帝は傾国の元帥を寵愛する

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2章

45話 おやすみ、リュクス

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湯をかけられ、泡も熱もすっかり流されたリュクスは、
ルーカスに軽く背を押されるようにして、湯船へと導かれた。

白い湯気が立ちのぼり、天井の梁をぼやかしていく。
二人きりの湯殿は静かで、壁越しの隣の湯で誰かが桶を置く音や微かな話し声が、くぐもって響くだけだ。

湯に肩まで沈むと、身体の芯から力が抜けた。

……。

ルーカスは何も言わず近づいてきて、口付ける。
水面が揺れ、わずかに波紋が広がる。

「……ん」

さらに腕が回され、抱き寄せられる。
背中に触れる胸板は熱く、動かない。

……。

(なんなんだ……この過保護。
 絶対、今日は狙ってるだろ……?)

湯の音に紛れて、鼓動だけがやけに大きい。

「どうしたの」

低い声が耳元で落ちる。

「……」

「綺麗にするのは、飼い主の役目だ」

「は?」

「俺のわんこ」

「犬じゃない……」

「じゃあ、今日のおやつはいらないの」

「……いる、けど……」

(……何なんだ?)

洗って、抱いて、口付けるだけ。
それ以上、踏み込む気配はない。

風呂を上がると、脱衣所の空気はひんやりとしていた。
自分のタオルを取りに行こうとしたところで、
ルーカスが無言でタオルを広げ、肩から巻いてくる。

「……」

扇風機の前に立たされ、濡れた髪が揺れる。
夜気が心地いい。

(このまま……ルーカスの部屋で、なのかな)

そう思ってしまう自分に、苦笑する。

――いい、けど。

いいのか?

湯の中で見えた、あの禍々しい存在感が脳裏をよぎる。

……。

「リュクス」

呼ばれて顔を上げると、
ルーカスが紙袋を手にしているのに気づいた。

差し出され、そっと中を見る。
高級そうな包みの菓子が、いくつも入っている。

「今日、買ってきてもらった。
 お前が好きそうなの」

「……え、ありがとう」

受け取って、ルーカスの目を見る。

どうして、こんなに優しい目をするんだろう?
これから奪うから?
飴と鞭?

だが、彼は何もせず、先に一歩下がった。

「今日は一緒にいれない」

「……へ?」

「明日は早い。
 朝、起こしに行ってやる」

「……え?」

「おやすみ、リュクス」

額に軽い口付けを残して、ルーカスは先に廊下に出て行った。
扉が閉まる音がして、
脱衣所には、扇風機の風と、菓子袋のかすかな紙音だけが残った。


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