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編む贈りもの2
しおりを挟む澄んだ空気が満ちる朝。
やわらかな日差しがおちる食堂には、いつもどおりに家族が集まっていた。
食後の緑茶を飲んで ため息ひとつ。
白い息が宙に浮かんで、その尾が透けて、全身がぼやけて消えたころ。
私は席を立って切り出した。
「今日は、みんなにもらってほしいものがあるの!」
上手い言葉が見つからなかった私は、想いの導くままに話すことにした。
緊張をほぐしてくれるのは、握りしめたこぶしじゃない。
視界の端で揺れる虹色と、事情を把握しているラピスとおじいちゃんの瞳だった。
みんなの視線が注がれる。
期待と興味に満ちた三人と、優しく見守る二人の視線が。
「大したものじゃないんだけど、これ……」
取り出した五つのミサンガを机の上に。
ひとつはもう、私の手首に巻かれているから。
「ミサンガっていって、こんなふうに腕につけるものなんだ」
言いながら、私は赤と白が巻かれた腕を持ち上げる。
袖をまくって、隠していたそれを見せびらかすと、ミサンガを知らなかった三人が声をあげた。
「きれい」「かわいい」「かっこいい」
それぞれの褒め言葉をもらった私は、ほっと胸を撫で下ろして、みんなの元へと手渡しに行った。
◆
「ラピス先生にはこれ。いつも魔術を教えてくれて、ありがとう」
手渡すミサンガは薄い青と白。
空の青と、雲の白をイメージしたものだ。
日ごろの感謝と、あこがれと、そしてリボンへのお礼を籠めて編みこんである。
普段遣いの言葉に加え、私だけの愛称である“先生”で感謝の想いを伝えた。
「ええ……一生、大切にするわ」
彼女は差し出した手を両手で包み、ゆったりとうなずいてから離す。
いつかそうしてくれたように。
そしてその手はやはり、今までよりもあたたかかった。
手首にミサンガをつけた彼女には、すてきなほほえみが浮かんでいた。
「ありがとう」……想いを籠められた言葉のあと。
ラピスは椅子を下りて、くるりと舞った。
ひるがえる長髪が目に鮮やかで。
わき立つ香りと笑顔で、私の心を満たしてくれた。
「……みんな、似合うかしら?」
服の裾を摘まんで、ラピスはいたずらっぽく問いかけた。
私と同じ麻の服なのに何故だろう。
白いドレスが一瞬、その姿に重なって見えたのは。
激しい動きで上にズレていたミサンガが、するりと手首まで落ちてくる。
それに合わせて小さく首をかしげる彼女は……とても、すてきだった。
「きれいだよ。世界で、いちばん」
気がつけば想いは口から旅立っていた。
みんなが、あとからあとから継げる褒め言葉に、ラピスは頬を赤らめて。
最後にもう一度「ありがとう」と言って席に着いた。
◆
みんなよりも一つ高い位置にある頭。
彼は細い瞳で、私のことをじっと見つめていた。
「いつも優しいデンテルにはこれ。あ……入る、かな?」
ふか緑と茶色で編んだ、落ち着いた色合いのミサンガを手渡す。
でも、受け取った彼の手は予想よりも大きくて。
私は心配になってしまった。
「大丈夫だよ。……ほら、入った」
けれども、そんな気遣いは必要なかったみたい。
何の抵抗もなく手首におさまったミサンガは、彼の元で紐をたらしていた。
輪繋ぎになった一点から垂れさがる、二本の三つ編み。
デンテルはそれが気に入ったらしく、指先でつついて遊んでいた。
ふにゃりとゆるんだ頬が、彼の満足を裏付ける。
「ありがとう。渋くて落ち着いていて、僕の好みだ」
大切にするよ。
優しい声で彼は継げる。
……けれど、それじゃ駄目なのだ。
