3 / 14
第2話 本音一行、包み紙にて失礼します
しおりを挟む
「“恋が加速する飴 試作三号”……?」
事務官の震える声が、暴風前の広場の空気を、ひゅう、と少し冷たくした。
屋台の天幕が、風にあおられてぱたぱたと鳴る。
「確認したのは、北側倉庫の棚です。
“やわらか勇気”の箱が一つ分空いていて、代わりにその……ハートのラベルの箱が」
「……なるほど」
ユリウスは、短く息を吐くと、広場と屋台の様子を一望できる位置に立ち直った。
列はすでにそこそこの長さ。
ミレイユが配っている星飴は、順調に人の手に渡っている。
(ここで「配布中止」と叫べば、暴風の日に余計な不安を煽るだけだ)
彼は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「倉庫側の箱の中身までは、まだ確認していないんですね?」
「はい。鍵を取ってくる前に、こちらに走ってきました」
「ではまず、こうしましょう」
ユリウスは、事務官に小さなメモを手渡した。
「倉庫の箱の封を切って、中身の実物を確認してください。“恋加速”であれば、星の形状と砂糖衣の色味が違います。
それから、庁舎側に残してある“やわらか勇気”の箱も一度あけて、こちらと照合を」
「かしこまりました!」
「結果が出るまでは、こちらは予定通り配布を続行します。
市民の動きに、特異な変化が見えたらすぐに報告を」
事務官は走り去り、ユリウスは小さく肩を回した。
地面を這うような風が、足元の旗を揺らしている。
「……どうか、ただの棚卸しミスであってくれ」
誰にも聞こえないほどの小声でつぶやき、
彼はいつもの広報官の顔に戻った。
*
「お待たせしました。おひとりさま一粒ずつでーす」
ミレイユは、屋台の内側で一生懸命に手を動かしていた。
星飴は、朝に見たときのまま、きれいな琥珀色をしている。
(よかった、ちゃんと固まってる……)
暴風の日は湿気も気圧も不安定で、固まり方がいつもよりわがままになりやすい。
でも、今日の星飴は機嫌がよさそうだ。
「はい。これが“やわらか勇気”の星飴だよ」
列の途中にいた小さな男の子に、ミレイユは目線を合わせて手渡した。
「こわい風が吹いても、『なんとかなるさ』って思えるおまじないだからね」
「ふーん……じゃあ、ぼく、これなめて、宿題が勝手に終わるようにお願いする!」
「そ、それは……それは星飴の仕事じゃないと思うよ……?」
後ろからお母さんが「自分でやりなさい」と苦笑しながら突っ込む。
屋台の周りには、小さな笑い声の輪ができた。
男の子は、その場でぱくっと星飴を口に入れると、包み紙をじいっと見つめる。
「あ、出てきた!」
「なんて書いてある?」
「えっとね……『本当は、宿題の前にママと遊びたい』だって」
男の子は、ちょっとだけ照れくさそうに笑って、お母さんを見上げた。
お母さんは、目を丸くしたあと、ふわりと微笑む。
「……そうだね。じゃあ、宿題の前に、ちょっとだけ遊ぼうか」
「うん!」
ふたりは、風にコートをひらひらさせながら、手をつないで去っていった。
(やっぱり、星飴ってすごい……)
ミレイユは、胸の中がじーんと温かくなるのを感じた。
さっき鍋の前で祈った「やさしい勇気」が、そのまま届いたみたいで。
「シュガールさん」
背後から声をかけられて振り向くと、ユリウスがすぐそばに立っていた。
広場全体を見回していたらしく、制服の裾が少し風に揺れている。
「はい?」
「市民の反応は、どうですか」
「えっと……みなさん、ちょっと笑ってくれてます。
包み紙に出た本音も、“ケーキ二個食べたい”とか、“早く帰りたい”とか、“髪型が決まらなくて実はつらい”とか……」
「それは、なかなか深刻な本音ですね」
ユリウスが小さく肩を揺らす。
ミレイユもつられて笑った。
「あの……ユリウスさん」
「なんでしょう」
「“恋が加速する飴”って、もし配られちゃったら、どんな本音が出るんですか?」
その質問に、ユリウスは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
視線を、人々の頭の上を越えて、少し先の空に向ける。
「……試験運用のとき、記録に残ったものの一つは」
彼は、淡々とした口調で言った。
「『本当は、あなた以外に、誰もいらない』」
ミレイユは、どきん、と心臓が鳴るのを感じた。
「それから――『きょう、断られてもいいから、あなたを好きだと叫びたい』」
そこまで言って、ユリウスは軽く咳払いをした。
「……いずれも、勇気が出すぎて、午前中いっぱい庁舎前が騒がしかったですね」
「そ、そんな……」
想像しただけで、顔が熱くなるような一行だ。
それを、包み紙が、あけすけに暴いてしまうなんて。
(そんな飴、配られたら――街じゅうの通りが告白で埋まっちゃうんじゃ……)
ミレイユが青ざめかけたときだった。
「すみませーん! 星飴、まだありますか?」
列の途中から、明るい声がした。
振り向くと、片手に花束を抱えた青年が、慌てた様子で駆け込んでくる。
「おや、花屋のロアンくんじゃないか」
ユリウスが知った顔らしく、微笑みを浮かべた。
「暴風の日でも出店とは、なかなか商魂たくましいですね」
「いやいや、花は風にも強いんですよ、意外と。
――って、そんなことより! 星飴、まだ間に合います?」
「ええ、もちろん。おひとりさま一粒ずつですが」
「よかったぁ……! 実は、すぐそこに、買い出し帰りの騎士団さんがいてですね」
ロアン青年は、ちらりと広場の向こうを指さした。
鎧姿の若い騎士たちの一団が、風にマントをたなびかせながら休憩している。
「あの隊長さんに、どうしても一歩踏み出してほしくて。
うちの常連さんでもあるんですけど、部下にばっかり気を遣って、自分のこと後回しにしがちで」
「なるほど。では、その方にも一粒どうぞ」
ユリウスは、穏やかな笑みで箱の中を示した。
ロアンは、ミレイユの手から星飴を受け取る。
「ありがとうございます! じゃあ、ぼく、自分の分と……その、隊長さんの分も……」
「おひとりさま、一粒です」
ばっさりとユリウスに切られた。
「……ですよねー」
ロアンは肩を落としたが、すぐに気を取り直す。
「じゃあ、ぼく、自分で舐めて、がんばって声かけます!
“きょうは休んでもいいですよ”ぐらいは、伝えたいので!」
勢いよく星飴を口に放り込み、
期待に満ちた目で包み紙を見つめる。
じわり、と文字が浮かび上がった。
「……『本当は、“あなたを花で包みたい”って言ってみたい』」
ロアンは、顔を真っ赤にして固まった。
「えっ、なにそれ、こわ……いや、待って、誰にも見られてない……?」
慌てて包み紙を握りつぶそうとするロアンの背後で、
ちょうど通りかかった騎士団の隊長が、不思議そうに首をかしげた。
「ロアン、どうした? 顔が真っ赤だぞ」
「ひゃっ、隊長さんっ!? い、いや、なんでもないです、なんでもっ」
「風邪か? 暴風の日に無理をするなよ」
「だ、大丈夫です! あの、し、知らないと思いますけど、ぼく、隊長さんのこと、花で――」
言いかけて、ロアンは口を押さえた。
ユリウスとミレイユは、屋台の内側から固唾をのんで見守る。
(……なんだか、“やわらか勇気”にしては、だいぶ加速してない……?)
ミレイユの胸のうちに、不安が芽生え始めたそのとき。
「――そういえば」
ふと、屋台のすぐそばで、別の男の声がした。
「おれも一粒もらったが、妙なことが書いてあったぞ。
“本当は、隣の屋台のパン屋を口説きたい”とかなんとか」
「それ、あたしのと似てるわ。“本当は、隣の護衛さんの手をつなぎたい”だったもの」
「えっ、そんな本音、出るか……?」
人々の会話が、少しずつあちこちでざわめきを帯びていく。
聞き耳を立てなくても、断片的に“あなたが好き”“隣の人”といった単語が耳に入ってくる。
ユリウスの眉が、わずかに寄った。
「……シュガールさん」
「は、はい」
「失礼ですが、ひとつ、包み紙を見せていただけますか。
さきほど配った分で、ちょうど開封したばかりのものがあれば」
「あっ、じゃあ……」
ちょうど目の前で、年配の紳士が包み紙を眺めているところだった。
「おや、広報官殿。いま、面白いことが書かれましてね」
「もし差し支えなければ、拝見してもよろしいでしょうか」
「かまいませんとも。
“本当は、家で待っている妻を、今すぐ迎えに行きたい”。……ふふ、やれやれ、星飴め、余計なことを」
紳士は嬉しそうに笑いながら、包み紙をユリウスに渡した。
ユリウスは、丁寧に一礼して受け取る。
ミレイユも、その肩越しからそっと覗き込んだ。
そこに浮かんでいた文字は――内容もさることながら、
包み紙そのものの模様が、彼女の記憶を刺激した。
「あ……」
星型の淡い模様の背景に、
ごく細い線で描かれた、くるくる渦巻く風。
その風に運ばれるように、小さなハートがいくつも舞っている。
そして、右下には、小さな矢が刺さった星のマーク。
「これ……」
ミレイユは、ごくりと喉を鳴らした。
「“やわらか勇気”の包み紙じゃないです。
――“恋が加速する飴”の、試作三号用のデザインです」
ユリウスは、ほんの一瞬だけ目を閉じ、静かに息を吐いた。
「……やはり、そう来ましたか」
広場のあちこちで、ささやかな悲鳴と笑い声が交互に上がり始める。
誰かが勇気を出して手を伸ばし、誰かが真っ赤になってうつむき、
誰かが「こんな本音、聞いてない!」と叫びながらも、どこか嬉しそうに笑っている。
風は、いつの間にか、街じゅうの頬を赤くするような温度を帯びていた。
「ユ、ユリウスさん……」
ミレイユは、おそるおそる問いかける。
「もしかして、わたしたち……」
「ええ」
ユリウスは、すっと姿勢を正し、いつもの冷静な広報官の声で言った。
「“やわらか勇気”のつもりで、
街に、“恋が加速する飴”を配っています」
その宣告は、暴風の一陣よりも、
星飴測候庁の屋台をぐらりと揺らすのだった。
事務官の震える声が、暴風前の広場の空気を、ひゅう、と少し冷たくした。
屋台の天幕が、風にあおられてぱたぱたと鳴る。
「確認したのは、北側倉庫の棚です。
“やわらか勇気”の箱が一つ分空いていて、代わりにその……ハートのラベルの箱が」
「……なるほど」
ユリウスは、短く息を吐くと、広場と屋台の様子を一望できる位置に立ち直った。
列はすでにそこそこの長さ。
ミレイユが配っている星飴は、順調に人の手に渡っている。
(ここで「配布中止」と叫べば、暴風の日に余計な不安を煽るだけだ)
彼は一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「倉庫側の箱の中身までは、まだ確認していないんですね?」
「はい。鍵を取ってくる前に、こちらに走ってきました」
「ではまず、こうしましょう」
ユリウスは、事務官に小さなメモを手渡した。
「倉庫の箱の封を切って、中身の実物を確認してください。“恋加速”であれば、星の形状と砂糖衣の色味が違います。
それから、庁舎側に残してある“やわらか勇気”の箱も一度あけて、こちらと照合を」
「かしこまりました!」
「結果が出るまでは、こちらは予定通り配布を続行します。
市民の動きに、特異な変化が見えたらすぐに報告を」
事務官は走り去り、ユリウスは小さく肩を回した。
地面を這うような風が、足元の旗を揺らしている。
「……どうか、ただの棚卸しミスであってくれ」
誰にも聞こえないほどの小声でつぶやき、
彼はいつもの広報官の顔に戻った。
*
「お待たせしました。おひとりさま一粒ずつでーす」
ミレイユは、屋台の内側で一生懸命に手を動かしていた。
星飴は、朝に見たときのまま、きれいな琥珀色をしている。
(よかった、ちゃんと固まってる……)
暴風の日は湿気も気圧も不安定で、固まり方がいつもよりわがままになりやすい。
でも、今日の星飴は機嫌がよさそうだ。
「はい。これが“やわらか勇気”の星飴だよ」
列の途中にいた小さな男の子に、ミレイユは目線を合わせて手渡した。
「こわい風が吹いても、『なんとかなるさ』って思えるおまじないだからね」
「ふーん……じゃあ、ぼく、これなめて、宿題が勝手に終わるようにお願いする!」
「そ、それは……それは星飴の仕事じゃないと思うよ……?」
後ろからお母さんが「自分でやりなさい」と苦笑しながら突っ込む。
屋台の周りには、小さな笑い声の輪ができた。
男の子は、その場でぱくっと星飴を口に入れると、包み紙をじいっと見つめる。
「あ、出てきた!」
「なんて書いてある?」
「えっとね……『本当は、宿題の前にママと遊びたい』だって」
男の子は、ちょっとだけ照れくさそうに笑って、お母さんを見上げた。
お母さんは、目を丸くしたあと、ふわりと微笑む。
「……そうだね。じゃあ、宿題の前に、ちょっとだけ遊ぼうか」
「うん!」
ふたりは、風にコートをひらひらさせながら、手をつないで去っていった。
(やっぱり、星飴ってすごい……)
ミレイユは、胸の中がじーんと温かくなるのを感じた。
さっき鍋の前で祈った「やさしい勇気」が、そのまま届いたみたいで。
「シュガールさん」
背後から声をかけられて振り向くと、ユリウスがすぐそばに立っていた。
広場全体を見回していたらしく、制服の裾が少し風に揺れている。
「はい?」
「市民の反応は、どうですか」
「えっと……みなさん、ちょっと笑ってくれてます。
包み紙に出た本音も、“ケーキ二個食べたい”とか、“早く帰りたい”とか、“髪型が決まらなくて実はつらい”とか……」
「それは、なかなか深刻な本音ですね」
ユリウスが小さく肩を揺らす。
ミレイユもつられて笑った。
「あの……ユリウスさん」
「なんでしょう」
「“恋が加速する飴”って、もし配られちゃったら、どんな本音が出るんですか?」
その質問に、ユリウスは一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
視線を、人々の頭の上を越えて、少し先の空に向ける。
「……試験運用のとき、記録に残ったものの一つは」
彼は、淡々とした口調で言った。
「『本当は、あなた以外に、誰もいらない』」
ミレイユは、どきん、と心臓が鳴るのを感じた。
「それから――『きょう、断られてもいいから、あなたを好きだと叫びたい』」
そこまで言って、ユリウスは軽く咳払いをした。
「……いずれも、勇気が出すぎて、午前中いっぱい庁舎前が騒がしかったですね」
「そ、そんな……」
想像しただけで、顔が熱くなるような一行だ。
それを、包み紙が、あけすけに暴いてしまうなんて。
(そんな飴、配られたら――街じゅうの通りが告白で埋まっちゃうんじゃ……)
ミレイユが青ざめかけたときだった。
「すみませーん! 星飴、まだありますか?」
列の途中から、明るい声がした。
振り向くと、片手に花束を抱えた青年が、慌てた様子で駆け込んでくる。
「おや、花屋のロアンくんじゃないか」
ユリウスが知った顔らしく、微笑みを浮かべた。
「暴風の日でも出店とは、なかなか商魂たくましいですね」
「いやいや、花は風にも強いんですよ、意外と。
――って、そんなことより! 星飴、まだ間に合います?」
「ええ、もちろん。おひとりさま一粒ずつですが」
「よかったぁ……! 実は、すぐそこに、買い出し帰りの騎士団さんがいてですね」
ロアン青年は、ちらりと広場の向こうを指さした。
鎧姿の若い騎士たちの一団が、風にマントをたなびかせながら休憩している。
「あの隊長さんに、どうしても一歩踏み出してほしくて。
うちの常連さんでもあるんですけど、部下にばっかり気を遣って、自分のこと後回しにしがちで」
「なるほど。では、その方にも一粒どうぞ」
ユリウスは、穏やかな笑みで箱の中を示した。
ロアンは、ミレイユの手から星飴を受け取る。
「ありがとうございます! じゃあ、ぼく、自分の分と……その、隊長さんの分も……」
「おひとりさま、一粒です」
ばっさりとユリウスに切られた。
「……ですよねー」
ロアンは肩を落としたが、すぐに気を取り直す。
「じゃあ、ぼく、自分で舐めて、がんばって声かけます!
“きょうは休んでもいいですよ”ぐらいは、伝えたいので!」
勢いよく星飴を口に放り込み、
期待に満ちた目で包み紙を見つめる。
じわり、と文字が浮かび上がった。
「……『本当は、“あなたを花で包みたい”って言ってみたい』」
ロアンは、顔を真っ赤にして固まった。
「えっ、なにそれ、こわ……いや、待って、誰にも見られてない……?」
慌てて包み紙を握りつぶそうとするロアンの背後で、
ちょうど通りかかった騎士団の隊長が、不思議そうに首をかしげた。
「ロアン、どうした? 顔が真っ赤だぞ」
「ひゃっ、隊長さんっ!? い、いや、なんでもないです、なんでもっ」
「風邪か? 暴風の日に無理をするなよ」
「だ、大丈夫です! あの、し、知らないと思いますけど、ぼく、隊長さんのこと、花で――」
言いかけて、ロアンは口を押さえた。
ユリウスとミレイユは、屋台の内側から固唾をのんで見守る。
(……なんだか、“やわらか勇気”にしては、だいぶ加速してない……?)
ミレイユの胸のうちに、不安が芽生え始めたそのとき。
「――そういえば」
ふと、屋台のすぐそばで、別の男の声がした。
「おれも一粒もらったが、妙なことが書いてあったぞ。
“本当は、隣の屋台のパン屋を口説きたい”とかなんとか」
「それ、あたしのと似てるわ。“本当は、隣の護衛さんの手をつなぎたい”だったもの」
「えっ、そんな本音、出るか……?」
人々の会話が、少しずつあちこちでざわめきを帯びていく。
聞き耳を立てなくても、断片的に“あなたが好き”“隣の人”といった単語が耳に入ってくる。
ユリウスの眉が、わずかに寄った。
「……シュガールさん」
「は、はい」
「失礼ですが、ひとつ、包み紙を見せていただけますか。
さきほど配った分で、ちょうど開封したばかりのものがあれば」
「あっ、じゃあ……」
ちょうど目の前で、年配の紳士が包み紙を眺めているところだった。
「おや、広報官殿。いま、面白いことが書かれましてね」
「もし差し支えなければ、拝見してもよろしいでしょうか」
「かまいませんとも。
“本当は、家で待っている妻を、今すぐ迎えに行きたい”。……ふふ、やれやれ、星飴め、余計なことを」
紳士は嬉しそうに笑いながら、包み紙をユリウスに渡した。
ユリウスは、丁寧に一礼して受け取る。
ミレイユも、その肩越しからそっと覗き込んだ。
そこに浮かんでいた文字は――内容もさることながら、
包み紙そのものの模様が、彼女の記憶を刺激した。
「あ……」
星型の淡い模様の背景に、
ごく細い線で描かれた、くるくる渦巻く風。
その風に運ばれるように、小さなハートがいくつも舞っている。
そして、右下には、小さな矢が刺さった星のマーク。
「これ……」
ミレイユは、ごくりと喉を鳴らした。
「“やわらか勇気”の包み紙じゃないです。
――“恋が加速する飴”の、試作三号用のデザインです」
ユリウスは、ほんの一瞬だけ目を閉じ、静かに息を吐いた。
「……やはり、そう来ましたか」
広場のあちこちで、ささやかな悲鳴と笑い声が交互に上がり始める。
誰かが勇気を出して手を伸ばし、誰かが真っ赤になってうつむき、
誰かが「こんな本音、聞いてない!」と叫びながらも、どこか嬉しそうに笑っている。
風は、いつの間にか、街じゅうの頬を赤くするような温度を帯びていた。
「ユ、ユリウスさん……」
ミレイユは、おそるおそる問いかける。
「もしかして、わたしたち……」
「ええ」
