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一章 冬の睡蓮と冥界

5.苦園への大階段

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 冥界にも時間の流れはあるが、地上とは違いその経過を気温や肉眼で確認するのは困難だ。ゼネスは目を覚ますと、ベッドの傍らに亡霊が待機していた。

「掃除係になるって言ったのに、眠ってしまって悪かったな」

 どれくらい眠っていたのか分からず謝罪をすると、亡霊は首を振った。
 危機迫っているわけではないし、言われても困るよな。
そう1人納得するゼネスは、ベッドを出て軽く伸びをした。冥界と地上では環境が違い、身体に支障が出ると思ったが特に何も無く健康そのもの。これなら掃除をしつつ、第一層から第三層まで動き回れそうだ。

「直ぐにでも行動したい。冥王陛下は、掃除道具を俺に支給してくれただろうか?」

 亡霊は頷き、壁に立てかけられている箒と柄の長いブラシ、塵取りの入ったバケツの横へと移動する。そして、掃除係の衣装となる黒いローブと髪の毛を覆う布を別の亡霊が持って来た。小麦色の火の粉舞う髪は、太陽神アギスの直系であると直ぐに見抜かれてしまう。いざという時ローブだけでは心もとないと思っていたゼネスは安堵した。
 道具も衣装も真新しいものではなく、古ぼけたものをあえて選んでいる。これならば、長年細々と掃除をしている冥界の関係者を演じられるはずだ。

「ありがとう。そうだ。剣を見つかった際や、休憩の為にここへ戻る際は、どうすればいいんだ?」

 最初にいた亡霊がゼネスに近寄り、手を差し出した。同じように手を差し出すと、亡霊はゼネスの掌に金色の首飾りを乗せた。鎖だけの簡素なものだが、仄かにシャルシュリアの権能の力を感じる。

「使い方は?」

 亡霊は両手を握り、祈る仕草をする。

「念じれば良いんだな。わかったよ」

 ゼネスは用意を済ませ、さっそく亡霊の案内の元で第三層へ向かう。
 第三層へ行くには、玉座の間を抜けた先の大階段を登らなければならない。ちらりと扉の開け放たれた玉座の間を見たゼネスだが、そこにはシャルシュリアはいなかった。

「道案内をありがとう。それじゃ、行ってくる」

 亡霊に手を振り、ゼネスは石作りの大階段を登っていく。
 第三層ダスアエリスは、冥界の館よりも薄暗い。風化し、血の汚れが至る所に付着する石の壁と床。竜や鷲を模した石像からは毒矢が、地面から槍が飛び出す罠が至る所に設置されている。水路には黄緑に発光する水が流れ、壁付けの燭台の蝋燭は火によって原型が無い程に溶けている。
 層は同じでも、罪の重さに多少違いがあり、収容される〈部屋〉はそれぞれ違っている。罠や拷問の部屋、全てが燃え盛る業火の部屋、魔獣との相部屋。館にいる亡霊と違い、ここにいる囚人達はあえて受肉させられ、腕を捥がれようと、目を抉られ様と、原形が無くなる程に切り刻まれようと、何度も再生を繰り返し苦痛の海を彷徨っている。可哀想に思えてしまうが、彼等はそれ相応の罪を犯した者達だ。同情の余地なんてありはしない。
 ゼネスは変装と金の首飾りの効果もあり、部屋の影響を受けず、囚人達からは気にも留められていない。山羊や竜の骸骨の仮面を被る番人達と魔獣は、彼を一度認識した後は、一定の距離感を保っている。
まずゼネスは剣を探しつつ、床に散らばる肉片や骨、積もった灰を箒で掃き、捨て場が無いのでまとめて業火の中に投げ込む。こびり付いてしまっている何かは、ブラシで擦り取る。水路にもいくつか肉片や骨が落ちていたので、それも箒を使ってかき集める。
 地上では狩りを行い、解体も自ら行っていた。時に、肉食獣が食べた後の残骸を見る事もあった。なので、血肉や骨を見る事にゼネスに抵抗はなかった。
 すぐに汚れるので徹底的に綺麗にはせず、罠がちゃんと起動するように、番人達が歩き易い程度にと思いながら、ゼネスは部屋と部屋を渡り歩きながら掃除を行った。

「ここは……?」

 次の部屋へはいると、そこは広間だった。
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