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74 顔合わせ(Side Josiah)

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◇◆◇


「良い加減。元婚約者のお怒りは、どうにかならないのか。ジョサイア」

 深夜で執務室での僕以外の人払いを済ませた後、ため息をついたアルベルトは顔を顰めてそう言った。

 隣国の関税については、何年かに一度の定期見直しが必要だ。各街道を持つ領主の税収にも影響するため、話し合いが長く掛かることはある。

 だが、重臣によるとここまでごねられたのは歴史的に初めてらしいし、アルベルトはオフィーリアの置き手紙の話を僕から聞いて察した。

 本当は隣国も早く纏めたいのに「長引かせろ出来るだけ長く」と、誰かから指示されているのだと……小さいとは言え立派な君主国家であるはずの隣国で、圧倒的な影響力を誇るとある豪商の仕業であると。

「……彼女の気が済むまでは、無理です。アルベルト陛下」

 僕だって、これはどうにかしたい。これをされてしまうと、自分だけの問題ではなくなる。今は港街で過ごしていると聞いたが、彼女と連絡を取ろうと手紙を出しても戻される。

 つまり、婚約者であった彼女と向き合うことなく、ないがしろにした挙げ句、自分が逃げるしかないという状況に持ち込んだ僕への嫌がらせで……それについては、何も話すつもりがないというオフィーリアの意志表示だ。

「お前。まあ、良い。良かったな。初恋の君と結婚出来て」

 アルベルトは幼い頃から嫌になるくらいに一緒に居て、君主と臣下ではあるが、数え切れないほどに喧嘩もしたし、何度も殴り合いに発展したこともある。

 彼が王族でさえなければ、誰と一緒に居ようが親しげに話せるような関係ではあった。

「それには、アルベルトに心底感謝しているよ。いくつも無理が通らなければ、レニエラをオフィーリアから花嫁に置き換えるなど、到底出来なかったからな」

「さっさと告白していれば、話が早かったものを……彼女は以前に、婚約破棄をされたと聞いているが。誰だったか……ああ……思い出した。ディレイニーの嫡男か……」

 自らの臣下として数多く居る貴族を把握しているアルベルトは、レニエラの元婚約者を考えて思い出したようだ。彼から見れば、ディレイニーが重要度が低いという意味だろう。

「……最低な男だ。婚約者を人前で辱めて、何の意味がある?」

 何度も何度も泣きそうになっていたレニエラを思い出す度に、腹が煮えくり返るような思いになった。

「そういう性癖を持つ者も居る。私は違うが、現にお前だってそんな彼女を見て自分が守らねばと庇護欲が湧いた訳だろう? だとしたら、相手もそう思っていたのではないか」

「……自分で泣かせている癖に、それを見て、彼女を守りたいと思うと?」

 ……僕にはまるで、それが理解が出来ない。では、彼女を泣かせなければ良いだけではないのか。

「好きな女の子は、虐めたくなるものだろう。お前が思っている以上に、奴は精神的に幼いんだ……まあ、そのおかげで結婚出来たんだから、それ自体はもう良いだろう」

 アルベルトは机に肘を付いて、書類をひらひらと振った。

「……おいおい。これは明日の朝までには、決裁必須と書いてあるが?」

「その通りだ」

 アルベルトが聞いたので、その通りだと僕は頷いた。公式な文書なので、最終決裁権を持つ王の印璽が必要だ。

「この分量を朝までに読めと? どう考えても無理だろう……おい。手伝え。お前の責任だろ」

 ヴィアメル王であるアルベルトは、印璽を押すだけが仕事ではない。何か間違いがあっては、それが彼の意志として発令されるので、それを最終確認することも求められる。

 僕の責任あることは確かにその通りなので、黙ったままで彼の前にある椅子へと腰掛け書類の束を持った。
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