帝は傾国の元帥を寵愛する

tii

文字の大きさ
77 / 104
3章

74話 カウンセラーの仕事

しおりを挟む
【地下特別査問室 —— 2日目・深夜】

重い扉の向こう、防音壁に囲まれた密室には、革の軋む音と、男の荒い呼吸だけが満ちていた。
部屋の中央、拘束椅子に縛り付けられているのは、かつて伯爵と呼ばれた男――エドワードだ。
今の彼に、貴族の威厳など欠片も残っていない。
高価な衣服は剥ぎ取られ、無防備に晒された肌は冷や汗にまみれ、瞳は焦点が合わずに宙を彷徨っている。
「……ッ、ぁ……ぅ……」
その前に立つルシアンは、銀色のアタッシュケースから取り出した細い革鞭(ウィップ)の柄を、指揮棒のように弄んでいた。
シャツの袖を捲り上げたその姿は、拷問官というよりは、これから難解な手術に挑む外科医のように清潔で、美しい。
ルシアンは、エドワードの強張った顎に冷たい革の先端を這わせ、耳元で愛を囁くように言った。
「ああ、そうして君は……あの子(リュクス)にこうしたんだね」
ヒュッ、と風を切る音。
鞭がエドワードの太腿の内側、最も柔らかく、恥ずべき場所を鋭く弾いた。
「ぐっ……!!」
エドワードが情けない声を漏らし、椅子の上で身体を跳ねさせる。
痛みへの恐怖だけではない。
「自分より弱い者」をいたぶることでしか快楽を得られなかった男が、今、圧倒的な強者の下で「無力な獲物」として扱われている。
その事実が、エドワードの歪んだプライドを根底から破壊していく。
「あ、あああぁ……ああぁあ……ッ!」
「泣かないで。可哀想に」
ルシアンは慈悲深く微笑むと、震えるエドワードの頬を両手で包み込んだ。
その手つきは、聖母のように優しく――逃げ場のない鉄の枷のように強固だ。
「大丈夫、僕は君をわかってあげられるよ、エドワード」
至近距離で絡み合う視線。
ルシアンの瞳の奥にある底なしの闇に、エドワードの意識が吸い込まれていく。
「君は苦しかったんだろう? 不能な自分を隠すために、他人を支配して、王になったつもりでいないと壊れてしまいそうだった……違うかい?」
「あ……ぅ……ルシ、アン、様……」
「そう、いい子だ。支配者ごっこはもう終わりだ。君は本来、こうして管理されるために生まれてきたんだよ」
ルシアンは、エドワードの耳元に唇を寄せ、甘い毒を注ぎ込む。
「全て見せてごらん……君の全て。恥ずかしい秘密も、汚い欲望も、隠している帳簿の誇らしい数字も……僕にだけは、曝け出していい」
それは、究極の「救済」を装った、精神の乗っ取りだった。
恐怖と羞恥のどん底で差し伸べられたその手に、エドワードは縋り付くしかない。
この男に全てを委ねてしまえば、もう「伯爵として振る舞う」苦しみから解放されるのだから。
「は、はい……見て、ください……私の、全部……」
エドワードの瞳から、最後の一線の理性が涙となって零れ落ちた。
ルシアンは満足げに目を細め、アタッシュケースから次の「玩具」を選び取る。
「さあ、夜はまだ長い。……たっぷりと愛してあげるよ、僕の可愛い子猫ちゃん」
密室に、銀色の器具が触れ合う冷たい音が、軽やかに響いた。



