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3章
74話 カウンセラーの仕事
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【地下特別査問室 —— 2日目・深夜】
重い扉の向こう、防音壁に囲まれた密室には、革の軋む音と、男の荒い呼吸だけが満ちていた。
部屋の中央、拘束椅子に縛り付けられているのは、かつて伯爵と呼ばれた男――エドワードだ。
今の彼に、貴族の威厳など欠片も残っていない。
高価な衣服は剥ぎ取られ、無防備に晒された肌は冷や汗にまみれ、瞳は焦点が合わずに宙を彷徨っている。
「……ッ、ぁ……ぅ……」
その前に立つルシアンは、銀色のアタッシュケースから取り出した細い革鞭(ウィップ)の柄を、指揮棒のように弄んでいた。
シャツの袖を捲り上げたその姿は、拷問官というよりは、これから難解な手術に挑む外科医のように清潔で、美しい。
ルシアンは、エドワードの強張った顎に冷たい革の先端を這わせ、耳元で愛を囁くように言った。
「ああ、そうして君は……あの子(リュクス)にこうしたんだね」
ヒュッ、と風を切る音。
鞭がエドワードの太腿の内側、最も柔らかく、恥ずべき場所を鋭く弾いた。
「ぐっ……!!」
エドワードが情けない声を漏らし、椅子の上で身体を跳ねさせる。
痛みへの恐怖だけではない。
「自分より弱い者」をいたぶることでしか快楽を得られなかった男が、今、圧倒的な強者の下で「無力な獲物」として扱われている。
その事実が、エドワードの歪んだプライドを根底から破壊していく。
「あ、あああぁ……ああぁあ……ッ!」
「泣かないで。可哀想に」
ルシアンは慈悲深く微笑むと、震えるエドワードの頬を両手で包み込んだ。
その手つきは、聖母のように優しく――逃げ場のない鉄の枷のように強固だ。
「大丈夫、僕は君をわかってあげられるよ、エドワード」
至近距離で絡み合う視線。
ルシアンの瞳の奥にある底なしの闇に、エドワードの意識が吸い込まれていく。
「君は苦しかったんだろう? 不能な自分を隠すために、他人を支配して、王になったつもりでいないと壊れてしまいそうだった……違うかい?」
「あ……ぅ……ルシ、アン、様……」
「そう、いい子だ。支配者ごっこはもう終わりだ。君は本来、こうして管理されるために生まれてきたんだよ」
ルシアンは、エドワードの耳元に唇を寄せ、甘い毒を注ぎ込む。
「全て見せてごらん……君の全て。恥ずかしい秘密も、汚い欲望も、隠している帳簿の誇らしい数字も……僕にだけは、曝け出していい」
それは、究極の「救済」を装った、精神の乗っ取りだった。
恐怖と羞恥のどん底で差し伸べられたその手に、エドワードは縋り付くしかない。
この男に全てを委ねてしまえば、もう「伯爵として振る舞う」苦しみから解放されるのだから。
「は、はい……見て、ください……私の、全部……」
エドワードの瞳から、最後の一線の理性が涙となって零れ落ちた。
ルシアンは満足げに目を細め、アタッシュケースから次の「玩具」を選び取る。
「さあ、夜はまだ長い。……たっぷりと愛してあげるよ、僕の可愛い子猫ちゃん」
密室に、銀色の器具が触れ合う冷たい音が、軽やかに響いた。
*
重厚な執務机の上に、革張りの報告書が放り出された。
そこには、一人の伯爵が「解体」された記録――その恥ずべき性癖から、横領のルート、果ては帝への不敬な企てに至るまで――が、事実として羅列されている。
ユリウスはページをめくる手を止め、呆れたように息を吐き出した。
「……よくもまあ、これほど詳細に吐かせたものだ」
その声には、嫌悪感と、それを上回る感嘆が滲んでいた。
ただの自白ではない。ここには、エドワードという人間のプライドが粉々に砕かれ、涙と鼻水にまみれて懺悔する様までがありありと記録されている。
