ひだまり婚約録 ― 可愛い彼と現実主義令嬢

星乃和花

文字の大きさ
8 / 51

2

しおりを挟む
(ローラン視点)

鏡台を日向へ移して、正解だった。
光に細かい埃が舞って見えるたびに、君の視線がふっと柔らかくなる。
観測表。可愛い。分度器。可愛い。
君は、怖いくらい合理的で、怖いくらい優しい。

「午後は王宮に行くんだよね、資料の確認」

「はい。香草税率の改定案です。あなたのプレゼン、最終確認を」

「頼りにしてる」

僕はもう一度鏡を見て、前髪の角度を指でなぞった。
そこに触れる君の指の感触が、指先に残っている。
情けない話だけど、僕は時々思う。
——この“理想の見た目”が、君に選ばれる根拠のように錯覚してしまうことがある。
その錯覚を、君の「可愛いですね」はいつも別の方向へ連れていく。

「ローラン様」

「うん?」

「あなたは、可愛いだけではありません。信頼できる、が一緒にあります」

「……!」

胸の奥に、柔らかく重く、何かが落ちた。
“信頼できる”。
僕は、その言葉で、自分の姿勢をもう一度立て直す。
可愛いの最大値は、いつか君に書いてほしい——そう思っていたけど、いまは少し違う。
僕自身が、自分の可愛いとまっすぐ握手できるようになりたい。

「自己申告欄、今日の分も?」

観測表を差し出され、僕は笑って頷く。
ペン先が震えないように、深呼吸してから、書く。

( かなり可愛い )

「飛躍ですね」

「日向が背中を押してくれた」

「良性の飛躍です」

君がうなずく。
日向で増えるのは、可愛いだけじゃない。僕の中の“信頼”も、増える。



王宮の文官控えの間。
僕は本題の前に、声帯を軽く整え、資料の角をそろえた。
イリスは隣で紙をめくり、要点を三行で確認する。そのやり方が好きだ。
(いつか僕も、君みたいに、簡潔で、やさしくて、迷わない人に——)

扉が開き、小会議室へ。
税務長が眉を上げる。「例の輸送箱と香草の件、実地のデータが出たそうだな」

「はい。内張りに蜜蝋を用いた実験で、香りの飛びは三割減、品質評価のぶれは許容範囲内です」
イリスが短く述べる。
その後を受けて、僕は配布資料を示しながら、流通コストとの最適化、香草輸出のブランド価値——必要な言葉を必要なだけ並べる。
鏡台前で整えた前髪は持ちこたえ、香りの層は気持ちを落ち着かせ、何より、イリスの“横顔の頷き”が、僕の背中を支える。

「以上だ。導入テストの予算を……」

議論が進み、結論が出る。
会議室を出たところで、僕は小さく息を吐いた。
イリスが観測表の端に、さらさらと文字を書く。

「“公務後の表情:安堵+1”。お疲れさまでした」

「ありがとう。君の三行がなかったら、蛇足を足してた」

「蛇足は除去対象です。生活に使える指標に、余計は不要」

「うん。学ぶ」

“俺も君みたいになりたい”は、喉の奥まで来て、今日はまだ出さない。
代わりに、別の言葉を選ぶ。

「イリス、君は今日も、とても可愛い」

「事実です」

即答に、笑いがこぼれる。
彼女の頬が、日向の影のように柔らかく色づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

魔法務省の過労令嬢と残業嫌いな冷徹監査官の契約からはじまる溺愛改革

YY
恋愛
土日は5話投稿(7:00、8:00、12:00、19:00、20:00)。 平日は2話投稿(7:00、19:00)。 全100話、既に予約投稿設定済みなので、エタる事はありません。 「君はもう用済みだ」 過労の果てに婚約者から価値ゼロの烙印を押され、全てを失った令嬢アリア。 倒れた彼女を拾ったのは、「氷の悪魔」と恐れられる冷徹な監査官カインだった。 「君は興味深いサンプルだ。本日より、君の幸福度を24時間管理する」 追放先で始まったのは、人生初の定時退勤、栄養管理された(まずい)食事、そして「休むことは権利だ」と教え込まれる奇妙な日々。 冷徹なはずの彼の管理は、次第に不器用で過保護な「溺愛」へと変わっていく。 やがてアリアの血に眠る「失われた癒やしの力」と、この国を蝕む「システムの真実」が明らかになり、二人の個人的な関係は、国を揺るがす巨大な陰謀との戦いへと発展していく――! 絶望の淵から始まる、じれ甘ハッピーエンド!

淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる

柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった! ※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...