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第11話 予約名簿と、こぼれそうな一行
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星飴シャワー前日。
星飴測候庁の一階ロビーは、朝からちょっとしたお祭り騒ぎだった。
「“星飴シャワー記念セット”の予約、こちらの窓口で受け付けておりまーす」
「ご希望のプランに丸をお願いします。“家族空プラン”、“友情空プラン”、“ひとりごほうび空プラン”、それから……」
受付の職員が読み上げたところで、
後ろの方からひそひそ声が上がる。
「出た、“ときめき空プラン”……」
「恋が加速する飴入り、数量限定……!」
「勇気いるけど、せっかくだし申し込もうかなぁ……」
可愛い星模様の申込票には、
それぞれのプラン名がまるでカフェメニューのように並んでいた。
・A:家族空プラン(家族や親しい人と同じ空を見上げたい方へ)
・B:友情空プラン(友だちと笑いながら星飴を楽しみたい方へ)
・C:ひとりごほうび空プラン(自分だけの空をゆっくり味わいたい方へ)
・D:ときめき空プラン(恋が少しだけ加速しても、きっと大丈夫な方へ)
Dのところだけ、ちょっとだけ文字が小さくなっているのは、
「こっそり選びたい人のため」という庁長の配慮だったらしい。
(わぁ……本当に、街じゅうの“空の願い”が集まってる)
ミレイユは、受付の向こうで申込票を受け取る人たちを見ながら、
胸の奥がふわっと温かくなるのを感じていた。
「シュガールさん」
背後から声がして振り向くと、
書類の束を抱えたユリウスが立っていた。
「調整課宛ての“配合希望一覧”がまとまりました。
プランごとの星飴構成を詰めたいのですが、
少しお時間いただけますか?」
「はいっ。工房の方でお話伺えますか?」
「ええ。職人さんたちの意見も聞きたいところです」
ふたりは、ロビーを抜けて、
甘い香りのする工房へ向かった。
*
星飴調整課の工房では、
すでに「家族向け」「友情向け」の星飴試作が並んでいた。
「こっちが“家族空プラン”用の飴」
ポルカ課長が、瓶をひとつ指さす。
「“離れていても同じ星を見てるよ”的な甘さ。
やさしいミルクベースに、お母ちゃんのスープみたいな塩気をちょびっと」
「わぁ……香りからして、なんだか“ただいま”って言いたくなります」
「でしょ。
こっちは“友情空プラン”。
スッキリ爽やかだけど、後味にちゃんと甘さが残るタイプ。
“気兼ねなく悪口も言える友だち”向け」
「説明のクセが強いです、課長」
ユリウスが小さく咳払いする。
「でも、そこがポルカ課長のいいところです」
「広報官さんに褒められた~。
じゃあ張り切って、“ときめき空プラン”の説明もしちゃおうかな」
その言葉に、ミレイユの心臓が、ぴょん、と跳ねた。
「と、ときめき……」
「“恋が加速する飴”バージョンね。
前の暴風騒ぎを反省して、
今回は“自分の心音をよく聞けるようにする”配合に変えてあるよ」
「心音……?」
「“相手の気持ちをどうにかする”んじゃなくて、
“自分のときめきにちゃんと気づく”方向ね。
好きな人のこと考えるときって、
案外、自分で自分をごまかしてたりするでしょ?」
「……」
それは、今のミレイユには、
耳が痛いくらい的確な言葉だった。
「だから、“ときめき空プラン”の星飴は、
舐めた瞬間だけ、“自分に正直な一行”が包み紙に出る仕様。
“本当は、あの人の隣で空を見たい”とか、
“本当は、名前を呼んでほしい”とかね」
「な、名前を……」
顔が一気に熱くなる。
(い、今、誰のこと考えた? わたし)
自分で自分に突っ込みを入れている間に、
ポルカ課長は、別の瓶を取り出した。
「ただし、“庁主導の恋加速飴”は、
必ず“ひとり一粒”まで。
これはユリウス君の強い要望ね」
「“星飴の後押し”は、いつでも最後にするべきです。
まずは、自分の足で一歩踏み出す方が、
きっと後悔が少ないので」
ユリウスは、静かに言った。
「その一歩がどうしても怖くて、
それでも“今夜じゃないと嫌だ”と思う人のために、
恋加速飴がある――それぐらいの距離感が、
今の星飴測候庁には、ちょうどいいと考えています」
