乙女心が呪い扱いされて検査された結果、診断名が「恋」に変更されました

星乃和花

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第4話 隔離(保護)措置(=執務室隣が公式)

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 隔離――という言葉は、本来もっと冷たいはずだ。

 鉄格子。結界。監視。
それなのに、リィナが今いる場所はやたらと温かかった。

 小部屋の窓辺には、クロードがいつの間にか置いた小さな加温魔石があり、寒さを感じない程度に空気を柔らかくしている。机の上には、リィナ用の筆記具が揃えられ、紙は常に補充されていた。

 そして何より、扉一枚向こうに――クロードがいる。

(隔離って、こんなに“居心地”良くしていいものなの……?)

 リィナが棚の茶葉を整えていると、扉がノックされた。

「リィナ」

 呼ばれただけで、胸が跳ねる。
跳ねるな、心臓。今日も検査だ。

「はい、先生」

 扉を開けると、クロードが書類を一枚持って立っていた。いつも通り落ち着いた顔。いつも通り、恋が分からない顔。

 しかし、その手にある紙が、いつも通りではない。

「これは……?」

「正式な手続き」

 クロードは淡々と紙を差し出した。

 タイトルを見た瞬間、リィナの背筋が伸びた。

『隔離(保護)措置通知書
対象:助手 リィナ
措置内容:研究所内行動範囲の制限/監督責任者の指定』

 リィナは紙を握りしめたまま固まった。

「……先生。これ、ほんとに、隔離……」

「隔離だ」

 クロードは頷いた。
ただし、その頷きには“罪悪感”が混ざっていない。彼にとっては当然の安全策なのだ。

「感染性を否定できない。君の安全と、研究所の安全のため」

「……監督責任者……?」

「僕」

 即答だった。

(そこは即答しないで……! 心臓が持たない……!)

 リィナは唇を噛みしめた。表情を整えなければ。助手の顔。助手の顔。

「……具体的には、どう制限されるんですか」

「移動は僕の許可と同行が必要」

(ほぼ、常に一緒……?)

「食堂利用は時間指定」

(時間指定……一緒に……?)

「研究棟の外に出るのは禁止」

(それは……まあ、はい)

 クロードは紙面を指でなぞりながら淡々と説明を続けた。

「執務室隣の小部屋を“隔離室”として登録した。鍵は僕が持つ」

 リィナは心臓が止まりかけた。

「……鍵……」

「必要だから」

 クロードは一切の迷いなく言い切った。

 必要。
その言葉が、胸の奥に落ちる。

(必要って……私が、先生に?)

 違う。違う。
先生の中で私は“重要な研究員”で、呪いの疑いがあるから、必要な手順として……。

 分かっている。分かっているのに、胸が甘くなる。

 クロードはふと、リィナの指先を見て眉を寄せた。

「冷たい」

「……すみません」

「謝らなくていい」

 そう言って彼は、また当然のようにリィナの手を取った。

 掌で包む。指先を温める。
それが、まるで“安全確認”みたいに自然で――リィナは息を詰めた。

(また……また、こういうこと……)

 クロードはリィナの反応を見て、僅かに目を細めた。

「……症状が出ている」

(症状じゃない……恋です……)

 言えない。
言えないから、リィナは小さく笑うふりをした。

「……先生。隔離って、もっと厳しいものかと思っていました」

「厳しくする必要はない」

「え……」

「君が不快なら、症状が悪化する」

 クロードの答えは理屈だった。
でも理屈の形をした優しさが、いちばん困る。

「……君が落ち着く環境が必要だ」

 クロードは淡々と言って、リィナの手を離した。

 名残が残る。
離れても熱が残る。
それが、恋の証拠みたいで、胸がぎゅっとなる。

 そのとき、扉が勢いよく開いた。

「失礼します――!」

 セスが入ってきた。書類の束を抱えたまま、二人の距離と、クロードの手の動きの名残と、机上の通知書を見て固まる。

「……やりましたね」

 セスの声は低かった。

 クロードは落ち着いた顔で頷いた。

「正式にした」

「正式にしなくていいことまで正式にしたんですよ!」

 セスは胃のあたりを押さえた。

「監督責任者が“先生本人”って、規定上は可能ですけど……倫理的にグレーです!」

「倫理的に?」

「恋愛的にです!!」

 セスが叫んだ。
リィナの頬が一気に熱くなる。

「セス!」

 リィナが反射で止めると、セスははっとして口を押さえた。

「……失礼。つい」

 クロードは首を傾げた。

「恋愛的に、何が問題だ」

(聞かないで……!)

