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 その夜遅く、彼女からメールが来た。……いやうん、以前一方的に教えておいた。
 それでもいいわけをしてくる程度には俺と付き合う気があるのだなと、少しばかり気分が浮上しかけたが、それを保てないほど内容は突拍子もなかった。
 なさ過ぎて却って切り捨てていいのか判断付かなかった。

 何でも彼女は異世界の聖女で、魔王によってこちらの世界に転移されたらしい。

 目の前で言われたなら反射的に「うっそだぁ」とでも叫べただろうが、メールとなればその前に次が読めてしまうわけで。
 異世界で魔王に負けた彼女は、完全に存在を消し去れないと思った魔王に何の能力ちからもない赤子に戻され、こちらの世界に送られたと。
 こちらの世界で肉体を持ちすごせばそれに引きずられ、そのまま輪廻に組み込まれ何度か転生を繰り返して生活すれば、聖女としての能力も失われるはずだったそうだ。
 けれどそれをよしとしない勢力があった。聖女を魔王の元に送り込んだ陣営だ。
 一度破れたとはいえ、それでも魔王が滅ぼしきれなかった存在を切り捨てることは出来なかったのだろう。
 それで時間をかけこちらの世界に干渉する術を見いだし、彼女にちょっかいをかけてきたと。
 その影響で向こうでいた時の記憶が流れ込み始めて今の記憶が曖昧になっていると。
 それでスマホに覚えておきたいこと覚えているはずのことをメモをしていたと。

 ……いや、えっと、やっぱり乙女ゲームかなんかやってるんだよな?

 そう思うのにざわざわした気持ちが消えない。
 手紙を受け取ってきょとんとしていたのは差出人を忘れてしまったから? それで誰か思い出すためにスマホのメモを調べていた?
 いや、そんなバカな。
 そこまでの事になれば気づくはず、と思った後で昔よりも離れた距離と変わってしまった環境を思い出す。
 変化を誤差か状況のせいだと流していなかっただろうか? それで覚えていないのでは?
 そんな風に俺だって日々の中で忘れていることはたくさんある。何かしら干渉があるなら尚更だろう。

 とりあえず落ち着こうとスマホから顔を上げる。
 カーテンを閉め忘れた窓の向こう、昼間に比べればすっかり冷たくなった空に月が浮かんでいる。
 そういえばかぐや姫も月に戻る前には記憶を消されたんだっけ?
 縁起でもない事を思い、首を振って振り払う。

 今すぐ説明して欲しいところだが、メールは来たとはいえ病み上がりには違いない。無理をさせてまで急ぐことはないだろう。夜も遅いし、この話がどうであれスマホに張り付いているのは間違いないんだから、下手に聞いては返事をするために休む方を後に回すかもしれない。
 出来は悪いが冗談で和ませようとしたのかもしれないし、女子の間で流行ってる比喩なのかもしれない。
 それを真に受けて騒ぐだなんて、中学生にもなってどうかしてるよな。
 そう言い聞かせて待つことにする。
 いずれ学校か、あるいは別の場所で聞くことは出来るだろうから。
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