その言い方があまりに真っ直ぐで、
ミレイユは、思わず瓶を抱きしめたくなった。
(“今夜じゃないと嫌だ”って思う人のための飴……)
まだ夜は来ていないのに、
何かがきゅっと胸を掴んでくる。
「ちなみに、“職員向け記念セット”も枠を取ってあるよ」
ポルカ課長が、さらりと言った。
「えっ、職員向け?」
「ほら、“星飴測候庁の中で星飴シャワーを過ごしたい人”もいるでしょ。
夜勤組だけじゃなくてね」
「そ、それって……」
なんだか、“勝手にドキドキしてはいけない案件”の予感がする。
「予約名簿、広報のところに来てるよね?」
「はい。職員分はまだ集計中ですが……」
ユリウスが書類の束から、一枚の台帳を取り出した。
“星飴シャワー記念セット・庁内予約一覧”。
「確認しますか?」
「き、気になります……」
ミレイユは、ごくりと唾を飲み込む。
自分の名前があるのかどうか、それともないのか。
(ない方がホッとするのか、
あったら嬉しいのか……わかんないよ……)
そんなことを考えながら、
ユリウスの隣から台帳を覗き込んだ。
――そこには、きっちりとした字でこう書かれていた。
『職員枠・星飴シャワー記念セット(ペア)
申込者:星飴調整課 ミレイユ・シュガール
希望プラン:D ときめき空プラン
ご一緒に星を見上げたい方のお名前:ユリウス・アストレイ』
「……へ?」
頭が真っ白になった。
「……」
横から、ユリウスの視線を感じる。
ゆっくりと顔を上げると、
彼もまた、まるで予想外の雷を受けたみたいな顔をしていた。
「……私の、名前ですね」
「……はい」
「でも、私の記憶の中に、“この申込書を書くシュガールさん”の姿はありません」
「もちろんです、書いてませんから……!」
声が裏返る。
「じゃあ、この申込書は……」
「はいはーい、そろそろバレたかな~?」
背後から、ひょいっと手が挙がった。
「犯人は、私でーす」
「庁長!!」
ふたりの声が、見事にハモった。
いつの間にか、
庁長が工房の入り口に立っていた。
「いやぁ、ふたりとも、あまりにも“観測者モード”で、
いつまで経っても自分たちの空のことを申込まないからね。
“庁としても、これは必要な観測だわ”と判断して、
仮予約を入れておいたのよ」
「仮予約って……!」
ミレイユの顔は、
一瞬で星飴シャワー級に真っ赤になる。
「庁長、“観測”の名のもとに、
職員の個人情報を勝手に記入するのは、
明らかにガイドライン違反です」
ユリウスが、冷静に抗議する。
「ガイドラインは、“必要に応じて柔軟に運用する”って書いてあったじゃない」
「それを書いたのは庁長ご自身です」
「そうよ。だから柔軟に運用してるの」
全然悪びれていない。
「もちろん、“本予約にするかどうか”は、
ふたりに決めてもらうわ。
今日の終業時間までに、“取り下げ”か“確定”か、
広報課に届けてちょうだい」
「しゅ、終業時間まで……!?」
「締切がなければ、いつまでも“ぐるぐる空模様”でしょ?
星飴シャワー前日は、“気圧配置の整理の日”なの」
ちゃっかり自分でも気象用語を使いながら、
庁長はひらひらと手を振って去っていった。
残されたふたりの間に、
きれいな沈黙が落ちる。
「……」
「……」
ミレイユは、台帳の“ユリウス・アストレイ”の字面を見つめながら、
頭の中の天気図が、
ものすごい速さでぐるぐるしているのを感じていた。
(と、ときめき空プラン、ペア……
しかも、相手の名前が、ユリウスさんで……)
さっき工房で見た“恋加速飴”の瓶が、
頭の中でどーんと存在感を増す。
横を見ると、
ユリウスも、珍しく表情を固めていた。
「……広報官としては、
これは明らかに“個人の自由意志”を侵害する行為ですが」
「は、はい……」
「一個人としては……」
そこで、彼は少しだけ言葉を探すように、
視線を台帳から窓の方へ滑らせた。
「“全く検討の余地がない”とは、言い切れません」
「……っ」
心臓が、びっくりするくらい正直に跳ねた。
「シュ、シュガールさんは?」
「わ、わたし……」
(全く検討の余地がない、なんて、言えるわけない……)
でも、「じゃあお願いします!」と即答できるほど、
素直にもなりきれない。
(だって、“ときめき空プラン”って……!)
