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30 tears(1)
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「ミルドレッド? あの……何かあった?」
魔物討伐をした日の夜に、いつものように二人で一緒に夕食を取っていると、浮かない顔で元気のない様子のミルドレッドを見て、ロミオは躊躇いがちに口を開いた。彼はミルドレッドを戦闘している姿が見られるようにと、あの場所に連れて行ってくれたアランから、何も聞いていないのかもしれない。
「……何も。何も、ありません」
ミルドレッドは真っ直ぐな蒼い瞳と目を合わせられなくて、伏し目がちになって俯いた。ただ、神殿側から頼まれただけの役目を果たした彼には、ミルドレッドが勝手に感じている不安などは、きっと理解し難いだろう。
ロミオには、彼女のこれからに対する何の責任もない。ただまた誰からも省みられる事のない辛い処遇へと戻されてしまうという恐怖から、守ってくれただけの、とても心優しい人だ。そんな彼に対し心配を掛けないように、不安な感情を押し殺し誤魔化すことも出来ない自分が情けなかった。
「……そんな風には、とても見えない。俺が少し出掛けていた時に、何かあった?」
ロミオは今日自分は神殿長から頼まれたので魔物退治して来たとか、そういった事を何も知らないはずのミルドレッドに明かすつもりはなさそうだった。
(ロミオ様は、私には何も言う必要がない。だって、もう何だって自分で出来るんだから……でも、ついこの前まで、彼が頼るのは私だけだったのに)
ロミオにとって、もう自分は不要な存在なのだと、心の奥に閉じ込めきれなかった思いが溢れて堪らなくなった。それは浅ましくひどく傲慢な想いであることは、ミルドレッド自身も良く理解していた。
彼はあの理性が持てなかった状態に、自ら望んでなった訳ではない。あれは、世界を救うために仕方なく、彼一人をその他全員のために犠牲にするという、酷い騙し討ちの罠に掛けられたようなものだった。
(そんな彼が……今こうして理性を取り戻して、嬉しいのに。嬉しいのに、どうして……素直に喜べないなんて最低だわ)
顔を俯かせたまま、ぽろりと零してしまった涙は、白いテーブルクロスの上に落ちて薄い灰色の染みを作った。
「っ……ミルドレッド! ごめん。言いたくないなら、言わなくて良いんだ。ごめん。泣かないで」
慌てたロミオは椅子から立ち上がり、反対側に座っていたミルドレッドに素早く近づいて跪き手を取った。彼の手は何もかもを大きく包み込んでくれるような、優しく温もりを感じる手だ。
彼を英雄視する多くの民の期待を決して裏切らぬ、誠実で心優しい勇者ロミオ。彼がそんな人であることは、短期間で十分に理解出来ていたはずなのに。
「ごめんなさい……私。こんなこと……ごめんなさい。ロミオ様は、何も悪くないんです」
ミルドレッドの白い頬を伝う涙を見て、ロミオは眉を寄せて切なげに言った。
「良いんだ。俺に言いたくないことなら、無理に言わなくて良い。だけど、辛い事を思い出させたのなら、ごめん。だが、これからは俺が君を守ろう。何も心配しないで。そう出来る力は、持っているんだ。君も知ってくれてはいると思うけど、俺は勇者だから。あの恐ろしい魔物や世界を滅ぼすという魔王だって、倒せたんだ。君を泣かせる誰かを、完膚なきまでに叩きのめし思い知らせることも簡単だ。その不届き者の名前さえ、俺に教えてくれたら、すぐに」
優しく手の甲を摩ってくれる大きな手の暖かさに勇気を貰って、このままではいけないとミルドレッドは優しい彼に自分の複雑な胸の内を明かす事にした。彼はテオフィルスのような、一所懸命ミルドレッドが自分をわかって欲しいと発した言葉の全てを、否定するような事を言う人ではないからだ。
「……私。凄く、嫌な人間なんです」
