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5章 銀狐と星の愛子と大地の王冠

72話 やるべき事

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 徹夜してでも2人の帰還を待ちたかったが、ニアギスに諭され、眠そうなグランに催促され、私は自分の小屋へ行き、ベッドの中へ入った。何故かグランも一緒だが、身体が小さいのでそこまで狭くはない。
 明日は地図にあった場所を調べてみよう。その為には、充分休まなければならない。

 翌朝。夕焼けの空は解除され、青空が広がっている。
 私はグランのお陰で充分睡眠が取れて、身体が軽い。ニアギスが作ってくれた疲労回復に効く薬草と干し肉のサンドウィッチを食べ、2人が帰って来るのを待った。

「ただいまぁ」

 大体朝の9時ごろ。アンジェラさんは少し眠そうにしながらも、無事帰還してくれた。

「おかえりなさい」
「ただいまもどりました」

 リュカオンも少し疲れた様子だが、怪我無く無事でよかった。

『おかえりなさぁい』
『ようやく帰って来たわね』
『あら、あんた達も姿現したの』
『こっちもかるーく色々あったのよぁ』
『かるーく?』
『詳しい事は食べながら話しましょ』

 妖精達は、勝手に残りのビスケットやキャラメルを私のリュックから奪っていた。リュカオンは直ぐに気づいたが、私が小さく首を振ったので何も言わなかった。

「先にお休みなられますか?」
「報告してからにするよ」

 ニアギスが淹れてくれた紅茶をアンジェラさんは一口飲み、大きく深呼吸した後、昨晩何があったのか話し始める。
 不可思議な話だが、妖精達の話がより現実味を帯びてきた。

「こちらで待機をしていた我々も、妖精達の証言の元、地図と照らし合わせていました。魔方陣が製作されていた疑いがあります」

 ニアギスは地図を広げて、2人に見せる。

「魔術がどの部類かは、現段階では不明です。五方星の魔方陣は、書き加えが主流です。判別には時間が掛かります」

 詠唱がそうであるように、魔方陣に〈意味〉を持たせなければ、魔力を通しても魔術にはならない。いつぞやの兄様が魔術に失敗したように、ちゃんと〈終わり〉まで形にしないと暴走事故を起こす。五方星の場合は中央や5つの角の部分に、記号や文字を入れる。

「ボク達が目にしたのは、こんな感じ」

 アンジェラさんの地図に記されていたのは、〈~〉の記号に似た線だ。丁度角の1つに入る場所に当てはまっている。

「血をまき散らしていたかもしれないから、仮だけどね。他の地点にも引き摺った跡があったか調べたけど、発見できたのはここだけ」
「内容を書き始めていると考えて良いでしょう」

「これだけ大規模な魔方陣が発動したら、大地震を起こしそう」

 私はさりげなく大地震の話に触れた。
 リティナが牙獣の王冠の遺物回収がスイッチとなり、発動した。
 もしくは、リティナを悪者に仕立て上げようとした誰かによる策略。
 それとも、彼女を主人公に仕立て上げる為の演出だったのだろうか。
 今回の入念さを見ると、ロカ・シカラの浄化の失敗は誰かに妨害された様に思えてしまう。だが、今は振り返っている暇はない。

「はい。可能性は充分にあります。人為的に、我々に気づかれないよう綿密に計画が練られています」

 私がやるべき事は、魔方陣の完成を阻止する事だと確信した。

「グラン。前に妖精が言っていた〈地治め〉ってものでも、抑えられない規模?」

 私の問いにグランは少し考えた素振りをすると、地面に字を書き始めた。

〈地治めは、拙者たちの住処を揺れから守る為のもの。残念ながら、外部を守るには力不足。とてもすまないと思っている〉

「ギュィ」
 少ししょんぼりとしながら、グランは小さく呟いた。

「謝らなくて良いよ。悪いのはこの魔方陣を作ろうとしている人なんだから」
「ピイ!」
 グランの頭を撫でると、笑顔を返してくれた。

 思い返せば、ゲーム本編でも大地震があったにも関わらず、牙獣の王冠は土砂崩れも断層の発生も無かった。今までの地震は〈地治め〉の影響で、外部に漏れ出る規模が縮小されていたと想定できる。人間と交流がほぼ無かったグラン達からしてみれば、思いもよらない副産物だ。地表に居られなくなった彼らが居場所を守る為の術なのだから、グラン達は何一つ悪くはない。

「魔方陣へ行き渡らせる魔力は、この山脈から抽出されていると考えて良いよね」
「はい。遺物は今も強固な守りの中にいます」

 遺物は結界で守られ、漏れ出す魔素は他の生物たちが利用している。大量かつ安定した魔力は、魔鉱石とほぼ同質を保有している山脈のみだ。

「浄化を継承している魔物を探したいけれど、まずはこっちの問題を解決した方が良いと思う」
『私も同じ意見だ。これが解決すれば、魔物達は比較的おとなしくなり、探しやすくなるはずだ』

