帝は傾国の元帥を寵愛する

tii

文字の大きさ
60 / 104
3章

57話 お前にできるわけがない

しおりを挟む
「本当に、面白いな」

ユリウスは、喉を鳴らして楽しげに言った。

「私が――お前のような未熟なものを、使うはめになるとは」

言葉は羽のように軽いが、その鋭さは冷徹な刃そのものだった。
皇帝という絶対者に対し、この土壇場で「話しかけていいか」などという稚拙な、しかし本質的な確認を求めてくる存在。その「異質さ」を、ユリウスは愉しんでいた。

リュクスは、わずかな沈黙を置いてから、挑戦的とも取れるほど穏やかに微笑んだ。

「陛下。俺は、出来ますよ」

「ほう」

ユリウスの瞳に、鋭い光が宿る。

「だから」

リュクスはまるで、日常の雑談の延長のような口調で続けた。

「ちゃんと出来たら、もっと執務室に来てくださいね」

レオンの背筋に戦慄が走った。皇帝に向かって、対価を要求したのだ。
だが、ユリウスは笑みを崩さなかった。

「ああ、いいだろう」

あまりにあっさりと、彼は頷く。

「お前が、レオンの躾通りに完璧にこなせるのなら。執務室にも行くし――」

そして、何でもないことのように、リュクスの指先を指した。

「貸与しているその指のダイアを。お前にやろう」

「……っ」

リュクスの笑顔が、初めてぴたりと固まった。
レオンはたまらず声を上げる。

「い、いやいやいや……陛下!!
 その巨大なダイアは、アンティークの一点物……!
 前帝の皇后が、銀婚式にお着けになっていたもので……!」

「問題ない」

ユリウスは一瞥もくれず、穏やかに、そして冷たく突き放した。

「お前のようなものに、完璧な振る舞いができるわけがない」

それは確信だった。
できない前提だからこそ、この最高級の賭けに出る。
できれば奇跡として史上に残し、できなければゴミのように切り捨てる。

この舞踏会は、もはや祝宴などではない。
リュクスという「消耗品」が、本物の「宝石」に成れるかどうかを試す、剥き出しの試験場だ。

そして――この張り詰めた空気の中で。

当の本人だけが、先ほどから続く無理な姿勢のせいで、じりじりと増していく腰の痛みについて、場違いなほど切実に考えていた。





レオンは思いを馳せる。

かつてこの鏡の前で、ユリウス陛下はヴァルター閣下の指に――今と同じダイアを嵌めようとしたことがあった。

『陛下、俺にはこんな物は似合わない』

その時、ヴァルター閣下は困ったように、だがどこか不遜な笑みを浮かべてそう言った。
あの頃の陛下は、まだ“陛下”ではなく、“殿下”だったが。

『お前にしか似合わん』

そう強いた瞬間、ヴァルターは傲慢にもユリウスの喉元へと顔を寄せ、その瞳を真っ向から覗き込んだ。

『殿下は、俺の姿が見えないのか?
……俺自身が輝いているからか、ーーーこのダイヤモンドのほうが偽物に見えるだろう?』

一拍の沈黙。

『……は。確かに、そうだ』

低く、どこか愉しげにユリウスはそう返した。

その眩しさに、あの時、ユリウス陛下は確かに屈した。

宝石の輝きをも殺し、帝の支配すらも「個」の魅力で上書きしてしまう圧倒的な存在。
それこそが、ユリウス陛下が唯一、対等であることを許した男――ヴァルター・フォン・ロゼンクロイツ閣下の輝きだった。

「……」

だが、今、鏡の前に立っているのは、その男ではない。

磨き抜かれた鏡面に映るのは、あまりにも細く、白く、
宝石の重みに今にも押し潰されてしまいそうなほど、危うい少年。

リュクス。

リュクスには、ヴァルターのような、内側から溢れ出る傲慢な光はない。
代わりにあるのは、冷酷なまでに整え上げられた「装飾品」としての完成度だ。

帝の隣に並べるに足る、欠陥ひとつない美。
それは、生きた人間というより、精巧に作られた「機械」のような美しさだった。

――ユリウス陛下が、自ら作り上げた虚像。

ヴァルター閣下を失った空白を埋めるために、
素材を見つけ、最高の衣を与え、感情を殺し、隣に立たせる。

我が君主には、必ず何かしらの意図があるはずだ。

ヴァルター閣下なら決して口にしないような、
幼く、無防備な「執務室に来てください」という言葉を、
まるで対価のように差し出すこの少年。

その未熟さが、かえって眩しい。

もしも――
もしも、あの時。

閣下が、
「婚姻とはどういうことだ? 何も聞いていないが、説明してもらえるか」
と問いただしていたら。

陛下が、
「留まってほしい」
と口にしていたなら。

今日の日も、かの方は隣に立っていたのだろうか。

「本当に……面白いな」

喉を鳴らして漏れたその笑いは、
かつてヴァルターに向けられた「敗北の笑い」ではない。

レオンは、そっと意識をこの場へと引き戻す。

ただ、我が君主の仰せの通りに。
あなたの歩む道が、どのような地獄であろうとも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎
BL
百年前に現れた魔王によって侵攻が行われたアルキドセ王国。 国土の半分を魔物の支配下とされてしまったアルキドセ王国の国王はやむなく、国土を分断した。 ------------- 百年後、魔王の座は孫へと譲られていた。 「あー、だる……座り心地悪すぎだろ、」 しかし、譲られた孫であるセーレに魔王の素質はなく、百年間城にも攻めに来ない勇者に驕りきっていた。 ------------- その日、魔王城に戦慄が走った。 勇者が魔王城まで攻め入ったのだ。 「ひ、ひっ……!、よ、よくきたなぁ、っゆうしゃ!」 血の滴る剣を持ち、近づく勇者に恐怖で震えるセーレに与えられたのは痛みではなく、獣の皮の温かな感触だった。 「っかわいい……俺のものにする、っ」 「ぁ、ぇひ!やだやだやだっ、ひ、ぃい……」 理解できない勇者の言葉は死に怯えるセーレを混乱させ、失神させた。 ___________________ 魔王に一目惚れで掻っ攫う溺愛勇者       × 言動が理解できない勇者が怖い卑屈な名ばかり魔王 愛をまっすぐ伝える勇者に怯える魔王のすれ違い、らぶらぶストーリー。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

のろまの矜持 恋人に蔑ろにされすぎて逃げた男の子のお話

月夜の晩に
BL
イケメンエリートの恋人からは、雑な扱いばかり。良い加減嫌気がさして逃げた受けくん。ようやくやばいと青ざめた攻めくん。間に立ち塞がる恋のライバルたち。そんな男の子たちの嫉妬にまみれた4角関係物語です。

うちの魔王様が過保護すぎる

秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。 「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、 「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。 困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて―― 「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」 異世界転生魔王様×異世界転生主人公 幼馴染年下攻めだけど年上攻めです

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...