87 / 91
87 unforgettable encounter(Side Romeo)(1)
しおりを挟む
お金がないという事は、心をも貧しくさせるものだ。
貧困に喘ぐ王都の下町で子沢山の夫婦の元に三男として産まれたロミオは、日々金がないことに嘆く喧嘩ばかりの両親を見て育った。
二人の兄は、成人してから早々に家を出た。もうすぐ出て行くのは自分の番だと、その時はそう思っていた。幼い弟妹は何人もいるものの、自分がいなくなれば食い扶持は減る。その分の少しだとしても、両親は楽になれるのだ。
だからこそというか、実家にも特に未練はなかった。夢だった冒険者になり、諸国を旅することにただ憧れていた。
心が擦り切れそうな貧しい生活の中で、唯一救いがあるとすれば夢だ。それはもうすぐこの手にすることの出来、やがてそれも現実になってしまうだろう。
その時は、何故か数回会話した程度の女の子をロミオが寝取ったという、全く身に覚えのない良くわからない痴話喧嘩に巻き込まれる形となっていた。
違うやってないという言い訳も全く聞き入れられずに相手の男に殴られて泥水を浴びせられた時も、思いもよらない不運ではあった。だが、もうすぐ王都を出て行くから、その後でもう誰に何を言われようが同じ事だと達観していた。
呼び出された路地裏の片隅に大の字になり、ぼんやりと眩しいほどの青い空を見上げていた。
(あの男、誰だよ……意味わかんねえ……そんなに取られたくなかったら、名前でも書いとけよ)
顔と名前は知っている女の子に呼び出されたので、のこのこと連れられて来ただけの自分に、いきなり浴びせられた罵声を要約すると、大人しそうなあの女の子は不貞を働いたらしい。
だが、その相手は現在付き合っている男には絶対に知られたくない。言えない名前だったので、後腐れのない生贄としてちょっと顔見知り程度で、かつ腕っ節も強い訳ではない真面目な性格のロミオがここに呼び出された訳だ。
納得し難い顛末ではあるものの、だからと言ってなんて事をしてくれたんだと仕返しをしに行くのも、まためんどくさい。
だから、自分の中でこの事態が整理が出来るまで、黒い泥水を頭から被ったままで空を見上げていた。
(まるで、汚ならしいゴミだな。どんな人にも、誰にも。顧みられることもない)
不運と言えば、不運だ。
悲しい事実だが、こちらは非はなく何の悪いこともしていなかったとしても、責められるような。世の中にはどうしようもないことは、ありふれている。
弱くてやり返せなかった情けない自分がみじめで、心の中は自虐にも似た思いでたっぷりと満たされ、なんともやるせなかった。
パタパタという、遠くから走ってくるような軽い足音が聞こえて来たのは、確かに耳には届いていた。
だが、こんな人間に目をくれずにすぐに通り過ぎて行くはずのその人物が、泥まみれの自分の頬に手を当てて、優しく声を掛けてくれるなんて思いもしなかった。
視界にさらりと流れた金色の美しい髪は、艶がありとても良い匂いがした。
(上流階級の女……? 何で、こんなところに)
ロミオは驚きに目を見開き、彼女をしっかりと見た。きらめく薄い水色の目を持つ、美しい貴族の女の子。彼女は心配そうに顔を覗き込み、ロミオの表情が動いたのを見て安心したようだった。
あまりの驚きに、咄嗟に声が出せない。
庶民にとって貴族の女の子なんて話したこともなければ、馬車から降りて貴族階級を相手にしている店に入る一瞬、その姿を確認出来れば良い方の雲の上に居るような存在だ。
彼女たちは良い意味で気位が高く、自分の価値を良く知っている。だから、こんな事をするはずがないと思っていたのに。
泥にまみれ横たわったままのロミオを見下ろし、動かない彼に対し彼女はまだ心配そうな表情をしている。そして、気がつけば先ほど殴られた頬の痛みが和らいでいった。
(これは、癒しの聖魔法……?)