ユリウスは、すっと姿勢を正し、いつもの冷静な広報官の声で言った。
「“やわらか勇気”のつもりで、
街に、“恋が加速する飴”を配っています」
その宣告は、暴風の一陣よりも、
星飴測候庁の屋台をぐらりと揺らすのだった。
0
あなたにおすすめの小説
『召喚されたのは勇者じゃなくて“企画担当”でした。』
星乃和花
恋愛
【全12話+@:火木土21:00更新】
勇者召喚――のはずが、呼ばれたのは天然ボケの一般人ミオ。
相手は“闇の演出”で民の心を折る魔王軍。剣も魔法もない彼女の武器は、なぜか人の呼吸を取り戻す「言葉」と「企画」だった。
ツッコミ役兼・後始末(本人は“運用”と言い張る)のクール参謀レイヴァンは、暴走しがちなミオの企画力を“武器化”するルールを作り、国を守るために淡々と実現していく。
やがて最終決戦は――まさかのライブ配信で公開決戦!
誰も傷つけない勝利条件で、戦を終わらせることはできるのか。
素直に恋が扱えない参謀と、天然で明るいヒロイン。
悪役として完璧に負ける魔王。大号泣しながら次企画を考える広報長。
笑って呼吸して、気づけば恋が進む、スピード感ラブコメファンタジー!
おすすめポイント
・シーン転換が早くて読みやすい。
・言葉・導線・ルール設計で戦う。全体的に「呼吸が戻る」テーマが優しく沁みる。
・企画大好き広報長の大号泣&暴走が、シリアスを重くしすぎず、でも最後はちゃんと泣かせに来る。
・恋の進み方が“じわ甘”で参謀の行動の印象が変わっていく。
『借景の婚約者 ― 学院長代理の計算違い』
星乃和花
恋愛
【全9話+@:月金21:00更新】
学院長が病気療養中で、若き策士紳士セドリックが「学院長代理」に就任。
ある有力貴族が「学院長代理が独身なのは不安材料だ」と寄付を渋り始め、
セドリックは評判回復のために「(仮の)婚約者を立てる」ことを思いつくが――
そこで拾ってしまったのが、家政学科の天然少女リラ。
「……君だ。君に頼みたい」
リラは学園のためになれるならと、喜んで引き受ける。
学園のために寄付金を安定させたい目的だったのに、ふたりの日常に募り始める"恋"はおおきくてーー
少しの緊迫感(6話と8話)も添えた、糖度高めの日常ラブコメです。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
『猫の手も借りたいのです!〜王宮御用達和菓子屋の恋菓祭繁忙記〜』
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編12話+後日談1話⭐︎
平和になった王都で、空前の和菓子ブーム到来。
王宮御用達・老舗和菓子屋《鶴の屋》王都支店を切り盛りする支店長ユズは、口ぐせみたいに笑う――「和菓子は幸せを運ぶのです」。
ある日、仕事を失ってやつれた元武器職人カイを拾い(招き入れ)、「今、猫の手も借りたい忙しさなのです」と厨房へ迎え入れた。
無口で、視線だけが雄弁な彼は、いつしか立派な和菓子職人に。
恋菓祭が近づくほど、箱に詰めるのは菓子だけじゃなくて――言えない本音、帰る場所、そして「ここで、ずっと」。
甘い湯気の中、支店長の“支店長命令”は通じなくなっていく。
無口な彼の言葉が増えるたび、彼女の毎日も少しずつ変わっていく。
ふわふわ甘い溺愛と、静かな救いを、和菓子に包んでどうぞ。
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる