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04 我慢
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「それって……相手を好きになることは、未確定だよね。そんなことに、時間を割きたくない」
「……付き合う前に好きになってから、付き合いたい?」
「うん。だって、好きじゃない人と付き合っている間に、好きな人が出来たら? そうしたら、どっちにも失礼なことをすることになる。だとしたら、好きな人と付き合いたい。そうしたら、自分が好きになったからと、何があっても選んだ答えを後悔しないと思う」
私は真面目な芹沢くんらしい恋愛観に、ほーっと感心してしまった。
「芹沢くん。すごいね。私だったら、きっと……誰かに告白されたら、きっと舞い上がって付き合っちゃうかも」
思わぬ本音を聞いてしまったことで、心の距離が近付き、気安くなっていた私は彼のファンである芹沢ガールの一員であることも忘れ、ふふっと微笑んだ。
「……うん。誰かに好かれて告白されると、嬉しいよね。気持ちはわかるよ」
どこか複雑な表情を浮かべつつ、そう言った芹沢くんを見て私は不思議に思った。我が大学のミスターコンの優勝者は、色んな人に好かれている。はず。
「芹沢くん。好かれているのに」
「うーん。好意を持った人に好かれると、絶対嬉しいよね。けど、あまり決め付けられた理想を押し付けられるのも、しんどいけど。でも、誰かに好かれていると思うと、嬉しいよ」
そんな話をしていたら、あっという間に私の住むマンションの前まで来た。芹沢くんと話しながら来ると、なんだか私の時間の感覚が狂ってしまうようだった。
どうしよう。まだまだ、彼と一緒に居たい。そう思ってしまっても仕方ないと思う。まるで映画の出来事のようなひと時は、いずれ時が流れても良い思い出として残るはずだ。
「あっ……あの、送ってくれてありがとう。ここが家だから」
「うん……その、短パンで夜は、もう歩かない方が良いよ。本当に。約束して」
心配して忠告するようにそう言ったので、私はどうしても我慢が出来ずに、次の一言を言ってしまった。
「もし、良かったら……家に寄る?」
私が蚊の鳴くような声でそう言うと、てっきり断って帰ると思っていた芹沢くんは、意外なことに大きく頷いた。
「うん。じゃあ、お邪魔しようかな……マンションの中にも、不審者が居たら困るからね。エレベーターとかで不審者と一緒になったら、どうするの?」
どうも心配性な兄弟のような芹沢くんの言いように、私はムッとしてしまった。
「いないよっ……オートロックだし。後、言っておくけど私の家、エアコン壊れてるから、とても快適な環境だとは言えないからね。このアイスで、おもてなしするね」
そう言って顔を隠していた手とは逆に持っていたコンビニ袋を揺らすと、芹沢くんはふっと笑った。
「はは。それで、こんな時間にコンビニに来てたんだ。納得出来た……大変だったね。こんなに暑いのに」
誰かが道を歩く音が聞こえたから、芹沢くんはさりげなく私の肩に手を掛けてマンションに入ろうと促した。
「……部屋の中の温度、尋常じゃないからね。覚悟してて」
エレベーターに乗り込む前、脅すような私の言葉に芹沢くんは微笑んだ。
「うん。心してる」
どうせエアコンも壊れているし、きっと彼は暑さに音を上げてすぐに帰ってしまうはずだ。けど、もう少しもう少しだけ。この奇跡のような時間を、少しでも長引かせたかった。
本来なら手の届かないものに憧れて、少しだけの時間を求めて足掻いているだけだ。私にだって、それはわかっていた。
でも、うだるような暑さの中で、アイドルのような存在と蜃気楼のような儚い時間を過ごしたって、別にバチは当たらないはずだ。何の罪も犯してないもの。
「すごい。扇風機だけで、この暑さを凌いでた」
扉を開き途端に立ち込めた熱気が溢れて、何故か芹沢くんの笑いのつぼに入ったみたいで部屋に入るなり、けらけらと笑い出した。
「えっ……なんで、服脱いでるの?」
私はごく当たり前のように黒いTシャツを脱ぎ始めた彼に対して、あわわと戸惑った。
芹沢くんの身体は細マッチョのように見せ掛けて、ガッチリとした筋肉がついていて、どうも着やせするタイプのようだった。
