義姉さんは知らない

こうやさい

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余話

義姉上とは呼ばない

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『姉さんでも何でも呼びやすいように呼んでちょうだいね』
 それは始まりの頃の記憶。

 僕の実家は一応領地持ちの貴族だが、そこから甘い汁が吸えるどころか正直なところお荷物で、捨てたほうが生活に余裕が出そうな家だった。もっともこれは子供の頃の記憶と現在の知識から導き出した結論なので、本当にそうだったかは分からない。
 何にしろ家が貧乏なのには変わりなく、母は刺繍を趣味ではなく内職でしていたし、兄も家庭教師を雇うどころか貴族の学校にすら行けず、立場を隠して領内の家の手伝いをしなくていい程度にはまだマシな生活を送っている子供の一部に混じって勉強をしていた。せめて商人の子供の通う学校に行ければよかったのにと父が言っていたのを覚えている。つまり一部のとはいえ領民以下の生活を実質送っていたということだ。

 ところで立ち振る舞いというものは取り繕っても慌てたり気を抜いたりすると素が出てしまう。そもそも子供は取り繕うことすらできない子も多い。
 そして没落寸前である我々が貴族らしい態度をとる必要がある場所に行くことは両親ですらほぼない。
 結果、兄が子供達の間で浮かないようにと家族の日々の振る舞いは貴族から遠ざかっていった。ある程度大きくなればその内に取り繕える程度の事は教わるのだろう。
 その前に僕はその家から引き離され、別世界ともいえるところに引き取られた訳だが。

 実家では父を「父さん」と呼んでいた。
 義父は自分を「義父上」と呼ぶように強要した。
 正直、学習が進むまで「義父上」が何を指しているか分からなかった。名前だと教えられたらきっと信じていたに違いない。
 それくらい何もかも違っていた。
 その理屈で言うと義姉さんは「義姉様」どころか「義姉上」と呼ばなければならなかっただろう。
 けれど義姉さんはそれを強要しなかった。義父が横で苦虫をかみつぶしたような表情をしていたので義姉さんの独断だろう。それでも止めなかった辺り義父はやっぱり義姉さんに甘い。
 当時何をどう聞いていたかは知らないし、今ではほとんど何も知らないことも知っているが、僕が「義姉上」と呼ぶような言葉遣いをする生活をしていない可能性を考えていたのだろう。
 それでも弟として受け入れるつもりだと示したかったに違いない。
 その優しさのために僕は弟にはなれなかったわけだけど。

 最初から「義父上」呼びを強要されたせいで知らなかったのだが、貴族の子息でも幼い頃は「父上」ではなく「父様」あたりのもう少し柔らかい呼び方をする事もあるらしい。成長に従ってだんだんと「父上」と呼ぶようにするそうだ。
 それが分かるようになった以上本来論外の「義姉さん」はやめて「義姉上」と呼ぶようにするべきだと貴族の常識としては分かっている。
 けれども僕は義姉さんが許してくれているのをいいことに「義姉さん」呼びをかたくなに続けた。他のことはそれなりに養子として問題ない行動を取れるようになってもだ。
 それを砂糖菓子に知られて「案外と子供っぽい部分もあるんですね」と親しげに微笑われた時には腹が立ったがそれでもやめなかった。

 個人的な考えかもしれないが「姉上」は義理だろうが実だろうが姉にしか使わない。
 けれど「ねえさん」は家族じゃなくても年上の、場合によっては年下でも女性全般に対しての呼び方にでも使える。
 恐らくそれは貴族の感覚ではないのだろうが。
 弟としか思われていないことに対するささやかな抵抗だった。

 恐らく一生、誰にも言わないけれど。
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