 姿を現したレフィードは賛同してくれる。

「うん。良いよ。魔物調査がしやすくなし、環境が崩壊するのを防ぎたい」

 アンジェラさんは直ぐに賛成してくれて、リュカオンも〈お嬢様の意思を尊重します〉と言ってくれた。

「レフィード。質問しても良いかな?」
『良いぞ。言ってくれ』
「魔方陣って、地下に浸透させることは出来るの?」

 厳密にはここの下は〈地下〉とはやや違うが、山脈の魔力を得るだけでなく、隠せるのはそこ位だと思った。

『あるにはある。地下となれば神脈の影響によって爆発の危険性、地震などの際による不慮の事態が考えられる。それを防止する術式も必要となり、かなり高度な技となる』

 ここは山脈自体に魔力があり、定期更新のように地震が発生する。グラン達の地治めの効果を利用しているとしても、弱い揺れが残っている。影響は少なからずあり、長期間の維持は難しそうに思える。

「対策を練り、緻密かつ柔軟な魔方陣を書き上げ、管理し修正を加え続ける芸当が出来る魔術師はごく少数です。指折りと言っても過言ではありません。しかし、ここに錬金術が関わるのであれば、手段が増える為に数を絞るのが難航します」
「あっ……魔道具の構造を応用されているから?」

 ロクスウェルの後の発明である〈通信機〉と〈電話〉を思い出した。遠くの地点にいる者同士が連絡を取り合える画期的な魔道具。そこには、魔鉱石が放出する魔素による波長が使われていると設定で書かれていた。

「はい。犯人捜しは一旦置き、まず魔方陣がどの様に保管されているのか調べます。宜しいですか?」
「うん。お願い」

 ニアギスは膝を着き、地面に手を添えた。空間魔術を内部へと発動させているようだ。
 彼の隣でグランが何故か地面に寝そべった。

「…………山の地層内部に異物を発見できました。魔鉱石とは違う性質を持つかなり小さな結晶体のようです。魔力の波長を出しています。微弱ではありますが、我々が想定した魔方陣の形を描いています」
「ペプ!」
「グランギア様。ご協力ありがとうございます」

 私には理解できない領域で、2人は協力して調査をしたらしい。

 ニアギスの空間魔術による調べによって、錬金術の疑惑がさらに濃厚となった。私は専門外ではあるが、人間が積み 上げた知識の結晶に妖精達が触れられない理由が分かった気がする。

「それは取り出せるの?」
「可能ですが、四大属性ではない魔力を外部に漏らすのは危険です。慎重な作業になる為、時間が掛かります」

 四大属性ではなく、負の想念に属するもので間違いない。大量の血が凝縮して出来た結晶体も危険だが、個体にさせる術式や、取り出されないよう防衛する術式も内部にあると考えられる。それらの解除を行う必要が出てくる。

「最速で魔方陣完成は防げるから、ニアギスは結晶体の取り出し作業に集中してもらおう。作業中無防備になっちゃうから、ボクかリュカオンのどちらかが此処に残った方が良いかな」
「私、アンジェラさん達が発見した場所を回りたいです。昼間なら明るいし、レフィードと一緒なら何か発見できるかもしれません」
「そうしてあげたいけど、警護が手薄になるからなぁ……」

 戦闘できる能力があっても、貴族の令嬢である事に変わりはない。お父様から〈娘が無事で帰れるように〉と約束があって、ようやくダンジョン潜入ができるので、アンジェラさん達は私を危険な目に遭わせたくはないのは、分かっている。
 しかし、このまま待ってはいられない。ニアギスのお陰で魔方陣完成を防げても、再発される危険性は残っている。その芽を潰す為にも、動いて調べなくては。

「皆さーーん!!」

 私達の元へ一目散にゼノスが走って来る。

「ゼノス!」

 地表からここまで辿り着くには充分な時間があるが、単独で来るなんて驚いた。

「ごはっ?!」
「え!?」

 ゼノスが、物凄い勢いで何かに衝突して倒れた。まるで壁に衝突したように見えた。

「あー! ごめーん! ボク達以外に人を通させない様にしていたんだった!」
「申し訳ありません。私も同様に空間魔術を張っていましたので、二重の状態でした」
『三重よぉ』

 3人の発言に私とリュカオンは驚き、2人でゼノスに駆け寄った。

「ゼノス大丈夫か!?」
「は、はい……少し打っただけです」

 起き上がったゼノスは、額と鼻が赤くなった以外怪我は無いようだ。

『なにかしら、あれ』
『あの子の所有物みたいな感じよぉ。ほら、あの混血もそうじゃなぁい』
『人間社会ってめんどうよねー』

 リュカオンが睨みを利かせ、妖精達は〈やれやれ〉と言った様子で黙った。

「ご命令を無視してしまい、申し訳ありません。昨晩異様な気配を感じたので、いても経っても居られず、急いでこちらに来ました」

 夜中ずっと登って来たのか、目の下には隈が出来ている。
 風森の神殿の経験以降、ゼノスは魔物等の索敵を誰よりも上手く出来るようになった。ゲーム上では持っていなかったスキルだが、違う道を歩み出した事で才能が開花したのかもしれない。
 戦闘力は申し分なくあり、彼がいてくれれば昼間の行動も出来る。

「来てくれて良かった。お願いしたい事があるの」

 協力してもらう為に、私は昨日の出来事を話した。
 

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