どどどドモり症ポンコツ魔術師の私が無詠唱の天才魔導士に実戦投入されちゃったんですkど！？

読み切り版と同一

どどどドモり症ポンコツ魔術師の私が無詠唱の天才魔導士に見染められちゃったんですkど！？

「どどど、どなっ……どな？」
「……ドナドナ？」

　私の目の前には、憧れの宮廷魔導士マーリン・エムリス様、別名“沈黙の魔王”。
　無詠唱で高度な魔法を使いこなし、その才能だけで庶民から伯爵位にのし上がった、この国全ての魔法使いの憧れの的。
　その上で雪兎を思わせる白い肌に髪、赤い目というミステリアスな風貌の美青年でもある。

　かたや、私は生まれつきドモり癖を持ち、日常会話にすら支障が出るポンコツだ。緊張すると余計そうなってしまい、

『どなた様とお間違えではないですか？』

　今だって、そう言おうとしたのだ。

「君はドナドナじゃない」

　はい、私はドナドナじゃありません。

「君はディエーグァ子爵の次女、テロル。そうだよね？」

　そうです、私がテロル・ディエーグァです。
　うーむ……人違いでは、ない？

「あああの、わた、私になな何の……」
「……面倒なので魔法使う」

　そう言うとマーリン様は私の額に自分の額を接触させる。
　……どっひゃぁー！

　今にも気絶しそうになるのをギリギリ堪えた私だが、多分顔は真っ赤っかなんだろうなあ。

「そうだね、まるで西の国で取れる果実みたいに赤面してる」

　……って、マーリン様！？
　ひょっとして私の心、読んでます？

「そう言う魔法をかけた。
　会話するのが大変みたいだったし時間の無駄だし」

　それは心使いを喜べば良いのか、時間の無駄と言われたポンコツな私を嘆いたら良いのか……

「大丈夫、君はポンコツじゃない。
　それどころか優れた才能の持ち主だ」
「……いっ、いやいやいやいやっ！？」

　ないから！
　確かに私も一応魔術師の端くれですけどもっ、そんなマーリン様に評価されるような優れた才能どころか、ロクに魔法も使えないし……

「僕の魔法は無詠唱だと思われているが、実はズルをしている」

　ええと、何の話でしょうか。
　と言うか、そんな大事な秘密を私に打ち明けてしまっても良いので？

「君にだから聞いて欲しい。
　実は幾つかの魔法を前もって、九割九分九厘まで詠唱を済ませて用意しておいて、使う直前は残りちょっと、簡単な指の動きや息遣いで発動するようにしてある。
　これが無詠唱の正体だよ」

　ほえー、そうだったんですね。
　何と言うか発想も技術も凄い。

「当然欠点もあって、前もって用意した魔法しか使えないし、力加減が出来ない」

　確かにそうでしょうけど、それで宮廷に召し抱えられるくらいの実力者なのですからやっぱり凄いのでは？

「でも君なら、もっと凄い事が出来る。
　試してみるから着いてきて」

　そう言ってマーリン様は手を差し出し、半信半疑のまま私はその手を取ってその場を移動したのだった。

　
　私の住む街の外、周囲にほぼ何もない草原に私等は来ていた。
　そしてマーリン様は、少し離れた場所にある大岩を指差す。
　それは私の背丈より、ちょっとだけ大きい位のサイズか。

「何でも良い、あれに向かって魔法を撃ってみて」

　えーとはい、では初級魔法のファイアーボールから。
　本来の呪文詠唱は、

『大いなる火の精霊様、どうかその一部をお貸し下さい。
　小さき球体の形を取り、目の前の岩へ』

　である。

　ちなみに最後は『真っ直ぐ飛べ』でも良いのだが、目標を指定する事でより確実に対象に命中する。

　ちゃんと発動さえすれば、だが。

『……おおお大いなる火の精霊しゃま、どどどどそそそチブをおか、おかしますっ！！
　ちち小さき球体のkタとttと取りっ目のみゃエの岩h』

　しかしドモり症の私に、呪文詠唱は最悪の相性である。特に後半が酷い。
　案の定不完全な詠唱は、それでもギリギリ発動して豆粒な火球が出現し、ヒョロヒョロと揺れながら、岩に近づくも直前で燃え尽き四散した。
　あー、凄く凄く恥ずかしい所を見せてしまったと私は落胆するが。

