「婚約破棄をしてみないか?」

こうやさい

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「婚約破棄をしてみないか?」

 そういわれたあたしが貴族のお嬢様だったなら、きっと親の決めた婚約者でもいるのだろう。
 そうしてそれの破棄を勧められるということは、目の前の男性に遠回しに口説かれているということになるのかもしれない。
 だとすればなんて物語のような展開だろう。この後は結局破棄はできず手に手を取って逃げでもするのだろうか? それとも紆余曲折の末破棄をしてハッピーエンドになるのだろうか?
 けれどあたしはどこにでもはいないかもしれないが、あいにく見た目も服装も平凡なただの町娘に過ぎないし、婚約者どころか恋人もいない。
 そして目の前の男はあたしに恋情の欠片も抱いていないだろう。
 そうじゃなくても、たまたま会って立ち話のついでみたいにされてもなー。花束もって跪いて希えとまでは言わないけど、下土だし。

 おおまっぴらにはさすがに誰も言わないがうちの国の歴代の為政者は馬鹿だ。
 民の生活が決して豊かとは言えないのに、近隣諸国への見栄のためだけに国家予算を生活水準そのものではなく識字率を上げるためにつぎ込んだ。その間戦争とか起こらなかったことだけが救いよね。
 もちろん識字率が上がることは完全に無駄ではないし、十年二十年あるいはさらに先を見据えれば悪いことではないのだろうが、文字がそこまで役に立つ就ける仕事がさほどなく、ならば文字を勉強する時間に少しでも働いて生活を楽にしたいのにそれも叶わす、食うや食わずで金もないのに値札だけが読めてしまっては絶望しか出来ないわけだから恨めしいのはしょうがない。
 けれど幸いにもあたしはそのさらに先に生まれた子供だった。
 つまり何とかその絶望に慣れて生活の一部になるほどの年月の間苦しい日々が続いてしまったというわけだけれども。
 しかしそれでも人々は心までは貧しくならなかった。庶民には庶民なりのさまざまな文字文化が花開いた。
 粗末なわりに高いものの自分たちが使う用の紙を作り出し、苦しい日々ながらも余暇にちょっとした物語やどこか遠い場所の出来事をまとめた本などを読む人たちも多い。
 そうなると庶民向けの貸本屋が流行った。本は買うにはちょっとお高いし、食べられないし、置いておく余計な場所もないのに、うかつには捨てられないほど繰り返すが高い。
 そして図書館は資料保全の意味合いも強く庶民には開放されていない。
 何よりお堅い話よりは娯楽が欲しい人が多かった。

 コイツはそのいくつかある小さな貸本屋の息子で、自分でも物語を書いては店に貢献していると自称している。
 そしてその店から始まった今若い女の子に流行の内容はおおざっぱにまとめて言うなら婚約破棄物だった。
 最初に流行ったのはこれまた上の方にはいえない代物で、あらすじとしては、庶民のごく普通の女の子が運命的に出会い親切にしてくれた貴族の若様を好きになり、せめて遠くからでも見つめていたいとその家の下働きとなるが、若様の婚約者にめざとく気持ちを見抜かれ敵視され意地悪をされる。若様は婚約者のその行為を知ってあきれ果て、いじめられていた女の子に気づき、思いだし、心惹かかれ、最後には婚約者との婚約を破棄をし、女の子を選んでくれるという、夢と希望を詰め込み現実を最初と後半になるほど引っぺがしたどこぞやにはよくある代物である。
 たとえば前世で日参してた投稿小説サイトとか。……あそこは既に婚約破棄が何周か回ってどっか歪んでた気もするけどねー。

 そう、どこにでもはいないかもしれないという根拠として、実はあたしには前世の記憶がある。
 前世あそこでは他にも娯楽は大量にあったから皆が熱狂したとまでは言わないが、そこにも物語はあった。読む方も書く方も。
 あたしは読みもするが書きもする方で、読んでくれる人は…………目の前に読者がいたらうっかり拝みそうになるくらいのレベルということでご想像にお任せしますという感じだったけど、とにかく書くのが、考えるのが大好きだった。
 好きすぎてついつい睡眠削って書いてたら、混んでいる階段でふらついて、たたらを踏もうとして片足を勢いよく踏み外して、悪役令嬢もいないのにダイブの末恐らく頭を打って死んでしまった程度には。
 ……うん、ヒロインって何で階段とかで派手に突き落とされても大概助かるんだろうね? やっぱり補正? だとしても軽傷ですむなら、何らかのチートついてるだろ。即死免れても重傷で魔法とかない世界なら結局死ぬだろあれは。
 それともあたしがヒロインじゃないせいか? ってそれやっぱり補正だし。
 あーあ、あたしだって転生したんだから、何らかの属性なりチートなりつけばよかったのに。
 恐らく他人を巻き込んで殺してはいないだろうということだけは救いだろう。
 波が引くようによけられたのもショックだったが、人を殺した前世を抱え込むよりよほどいい。
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