「そこまでできねば、貴方様は私をこの地位に繋ぎ止めてはいないでしょう? ……ユリウス陛下」
執務室のソファに優雅に腰掛けたルシアン・メルキオールが、唇の端を吊り上げて微笑んだ。
その肌は南国の太陽を吸い込んで小麦色に輝き、執務室の冷たい空気の中で異質な熱を放っている。
ユリウスは冷ややかな視線を彼に向けた。
この男は危険だ。劇薬と言ってもいい。
だが、この劇薬でなければ溶かせない「膿」があることも事実だ。
「ふん……悪趣味だが、仕事だけはできる奴だ」
「最高の褒め言葉ですね」
「ただし」
ユリウスは報告書をパタリと閉じ、鋭い眼光でルシアンを射抜いた。
「お前は所在ぐらいは逐一連絡しろ。レオンが胃薬を噛み砕く音を聞くのはうんざりだ。……必要なときに連絡がつかないと、貴様を『囲っている』意味がない」
あえて「囲う」という言葉を選んだユリウスに、ルシアンは楽しげに目を細めた。
愛人を囲うパトロンのような言い草。
だがそれは、この絶対君主が自分を「飼い慣らしている」という自負の表れでもある。
ルシアンは胸に手を当て、芝居がかった仕草で恭順を示した。
「心外な。囲われずとも、私は陛下の忠実な僕(しもべ)ですよ」
「どの口が言う」
「以後、気をつけましょう。……いえね」
ルシアンはふと、遠い南の空を思い浮かべるように目を細め、甘美な吐息を漏らした。
「南国には、肌の黒い若くて素敵な『子猫ちゃん』がたくさんいて……私を惑わしたものですから」
悪びれもせず言い放たれたその言い訳に、ユリウスは眉一つ動かさず、ただ冷徹に吐き捨てた。
「……発情期は他所でやれ。下がっていい」
「御意。では、私の『解体』が必要な時はいつでもお呼びを」
ルシアンは優雅に一礼すると、音もなく執務室を後にした。
扉が閉ざされた後の静寂の中で、ユリウスは再び、エドワードの破滅が記された報告書に視線を落とす。
あの男の手にかかれば、伯爵であろうと路傍の石以下の存在に成り下がる。
その残酷さと有用性を天秤にかけ、ユリウスは薄く笑った。
「……食えない男だ」
最強の猛獣使いは、手の中にある鎖の感触を確かめるように、深く背もたれに身を預けた。
重い扉の向こう、防音壁に囲まれた密室には、革の軋む音と、男の荒い呼吸だけが満ちていた。
部屋の中央、拘束椅子に縛り付けられているのは、かつて伯爵と呼ばれた男――エドワードだ。
今の彼に、貴族の威厳など欠片も残っていない。
高価な衣服は剥ぎ取られ、無防備に晒された肌は冷や汗にまみれ、瞳は焦点が合わずに宙を彷徨っている。
「……ッ、ぁ……ぅ……」
その前に立つルシアンは、銀色のアタッシュケースから取り出した細い革鞭(ウィップ)の柄を、指揮棒のように弄んでいた。
シャツの袖を捲り上げたその姿は、拷問官というよりは、これから難解な手術に挑む外科医のように清潔で、美しい。
ルシアンは、エドワードの強張った顎に冷たい革の先端を這わせ、耳元で愛を囁くように言った。
「ああ、そうして君は……あの子(リュクス)にこうしたんだね」
ヒュッ、と風を切る音。
鞭がエドワードの太腿の内側、最も柔らかく、恥ずべき場所を鋭く弾いた。
「ぐっ……!!」
エドワードが情けない声を漏らし、椅子の上で身体を跳ねさせる。
痛みへの恐怖だけではない。
「自分より弱い者」をいたぶることでしか快楽を得られなかった男が、今、圧倒的な強者の下で「無力な獲物」として扱われている。
その事実が、エドワードの歪んだプライドを根底から破壊していく。
「あ、あああぁ……ああぁあ……ッ!」
「泣かないで。可哀想に」
ルシアンは慈悲深く微笑むと、震えるエドワードの頬を両手で包み込んだ。
その手つきは、聖母のように優しく――逃げ場のない鉄の枷のように強固だ。
「大丈夫、僕は君をわかってあげられるよ、エドワード」
至近距離で絡み合う視線。
ルシアンの瞳の奥にある底なしの闇に、エドワードの意識が吸い込まれていく。