「君が自分を嫌な人間だと言うのなら。この世界中、どこを探しても良い人はいないと思うけど……まあ、続けて」
魔物討伐をした日の夜に、いつものように二人で一緒に夕食を取っていると、浮かない顔で元気のない様子のミルドレッドを見て、ロミオは躊躇いがちに口を開いた。彼はミルドレッドを戦闘している姿が見られるようにと、あの場所に連れて行ってくれたアランから、何も聞いていないのかもしれない。
「……何も。何も、ありません」
ミルドレッドは真っ直ぐな蒼い瞳と目を合わせられなくて、伏し目がちになって俯いた。ただ、神殿側から頼まれただけの役目を果たした彼には、ミルドレッドが勝手に感じている不安などは、きっと理解し難いだろう。
ロミオには、彼女のこれからに対する何の責任もない。ただまた誰からも省みられる事のない辛い処遇へと戻されてしまうという恐怖から、守ってくれただけの、とても心優しい人だ。そんな彼に対し心配を掛けないように、不安な感情を押し殺し誤魔化すことも出来ない自分が情けなかった。
「……そんな風には、とても見えない。俺が少し出掛けていた時に、何かあった?」
ロミオは今日自分は神殿長から頼まれたので魔物退治して来たとか、そういった事を何も知らないはずのミルドレッドに明かすつもりはなさそうだった。
(ロミオ様は、私には何も言う必要がない。だって、もう何だって自分で出来るんだから……でも、ついこの前まで、彼が頼るのは私だけだったのに)
ロミオにとって、もう自分は不要な存在なのだと、心の奥に閉じ込めきれなかった思いが溢れて堪らなくなった。それは浅ましくひどく傲慢な想いであることは、ミルドレッド自身も良く理解していた。
彼はあの理性が持てなかった状態に、自ら望んでなった訳ではない。あれは、世界を救うために仕方なく、彼一人をその他全員のために犠牲にするという、酷い騙し討ちの罠に掛けられたようなものだった。
(そんな彼が……今こうして理性を取り戻して、嬉しいのに。嬉しいのに、どうして……素直に喜べないなんて最低だわ)
顔を俯かせたまま、ぽろりと零してしまった涙は、白いテーブルクロスの上に落ちて薄い灰色の染みを作った。
「っ……ミルドレッド! ごめん。言いたくないなら、言わなくて良いんだ。ごめん。泣かないで」
慌てたロミオは椅子から立ち上がり、反対側に座っていたミルドレッドに素早く近づいて跪き手を取った。彼の手は何もかもを大きく包み込んでくれるような、優しく温もりを感じる手だ。
彼を英雄視する多くの民の期待を決して裏切らぬ、誠実で心優しい勇者ロミオ。彼がそんな人であることは、短期間で十分に理解出来ていたはずなのに。
「ごめんなさい……私。こんなこと……ごめんなさい。ロミオ様は、何も悪くないんです」
ミルドレッドの白い頬を伝う涙を見て、ロミオは眉を寄せて切なげに言った。
「良いんだ。俺に言いたくないことなら、無理に言わなくて良い。だけど、辛い事を思い出させたのなら、ごめん。だが、これからは俺が君を守ろう。何も心配しないで。そう出来る力は、持っているんだ。君も知ってくれてはいると思うけど、俺は勇者だから。あの恐ろしい魔物や世界を滅ぼすという魔王だって、倒せたんだ。君を泣かせる誰かを、完膚なきまでに叩きのめし思い知らせることも簡単だ。その不届き者の名前さえ、俺に教えてくれたら、すぐに」
優しく手の甲を摩ってくれる大きな手の暖かさに勇気を貰って、このままではいけないとミルドレッドは優しい彼に自分の複雑な胸の内を明かす事にした。彼はテオフィルスのような、一所懸命ミルドレッドが自分をわかって欲しいと発した言葉の全てを、否定するような事を言う人ではないからだ。
「……私。凄く、嫌な人間なんです」
「君が自分を嫌な人間だと言うのなら。この世界中、どこを探しても良い人はいないと思うけど……まあ、続けて」
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