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27 庭園にて①
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私はゆったりとした部屋着を着て、庭に出て大きくため息をついた。
夫アーロンが一年ぶりに帰って来てからと言うもの、私の生活は大きく変わった。
クウェンティンは今まで私に任せてくれていたキーブルグ侯爵家としての執務も『落ち着かれるまでは、旦那様より休ませるようにと指示を受けております』と言って、任せてくれなくなった。
クウェンティンは私がここにやって来た時から、当主として私が仕事に関わることを止めていた。
けれど、アーロンが出した『妻の意見を最優先に尊重するように』という指示に従っていただけで、当主たるアーロンが私に休むように指示を出したならば、それに従うだろう。
帰って来たばかりだけど、将軍職にあるアーロンは、先の戦争の戦勝報告や祝勝会など、司令官として顔を出さねばならない仕事で多忙で、あまりキーブルグ侯爵邸には居ない。
目下の心配のタネだったヒルデガードも居なくなり、サマンサが産んだ男の子の泣き声も聞こえなくなった、静かなキーブルグ侯爵邸の庭園で、私は一人ぼんやりしているだけ。
「奥様……手の具合は、いかがですか」
初老の庭師サムは、ついこの前に、義母が私の手を鞭で打ったことを知っている、唯一の使用人だ。
これまでも彼はずっと心配してくれていたのだろうけれど、私が他言無用だとお願いしたので、他の誰かが居る前ではずっと聞けなかったのだろう。
「ああ。サム。何ともないわ。もう、治ってきたから」
レースの手袋の中にある手はアーロンが最高級の治療薬を買ってくれたおかげで、何日か経った今では驚くことにピンク色の皮膚が再生し、もうすぐ包帯を巻くこともないだろうと思う。
手は生活の必要上良く動かしてしまい、回復が遅い部位だと言うのに、回復の速度が早すぎて、あの薬はどれほどの値段がするのだろうと身震いしてしまう。
「それは本当に良かったです。奥様……失礼を承知で言いますが、儂はあの怪我が誰の仕業であるか、旦那様にお伝えするべきだと思います」
サムはアーロンが帰って来たのなら、あれを誰にも言わずに隠す必要はないと思ったのかもしれない。
「駄目よ……旦那様は気性の荒い方。きっと、とんでもないことになってしまうわ」
アーロンと義母の激しい言い争いを聞きたい訳でもないし、実家と婚家が揉めることも嫌だった。
それに、義母は大きな権力を持つ公爵家の人間で、アーロンが国を救った英雄だとしても、逆らえば何をされてしまうか。
私の実家、エタンセル伯爵家の面々とは、出来るだけ無関係で居たい。
「旦那様は、優しい方ですよ。怖く見えるかもしれませんが、あれは職業上仕方のないことなのです。敵にも部下にも舐められる訳にはいきませんから」
私はアーロンと一緒に居ると、ただそれだけで、そわそわして落ち着かない。いつ怒鳴り出すかわからないから恐ろしいだけなのか、それとも……。
「あれは、アーロンがわざわざ怖いと思われるように、周囲に見せていると言うことなの?」
アーロンには夜会の時に、なんてドレスを着ているんだと怒鳴りつけられた。あの時は怖かったし、言い分など何も聞いてくれなさそうな雰囲気が義母に似ていた。
だから、萎縮してしまった。何を言われてしまうかわからないと、勝手に体が竦んでしまった。
「ええ。その通りでございます。旦那様は幼い頃よりお優しい方ではありますが、職務に必要な厳しい人格は後から作り上げられたもの。時間が経ち慣れてくれば、奥様の前では、きっと、本来の性格になられると思います」
あんな風にアーロンに大きな声で怒鳴りつけられて、怖くなかったといえば嘘になる。
「私は……アーロンと居ると、何だか、居心地が悪くなってしまうの。胸が自然と苦しくなって、逃げ出したくなってしまう。もしかしたら、私たち二人は……あまり、相性が良くないのかもしれないわ」
言いづらいことだけど私が信用の置けるサムならと思って打ち明けたことなのに、彼は何故か吹き出して大声で笑い始めた。
