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もう約束はしない

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『生まれ変わったら結婚しよう』
 前世でそんな約束があった。
 細かいことはろくに覚えていないけれど、そういうものがあったことは強く覚えている。
 告白でも、申し込みでもなく、約束。
 来世に対してのとはいえ、そんな約束が出来る相手がいたことは、強い心の支えとなった。

 なぜなら今の僕はお世辞でもかっこいいとはとてもいえない。
 周りがまだまだ育っていく中で止まった身長。
 代わりのように頭髪だけは大人に……要するにはげてきて。
 とどめとばかりにぶくぶくと肥え太る体。
 前の二つは体質的なことと認められやすいが、太っているのは意思が弱いからだと見られる。
 けれどこれも体質だ。飢饉で食べられなかった時すら痩せなかった体はきっと中に詰まっているのは脂肪ではないのだろう。何か日頃の行いでも悪かっただろうか?
 おかげで飢饉でまわりがはらをすかせていても自分だけは金に飽かせて食料を食べまくった人という印象まで今はついている。
 これでは金を好きな人が近寄ってくることはあっても、僕を好きになって近寄って来る人はいない。

 金に飽かせてだの、金目当てだの、そんな言葉を自分でいう程度には僕は財産を持っている。
 半分は親から受け継いだものだが、もう半分は自分で稼いだものだ。多角的に商売をした結果こうなった。
 実際、領主様が非常時ききんで困っている領民のためにお金を借りたいといいに来る程度には資産がある。
 領地の為というなら無償提供……はさすがに後々他の人につけ込まれては困るのでやらないが、担保や利子などは勉強するつもりだった。

 けれどその言葉を言う前に彼女に出会ってしまった。

 いくらこちらが貸す立場といえど領主様を呼び出すわけにはいかないので、こちらが領主邸に出向いた。
 そこの庭に彼女がいた。
 服の生地もその使い方も庶民には手の届かない上等なものなので、領主様の娘だと一目で知れた。
 ただ大きさは少し窮屈そうなので、恐らく古いものを手直しして来ているのだろう。さすがに金を借りに来るような状態ではそれでも娘に新しい服は仕立てないらしい。
 そこまでは確かに冷静だった。
 けれど彼女がこちらを向いて、目が合いかけた一瞬に気づいてしまった。
 この少女は恋人の生まれ変わりだと。
 根拠はない、けれど間違いはないという確信が渦巻く。

 その直後、中に招かれてしまったので言葉を交わしたわけでもない。もしかしたら向こうはきちんとこちらを認識していないかもしれない。
 それでも彼女が気にかかってしょうがない。

 失礼にも上の空で彼女が今もいるかもしれない庭を気にしていた姿が、領主様には条件をつり上げる為の駆け引きだと思われたらしい。
 更にいうなら彼女を要求していると思われたようだ。
 返せないときは娘を嫁にやると言われた時、何がどうなってそうなったのか分からなかった。
 ……けれどどっさに断ることが出来なかった。

 結婚は諦めていたつもりだった。
 約束した恋人には恐らく会えないだろうし、それを忘れても周りに居るのは金目当ての女性ばかり。
 それならば信頼できる従業員の誰かを養子にとり、その人に商売を引き継がせればいいと。
 けれどその恋人が目の前に現れたならどうだろうか?
 もしかしたら約束を覚えているかもしれない、覚えていなくても前世の影響がどこかにあり好きになってくれるかもしれない。

 その誘惑にあらがえず、最終的には彼女を形にお金を貸した。
 期待と自己嫌悪とに振り回されて、後で寝込んだ。
 それでも痩せなかった。


 そして約束の年月が経っても領主様はお金を返せなかった。
 待つと言ったけれど、返せる当てがないという。
 生活こそ立て直されはじめているが、返済に充てられる余裕はないと。
 それに娘もいき遅れてしまうと。
 そうして彼女は手の中に落ちてきた。

 領主様はそれでもギリギリまでなんとかしようとしていたので、機会がなくて実際まともに会ったのはその時が初めてだと思う。
 末永くよろしくお願いしますという挨拶をする彼女は微笑っていたが、その目に宿るのは諦念と嫌悪と悲しみだった。
 急に夢から覚めたような気持ちがした。
 考えるまでもない、金に飽かせて無理矢理結婚を迫る中年が好かれるはずがない。
 仮に前世での恋人だったとしても、そんな事をされた瞬間嫌になるだろう。
 だからといって、今更話をなかったことには出来ない。
 そうなれば今度は彼女を盾に何を要求するのかと警戒されるか、彼女に何か問題があると世間に見られるか。
 それがいいことではないくらいこのお粗末な頭でも分かる。

 こうなれば一生かけて彼女に償うつもりだった。
 近くにいる間は幾らでも尽くす。建前が整ったら離縁してもいい。もちろん財産は渡す。
 愛人を作っても構わない。自分が愛されようだなんて望まない。

 けれどそれすら許さないとばかりに彼女はこちらに来た途端寝付いて、あっさりと儚くなった。
 袖を通されなかった花嫁装束がいろいろな意味で切ない。

 彼女の遺体からだは棺に入れて領主様に返した。着いてきた侍女はいたとはいえ、こんな知らない人たちと嫌いな人の近くで眠りたくはないだろう。
 領主邸で棺に会わそうとされていた少年を見かけた。そういえば彼女が孤児をかわいがっていたと聞いた事がある。
 彼の顔が前世の自分に似ているような気がしたけれど、そもそも覚えていないのだからただの願望だろう。

『生まれ変わったら結婚しよう』
 もう、そんな約束はしない。
 今回彼女とはそんな約束をする仲じゃないせいもあるが。
 それでも未来に向けた希望のはずの言葉が悲劇を生むことがあると知ってしまったのだから。

 今となっては、後悔しか残らなかった。
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