『星飴測候庁 — ときめき渋滞、ただいま観測中。—』

星乃和花

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第11話 予約名簿と、こぼれそうな一行

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 星飴シャワー前日。

 星飴測候庁の一階ロビーは、朝からちょっとしたお祭り騒ぎだった。

「“星飴シャワー記念セット”の予約、こちらの窓口で受け付けておりまーす」
「ご希望のプランに丸をお願いします。“家族空プラン”、“友情空プラン”、“ひとりごほうび空プラン”、それから……」

 受付の職員が読み上げたところで、
 後ろの方からひそひそ声が上がる。

「出た、“ときめき空プラン”……」
「恋が加速する飴入り、数量限定……!」
「勇気いるけど、せっかくだし申し込もうかなぁ……」

 可愛い星模様の申込票には、
 それぞれのプラン名がまるでカフェメニューのように並んでいた。

・A:家族空プラン(家族や親しい人と同じ空を見上げたい方へ)
・B:友情空プラン(友だちと笑いながら星飴を楽しみたい方へ)
・C:ひとりごほうび空プラン(自分だけの空をゆっくり味わいたい方へ)
・D:ときめき空プラン(恋が少しだけ加速しても、きっと大丈夫な方へ)

 Dのところだけ、ちょっとだけ文字が小さくなっているのは、
 「こっそり選びたい人のため」という庁長の配慮だったらしい。

(わぁ……本当に、街じゅうの“空の願い”が集まってる)

 ミレイユは、受付の向こうで申込票を受け取る人たちを見ながら、
 胸の奥がふわっと温かくなるのを感じていた。

「シュガールさん」

 背後から声がして振り向くと、
 書類の束を抱えたユリウスが立っていた。

「調整課宛ての“配合希望一覧”がまとまりました。
 プランごとの星飴構成を詰めたいのですが、
 少しお時間いただけますか?」

「はいっ。工房の方でお話伺えますか?」

「ええ。職人さんたちの意見も聞きたいところです」

 ふたりは、ロビーを抜けて、
 甘い香りのする工房へ向かった。

 *

 星飴調整課の工房では、
 すでに「家族向け」「友情向け」の星飴試作が並んでいた。

「こっちが“家族空プラン”用の飴」

 ポルカ課長が、瓶をひとつ指さす。

「“離れていても同じ星を見てるよ”的な甘さ。
 やさしいミルクベースに、お母ちゃんのスープみたいな塩気をちょびっと」

「わぁ……香りからして、なんだか“ただいま”って言いたくなります」

「でしょ。
 こっちは“友情空プラン”。
 スッキリ爽やかだけど、後味にちゃんと甘さが残るタイプ。
 “気兼ねなく悪口も言える友だち”向け」

「説明のクセが強いです、課長」

 ユリウスが小さく咳払いする。

「でも、そこがポルカ課長のいいところです」

「広報官さんに褒められた~。
 じゃあ張り切って、“ときめき空プラン”の説明もしちゃおうかな」

 その言葉に、ミレイユの心臓が、ぴょん、と跳ねた。

「と、ときめき……」

「“恋が加速する飴”バージョンね。
 前の暴風騒ぎを反省して、
 今回は“自分の心音をよく聞けるようにする”配合に変えてあるよ」

「心音……?」

「“相手の気持ちをどうにかする”んじゃなくて、
 “自分のときめきにちゃんと気づく”方向ね。

 好きな人のこと考えるときって、
 案外、自分で自分をごまかしてたりするでしょ?」

「……」

 それは、今のミレイユには、
 耳が痛いくらい的確な言葉だった。

「だから、“ときめき空プラン”の星飴は、
 舐めた瞬間だけ、“自分に正直な一行”が包み紙に出る仕様。

 “本当は、あの人の隣で空を見たい”とか、
 “本当は、名前を呼んでほしい”とかね」

「な、名前を……」

 顔が一気に熱くなる。

(い、今、誰のこと考えた? わたし)

 自分で自分に突っ込みを入れている間に、
 ポルカ課長は、別の瓶を取り出した。

「ただし、“庁主導の恋加速飴”は、
 必ず“ひとり一粒”まで。

 これはユリウス君の強い要望ね」

「“星飴の後押し”は、いつでも最後にするべきです。
 まずは、自分の足で一歩踏み出す方が、
 きっと後悔が少ないので」

 ユリウスは、静かに言った。

「その一歩がどうしても怖くて、
 それでも“今夜じゃないと嫌だ”と思う人のために、
 恋加速飴がある――それぐらいの距離感が、
 今の星飴測候庁には、ちょうどいいと考えています」

 その言い方があまりに真っ直ぐで、
 ミレイユは、思わず瓶を抱きしめたくなった。

(“今夜じゃないと嫌だ”って思う人のための飴……)

 まだ夜は来ていないのに、
 何かがきゅっと胸を掴んでくる。

「ちなみに、“職員向け記念セット”も枠を取ってあるよ」

 ポルカ課長が、さらりと言った。

「えっ、職員向け?」

「ほら、“星飴測候庁の中で星飴シャワーを過ごしたい人”もいるでしょ。
 夜勤組だけじゃなくてね」

「そ、それって……」

 なんだか、“勝手にドキドキしてはいけない案件”の予感がする。

「予約名簿、広報のところに来てるよね?」

「はい。職員分はまだ集計中ですが……」

 ユリウスが書類の束から、一枚の台帳を取り出した。

 “星飴シャワー記念セット・庁内予約一覧”。

「確認しますか?」

「き、気になります……」

 ミレイユは、ごくりと唾を飲み込む。
 自分の名前があるのかどうか、それともないのか。

(ない方がホッとするのか、
 あったら嬉しいのか……わかんないよ……)

 そんなことを考えながら、
 ユリウスの隣から台帳を覗き込んだ。

 ――そこには、きっちりとした字でこう書かれていた。

『職員枠・星飴シャワー記念セット(ペア)
  申込者:星飴調整課 ミレイユ・シュガール
  希望プラン:D ときめき空プラン
  ご一緒に星を見上げたい方のお名前:ユリウス・アストレイ』

「……へ?」

 頭が真っ白になった。

「……」

 横から、ユリウスの視線を感じる。
 ゆっくりと顔を上げると、
 彼もまた、まるで予想外の雷を受けたみたいな顔をしていた。

「……私の、名前ですね」

「……はい」

「でも、私の記憶の中に、“この申込書を書くシュガールさん”の姿はありません」

「もちろんです、書いてませんから……!」

 声が裏返る。

「じゃあ、この申込書は……」

「はいはーい、そろそろバレたかな~?」

 背後から、ひょいっと手が挙がった。

「犯人は、私でーす」

「庁長!!」

 ふたりの声が、見事にハモった。

 いつの間にか、
 庁長が工房の入り口に立っていた。

「いやぁ、ふたりとも、あまりにも“観測者モード”で、
 いつまで経っても自分たちの空のことを申込まないからね。

 “庁としても、これは必要な観測だわ”と判断して、
 仮予約を入れておいたのよ」

「仮予約って……!」

 ミレイユの顔は、
 一瞬で星飴シャワー級に真っ赤になる。

「庁長、“観測”の名のもとに、
 職員の個人情報を勝手に記入するのは、
 明らかにガイドライン違反です」

 ユリウスが、冷静に抗議する。

「ガイドラインは、“必要に応じて柔軟に運用する”って書いてあったじゃない」

「それを書いたのは庁長ご自身です」

「そうよ。だから柔軟に運用してるの」

 全然悪びれていない。

「もちろん、“本予約にするかどうか”は、
 ふたりに決めてもらうわ。

 今日の終業時間までに、“取り下げ”か“確定”か、
 広報課に届けてちょうだい」

「しゅ、終業時間まで……!?」

「締切がなければ、いつまでも“ぐるぐる空模様”でしょ?
 星飴シャワー前日は、“気圧配置の整理の日”なの」

 ちゃっかり自分でも気象用語を使いながら、
 庁長はひらひらと手を振って去っていった。

 残されたふたりの間に、
 きれいな沈黙が落ちる。

「……」

「……」

 ミレイユは、台帳の“ユリウス・アストレイ”の字面を見つめながら、
 頭の中の天気図が、
 ものすごい速さでぐるぐるしているのを感じていた。

(と、ときめき空プラン、ペア……
 しかも、相手の名前が、ユリウスさんで……)

 さっき工房で見た“恋加速飴”の瓶が、
 頭の中でどーんと存在感を増す。

 横を見ると、
 ユリウスも、珍しく表情を固めていた。

「……広報官としては、
 これは明らかに“個人の自由意志”を侵害する行為ですが」

「は、はい……」

「一個人としては……」

 そこで、彼は少しだけ言葉を探すように、
 視線を台帳から窓の方へ滑らせた。

「“全く検討の余地がない”とは、言い切れません」

「……っ」

 心臓が、びっくりするくらい正直に跳ねた。

「シュ、シュガールさんは?」

「わ、わたし……」

(全く検討の余地がない、なんて、言えるわけない……)

 でも、「じゃあお願いします!」と即答できるほど、
 素直にもなりきれない。

(だって、“ときめき空プラン”って……!)

 庁長の「締切」が、
 じわじわとプレッシャーになってくる。

 そのとき、
 ポルカ課長が、くすっと笑った。

「いいねぇ、“星飴測候庁らしい騒ぎ”って感じだ」

「課長、他人事みたいに……!」

「そりゃもう、他人だもの。
 ぼくは“ひとりごほうび空プラン”にしたからね。
 仕事終わった後、一人で屋上で角砂糖齧りながら星見る予定」

「らしいです……」

 なんだか、少し羨ましい。

「でもさ」

 ポルカ課長は、台帳を指でとん、と軽く突いた。

「“どっちでもいいならやめときな”だけど、
 “どっちか選んだら後悔しそう”なら、
 どっちにしても後悔するんだよね」

「課長、それは励ましているのですか?」

「現実を言ってるだけだよ、
 ……まぁ、こういうのはね」

 課長は、ミレイユの肩をぽん、と軽く叩いた。

「“星飴に任せる”って選択肢も、なくはないと思うよ」

「星飴に……?」

「“ときめき空プラン”の利用規約、
 広報官さんと一緒に考えたでしょ?」

 ――“星飴は、あなたの本音を少しだけ照らしますが、
 選ぶのは、いつもあなた自身です。”

