎた。
……未だ、気持ちが残っているというのはやっかいだな。
避けていたはずなのに機会があれば目で追って、むしろ気持ちを募らせたかもしれない。
今更だが他の候補は何をやっていたんだ、心を奪うどころか気をそらせることすら出来ていない。
けれどこれで婚約者は彼女一人となってしまった。
候補の中で一番心を傾けていた相手が残ったのだから本来は喜ぶべきなのだろう。
……俺が本当の殿下ならば。
いつの間に眠ってしまったのだろうか?
思い出そうとするが記憶は居眠りすらしないような場面で途切れている。
それでもとりあえず起き上がろうとするが、身体が動かなかった。
目蓋も重い。
「殿下っ」
それでも身じろぎしたせいか、起きたことに気づいたらしい。聞き覚えはあるが、ここにいるはずのない女性の声がする。
「気づかれましたか?」
ようよう目を開けると、予想通りの人物が顔をのぞき込むようにこちらを見ていた。
手伝われながら上半身を持ち上げる。
匙で水が差し出され、喉かからからな事に気づく。
差し出された匙で器一杯分、その後自分でもう一杯分飲む。
「なぜ、君が、ここに?」
そうしてやっと質問した。
「他の婚約者さまは、もしかしたらいるかもしれない殿下の子が病のせいで流れてはいけないからと」
彼女が今の俺よりもよほど弱々しい笑顔を浮かべて言う。
「やることをやってもいないのに子が出来る訳がないだろう」
彼女のせいではないのに、ついついあきれかえった視線を向けてしまう。
彼女はあまりにも惚けた顔をしているので完全に騙されていたのだろう。
確かに婚約者のようにふるまっている者は複数いるが、実際は候補に過ぎず、婚約者に引いては妃になるのは一人だけで、場合によっては側妃として娶ることもあるだろうが、正妃より早く子を胎みでもしたらややこしいことになる。こんな状況でなくともうかうかと手を出す訳がない。
なのにあることないこと吹き込めたのは婚約者候補の中で彼女だけをこちらが必要以上に避けていたからだ。
嫌っている訳ではない。
むしろ初恋だった。
小さな頃、庭で偶然彼女と出会った。
考えてみれば宮殿の庭なのだから、そこにいる時点で関係者であることは察することが出来るだろうに。
後日、婚約者だと紹介されて裏切られたような気がした。
楽しかった分、彼女も殿下だからと思って相手をしてくれたのかと。
ゆるゆると何とか動かした手で近くに置いてあった鈴を鳴らす。
その音を聞いた一応の部下が恐る恐る扉あけてこちらをのぞき込んでいた。
「移るわけでも、そもそも病でもない」
思っていたより声量は出なかったが、聞こえはしたらしくこわごわと近づいてきてきた。
「今頃不義を働いているであろう他の婚約者扱いだった者とその相手を秘密裏に捕らえよ。不必要に乱暴にはしないように」
「りょ、了解しました」
部下は慌てて出て行き、彼女と取り残される。
「あの、目覚めたことを知らせなくても?」
「捕縛がすんでからだな」
出来るはずもない殿下との子供を今頃作っているならば、単純に契約不履行という問題ではすまない。
殿下の子と偽ろうとしようことそのものもすでに問題だが、産まれた子供を殿下の子だと言い張れる自信があるなら、それは父親とされる者の死、あるいはまともに意思疎通が出来る状態ではなくなると確信している事になる。
なにせそんな結果になる行為をやっていないのだから。
単純に手を出しておきながら認めない男もいるだろうが、殿下の発言ならば重みが違う。
恐らく彼女らの誰かに、あるいは複数に薬を盛られたのだろう。
最近そういう何かを企んでいるかもしれないと疑ってはいた。
間に子を成したなら殿下の子だと言い張れる色彩をもつ男を身近に侍らせていたのだから、一度でも手をつけられれば一刻も早く子を産むためにそうするつもりなのだろうと。
生まれた子供を傀儡に据え、権勢をほしいままにするつもりだったのだろう。王家の力はまだまだ強い。
まさか行為すら待たずに殺して証言出来なくする気だとまでは思わなかった。俺もまだまだ甘い。
問題はそれを企んだのが誰かだ。
婚約者当人なのか、相手の男なのか、家ぐるみなのか、複合なのか、それ以外なのか。
けれど相手の男は確実に殿下の色彩を持つ子を成すために、既に結婚して子供もいる可能性もある。
何か企んでいたり、そこまで行かなくとも誘惑に負けたのなら酌量の余地はないが、妻や子を質に取られている可能性もある。
ちらりと彼女に目を向ける。
本来、彼女こそ一番に毒殺をやろうとしても立場的におかしくないはずなのだが。
乾きとまだ上手く働かない思考のせいで差し出された水を飲んでしまったが、あまりにも不用心すぎた。
……未だ、気持ちが残っているというのはやっかいだな。
避けていたはずなのに機会があれば目で追って、むしろ気持ちを募らせたかもしれない。
今更だが他の候補は何をやっていたんだ、心を奪うどころか気をそらせることすら出来ていない。
けれどこれで婚約者は彼女一人となってしまった。
候補の中で一番心を傾けていた相手が残ったのだから本来は喜ぶべきなのだろう。
……俺が本当の殿下ならば。
11
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ジェリー・ベケットは愛を信じられない
砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。
母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。
それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。
しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。
だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。
学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。
そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。
※世界観はゆるゆる
※ざまぁはちょっぴり
※他サイトにも掲載
『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛
柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。
二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。
だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。
信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。
王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。
誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。
王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる