『星飴測候庁 — ときめき渋滞、ただいま観測中。—』

星乃和花

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第2話 本音一行、包み紙にて失礼します

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「“恋が加速する飴 試作三号”……?」

 事務官の震える声が、暴風前の広場の空気を、ひゅう、と少し冷たくした。
 屋台の天幕が、風にあおられてぱたぱたと鳴る。

「確認したのは、北側倉庫の棚です。
 “やわらか勇気”の箱が一つ分空いていて、代わりにその……ハートのラベルの箱が」

「……なるほど」

 ユリウスは、短く息を吐くと、広場と屋台の様子を一望できる位置に立ち直った。
 列はすでにそこそこの長さ。
 ミレイユが配っている星飴は、順調に人の手に渡っている。

(ここで「配布中止」と叫べば、暴風の日に余計な不安を煽るだけだ)

 彼は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。

「倉庫側の箱の中身までは、まだ確認していないんですね?」
「はい。鍵を取ってくる前に、こちらに走ってきました」

「ではまず、こうしましょう」

 ユリウスは、事務官に小さなメモを手渡した。

「倉庫の箱の封を切って、中身の実物を確認してください。“恋加速”であれば、星の形状と砂糖衣の色味が違います。
 それから、庁舎側に残してある“やわらか勇気”の箱も一度あけて、こちらと照合を」

「かしこまりました!」

「結果が出るまでは、こちらは予定通り配布を続行します。
 市民の動きに、特異な変化が見えたらすぐに報告を」

 事務官は走り去り、ユリウスは小さく肩を回した。
 地面を這うような風が、足元の旗を揺らしている。

「……どうか、ただの棚卸しミスであってくれ」

 誰にも聞こえないほどの小声でつぶやき、
 彼はいつもの広報官の顔に戻った。

 *

「お待たせしました。おひとりさま一粒ずつでーす」

 ミレイユは、屋台の内側で一生懸命に手を動かしていた。
 星飴は、朝に見たときのまま、きれいな琥珀色をしている。

(よかった、ちゃんと固まってる……)

 暴風の日は湿気も気圧も不安定で、固まり方がいつもよりわがままになりやすい。
 でも、今日の星飴は機嫌がよさそうだ。

「はい。これが“やわらか勇気”の星飴だよ」

 列の途中にいた小さな男の子に、ミレイユは目線を合わせて手渡した。

「こわい風が吹いても、『なんとかなるさ』って思えるおまじないだからね」

「ふーん……じゃあ、ぼく、これなめて、宿題が勝手に終わるようにお願いする!」

「そ、それは……それは星飴の仕事じゃないと思うよ……?」

 後ろからお母さんが「自分でやりなさい」と苦笑しながら突っ込む。
 屋台の周りには、小さな笑い声の輪ができた。

 男の子は、その場でぱくっと星飴を口に入れると、包み紙をじいっと見つめる。

「あ、出てきた!」

「なんて書いてある?」

「えっとね……『本当は、宿題の前にママと遊びたい』だって」

 男の子は、ちょっとだけ照れくさそうに笑って、お母さんを見上げた。
 お母さんは、目を丸くしたあと、ふわりと微笑む。

「……そうだね。じゃあ、宿題の前に、ちょっとだけ遊ぼうか」

「うん!」

 ふたりは、風にコートをひらひらさせながら、手をつないで去っていった。

(やっぱり、星飴ってすごい……)

 ミレイユは、胸の中がじーんと温かくなるのを感じた。
 さっき鍋の前で祈った「やさしい勇気」が、そのまま届いたみたいで。

「シュガールさん」

 背後から声をかけられて振り向くと、ユリウスがすぐそばに立っていた。
 広場全体を見回していたらしく、制服の裾が少し風に揺れている。

「はい?」
「市民の反応は、どうですか」

「えっと……みなさん、ちょっと笑ってくれてます。
 包み紙に出た本音も、“ケーキ二個食べたい”とか、“早く帰りたい”とか、“髪型が決まらなくて実はつらい”とか……」

「それは、なかなか深刻な本音ですね」

 ユリウスが小さく肩を揺らす。
 ミレイユもつられて笑った。

「あの……ユリウスさん」

「なんでしょう」

「“恋が加速する飴”って、もし配られちゃったら、どんな本音が出るんですか?」

 その質問に、ユリウスは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
 視線を、人々の頭の上を越えて、少し先の空に向ける。

「……試験運用のとき、記録に残ったものの一つは」

 彼は、淡々とした口調で言った。

「『本当は、あなた以外に、誰もいらない』」

 ミレイユは、どきん、と心臓が鳴るのを感じた。

「それから――『きょう、断られてもいいから、あなたを好きだと叫びたい』」

 そこまで言って、ユリウスは軽く咳払いをした。

「……いずれも、勇気が出すぎて、午前中いっぱい庁舎前が騒がしかったですね」

「そ、そんな……」

 想像しただけで、顔が熱くなるような一行だ。
 それを、包み紙が、あけすけに暴いてしまうなんて。

(そんな飴、配られたら――街じゅうの通りが告白で埋まっちゃうんじゃ……)