「うん、想定内だ」

　とマーリン様は、むしろ嬉しそうまである。
　え、ひょっとして相手に恥ずかしい事をさせて喜ぶドSなのかな？

「そう言う訳じゃない」

　違うのか。なら、何故。

「じゃ、もう一度やってみて。
　前半までは僕が詠唱しておくから」

　とマーリン様が言い

『火霊、貸せ』

　と一言唱えた。
　え、それ呪文詠唱の前半部分！？

　「無詠唱の秘密は前もって九分九厘を用意する事」って言ってたけど、そもそも事前用意もほぼ一瞬とか、もう凄すぎて言葉も出ない。

「君の唱えるのは、小さき球体の……からね」

　はっ、はい。
　それなら短いし、何とかなりそう？

　では行きます！

「ち、小さき球体の……ヒャインっ！！」

　ま、マーリン様が背後から抱きついてる！？
　私の心臓が今にも破裂しそうな程脈打っているが。

「……続けて」

　と有無を言わせぬ強い口調で、マーリン様が言う。

『……形をッ！取りィッ！！』

　ええい思考もグルグルして正直訳分からんが、こうなりゃヤケだ、やりきったらあ！

『目の前の岩ェェェッ！！！』

　と唱えた瞬間発動する火球に、体内の魔法がごっそり持っていかれるのを感じた。あ、これヤバいやつだ。
　そのまま私は意識を失い……

「気がついた？」

　再び意識を取り戻すと、目の前にマーリン様の顔のアップが。

「ごごっ！ごごごごっ」

　まずは謝罪の言葉から、ドモって全然言えてないけど。

「確かに今は午後だけど、もうすぐ夜になるね」

　いや、そう言う事じゃなくて！
　第一印象から思っていたがマーリン様、何と言うか感性が独特な人だ。

「僕が君に才能を見出した理由、分かった？」
　
　えーと全然分かりません。
　一回目の詠唱はほぼ不発、二回目は「暴発」したとしか。

「じゃあ聞くけど、そのドモり症の魔法の暴発は過去にも結構あるの？」

　そうですね、感情が昂ると大概悲惨な結果に……ん？

「気づいたかな？
　それがコントロール出来ないからただの暴発。
　でももしそれが、自分の意思でちゃんと出来たとしたなら……」

　そう言ってマーリン様は、草原の離れた場所にある岩、いや岩があっただろう場所を指差す。

「初級魔法のファイアーボールであの威力、誇って良いと思うよ？」

　岩は粉々に砕け散り、最早その痕跡すら無くなっていた。
　
　……えーと、アレを私が？

「うん、アレを君が」

　え、凄いじゃん私。
　多分生まれて初めて、自分で自分を褒めてあげたいと思ったのだった。

「流石は僕が見染めた人だ！」

　と嬉しそうにマーリン様。

　み‐そ・める【見染める】
１ その異性を一目見て恋心をいだく。
２ 初めて見る。初めて会う。

　……うん、2の意味だなきっとそうだ。
　マーリン様とお会いするのは初めてのはずだし。


　さて一旦マーリン様は王宮に帰り、後日私の為に個人授業をしてくれると言う話になった。
　それで上機嫌で喜んでいて、再会出来ることを心待ちにして数日後。
　家のドアがノックされる音に、もうマーリン様が来たのかとルンルン気分でドアを開けると。

　そこには見慣れぬ貴族の女性が。
　しかも、凄く怒ってらっしゃる様子。

「どどど、どなっ……どな？」
「……確かにワタクシはドナだけど、以前会った事あったかしら？」

　いや、どなた様って聞いたんだよう。
　貴女の名前がドナなのは、全くの偶然なんだよう。

「まあ良いです、では単刀直入に聞きますが」

　私の心情などお構いなしに、ドナが一方的にそう言う。

「アナタ、ワタクシの婚約者マーリン・エムリス様に抱かれたってのは本当ですの？」


　かくして私の人生は。
　目の前の婚約者を名乗る女性とマーリン様と、その他色んな高貴な方々とその後面倒くさい恋愛模様と騒動に巻き込まれていくのだった。