推しの半裸姿を目に焼き付けるようにして、私は心の中で何度もシャッターを切った。
「……付き合う前に好きになってから、付き合いたい?」
「うん。だって、好きじゃない人と付き合っている間に、好きな人が出来たら? そうしたら、どっちにも失礼なことをすることになる。だとしたら、好きな人と付き合いたい。そうしたら、自分が好きになったからと、何があっても選んだ答えを後悔しないと思う」
私は真面目な芹沢くんらしい恋愛観に、ほーっと感心してしまった。
「芹沢くん。すごいね。私だったら、きっと……誰かに告白されたら、きっと舞い上がって付き合っちゃうかも」
思わぬ本音を聞いてしまったことで、心の距離が近付き、気安くなっていた私は彼のファンである芹沢ガールの一員であることも忘れ、ふふっと微笑んだ。
「……うん。誰かに好かれて告白されると、嬉しいよね。気持ちはわかるよ」
どこか複雑な表情を浮かべつつ、そう言った芹沢くんを見て私は不思議に思った。我が大学のミスターコンの優勝者は、色んな人に好かれている。はず。
「芹沢くん。好かれているのに」
「うーん。好意を持った人に好かれると、絶対嬉しいよね。けど、あまり決め付けられた理想を押し付けられるのも、しんどいけど。でも、誰かに好かれていると思うと、嬉しいよ」
そんな話をしていたら、あっという間に私の住むマンションの前まで来た。芹沢くんと話しながら来ると、なんだか私の時間の感覚が狂ってしまうようだった。
どうしよう。まだまだ、彼と一緒に居たい。そう思ってしまっても仕方ないと思う。まるで映画の出来事のようなひと時は、いずれ時が流れても良い思い出として残るはずだ。
「あっ……あの、送ってくれてありがとう。ここが家だから」
「うん……その、短パンで夜は、もう歩かない方が良いよ。本当に。約束して」
心配して忠告するようにそう言ったので、私はどうしても我慢が出来ずに、次の一言を言ってしまった。
「もし、良かったら……家に寄る?」
私が蚊の鳴くような声でそう言うと、てっきり断って帰ると思っていた芹沢くんは、意外なことに大きく頷いた。
「うん。じゃあ、お邪魔しようかな……マンションの中にも、不審者が居たら困るからね。エレベーターとかで不審者と一緒になったら、どうするの?」
どうも心配性な兄弟のような芹沢くんの言いように、私はムッとしてしまった。
「いないよっ……オートロックだし。後、言っておくけど私の家、エアコン壊れてるから、とても快適な環境だとは言えないからね。このアイスで、おもてなしするね」
そう言って顔を隠していた手とは逆に持っていたコンビニ袋を揺らすと、芹沢くんはふっと笑った。
「はは。それで、こんな時間にコンビニに来てたんだ。納得出来た……大変だったね。こんなに暑いのに」
誰かが道を歩く音が聞こえたから、芹沢くんはさりげなく私の肩に手を掛けてマンションに入ろうと促した。
「……部屋の中の温度、尋常じゃないからね。覚悟してて」
エレベーターに乗り込む前、脅すような私の言葉に芹沢くんは微笑んだ。
「うん。心してる」
どうせエアコンも壊れているし、きっと彼は暑さに音を上げてすぐに帰ってしまうはずだ。けど、もう少しもう少しだけ。この奇跡のような時間を、少しでも長引かせたかった。
本来なら手の届かないものに憧れて、少しだけの時間を求めて足掻いているだけだ。私にだって、それはわかっていた。
でも、うだるような暑さの中で、アイドルのような存在と蜃気楼のような儚い時間を過ごしたって、別にバチは当たらないはずだ。何の罪も犯してないもの。
「すごい。扇風機だけで、この暑さを凌いでた」
扉を開き途端に立ち込めた熱気が溢れて、何故か芹沢くんの笑いのつぼに入ったみたいで部屋に入るなり、けらけらと笑い出した。
「えっ……なんで、服脱いでるの?」
私はごく当たり前のように黒いTシャツを脱ぎ始めた彼に対して、あわわと戸惑った。
芹沢くんの身体は細マッチョのように見せ掛けて、ガッチリとした筋肉がついていて、どうも着やせするタイプのようだった。
推しの半裸姿を目に焼き付けるようにして、私は心の中で何度もシャッターを切った。
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