庁長の「締切」が、
じわじわとプレッシャーになってくる。
そのとき、
ポルカ課長が、くすっと笑った。
「いいねぇ、“星飴測候庁らしい騒ぎ”って感じだ」
「課長、他人事みたいに……!」
「そりゃもう、他人だもの。
ぼくは“ひとりごほうび空プラン”にしたからね。
仕事終わった後、一人で屋上で角砂糖齧りながら星見る予定」
「らしいです……」
なんだか、少し羨ましい。
「でもさ」
ポルカ課長は、台帳を指でとん、と軽く突いた。
「“どっちでもいいならやめときな”だけど、
“どっちか選んだら後悔しそう”なら、
どっちにしても後悔するんだよね」
「課長、それは励ましているのですか?」
「現実を言ってるだけだよ、
……まぁ、こういうのはね」
課長は、ミレイユの肩をぽん、と軽く叩いた。
「“星飴に任せる”って選択肢も、なくはないと思うよ」
「星飴に……?」
「“ときめき空プラン”の利用規約、
広報官さんと一緒に考えたでしょ?」
――“星飴は、あなたの本音を少しだけ照らしますが、
選ぶのは、いつもあなた自身です。”
あの一文を思い出して、
ミレイユの胸の中で、
何かがぴたりと噛み合った気がした。
(……そっか)
星飴に丸投げするんじゃなくて。
星飴に“今の自分の本音”を照らしてもらったうえで、
自分で選ぶことはできる。
昨日、自分で作った“家族向け星飴”が教えてくれた一行。
『本当は、自分で選んだ空を、ちゃんと好きでいたい』
あれは、
きっと恋の空にも、通じる話だ。
「……ユリウスさん」
ミレイユは、台帳から目を離して、
ゆっくりと彼を見た。
「はい」
「今、“全く検討の余地がないとは言い切れない”って、
言ってくれましたよね」
「ええ。言いました」
「わたしも、そうです。
“全くありえない”とは、全然、言えません」
それは、今の自分にできる、
最大限の正直さだった。
「ただ、“ときめき空プランのペア申込”って、
すごく、勇気がいることで。
星飴シャワーの当日まで、
毎日、どきどきしちゃいそうで」
「それは、否定しがたいですね」
ユリウスの口元に、
少しだけ苦笑が浮かぶ。
「なので……もし、よかったら」
ミレイユは、胸の前で拳をぎゅっと握った。
「締切までに、“星飴に一回だけ相談する時間”をもらえませんか?」
「星飴に?」
「はい。
“自分で選んだ空を好きでいたい”ってなったみたいに、
“本当は、ユリウスさんとどんな夜を過ごしたいのか”を、
星飴に一度だけ聞いてみたいんです。
その上で、“ときめき空プラン”を選ぶのかやめるのか、
決めたいなって」
自分で言いながら、
顔が熱で火照っていくのがわかる。
ユリウスは、しばらく沈黙した。
その沈黙は、責めるものではなく、
ひとつひとつ言葉を噛みしめるための静けさだった。
「……なるほど」
やがて、彼は小さく頷いた。
「確かに、“星飴測候庁らしい意思決定プロセス”ですね」
「そう、でしょうか……」
「ええ。
暴風の日の教訓を踏まえ、
予報と観測を整えたうえで、
最後に一粒だけ、星飴の光を借りる――実に健全です」
それから、ほんの少しだけ、
声音をやわらかくした。
「では、今日の終業後、
“黄昏交差点でのミニ観測”をしませんか」
「ミニ観測……?」
「星飴シャワー前夜の、
街の顔色天気図を確認する名目で。
その途中で、
シュガールさんが星飴に相談する時間を作りましょう」
黄昏交差点。
あの場所で、ふたりで街を見上げること。
それは、すでにミレイユにとって、
特別な“観測儀式”になりつつあった。
「……いいんですか?」
「もちろんです。
“黄昏観測チーム”の一員として」
そう言って笑うユリウスの横顔を見て、
ミレイユの胸の中で、
何かがカチ、と静かに鳴った。
