ひだまり婚約録 ― 可愛い彼と現実主義令嬢

星乃和花

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(イリス視点)

ひだまりベンチ。
わたしは黒板の代わりに、膝の上のメモ用紙に式を書いた。

H = A + C + S + Y + M - N + R(第六版)

「新項目、**J(揺れ)**を一時的に加えます。+でも-でもなく、波形として観測」

「波形……」

「はい。“嬉しい”と“不安”が同居する揺れです。あなたにも、少し」

ローラン様は目を瞬き、ふっと笑った。「君は本当に……測るね」

「生活に使える範囲で」

わたしはサンドを差し出した。
彼は受け取り、けれど少しだけ視線が揺れる。
(※観測:視線の滞在時間=“言えていない何か”の存在)

「ローラン様」

「うん」

「——言ってください。言いたいこと、三行で」

彼は息を整え、例のカードを取り出す。
そして、ゆっくり書いた。

三行相談
1. 君におめでとうを三回言いたい
2. でも、その三回の後で、少し怖くなる
3. 君に……愛されているのかな

心臓が、丁寧に一回跳ねて、静かになる。
(来た。波が、やさしく、はっきり)

「……ローラン様」

「拗ねてるわけじゃ、たぶんない。君の光に、自分が置いていかれないか、ちょっとだけ」

“ちょっとだけ”が、可愛い。
でも、可愛いとだけ言えば、彼の波形を見落とす。

わたしは自分のメモに“J(揺れ)=二人分/安全”と書き、ペンを置いた。

「わたしは、自分でコントロールできない“不確か”が、苦手です」
言いながら、胸の奥の小さなノイズが顔を出す。
「“愛”は不確か。測れない。だから、黙っていれば安全だった。でも、黙っては、いられない」

指先が、ひだまりの縁を掴む。
わたしはローラン様を見て、いつもの三行では足りないと思った。

「——観測ではなく、選択で答えます」

彼の目に、安心と緊張が同時に灯る。
わたしは手を伸ばし、彼の前髪をそっと整えて、言った。

「今日、わたしは“あなたを選び直す”。明日も、たぶん明後日も。選び直しの回数で、愛の近似値を作ります」

「近似値……」

「はい。完璧じゃなくていい。誤差は、一緒に笑って分け合う」

沈黙が、甘い。
日向の上で、蜂蜜よりも長く残る甘さが、ふたりの間に置かれる。

「それから、生活に使える確認術を作ります」

「確認術?」

「三行では足りませんでした。だから、日常三式」

日常三式
① 声:一日に一度、相手の今日の良かったところを言う
② 触:一日に一度、手を取る(十秒)
③ 座:一日に一度、同じ椅子かベンチに並んで座る(五分)

「数じゃない、と言いたい。でも、君が作る数は、居場所の形になる」

ローラン様が小さく笑う。
笑いの角が、いつもより湿っていない。波形が、やさしく落ち着く。

「イリス」

「はい」

「君は僕を、愛しているのかな」

真正面から来た。
研究者のわたしは、Yes/Noのラベルに手を伸ばして、止める。
(測るための二択は、今日のための答えじゃない)

代わりに、日常三式の一つ目を、今、する。
「今日のあなたの良かったところ——」
わたしは息を吸い、笑った。
「怖い、って言えたところ。それから、待てたところ。そして、わたしの“選び直し”を、笑って受け取れたところ」

「……っ」

耳が、ゆっくり赤くなる。
(※観測:A↑、C↑、J↓)

「二つ目」
わたしは彼の手を取った。十秒。
「三つ目」
ひだまりの端を指さす。「もう五分、ここに座ります」

「……イリス」

「これは答えです。わたしの、いまの全部」

彼は目を閉じ、開け、ふっと笑って、うなずいた。
「受け取る。僕も、返す」

彼はお礼三行カードの裏に、さらさらと書く。

返歌三行
1. 僕は今日、君の不安を“ここに置いていっていい”場所になる
2. 僕は今日、君の“選び直し”に毎回付き合う
3. 僕は今日、君の“可愛いですね”に耳を差し出す(急所管理)

笑ってしまう。涙が、笑いに混じる。
(※観測:涙=塩分微量/良性)

「急所管理、可愛いですね」

「事実だから」

「では、自己申告欄を」

緊張が、ほどける。いつもの儀式で、不確かを小さく分ける。

彼は今日は迷わずペンを取った。

( 拗ね可愛い(季節限定) )

「期間限定なのですか」

「長引かせない努力の、意思表示」

「良性です」

二人で頷いた。
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