 ミレイユが青ざめかけたときだった。

「すみませーん! 星飴、まだありますか?」

 列の途中から、明るい声がした。
 振り向くと、片手に花束を抱えた青年が、慌てた様子で駆け込んでくる。

「おや、花屋のロアンくんじゃないか」

 ユリウスが知った顔らしく、微笑みを浮かべた。

「暴風の日でも出店とは、なかなか商魂たくましいですね」

「いやいや、花は風にも強いんですよ、意外と。
 ――って、そんなことより! 星飴、まだ間に合います?」

「ええ、もちろん。おひとりさま一粒ずつですが」

「よかったぁ……! 実は、すぐそこに、買い出し帰りの騎士団さんがいてですね」

 ロアン青年は、ちらりと広場の向こうを指さした。
 鎧姿の若い騎士たちの一団が、風にマントをたなびかせながら休憩している。

「あの隊長さんに、どうしても一歩踏み出してほしくて。
 うちの常連さんでもあるんですけど、部下にばっかり気を遣って、自分のこと後回しにしがちで」

「なるほど。では、その方にも一粒どうぞ」

 ユリウスは、穏やかな笑みで箱の中を示した。
 ロアンは、ミレイユの手から星飴を受け取る。

「ありがとうございます! じゃあ、ぼく、自分の分と……その、隊長さんの分も……」

「おひとりさま、一粒です」

 ばっさりとユリウスに切られた。

「……ですよねー」

 ロアンは肩を落としたが、すぐに気を取り直す。

「じゃあ、ぼく、自分で舐めて、がんばって声かけます!
 “きょうは休んでもいいですよ”ぐらいは、伝えたいので!」

 勢いよく星飴を口に放り込み、
 期待に満ちた目で包み紙を見つめる。

 じわり、と文字が浮かび上がった。

「……『本当は、“あなたを花で包みたい”って言ってみたい』」

 ロアンは、顔を真っ赤にして固まった。

「えっ、なにそれ、こわ……いや、待って、誰にも見られてない……?」

 慌てて包み紙を握りつぶそうとするロアンの背後で、
 ちょうど通りかかった騎士団の隊長が、不思議そうに首をかしげた。

「ロアン、どうした? 顔が真っ赤だぞ」

「ひゃっ、隊長さんっ!? い、いや、なんでもないです、なんでもっ」

「風邪か? 暴風の日に無理をするなよ」

「だ、大丈夫です! あの、し、知らないと思いますけど、ぼく、隊長さんのこと、花で――」

 言いかけて、ロアンは口を押さえた。
 ユリウスとミレイユは、屋台の内側から固唾をのんで見守る。

(……なんだか、“やわらか勇気”にしては、だいぶ加速してない……?)

 ミレイユの胸のうちに、不安が芽生え始めたそのとき。

「――そういえば」

 ふと、屋台のすぐそばで、別の男の声がした。

「おれも一粒もらったが、妙なことが書いてあったぞ。
 “本当は、隣の屋台のパン屋を口説きたい”とかなんとか」

「それ、あたしのと似てるわ。“本当は、隣の護衛さんの手をつなぎたい”だったもの」

「えっ、そんな本音、出るか……?」

 人々の会話が、少しずつあちこちでざわめきを帯びていく。
 聞き耳を立てなくても、断片的に“あなたが好き”“隣の人”といった単語が耳に入ってくる。

 ユリウスの眉が、わずかに寄った。

「……シュガールさん」

「は、はい」

「失礼ですが、ひとつ、包み紙を見せていただけますか。
 さきほど配った分で、ちょうど開封したばかりのものがあれば」

「あっ、じゃあ……」

 ちょうど目の前で、年配の紳士が包み紙を眺めているところだった。

「おや、広報官殿。いま、面白いことが書かれましてね」

「もし差し支えなければ、拝見してもよろしいでしょうか」

「かまいませんとも。
 “本当は、家で待っている妻を、今すぐ迎えに行きたい”。……ふふ、やれやれ、星飴め、余計なことを」

 紳士は嬉しそうに笑いながら、包み紙をユリウスに渡した。
 ユリウスは、丁寧に一礼して受け取る。

 ミレイユも、その肩越しからそっと覗き込んだ。

 そこに浮かんでいた文字は――内容もさることながら、
 包み紙そのものの模様が、彼女の記憶を刺激した。

「あ……」

 星型の淡い模様の背景に、
 ごく細い線で描かれた、くるくる渦巻く風。
 その風に運ばれるように、小さなハートがいくつも舞っている。

 そして、右下には、小さな矢が刺さった星のマーク。

「これ……」

 ミレイユは、ごくりと喉を鳴らした。

「“やわらか勇気”の包み紙じゃないです。
 ――“恋が加速する飴”の、試作三号用のデザインです」

 ユリウスは、ほんの一瞬だけ目を閉じ、静かに息を吐いた。

「……やはり、そう来ましたか」

 広場のあちこちで、ささやかな悲鳴と笑い声が交互に上がり始める。
 誰かが勇気を出して手を伸ばし、誰かが真っ赤になってうつむき、
 誰かが「こんな本音、聞いてない!」と叫びながらも、どこか嬉しそうに笑っている。

 風は、いつの間にか、街じゅうの頬を赤くするような温度を帯びていた。

「ユ、ユリウスさん……」

 ミレイユは、おそるおそる問いかける。

「もしかして、わたしたち……」

「ええ」

 ユリウスは、すっと姿勢を正し、いつもの冷静な広報官の声で言った。

「“やわらか勇気”のつもりで、
 街に、“恋が加速する飴”を配っています」

 その宣告は、暴風の一陣よりも、
 星飴測候庁の屋台をぐらりと揺らすのだった。
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