 あの一文を思い出して、
 ミレイユの胸の中で、
 何かがぴたりと噛み合った気がした。

(……そっか)

 星飴に丸投げするんじゃなくて。
 星飴に“今の自分の本音”を照らしてもらったうえで、
 自分で選ぶことはできる。

 昨日、自分で作った“家族向け星飴”が教えてくれた一行。

『本当は、自分で選んだ空を、ちゃんと好きでいたい』

 あれは、
 きっと恋の空にも、通じる話だ。

「……ユリウスさん」

 ミレイユは、台帳から目を離して、
 ゆっくりと彼を見た。

「はい」

「今、“全く検討の余地がないとは言い切れない”って、
 言ってくれましたよね」

「ええ。言いました」

「わたしも、そうです。
 “全くありえない”とは、全然、言えません」

 それは、今の自分にできる、
 最大限の正直さだった。

「ただ、“ときめき空プランのペア申込”って、
 すごく、勇気がいることで。

 星飴シャワーの当日まで、
 毎日、どきどきしちゃいそうで」

「それは、否定しがたいですね」

 ユリウスの口元に、
 少しだけ苦笑が浮かぶ。

「なので……もし、よかったら」

 ミレイユは、胸の前で拳をぎゅっと握った。

「締切までに、“星飴に一回だけ相談する時間”をもらえませんか?」

「星飴に?」

「はい。
 “自分で選んだ空を好きでいたい”ってなったみたいに、

 “本当は、ユリウスさんとどんな夜を過ごしたいのか”を、
 星飴に一度だけ聞いてみたいんです。

 その上で、“ときめき空プラン”を選ぶのかやめるのか、
 決めたいなって」

 自分で言いながら、
顔が熱で火照っていくのがわかる。

 ユリウスは、しばらく沈黙した。
 その沈黙は、責めるものではなく、
 ひとつひとつ言葉を噛みしめるための静けさだった。

「……なるほど」

 やがて、彼は小さく頷いた。

「確かに、“星飴測候庁らしい意思決定プロセス”ですね」

「そう、でしょうか……」

「ええ。
 暴風の日の教訓を踏まえ、
 予報と観測を整えたうえで、
 最後に一粒だけ、星飴の光を借りる――実に健全です」

 それから、ほんの少しだけ、
 声音をやわらかくした。

「では、今日の終業後、
 “黄昏交差点でのミニ観測”をしませんか」

「ミニ観測……?」

「星飴シャワー前夜の、
 街の顔色天気図を確認する名目で。

 その途中で、
 シュガールさんが星飴に相談する時間を作りましょう」

 黄昏交差点。
 あの場所で、ふたりで街を見上げること。

 それは、すでにミレイユにとって、
 特別な“観測儀式”になりつつあった。

「……いいんですか?」

「もちろんです。
 “黄昏観測チーム”の一員として」

 そう言って笑うユリウスの横顔を見て、
 ミレイユの胸の中で、
 何かがカチ、と静かに鳴った。

(ああ、やっぱり)

 ――この人と一緒に見上げたい。

 星飴シャワーの夜も、
 その前の黄昏も、
 その後の少し寂しい明け方も。

 そんな気持ちが、
 “ときめき”なんて可愛い言葉じゃ足りないくらいに、
 胸いっぱいに広がっていく。

「じゃあ、終業後、ロビーの“おしゃべり席”前で」

 ユリウスが、さりげなく約束の時間を区切る。

「遅れたら、星飴シャワーの“雲行きが悪化した”ということで」

「ぜ、絶対遅れません!」

 変な例えなのに、
 なぜかそれが、とても嬉しい。

 *

 その日の夕方。

 星飴おしゃべり席の「本日終了」の札が、
 裏返される頃。

 ロビーの一角には、
 いつもより少しだけソワソワした飴職人と、
 いつもより少しだけネクタイをきちんと締めた広報官が、並んで立っていた。

「それでは、“黄昏ミニ観測”に出発しましょうか」

「はい……!」

 星飴シャワー前夜の空は、
 どこか落ち着かないようで、
 でも、確かな期待の匂いが交じっている。

 黄昏交差点に向かう道すがら、
 星飴の瓶がひとつ、
 ミレイユのポケットの中で小さく揺れた。

 ――この瓶から、
 彼女は今夜、
 “自分の本音”をひとつだけ、星に照らしてもらうつもりなのだ。

 その一行が、
 “ときめき空プラン”の名簿をどう揺らすのか。

 それは、まだ誰にもわからない。

 けれど、少なくとも今、
 ふたりの歩幅は、
 同じ速度で、同じ方向に進んでいた。
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