「ミサンガはすり切れたときに願いが叶うものなの。だから、あんまり大切にしちゃダメだよ?」
ラピスは言っても聞き入れてくれなかったから、デンテルには強めに言っておく。
みんなには幸せになってほしいから。
でも、彼もまた、首を縦には振らなかった。
「――それでも、大切にするよ」
手首のそれを撫でながら、デンテルは慈しむように言った。
口調は穏やかだけれども、自分の考えを曲げないという強い意思を感じる。
まったく、ラピスもデンテルも頑固で困ってしまう。
私は嬉しい気持ちと困った気持ちで、よくわからないことになっていた。
きっと微妙な顔をしていたと思う。
あいまいにうなずいて、私は次へと足を進めた。
◆
「エイミー……ありがとうな!」
赤と黄で結わえたミサンガを受け取ってすぐ。
それを身に着けるよりも先に、コリーはお礼を言ってくれた。
にっこり笑った明るい顔のうえ、かわいい耳は飛んで行ってしまいそうなほどにはためいている。
「えへへ。ね、付けてみて」
そんな顔を見ていたら、私の顔にも笑みが浮かんでいた。
幸せな気持ちに満たされて、一瞬だけ目をつむる。
閉じたまぶたの裏。
鼻を撫でる彼の香りが、そこに思い出をよみがえらせた。
映し出されたのはこの世界に来た次の日のこと。
酷いことをしちゃった私に、優しい言葉をかけてくれた彼の笑みだった。
開いた瞳が映す現在と、過去が重なる――
「どうだ? 似合う……か?」
立ち上がって、ミサンガを身に着けた彼が問いかける。
褐色の肌は少しだけ赤みが差して、視線はやや下を向いていた。
ちょっぴり心配なのかもしれない。
「もちろん! 優しくてかっこいいコリーにぴったりだよ!」
だから私は、胸を張って言ってあげた。
心からの想いを言葉にのせて。
照れ笑いを浮かべる彼と、もう一度笑いあって。
私はとなりの女の子に声をかけた。
◆
「……ながかった」
「ご、ごめんね!」
白い頭に赤い瞳。
無表情な彼女は、表情豊かな声で不満を述べた。
慌てる私にルシルは「冗談」と短く告げ、小さな手を差し出してくれる。
ルシルは割とよく冗談を言う。
彼女のそれはいつも上手で、私はだまされてばかりだった。
いつかやり返してみたいものだ。
「――はい、おまたせ。ルシル」
そんな小さな願いを胸に秘め。
私は、赤と白の紐で結わえたミサンガを手渡した。
彼女は両手にゆるく包まれたそれを見て、次いで私の手首を見る。
同じ視線の運びを何度か繰り返したあと。ルシルは、淡い声で言葉を紡いだ。
「……エイミーと、おそろい?」
「う、うん。嫌じゃなかったら、その、付けてくれると嬉しいな」
私は急に不安になって、言葉を鈍らせてしまった。
心に巣食う感情は孤独。
ルシルに拒絶されたときの想いが、寒気をともなって身を撫でる。
「……嫌なわけ、ない!」
でも、そんな寒気は他ならぬ彼女によって散らされた。
さっきまでの調子と全く違う。心の闇を裂く、力強い声でルシルは言い放つ。
次いで、ゆるく包んでいたミサンガを、ぎゅっと握りしめ。
閉じた手を額に運んで目を閉じて、「ありがとう」と湿らない声で言う。
彼女は名残惜しむようにゆっくりと、本当にゆっくりとまぶたを開いてから、ミサンガを身に着けてくれた。
私と同じ左手首に。
そうしてルシルは向き直って、ふんすと鼻を鳴らす。
久々に見せてくれたその仕草は、彼女の自信のあらわれだ。
「かわいいよ。とっても、とっっても!!」
それでも私は想いを口に出して伝えた。
必要とか必要ないとか、そんなことは関係なくて。
ただ、私が伝えたかったから。
そんな私に、ルシルはもう一度鼻を鳴らすと、
「……コリー、見て。おそろい」
となりに座っているコリーに自慢し始めた。
