ひだまり婚約録 ― 可愛い彼と現実主義令嬢

3

（イリス視点）

二回目の蓋を開ける。
香りは……軽やかさを取り戻している。
（※観測：薄膜化、成功。温度の壁、越えた）

助手が笑った。「通りましたね」

安堵で膝の力が一瞬抜け、わたしは机の端につかまった。
（Rの貯金、発動）
星札をもう一つ送ろうとして、指が止まる。
（今は“報告の三行”を整えてから）

ふっと扉がノックされる。
ローラン様が立っていた。
前髪は完璧、でも瞳の奥が、少し早足。

「結果は？」

「薄膜化で解決。——報告三行です」

報告三行
1. 高温下での香り保持、薄膜化で安定
2. 試験回数追加で信頼性を底上げ
3. 発表スライド、修正は“三行”の範囲

「良かった……！」

彼の肩が目に見えて落ちた、その直後だった。
彼は、ためらいがちに口を開いた。

「僕、日陰ルートを仮押さえしちゃった。君の結果を待つ前に。……ごめん」

（来た、すれ違いの芽）
告げるタイミングは、正直で、可愛い。
でも、わたしの胸も少しだけちくりと鳴る。
（待つ、と決めたはずの彼の“先回り”。わたしの“報告を整える沈黙”と噛み合わない一瞬）

「——予防接種、しましょう」

わたしは砂時計を机の上に置いた。「五分、黙って並ぶ」

二人で長椅子に腰を下ろす。
砂が落ちる音だけが、やさしく続く。
彼の呼吸が、最初は浅く、途中で深く、最後に普通になるのがわかる。
わたしの胸のちくりも、砂の落ちる速さで小さくなる。

五分。
砂が止まる。
わたしは三行カードを差し出した。

予防接種後の三行（イリス）
1. 先回りは、あなたの“役に立ちたい可愛い”
2. 私の“報告を整える沈黙”と衝突した
3. 次回、先回り前に星🟊を一個ください（“待つ”宣言の合図）

彼がうなずき、今度は自分のカードに書く。

予防接種後の三行（ローラン）
1. 先に動く前に、🟊 を送る
2. “相談する可愛い”を優先する
3. 君の沈黙は整えるための時間と覚える

「生活に使える調整です」

「うん。君が作る仕組みは、僕を守る」

彼は手の甲を差し出した。「可愛い絆創膏、貼ってくれる？」

わたしは星柄を二つ、ぺたりと貼った。
一つは“先回りしない”の星。一つは“それでも君を愛でる”の星。
貼りながら、可愛いがわたしの中の寂しさを少しずつ解いていくのがわかる。

「それから……」
彼がポケットから小さな布包みを取り出した。
星刺繍の日陰マップ。折りたたみ式で、街の通りの“日向／日陰”が一目でわかる。

「先回りじゃなくて、“相談用の材料”として持ってきた。君の実験結果に合わせて、どのルートが“生活に使える”か、一緒に選ぼう」

「可愛いですね。材料は歓迎です」

（※観測：先回り→相談へ変換／C↑ A↑）