「奥様……それは、旦那様を怖がっているのではありません。なんと、ご説明すれば良いものか……」
夫アーロンが一年ぶりに帰って来てからと言うもの、私の生活は大きく変わった。
クウェンティンは今まで私に任せてくれていたキーブルグ侯爵家としての執務も『落ち着かれるまでは、旦那様より休ませるようにと指示を受けております』と言って、任せてくれなくなった。
クウェンティンは私がここにやって来た時から、当主として私が仕事に関わることを止めていた。
けれど、アーロンが出した『妻の意見を最優先に尊重するように』という指示に従っていただけで、当主たるアーロンが私に休むように指示を出したならば、それに従うだろう。
帰って来たばかりだけど、将軍職にあるアーロンは、先の戦争の戦勝報告や祝勝会など、司令官として顔を出さねばならない仕事で多忙で、あまりキーブルグ侯爵邸には居ない。
目下の心配のタネだったヒルデガードも居なくなり、サマンサが産んだ男の子の泣き声も聞こえなくなった、静かなキーブルグ侯爵邸の庭園で、私は一人ぼんやりしているだけ。
「奥様……手の具合は、いかがですか」
初老の庭師サムは、ついこの前に、義母が私の手を鞭で打ったことを知っている、唯一の使用人だ。
これまでも彼はずっと心配してくれていたのだろうけれど、私が他言無用だとお願いしたので、他の誰かが居る前ではずっと聞けなかったのだろう。
「ああ。サム。何ともないわ。もう、治ってきたから」
レースの手袋の中にある手はアーロンが最高級の治療薬を買ってくれたおかげで、何日か経った今では驚くことにピンク色の皮膚が再生し、もうすぐ包帯を巻くこともないだろうと思う。
手は生活の必要上良く動かしてしまい、回復が遅い部位だと言うのに、回復の速度が早すぎて、あの薬はどれほどの値段がするのだろうと身震いしてしまう。
「それは本当に良かったです。奥様……失礼を承知で言いますが、儂はあの怪我が誰の仕業であるか、旦那様にお伝えするべきだと思います」
サムはアーロンが帰って来たのなら、あれを誰にも言わずに隠す必要はないと思ったのかもしれない。
「駄目よ……旦那様は気性の荒い方。きっと、とんでもないことになってしまうわ」
アーロンと義母の激しい言い争いを聞きたい訳でもないし、実家と婚家が揉めることも嫌だった。
それに、義母は大きな権力を持つ公爵家の人間で、アーロンが国を救った英雄だとしても、逆らえば何をされてしまうか。
私の実家、エタンセル伯爵家の面々とは、出来るだけ無関係で居たい。
「旦那様は、優しい方ですよ。怖く見えるかもしれませんが、あれは職業上仕方のないことなのです。敵にも部下にも舐められる訳にはいきませんから」
私はアーロンと一緒に居ると、ただそれだけで、そわそわして落ち着かない。いつ怒鳴り出すかわからないから恐ろしいだけなのか、それとも……。
「あれは、アーロンがわざわざ怖いと思われるように、周囲に見せていると言うことなの?」
アーロンには夜会の時に、なんてドレスを着ているんだと怒鳴りつけられた。あの時は怖かったし、言い分など何も聞いてくれなさそうな雰囲気が義母に似ていた。
だから、萎縮してしまった。何を言われてしまうかわからないと、勝手に体が竦んでしまった。
「ええ。その通りでございます。旦那様は幼い頃よりお優しい方ではありますが、職務に必要な厳しい人格は後から作り上げられたもの。時間が経ち慣れてくれば、奥様の前では、きっと、本来の性格になられると思います」
あんな風にアーロンに大きな声で怒鳴りつけられて、怖くなかったといえば嘘になる。
「私は……アーロンと居ると、何だか、居心地が悪くなってしまうの。胸が自然と苦しくなって、逃げ出したくなってしまう。もしかしたら、私たち二人は……あまり、相性が良くないのかもしれないわ」
言いづらいことだけど私が信用の置けるサムならと思って打ち明けたことなのに、彼は何故か吹き出して大声で笑い始めた。
「奥様……それは、旦那様を怖がっているのではありません。なんと、ご説明すれば良いものか……」
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