(ああ、やっぱり)
――この人と一緒に見上げたい。
星飴シャワーの夜も、
その前の黄昏も、
その後の少し寂しい明け方も。
そんな気持ちが、
“ときめき”なんて可愛い言葉じゃ足りないくらいに、
胸いっぱいに広がっていく。
「じゃあ、終業後、ロビーの“おしゃべり席”前で」
ユリウスが、さりげなく約束の時間を区切る。
「遅れたら、星飴シャワーの“雲行きが悪化した”ということで」
「ぜ、絶対遅れません!」
変な例えなのに、
なぜかそれが、とても嬉しい。
*
その日の夕方。
星飴おしゃべり席の「本日終了」の札が、
裏返される頃。
ロビーの一角には、
いつもより少しだけソワソワした飴職人と、
いつもより少しだけネクタイをきちんと締めた広報官が、並んで立っていた。
「それでは、“黄昏ミニ観測”に出発しましょうか」
「はい……!」
星飴シャワー前夜の空は、
どこか落ち着かないようで、
でも、確かな期待の匂いが交じっている。
黄昏交差点に向かう道すがら、
星飴の瓶がひとつ、
ミレイユのポケットの中で小さく揺れた。
――この瓶から、
彼女は今夜、
“自分の本音”をひとつだけ、星に照らしてもらうつもりなのだ。
その一行が、
“ときめき空プラン”の名簿をどう揺らすのか。
それは、まだ誰にもわからない。
けれど、少なくとも今、
ふたりの歩幅は、
同じ速度で、同じ方向に進んでいた。
星飴測候庁の一階ロビーは、朝からちょっとしたお祭り騒ぎだった。
「“星飴シャワー記念セット”の予約、こちらの窓口で受け付けておりまーす」
「ご希望のプランに丸をお願いします。“家族空プラン”、“友情空プラン”、“ひとりごほうび空プラン”、それから……」
受付の職員が読み上げたところで、
後ろの方からひそひそ声が上がる。
「出た、“ときめき空プラン”……」
「恋が加速する飴入り、数量限定……!」
「勇気いるけど、せっかくだし申し込もうかなぁ……」
可愛い星模様の申込票には、
それぞれのプラン名がまるでカフェメニューのように並んでいた。
・A:家族空プラン(家族や親しい人と同じ空を見上げたい方へ)
・B:友情空プラン(友だちと笑いながら星飴を楽しみたい方へ)
・C:ひとりごほうび空プラン(自分だけの空をゆっくり味わいたい方へ)
・D:ときめき空プラン(恋が少しだけ加速しても、きっと大丈夫な方へ)
Dのところだけ、ちょっとだけ文字が小さくなっているのは、
「こっそり選びたい人のため」という庁長の配慮だったらしい。
(わぁ……本当に、街じゅうの“空の願い”が集まってる)
ミレイユは、受付の向こうで申込票を受け取る人たちを見ながら、
胸の奥がふわっと温かくなるのを感じていた。
「シュガールさん」
背後から声がして振り向くと、
書類の束を抱えたユリウスが立っていた。
「調整課宛ての“配合希望一覧”がまとまりました。
プランごとの星飴構成を詰めたいのですが、
少しお時間いただけますか?」
「はいっ。工房の方でお話伺えますか?」
「ええ。職人さんたちの意見も聞きたいところです」
ふたりは、ロビーを抜けて、
甘い香りのする工房へ向かった。
*
星飴調整課の工房では、
すでに「家族向け」「友情向け」の星飴試作が並んでいた。
「こっちが“家族空プラン”用の飴」
ポルカ課長が、瓶をひとつ指さす。
「“離れていても同じ星を見てるよ”的な甘さ。
やさしいミルクベースに、お母ちゃんのスープみたいな塩気をちょびっと」
「わぁ……香りからして、なんだか“ただいま”って言いたくなります」
「でしょ。
こっちは“友情空プラン”。
スッキリ爽やかだけど、後味にちゃんと甘さが残るタイプ。
“気兼ねなく悪口も言える友だち”向け」
「説明のクセが強いです、課長」