「君は苦しかったんだろう? 不能な自分を隠すために、他人を支配して、王になったつもりでいないと壊れてしまいそうだった……違うかい?」
「あ……ぅ……ルシ、アン、様……」
「そう、いい子だ。支配者ごっこはもう終わりだ。君は本来、こうして管理されるために生まれてきたんだよ」
ルシアンは、エドワードの耳元に唇を寄せ、甘い毒を注ぎ込む。
「全て見せてごらん……君の全て。恥ずかしい秘密も、汚い欲望も、隠している帳簿の誇らしい数字も……僕にだけは、曝け出していい」
それは、究極の「救済」を装った、精神の乗っ取りだった。
恐怖と羞恥のどん底で差し伸べられたその手に、エドワードは縋り付くしかない。
この男に全てを委ねてしまえば、もう「伯爵として振る舞う」苦しみから解放されるのだから。
「は、はい……見て、ください……私の、全部……」
エドワードの瞳から、最後の一線の理性が涙となって零れ落ちた。
ルシアンは満足げに目を細め、アタッシュケースから次の「玩具」を選び取る。
「さあ、夜はまだ長い。……たっぷりと愛してあげるよ、僕の可愛い子猫ちゃん」
密室に、銀色の器具が触れ合う冷たい音が、軽やかに響いた。
*
重厚な執務机の上に、革張りの報告書が放り出された。
そこには、一人の伯爵が「解体」された記録――その恥ずべき性癖から、横領のルート、果ては帝への不敬な企てに至るまで――が、事実として羅列されている。
ユリウスはページをめくる手を止め、呆れたように息を吐き出した。
「……よくもまあ、これほど詳細に吐かせたものだ」
その声には、嫌悪感と、それを上回る感嘆が滲んでいた。
ただの自白ではない。ここには、エドワードという人間のプライドが粉々に砕かれ、涙と鼻水にまみれて懺悔する様までがありありと記録されている。
「そこまでできねば、貴方様は私をこの地位に繋ぎ止めてはいないでしょう? ……ユリウス陛下」
執務室のソファに優雅に腰掛けたルシアン・メルキオールが、唇の端を吊り上げて微笑んだ。
その肌は南国の太陽を吸い込んで小麦色に輝き、執務室の冷たい空気の中で異質な熱を放っている。
ユリウスは冷ややかな視線を彼に向けた。
この男は危険だ。劇薬と言ってもいい。
だが、この劇薬でなければ溶かせない「膿」があることも事実だ。
「ふん……悪趣味だが、仕事だけはできる奴だ」
「最高の褒め言葉ですね」
「ただし」
ユリウスは報告書をパタリと閉じ、鋭い眼光でルシアンを射抜いた。
「お前は所在ぐらいは逐一連絡しろ。レオンが胃薬を噛み砕く音を聞くのはうんざりだ。……必要なときに連絡がつかないと、貴様を『囲っている』意味がない」
あえて「囲う」という言葉を選んだユリウスに、ルシアンは楽しげに目を細めた。
愛人を囲うパトロンのような言い草。
だがそれは、この絶対君主が自分を「飼い慣らしている」という自負の表れでもある。
ルシアンは胸に手を当て、芝居がかった仕草で恭順を示した。
「心外な。囲われずとも、私は陛下の忠実な僕(しもべ)ですよ」
「どの口が言う」
「以後、気をつけましょう。……いえね」
ルシアンはふと、遠い南の空を思い浮かべるように目を細め、甘美な吐息を漏らした。
「南国には、肌の黒い若くて素敵な『子猫ちゃん』がたくさんいて……私を惑わしたものですから」
悪びれもせず言い放たれたその言い訳に、ユリウスは眉一つ動かさず、ただ冷徹に吐き捨てた。
「……発情期は他所でやれ。下がっていい」
「御意。では、私の『解体』が必要な時はいつでもお呼びを」
ルシアンは優雅に一礼すると、音もなく執務室を後にした。
扉が閉ざされた後の静寂の中で、ユリウスは再び、エドワードの破滅が記された報告書に視線を落とす。
あの男の手にかかれば、伯爵であろうと路傍の石以下の存在に成り下がる。
その残酷さと有用性を天秤にかけ、ユリウスは薄く笑った。
「……食えない男だ」
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