重厚な執務机の上に、革張りの報告書が放り出された。
そこには、一人の伯爵が「解体カウンセリング」された記録――その恥ずべき性癖から、横領のルート、果ては帝への不敬な企てに至るまで――が、事実として羅列されている。
ユリウスはページをめくる手を止め、呆れたように息を吐き出した。
「……よくもまあ、これほど詳細に吐かせたものだ」
その声には、嫌悪感と、それを上回る感嘆が滲んでいた。
ただの自白ではない。ここには、エドワードという人間のプライドが粉々に砕かれ、涙と鼻水にまみれて懺悔する様までがありありと記録されている。
「そこまでできねば、貴方様は私をこの地位に繋ぎ止めてはいないでしょう? ……ユリウス陛下」
執務室のソファに優雅に腰掛けたルシアン・メルキオールが、唇の端を吊り上げて微笑んだ。
その肌は南国の太陽を吸い込んで小麦色に輝き、執務室の冷たい空気の中で異質な熱を放っている。
ユリウスは冷ややかな視線を彼に向けた。
この男は危険だ。劇薬と言ってもいい。
だが、この劇薬でなければ溶かせない「膿」があることも事実だ。
「ふん……悪趣味だが、仕事だけはできる奴だ」
「最高の褒め言葉ですね」
「ただし」
ユリウスは報告書をパタリと閉じ、鋭い眼光でルシアンを射抜いた。
「お前は所在ぐらいは逐一連絡しろ。レオンが胃薬を噛み砕く音を聞くのはうんざりだ。……必要なときに連絡がつかないと、貴様を『囲っている』意味がない」
あえて「囲う」という言葉を選んだユリウスに、ルシアンは楽しげに目を細めた。
愛人を囲うパトロンのような言い草。
だがそれは、この絶対君主が自分を「飼い慣らしている」という自負の表れでもある。
ルシアンは胸に手を当て、芝居がかった仕草で恭順を示した。
「心外な。囲われずとも、私は陛下の忠実な僕(しもべ)ですよ」
「どの口が言う」
「以後、気をつけましょう。……いえね」
ルシアンはふと、遠い南の空を思い浮かべるように目を細め、甘美な吐息を漏らした。
「南国には、肌の黒い若くて素敵な『子猫ちゃん』がたくさんいて……私を惑わしたものですから」
悪びれもせず言い放たれたその言い訳に、ユリウスは眉一つ動かさず、ただ冷徹に吐き捨てた。
「……発情期は他所でやれ。下がっていい」
「御意。では、私の『解体カウンセリング』が必要な時はいつでもお呼びを」
ルシアンは優雅に一礼すると、音もなく執務室を後にした。
扉が閉ざされた後の静寂の中で、ユリウスは再び、エドワードの破滅が記された報告書に視線を落とす。
あの男の手にかかれば、伯爵であろうと路傍の石以下の存在に成り下がる。
その残酷さと有用性を天秤にかけ、ユリウスは薄く笑った。
「……食えない男だ」
最強の猛獣使いは、手の中にある鎖の感触を確かめるように、深く背もたれに身を預けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎
BL
百年前に現れた魔王によって侵攻が行われたアルキドセ王国。 国土の半分を魔物の支配下とされてしまったアルキドセ王国の国王はやむなく、国土を分断した。 ------------- 百年後、魔王の座は孫へと譲られていた。 「あー、だる……座り心地悪すぎだろ、」 しかし、譲られた孫であるセーレに魔王の素質はなく、百年間城にも攻めに来ない勇者に驕りきっていた。 ------------- その日、魔王城に戦慄が走った。 勇者が魔王城まで攻め入ったのだ。 「ひ、ひっ……!、よ、よくきたなぁ、っゆうしゃ!」 血の滴る剣を持ち、近づく勇者に恐怖で震えるセーレに与えられたのは痛みではなく、獣の皮の温かな感触だった。 「っかわいい……俺のものにする、っ」 「ぁ、ぇひ!やだやだやだっ、ひ、ぃい……」 理解できない勇者の言葉は死に怯えるセーレを混乱させ、失神させた。 ___________________ 魔王に一目惚れで掻っ攫う溺愛勇者       × 言動が理解できない勇者が怖い卑屈な名ばかり魔王 愛をまっすぐ伝える勇者に怯える魔王のすれ違い、らぶらぶストーリー。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

のろまの矜持 恋人に蔑ろにされすぎて逃げた男の子のお話

月夜の晩に
BL
イケメンエリートの恋人からは、雑な扱いばかり。良い加減嫌気がさして逃げた受けくん。ようやくやばいと青ざめた攻めくん。間に立ち塞がる恋のライバルたち。そんな男の子たちの嫉妬にまみれた4角関係物語です。

うちの魔王様が過保護すぎる

秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。 「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、 「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。 困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて―― 「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」 異世界転生魔王様×異世界転生主人公 幼馴染年下攻めだけど年上攻めです

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...