 セスは天井を仰ぎ、唇を震わせた。

「……先生。恋愛が分からない人が、恋愛的な問題を理解できると思いますか」

「理解するために聞いている」

「違うんです。理解する前にやめるべきだったんです」

 セスは書類の束を机に置き、リィナの方を見て、苦笑いした。

「リィナ、困ってません? 先生の“手順”に巻き込まれて」

 リィナは言葉に詰まった。

 困っている。
困っているのに――嫌じゃない。

 嫌じゃないどころか、嬉しい。

 だって、こうして毎日、近くにいられる。
名前を呼ばれる。手を取られる。茶を一緒に飲む。

 そんなことを、恋の相手とできるなんて――普通なら夢だ。
でも今はそれが「呪い対策」という顔をして行われている。

(ずるい……ずるいよ……)

 リィナは助手としての顔を崩さずに答える。

「……困ってはいません。先生は、私を守ろうとしてくださっているので」

 セスはうなだれた。

「……ああ。詰みだ。胃が詰む」

 クロードは当然のように言った。

「胃薬は必要ない」

「必要です!」

 いつもの応酬。

 そのとき、机の上から「にゃ」と声がした。

 モカだ。今日もいる。今日も察している。
猫は、通知書の上にどっかり座った。

 クロードが眉を寄せた。

「モカ。そこは重要書類だ」

 モカは動かない。
代わりに尻尾だけがゆっくり揺れて、まるで言う。

 ――重要なのは書類じゃなくて、そっち。

 セスが猫を見て、遠い目をした。

「……猫にまでツッコまれてますよ、先生」

「猫は理解していない」

「猫の方が理解してるんです」

 リィナは、耐えきれず小さく笑ってしまった。

 その笑みを見て、クロードの眉間の皺が、ほんの僅かに緩んだ。

「……笑った」

「……すみません」

「謝る必要はない。落ち着いている証拠だ」

(落ち着いてないです……幸せで、苦しいです……)

 クロードは通知書を軽く整え、真面目な顔で言った。

「今日から正式に、君は僕の監督下に置かれる」

 リィナの胸がどきりとする。

「……監督下」

「そう。必要なときに、すぐ守れるように」

 守れるように。
その言葉が優しすぎて、胸がぎゅっとなる。

 セスが横からぼそっと呟いた。

「……守るの、過保護って言うんですよ」

「過保護ではない」

「過保護です」

「安全管理だ」

「安全管理の顔した溺愛です」

 セスの断定に、リィナは咳払いで誤魔化した。

 クロードは首を傾げたまま、リィナを見た。

「溺愛……?」

「先生、そこに引っかからなくていいです!」

 セスが胃を押さえながら叫んだ。

 クロードはしばらく考えてから、結論を出す。

「……君を大切に扱うのは当然だ」

 当然。

 リィナは胸の奥が熱くなるのを抑えられなかった。

(当然、って……私に言う言葉じゃない……)

 でも言えない。
言えないから、ただ頷く。

「……はい」

 クロードは安心したように頷き返した。

「では、今日の検査だ。――外部に出る予定はあるか」

「……ありません」

「良い。なら今日もこの部屋で作業を」

 その瞬間、リィナの脳裏にひとつの不安がよぎった。

 ――この隔離が、いつまで続くのか。

(もし“解呪”が終わったら……私は元に戻るの?)

 元に戻ってしまったら、今の“毎朝の茶”も、“隣の椅子”も、なくなる。

 それを想像した瞬間、胸が痛んだ。

 恋心が、試される。

 今の時間が嬉しいほど――終わりが怖い。

 リィナが黙り込むと、クロードがすぐに気づいた。

「……苦しいか」

 いつもの質問。

 リィナは微笑むふりをして、答えた。

「……少しだけ」

 クロードは真剣な顔で頷き、淡々と言った。

「なら、対処する」

(対処って……何を……?)

 クロードは机の引き出しから、小さな札を取り出した。
白い紙に、細い文字で呪文が書かれている。

「簡易の安定符だ。君の心拍を落ち着かせる」

「……心拍を……」

 クロードは札をリィナの手に乗せ、指先を重ねるように押さえた。

 近い。
指が触れる。
また、恋が暴れる。

 クロードは真顔で囁いた。

「大丈夫。僕がいる」

 ――それは、研究者の言葉じゃなかった。

 リィナは一瞬、息を忘れた。

 モカが「にゃ」と鳴いた。
セスが胃を押さえた。
世界が静かに甘くなる。

 そしてリィナは思う。

(……私の恋心、今日も試されてる)

 “守られる”ことに慣れてしまったら、きっと戻れない。

 でも、戻りたくないと思ってしまうのが――一番の罪だった。
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