存在自体は知っていたものの、それは深い森の中の神殿で行われる神官や聖女の施し以外は、高額の料金が取られることで有名だ。それに気が付いて驚き動こうとしたロミオに、彼女はしっかりとした可愛らしい声で言った。
「動かないで……私。そんなに、聖魔力が強くなくて……痛みを和らげることしか、出来ないんだけど。ごめんなさい」
貧困に喘ぐ王都の下町で子沢山の夫婦の元に三男として産まれたロミオは、日々金がないことに嘆く喧嘩ばかりの両親を見て育った。
二人の兄は、成人してから早々に家を出た。もうすぐ出て行くのは自分の番だと、その時はそう思っていた。幼い弟妹は何人もいるものの、自分がいなくなれば食い扶持は減る。その分の少しだとしても、両親は楽になれるのだ。
だからこそというか、実家にも特に未練はなかった。夢だった冒険者になり、諸国を旅することにただ憧れていた。
心が擦り切れそうな貧しい生活の中で、唯一救いがあるとすれば夢だ。それはもうすぐこの手にすることの出来、やがてそれも現実になってしまうだろう。
その時は、何故か数回会話した程度の女の子をロミオが寝取ったという、全く身に覚えのない良くわからない痴話喧嘩に巻き込まれる形となっていた。
違うやってないという言い訳も全く聞き入れられずに相手の男に殴られて泥水を浴びせられた時も、思いもよらない不運ではあった。だが、もうすぐ王都を出て行くから、その後でもう誰に何を言われようが同じ事だと達観していた。
呼び出された路地裏の片隅に大の字になり、ぼんやりと眩しいほどの青い空を見上げていた。
(あの男、誰だよ……意味わかんねえ……そんなに取られたくなかったら、名前でも書いとけよ)
顔と名前は知っている女の子に呼び出されたので、のこのこと連れられて来ただけの自分に、いきなり浴びせられた罵声を要約すると、大人しそうなあの女の子は不貞を働いたらしい。
だが、その相手は現在付き合っている男には絶対に知られたくない。言えない名前だったので、後腐れのない生贄としてちょっと顔見知り程度で、かつ腕っ節も強い訳ではない真面目な性格のロミオがここに呼び出された訳だ。
納得し難い顛末ではあるものの、だからと言ってなんて事をしてくれたんだと仕返しをしに行くのも、まためんどくさい。
だから、自分の中でこの事態が整理が出来るまで、黒い泥水を頭から被ったままで空を見上げていた。
(まるで、汚ならしいゴミだな。どんな人にも、誰にも。顧みられることもない)
不運と言えば、不運だ。
悲しい事実だが、こちらは非はなく何の悪いこともしていなかったとしても、責められるような。世の中にはどうしようもないことは、ありふれている。
弱くてやり返せなかった情けない自分がみじめで、心の中は自虐にも似た思いでたっぷりと満たされ、なんともやるせなかった。
パタパタという、遠くから走ってくるような軽い足音が聞こえて来たのは、確かに耳には届いていた。
だが、こんな人間に目をくれずにすぐに通り過ぎて行くはずのその人物が、泥まみれの自分の頬に手を当てて、優しく声を掛けてくれるなんて思いもしなかった。
視界にさらりと流れた金色の美しい髪は、艶がありとても良い匂いがした。
(上流階級の女……? 何で、こんなところに)
ロミオは驚きに目を見開き、彼女をしっかりと見た。きらめく薄い水色の目を持つ、美しい貴族の女の子。彼女は心配そうに顔を覗き込み、ロミオの表情が動いたのを見て安心したようだった。
あまりの驚きに、咄嗟に声が出せない。
庶民にとって貴族の女の子なんて話したこともなければ、馬車から降りて貴族階級を相手にしている店に入る一瞬、その姿を確認出来れば良い方の雲の上に居るような存在だ。
彼女たちは良い意味で気位が高く、自分の価値を良く知っている。だから、こんな事をするはずがないと思っていたのに。
泥にまみれ横たわったままのロミオを見下ろし、動かない彼に対し彼女はまだ心配そうな表情をしている。そして、気がつけば先ほど殴られた頬の痛みが和らいでいった。
(これは、癒しの聖魔法……?)
存在自体は知っていたものの、それは深い森の中の神殿で行われる神官や聖女の施し以外は、高額の料金が取られることで有名だ。それに気が付いて驚き動こうとしたロミオに、彼女はしっかりとした可愛らしい声で言った。
「動かないで……私。そんなに、聖魔力が強くなくて……痛みを和らげることしか、出来ないんだけど。ごめんなさい」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
270
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる