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3章
57話 お前にできるわけがない
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「本当に、面白いな」
ユリウスは、喉を鳴らして楽しげに言った。
「私が――お前のような未熟なものを、使うはめになるとは」
言葉は羽のように軽いが、その鋭さは冷徹な刃そのものだった。
皇帝という絶対者に対し、この土壇場で「話しかけていいか」などという稚拙な、しかし本質的な確認を求めてくる存在。その「異質さ」を、ユリウスは愉しんでいた。
リュクスは、わずかな沈黙を置いてから、挑戦的とも取れるほど穏やかに微笑んだ。
「陛下。俺は、出来ますよ」
「ほう」
ユリウスの瞳に、鋭い光が宿る。
「だから」
リュクスはまるで、日常の雑談の延長のような口調で続けた。
「ちゃんと出来たら、もっと執務室に来てくださいね」
レオンの背筋に戦慄が走った。皇帝に向かって、対価を要求したのだ。
だが、ユリウスは笑みを崩さなかった。
「ああ、いいだろう」
あまりにあっさりと、彼は頷く。
「お前が、レオンの躾通りに完璧にこなせるのなら。執務室にも行くし――」
そして、何でもないことのように、リュクスの指先を指した。
「貸与しているその指のダイアを。お前にやろう」
「……っ」
リュクスの笑顔が、初めてぴたりと固まった。
レオンはたまらず声を上げる。
「い、いやいやいや……陛下!!
その巨大なダイアは、アンティークの一点物……!
前帝の皇后が、銀婚式にお着けになっていたもので……!」
「問題ない」
ユリウスは一瞥もくれず、穏やかに、そして冷たく突き放した。
「お前のようなものに、完璧な振る舞いができるわけがない」
それは確信だった。
できない前提だからこそ、この最高級の賭けに出る。
できれば奇跡として史上に残し、できなければゴミのように切り捨てる。
この舞踏会は、もはや祝宴などではない。
リュクスという「消耗品」が、本物の「宝石」に成れるかどうかを試す、剥き出しの試験場だ。
そして――この張り詰めた空気の中で。
当の本人だけが、先ほどから続く無理な姿勢のせいで、じりじりと増していく腰の痛みについて、場違いなほど切実に考えていた。
※
レオンは思いを馳せる。
かつてこの鏡の前で、ユリウス陛下はヴァルター閣下の指に――今と同じダイアを嵌めようとしたことがあった。
『陛下、俺にはこんな物は似合わない』
その時、ヴァルター閣下は困ったように、だがどこか不遜な笑みを浮かべてそう言った。
あの頃の陛下は、まだ“陛下”ではなく、“殿下”だったが。
『お前にしか似合わん』
そう強いた瞬間、ヴァルターは傲慢にもユリウスの喉元へと顔を寄せ、その瞳を真っ向から覗き込んだ。
『殿下は、俺の姿が見えないのか?
……俺自身が輝いているからか、ーーーこのダイヤモンドのほうが偽物に見えるだろう?』
一拍の沈黙。
『……は。確かに、そうだ』
低く、どこか愉しげにユリウスはそう返した。
その眩しさに、あの時、ユリウス陛下は確かに屈した。
宝石の輝きをも殺し、帝の支配すらも「個」の魅力で上書きしてしまう圧倒的な存在。
それこそが、ユリウス陛下が唯一、対等であることを許した男――ヴァルター・フォン・ロゼンクロイツ閣下の輝きだった。
「……」
だが、今、鏡の前に立っているのは、その男ではない。
磨き抜かれた鏡面に映るのは、あまりにも細く、白く、
宝石の重みに今にも押し潰されてしまいそうなほど、危うい少年。
リュクス。
リュクスには、ヴァルターのような、内側から溢れ出る傲慢な光はない。
代わりにあるのは、冷酷なまでに整え上げられた「装飾品」としての完成度だ。
帝の隣に並べるに足る、欠陥ひとつない美。
それは、生きた人間というより、精巧に作られた「機械」のような美しさだった。
――ユリウス陛下が、自ら作り上げた虚像。
ヴァルター閣下を失った空白を埋めるために、
素材を見つけ、最高の衣を与え、感情を殺し、隣に立たせる。
我が君主には、必ず何かしらの意図があるはずだ。
ヴァルター閣下なら決して口にしないような、
幼く、無防備な「執務室に来てください」という言葉を、
まるで対価のように差し出すこの少年。
その未熟さが、かえって眩しい。
もしも――
もしも、あの時。
閣下が、
「婚姻とはどういうことだ? 何も聞いていないが、説明してもらえるか」
と問いただしていたら。
陛下が、
「留まってほしい」
と口にしていたなら。
今日の日も、かの方は隣に立っていたのだろうか。
「本当に……面白いな」
喉を鳴らして漏れたその笑いは、
かつてヴァルターに向けられた「敗北の笑い」ではない。
レオンは、そっと意識をこの場へと引き戻す。
ただ、我が君主の仰せの通りに。
あなたの歩む道が、どのような地獄であろうとも。
ユリウスは、喉を鳴らして楽しげに言った。
「私が――お前のような未熟なものを、使うはめになるとは」
言葉は羽のように軽いが、その鋭さは冷徹な刃そのものだった。
皇帝という絶対者に対し、この土壇場で「話しかけていいか」などという稚拙な、しかし本質的な確認を求めてくる存在。その「異質さ」を、ユリウスは愉しんでいた。
リュクスは、わずかな沈黙を置いてから、挑戦的とも取れるほど穏やかに微笑んだ。
「陛下。俺は、出来ますよ」
「ほう」
ユリウスの瞳に、鋭い光が宿る。
「だから」
リュクスはまるで、日常の雑談の延長のような口調で続けた。
「ちゃんと出来たら、もっと執務室に来てくださいね」
レオンの背筋に戦慄が走った。皇帝に向かって、対価を要求したのだ。
だが、ユリウスは笑みを崩さなかった。
「ああ、いいだろう」
あまりにあっさりと、彼は頷く。
「お前が、レオンの躾通りに完璧にこなせるのなら。執務室にも行くし――」
そして、何でもないことのように、リュクスの指先を指した。
「貸与しているその指のダイアを。お前にやろう」
「……っ」
リュクスの笑顔が、初めてぴたりと固まった。
レオンはたまらず声を上げる。
「い、いやいやいや……陛下!!