ミサンガを見せびらかす彼女の顔に、やっぱり笑顔はないけれど。
嬉しい気持ちはあふれるほどに伝わってきた。
◆
そして、最後はおじいちゃん。
短い白髪に白いおひげ。
それに挟まれた蒼い瞳は、大切なものを愛でるように細められていた。
大好きなおじいちゃんに渡すのは、
「……ありがとう。エイミー」
黒と白で編みこんだミサンガだ。
私の色とおじいちゃんの色。
二つを織り交ぜたそれを、彼はさっそく腕につけてくれた。
「どうじゃ、似合うかの?」
にかっと笑いながら彼が訊く。
私だけじゃなくて、みんなに向けて。
おじいちゃんは顔のしわを深くして笑っているのに、不思議と若々しく見えた。
「もう……みんなして同じことをきくんだから」
苦笑まじりのラピスの手には、薄い青と白。
「似合ってるよ。とってもね」
糸目をたわませるデンテルの手には、ふか緑と茶色。
「かっこいいぞ! 俺と同じくらいな!」
満面の笑みを浮かべるコリーの手には、赤と黄色。
「……おじいちゃん、嬉しそう」
二度のまばたきを見せるルシルの手には、私と同じ赤と白。
みんなが喜んでくれている。
私の大好きな家族が、同じ想いでいてくれる。
それはとても尊いことで。
それはとても、すてきなことで。
私は胸の前で、ぎゅっとこぶしを固めて誓った。
みんなを守ること。
心を救うこと。
誰にも、この幸せを壊させはしないこと。
強い想いとは裏腹に、頬を流れる幸せは止まってくれない。
そんな満ち足りた空間で。
嬉し涙をこぼし続ける、愛に曇った瞳は見落とした。
私を見つめる優しい瞳。
そのなかで、黒く冷たい何かが蠢いたことに。
◆
「あっはぁ……ン。おいしそぉ」
遠い世界に声が響く。
妙に艶めいた幼い声。
細い覗き窓……デンテルの眼から彼の地を見通す少女は、身の丈を越える椅子に体を沈め、飴玉を転がすように舌を躍らせていた。
真なる主の失せた玉座の広間。
四階から六階が吹き抜けとなったこの空間は、煌びやかな黄金の輝きを放っている。
球状と半円筒形を組み合わせて造られた広間を埋めるのは、形を持たない黒ばかり。
満ちる陽光を遮り、黒は蠢き続ける。
決して音を生み出すことはなく、光を受け入れることもなく。
最奥に座する少女はそんな黒に一瞥もくれず、ただただ水音を生み出していた。
瞳に映すは六つの命と四つの罪。
左右で造りの違う双眸は、黒い鍵孔の少女をより濃く見やる。
やがて粘性を孕んだ音の主は、病的に白い腕で空を薙いだ。
翻る袖は黒。
漆黒のドレスを纏う少女の手先に、同色の傘が現れる。
研ぎ澄ました刃物のように鋭い先端を持った黒い傘。
浮かべたそれの切っ先で手首をなぞり、流れる赤を舌へと運ぶ。
リボンに結えられた髪の傍。睫毛に囲まれた虹彩が見開かれ、次いで悩ましげな声が漏れた。
「ん……はぁ。もうじき、もうじきよぉ……あはっ」
喉を鳴らして飲み込んだ少女は笑い出す。
贈りものをねだる幼子のように瞳を輝かせ。
高級娼婦のような艶めいた声で、彼女は笑った。
口端は裂けんばかりに吊りあげられ、拭われなかった赤が滴る。
無地のキャンバスを彷彿とさせる首筋を伝い、後にドレスの漆黒と交わった。
「ふふっ……茶番はもうおしまぁい」
言葉とともに両手が叩かれ、まどろみのなかにあった空間が震え上がる。
それを合図に黒がわき立った。
広間に満ちる闇が押し寄せ、少女の肢体を包みこむ。
「さあ、収穫祭をはじめましょぉ?」
高い靴音を響かせ、闇の毛皮を纏った少女は歩み出す。
閉じた世界、その出口へと――
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