ユリウスが小さく咳払いする。
「でも、そこがポルカ課長のいいところです」
「広報官さんに褒められた~。
じゃあ張り切って、“ときめき空プラン”の説明もしちゃおうかな」
その言葉に、ミレイユの心臓が、ぴょん、と跳ねた。
「と、ときめき……」
「“恋が加速する飴”バージョンね。
前の暴風騒ぎを反省して、
今回は“自分の心音をよく聞けるようにする”配合に変えてあるよ」
「心音……?」
「“相手の気持ちをどうにかする”んじゃなくて、
“自分のときめきにちゃんと気づく”方向ね。
好きな人のこと考えるときって、
案外、自分で自分をごまかしてたりするでしょ?」
「……」
それは、今のミレイユには、
耳が痛いくらい的確な言葉だった。
「だから、“ときめき空プラン”の星飴は、
舐めた瞬間だけ、“自分に正直な一行”が包み紙に出る仕様。
“本当は、あの人の隣で空を見たい”とか、
“本当は、名前を呼んでほしい”とかね」
「な、名前を……」
顔が一気に熱くなる。
(い、今、誰のこと考えた? わたし)
自分で自分に突っ込みを入れている間に、
ポルカ課長は、別の瓶を取り出した。
「ただし、“庁主導の恋加速飴”は、
必ず“ひとり一粒”まで。
これはユリウス君の強い要望ね」
「“星飴の後押し”は、いつでも最後にするべきです。
まずは、自分の足で一歩踏み出す方が、
きっと後悔が少ないので」
ユリウスは、静かに言った。
「その一歩がどうしても怖くて、
それでも“今夜じゃないと嫌だ”と思う人のために、
恋加速飴がある――それぐらいの距離感が、
今の星飴測候庁には、ちょうどいいと考えています」
その言い方があまりに真っ直ぐで、
ミレイユは、思わず瓶を抱きしめたくなった。
(“今夜じゃないと嫌だ”って思う人のための飴……)
まだ夜は来ていないのに、
何かがきゅっと胸を掴んでくる。
「ちなみに、“職員向け記念セット”も枠を取ってあるよ」
ポルカ課長が、さらりと言った。
「えっ、職員向け?」
「ほら、“星飴測候庁の中で星飴シャワーを過ごしたい人”もいるでしょ。
夜勤組だけじゃなくてね」
「そ、それって……」
なんだか、“勝手にドキドキしてはいけない案件”の予感がする。
「予約名簿、広報のところに来てるよね?」
「はい。職員分はまだ集計中ですが……」
ユリウスが書類の束から、一枚の台帳を取り出した。
“星飴シャワー記念セット・庁内予約一覧”。
「確認しますか?」
「き、気になります……」
ミレイユは、ごくりと唾を飲み込む。
自分の名前があるのかどうか、それともないのか。
(ない方がホッとするのか、
あったら嬉しいのか……わかんないよ……)
そんなことを考えながら、
ユリウスの隣から台帳を覗き込んだ。
――そこには、きっちりとした字でこう書かれていた。
『職員枠・星飴シャワー記念セット(ペア)
申込者:星飴調整課 ミレイユ・シュガール
希望プラン:D ときめき空プラン
ご一緒に星を見上げたい方のお名前:ユリウス・アストレイ』
「……へ?」
頭が真っ白になった。
「……」
横から、ユリウスの視線を感じる。
ゆっくりと顔を上げると、
彼もまた、まるで予想外の雷を受けたみたいな顔をしていた。
「……私の、名前ですね」
「……はい」
「でも、私の記憶の中に、“この申込書を書くシュガールさん”の姿はありません」
「もちろんです、書いてませんから……!」
声が裏返る。
「じゃあ、この申込書は……」
「はいはーい、そろそろバレたかな~?」
背後から、ひょいっと手が挙がった。
「犯人は、私でーす」
「庁長!!」
ふたりの声が、見事にハモった。
いつの間にか、
庁長が工房の入り口に立っていた。
「いやぁ、ふたりとも、あまりにも“観測者モード”で、
いつまで経っても自分たちの空のことを申込まないからね。
“庁としても、これは必要な観測だわ”と判断して、
仮予約を入れておいたのよ」
「仮予約って……!」
ミレイユの顔は、
一瞬で星飴シャワー級に真っ赤になる。
「庁長、“観測”の名のもとに、
職員の個人情報を勝手に記入するのは、
明らかにガイドライン違反です」
ユリウスが、冷静に抗議する。
「ガイドラインは、“必要に応じて柔軟に運用する”って書いてあったじゃない」
「それを書いたのは庁長ご自身です」
「そうよ。だから柔軟に運用してるの」
全然悪びれていない。
「もちろん、“本予約にするかどうか”は、
ふたりに決めてもらうわ。
今日の終業時間までに、“取り下げ”か“確定”か、
広報課に届けてちょうだい」
「しゅ、終業時間まで……!?」
「締切がなければ、いつまでも“ぐるぐる空模様”でしょ?
星飴シャワー前日は、“気圧配置の整理の日”なの」
ちゃっかり自分でも気象用語を使いながら、
庁長はひらひらと手を振って去っていった。
残されたふたりの間に、
きれいな沈黙が落ちる。
「……」
「……」
ミレイユは、台帳の“ユリウス・アストレイ”の字面を見つめながら、
頭の中の天気図が、
ものすごい速さでぐるぐるしているのを感じていた。
(と、ときめき空プラン、ペア……
しかも、相手の名前が、ユリウスさんで……)
さっき工房で見た“恋加速飴”の瓶が、
頭の中でどーんと存在感を増す。
横を見ると、
ユリウスも、珍しく表情を固めていた。
「……広報官としては、
これは明らかに“個人の自由意志”を侵害する行為ですが」
「は、はい……」
「一個人としては……」
そこで、彼は少しだけ言葉を探すように、
視線を台帳から窓の方へ滑らせた。
「“全く検討の余地がない”とは、言い切れません」
「……っ」
心臓が、びっくりするくらい正直に跳ねた。
「シュ、シュガールさんは?」
「わ、わたし……」
(全く検討の余地がない、なんて、言えるわけない……)
でも、「じゃあお願いします!」と即答できるほど、
素直にもなりきれない。
(だって、“ときめき空プラン”って……!)
庁長の「締切」が、
じわじわとプレッシャーになってくる。
そのとき、
ポルカ課長が、くすっと笑った。
「いいねぇ、“星飴測候庁らしい騒ぎ”って感じだ」
「課長、他人事みたいに……!」
「そりゃもう、他人だもの。
ぼくは“ひとりごほうび空プラン”にしたからね。
仕事終わった後、一人で屋上で角砂糖齧りながら星見る予定」
「らしいです……」
なんだか、少し羨ましい。
「でもさ」
ポルカ課長は、台帳を指でとん、と軽く突いた。
「“どっちでもいいならやめときな”だけど、
“どっちか選んだら後悔しそう”なら、
どっちにしても後悔するんだよね」
「課長、それは励ましているのですか?」
「現実を言ってるだけだよ、
……まぁ、こういうのはね」
課長は、ミレイユの肩をぽん、と軽く叩いた。
「“星飴に任せる”って選択肢も、なくはないと思うよ」
「星飴に……?」
「“ときめき空プラン”の利用規約、
広報官さんと一緒に考えたでしょ?」
――“星飴は、あなたの本音を少しだけ照らしますが、
選ぶのは、いつもあなた自身です。”
あの一文を思い出して、
ミレイユの胸の中で、
何かがぴたりと噛み合った気がした。
(……そっか)
星飴に丸投げするんじゃなくて。
星飴に“今の自分の本音”を照らしてもらったうえで、
自分で選ぶことはできる。
昨日、自分で作った“家族向け星飴”が教えてくれた一行。
『本当は、自分で選んだ空を、ちゃんと好きでいたい』
あれは、
きっと恋の空にも、通じる話だ。
「……ユリウスさん」