その巨大なダイアは、アンティークの一点物……!
前帝の皇后が、銀婚式にお着けになっていたもので……!」
「問題ない」
ユリウスは一瞥もくれず、穏やかに、そして冷たく突き放した。
「お前のようなものに、完璧な振る舞いができるわけがない」
それは確信だった。
できない前提だからこそ、この最高級の賭けに出る。
できれば奇跡として史上に残し、できなければゴミのように切り捨てる。
この舞踏会は、もはや祝宴などではない。
リュクスという「消耗品」が、本物の「宝石」に成れるかどうかを試す、剥き出しの試験場だ。
そして――この張り詰めた空気の中で。
当の本人だけが、先ほどから続く無理な姿勢のせいで、じりじりと増していく腰の痛みについて、場違いなほど切実に考えていた。
※
レオンは思いを馳せる。
かつてこの鏡の前で、ユリウス陛下はヴァルター閣下の指に――今と同じダイアを嵌めようとしたことがあった。
『陛下、俺にはこんな物は似合わない』
その時、ヴァルター閣下は困ったように、だがどこか不遜な笑みを浮かべてそう言った。
あの頃の陛下は、まだ“陛下”ではなく、“殿下”だったが。
『お前にしか似合わん』
そう強いた瞬間、ヴァルターは傲慢にもユリウスの喉元へと顔を寄せ、その瞳を真っ向から覗き込んだ。
『殿下は、俺の姿が見えないのか?
……俺自身が輝いているからか、ーーーこのダイヤモンドのほうが偽物に見えるだろう?』
一拍の沈黙。
『……は。確かに、そうだ』
低く、どこか愉しげにユリウスはそう返した。
その眩しさに、あの時、ユリウス陛下は確かに屈した。
宝石の輝きをも殺し、帝の支配すらも「個」の魅力で上書きしてしまう圧倒的な存在。
それこそが、ユリウス陛下が唯一、対等であることを許した男――ヴァルター・フォン・ロゼンクロイツ閣下の輝きだった。
「……」
だが、今、鏡の前に立っているのは、その男ではない。
磨き抜かれた鏡面に映るのは、あまりにも細く、白く、
宝石の重みに今にも押し潰されてしまいそうなほど、危うい少年。
リュクス。
リュクスには、ヴァルターのような、内側から溢れ出る傲慢な光はない。
代わりにあるのは、冷酷なまでに整え上げられた「装飾品」としての完成度だ。
帝の隣に並べるに足る、欠陥ひとつない美。
それは、生きた人間というより、精巧に作られた「機械」のような美しさだった。
――ユリウス陛下が、自ら作り上げた虚像。
ヴァルター閣下を失った空白を埋めるために、
素材を見つけ、最高の衣を与え、感情を殺し、隣に立たせる。
我が君主には、必ず何かしらの意図があるはずだ。
ヴァルター閣下なら決して口にしないような、
幼く、無防備な「執務室に来てください」という言葉を、
まるで対価のように差し出すこの少年。
その未熟さが、かえって眩しい。
もしも――
もしも、あの時。
閣下が、
「婚姻とはどういうことだ? 何も聞いていないが、説明してもらえるか」
と問いただしていたら。
陛下が、
「留まってほしい」
と口にしていたなら。
今日の日も、かの方は隣に立っていたのだろうか。
「本当に……面白いな」
喉を鳴らして漏れたその笑いは、
かつてヴァルターに向けられた「敗北の笑い」ではない。
レオンは、そっと意識をこの場へと引き戻す。
ただ、我が君主の仰せの通りに。
あなたの歩む道が、どのような地獄であろうとも。
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