ミレイユは、台帳から目を離して、
ゆっくりと彼を見た。
「はい」
「今、“全く検討の余地がないとは言い切れない”って、
言ってくれましたよね」
「ええ。言いました」
「わたしも、そうです。
“全くありえない”とは、全然、言えません」
それは、今の自分にできる、
最大限の正直さだった。
「ただ、“ときめき空プランのペア申込”って、
すごく、勇気がいることで。
星飴シャワーの当日まで、
毎日、どきどきしちゃいそうで」
「それは、否定しがたいですね」
ユリウスの口元に、
少しだけ苦笑が浮かぶ。
「なので……もし、よかったら」
ミレイユは、胸の前で拳をぎゅっと握った。
「締切までに、“星飴に一回だけ相談する時間”をもらえませんか?」
「星飴に?」
「はい。
“自分で選んだ空を好きでいたい”ってなったみたいに、
“本当は、ユリウスさんとどんな夜を過ごしたいのか”を、
星飴に一度だけ聞いてみたいんです。
その上で、“ときめき空プラン”を選ぶのかやめるのか、
決めたいなって」
自分で言いながら、
顔が熱で火照っていくのがわかる。
ユリウスは、しばらく沈黙した。
その沈黙は、責めるものではなく、
ひとつひとつ言葉を噛みしめるための静けさだった。
「……なるほど」
やがて、彼は小さく頷いた。
「確かに、“星飴測候庁らしい意思決定プロセス”ですね」
「そう、でしょうか……」
「ええ。
暴風の日の教訓を踏まえ、
予報と観測を整えたうえで、
最後に一粒だけ、星飴の光を借りる――実に健全です」
それから、ほんの少しだけ、
声音をやわらかくした。
「では、今日の終業後、
“黄昏交差点でのミニ観測”をしませんか」
「ミニ観測……?」
「星飴シャワー前夜の、
街の顔色天気図を確認する名目で。
その途中で、
シュガールさんが星飴に相談する時間を作りましょう」
黄昏交差点。
あの場所で、ふたりで街を見上げること。
それは、すでにミレイユにとって、
特別な“観測儀式”になりつつあった。
「……いいんですか?」
「もちろんです。
“黄昏観測チーム”の一員として」
そう言って笑うユリウスの横顔を見て、
ミレイユの胸の中で、
何かがカチ、と静かに鳴った。
(ああ、やっぱり)
――この人と一緒に見上げたい。
星飴シャワーの夜も、
その前の黄昏も、
その後の少し寂しい明け方も。
そんな気持ちが、
“ときめき”なんて可愛い言葉じゃ足りないくらいに、
胸いっぱいに広がっていく。
「じゃあ、終業後、ロビーの“おしゃべり席”前で」
ユリウスが、さりげなく約束の時間を区切る。
「遅れたら、星飴シャワーの“雲行きが悪化した”ということで」
「ぜ、絶対遅れません!」
変な例えなのに、
なぜかそれが、とても嬉しい。
*
その日の夕方。
星飴おしゃべり席の「本日終了」の札が、
裏返される頃。
ロビーの一角には、
いつもより少しだけソワソワした飴職人と、
いつもより少しだけネクタイをきちんと締めた広報官が、並んで立っていた。
「それでは、“黄昏ミニ観測”に出発しましょうか」
「はい……!」
星飴シャワー前夜の空は、
どこか落ち着かないようで、
でも、確かな期待の匂いが交じっている。
黄昏交差点に向かう道すがら、
星飴の瓶がひとつ、
ミレイユのポケットの中で小さく揺れた。
――この瓶から、
彼女は今夜、
“自分の本音”をひとつだけ、星に照らしてもらうつもりなのだ。
その一行が、
“ときめき空プラン”の名簿をどう揺らすのか。
それは、まだ誰にもわからない。
けれど、少なくとも今、
ふたりの歩幅は、
同じ速度で、同じ方向に進んでいた。
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