7 / 10
第6話:夫の“構ってアピール”が高度化する
しおりを挟む
レオンハルトの熱が下がった翌日。
フィアは、ひとつの希望を抱いていた。
(これで少しは落ち着くだろう)
病人モードの、弱い声。
子どもみたいな「もう少し」。
あれは体調不良のせいだ。きっとそう。
回復したら、いつもの合理的で冷静な公爵に戻る。
つまり、抱きしめ要求は――
「フィア」
玄関で呼ばれた瞬間、希望は粉々に砕けた。
レオンハルトは完璧な服装で立っていた。
顔色も良い。姿勢も良い。目も冴えている。
完治。完全に完治。
なのに。
「疲れた」
「……え?」
「今、疲れた」
――朝だぞ?
フィアは目を細める。
「公爵さま」
「なに」
「あなた、今起きたばかりですよね」
「うん」
「どこが疲れるんですか」
「起きた」
起きた、が疲労理由。
フィアは頭痛がした。
「……やれやれ」
「処置を」
処置。
来た。
フィアは深呼吸して言った。
「今日は忙しいです」
「把握している」
「なら」
「だから、短くする」
「短いなら」
「十秒」
十秒。
やっと常識に戻った。
フィアはため息をつきながら、レオンハルトの前に立った。
「……はいはい。十秒です」
「ありがとう」
抱きしめられる。
普通の抱きしめ。
普通の十秒。
――終わる。
フィアはそう思っていた。
しかし、レオンハルトは終わった直後に、淡々と言った。
「第七条、完了」
「はい」
「第八条、予防」
「……え?」
レオンハルトが、フィアの髪をすっと撫でた。
さらり。
一回。
それだけなのに、心が揺れる。
フィアは思わず睨んだ。
「……今、撫でましたよね」
「予防です」
「何の予防ですか」
「君の疲労」
言い方が上手い。
(ずるい)
フィアは冷静を装って、スカートの裾を整えた。
「……行ってらっしゃいませ」
「うん」
レオンハルトは出かけていった。
フィアは、玄関でひとり立ち尽くす。
(終わった……?)
いや、終わってない。
彼の背中が妙に軽かった。
“やり切った感”があった。
嫌な予感しかしない。
◆
その日の昼。
フィアは屋敷の帳簿を整え、書類に目を通し、予定を整理していた。
平穏。普通。静か。
――静かすぎる。
そのとき、執事がいつもの微笑みで近づいてきた。
「奥さま」
「何ですか」
執事は、さらっと言った。
「公爵さまより、“ため息一回”が届いております」
「……は?」
「ため息一回です」
届くな。
そんなもの届けるな。
フィアは机に手をついた。
「……何ですかそれ」
「“疲労の申告”かと」
「申告って…遠隔で…?」
「はい。高度化しております」
高度化。
フィアはこめかみを押さえた。
「……やれやれ……」
執事はどこか嬉しそうだ。
「奥さま、さすがです」
「何がですか」
「公爵さまの回復速度が、奥さまの日々の処置により――」
「報告いりません!!!」
フィアが声を荒げた瞬間、執事が優雅に一礼した。
「承知いたしました。では次の申告を」
「次!?」
「“ネクタイを緩めた写真”が届いております」
フィアは固まった。
「……写真?」
「はい。執務室で少しお疲れのようです」
お疲れのようです、じゃない。
それは――
(構ってアピールだ!!!)
フィアは立ち上がった。
「……行きます」
「かしこまりました。馬車を」
この屋敷、連携が完璧すぎる。
◆
王宮の執務室。
扉の前で、衛兵が軽く頭を下げた。
「奥さま、お待ちしておりました」
「待ってたんですか……」
「はい。公爵さまが“必要です”と」
必要です。
万能ワード。
フィアはため息をつき、扉を叩いて入った。
中は静かだった。
書類の山。
整った机。
そして椅子に座る、完璧な公爵。
レオンハルトはペンを置き、顔を上げた。
「フィア」
「……来ましたよ」
「ありがとう」
「ため息一回で呼び出すのやめてください」
「呼び出していない」
「呼び出してます」
「申告しただけ」
言い訳が理詰め。
腹立つ。
フィアは机の前に立ち、腕を組んだ。
「何が“疲れた”んですか」
「君がいない」
「それは疲労じゃないです」
「疲労です」
レオンハルトは真面目な顔で言い切る。
「思考が鈍る」
「……本当に?」
「君がいると安定する」
またそれだ。
フィアは負けそうになって、口を尖らせた。
「……じゃあ、短くですよ」
「うん」
レオンハルトが椅子から立ち上がる。
その動きが、いつもより少しゆっくりだ。
一瞬だけ、心が心配になってしまう。
(……本当に疲れてるの?)
その瞬間。
レオンハルトが、フィアの腰を抱いて引き寄せた。
近い。
危険。
呼吸が混ざる。
フィアが目を見開くと、レオンハルトが淡々と言った。
「はい。回復」
「……早いですね!?」
「君が効く」
効くって言うな。
フィアは離れようとして、止まった。
レオンハルトが、急に低い声になる。
「……今日、君のことを見た」
「見た?」
「廊下で、誰かが話しかけていた」
「え?ああ、事務官の方が…」
「近かった」
「普通の距離でした」
「近い」
嫉妬。
しかし彼は真顔だ。
これは“危険管理”として処理されるやつだ。
フィアはやれやれと息を吐く。
「……危険管理ですか」
「そう」
「嫉妬じゃなくて?」
「嫉妬ではない」
「じゃあ何ですか」
「……不快」
不快、って言った。
フィアは固まった。
「え」
「君が他人に笑うのが、不快」
それ、嫉妬より重い。
フィアの心が一瞬で熱くなる。
「……言い方、気をつけてください」
「気をつける」
「なら」
「……君が可愛い」
気をつけた結果がそれ?
フィアは顔を覆った。
「やれやれ……!!」
レオンハルトは満足そうに息を吐く。
「回復した」
「はいはい」
「次は」
「次は何ですか」
「ソファ」
ソファ?
レオンハルトは執務室の隅にある小さなソファを指した。
まさか――
フィアは警戒した。
「……何をするつもりですか」
「座る」
「座るだけ?」
「うん」
「じゃあ一人で座ってください」
「君も」
フィアは眉をひそめる。
「私、仕事があります」
「私も」
「あなたは公爵です」
「だから効率的に回復する必要がある」
また効率。
レオンハルトは真顔で続けた。
「座って、君を抱きしめる」
「それ座るだけじゃない!」
フィアが叫ぶと、レオンハルトは淡々と訂正した。
「座る+抱きしめる」
「足し算しないでください」
でも結局、フィアはソファに座らされた。
座らされたというか――自分から座った。
なぜなら彼が少しだけ疲れた目をしていたから。
ずるい。
レオンハルトはフィアの隣に座り、肩に額を寄せた。
静かに、息を吐く。
「……落ち着く」
「……ここ、王宮ですよ」
「知っている」
「誰か来たらどうするんですか」
「来ない」
「何の根拠で」
「執事が封鎖した」
封鎖!?
フィアは目を見開く。
「……封鎖!?」
「必要です」
「必要すぎる!!」
フィアは笑いそうになって、堪える。
だめ。公爵の執務室で笑ったら品位が――
(もう品位とか言ってる場合じゃない)
レオンハルトは、少しだけ弱い声で言った。
「……君、忙しい?」
「忙しいです」
「なら、短くする」
「じゃあ短く…」
「三分」
十秒どこ行った。
フィアは睨む。
「増えてますよね」
「高度化した」
「自分で言うな!!」
フィアがツッコミを入れている間にも、
心はどんどん柔らかくなる。
この人がこうして頼ってくるのが――
嬉しい。
悔しいくらいに。
フィアは小さく息を吐いた。
「……三分だけですからね」
「うん」
「終わったら離れますよ」
「うん」
素直。
素直で、ずるい。
三分。
フィアは数えようとして――
数えられなかった。
抱きしめられていると、時間が溶ける。
レオンハルトの呼吸が落ち着いていく。
肩の力が抜けていく。
その変化が、嬉しい。
フィアはそっと、彼の背中に手を置いた。
撫でない。
置くだけ。
でもそれだけで、レオンハルトが小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
「……はいはい」
フィアの声は、もうやれやれ半分、優しさ半分だった。
◆
三分後。
フィアは立ち上がり、スカートの裾を整える。
「はい、終わりです」
「終わりか」
「終わりです」
レオンハルトは少しだけ名残惜しそうに見上げた。
その目が、ずるい。
フィアは視線を逸らし、扉へ向かう。
「……帰ります」
「送る」
「いりません」
「必要です」
「何が必要なんですか」
「君を屋敷まで運ぶ」
運ぶな。
フィアが振り返ると、レオンハルトは淡々と立ち上がり、
フィアの手を取った。
「行こう」
「……もう」
フィアは小さく笑ってしまった。
(負けてる)
完全に負けてる。
でも、その負け方が嫌じゃない。
廊下を歩く二人を、衛兵たちがどこか温かい目で見ていた。
誰も何も言わない。
察している。
フィアは小声で言う。
「……王宮の皆さん、優しすぎません?」
「私が命じた」
「命じた!?」
「余計なことは言うな、と」
公爵の権力、使い方が違う。
フィアは頭を抱えた。
「……やれやれ……」
「ありがとう」
「その言葉、万能すぎます」
「君が万能だから」
ずるい。
フィアはもう反論できなかった。
◆
その夜。
屋敷に戻って、やっと平穏――と思った瞬間。
レオンハルトがソファに座り、ネクタイを少し緩めた。
そして、何も言わずにこちらを見た。
無言。
でも顔が言っている。
“疲れた”
フィアは目を細めた。
「……今度は何ですか」
「申告」
「申告だけで終わります?」
「終わらない」
終わらない宣言。
フィアはため息をつきながら、レオンハルトの前に立った。
「……高度化、やめてください」
「やめない」
「どうして」
「君が来てくれるから」
フィアは顔を逸らした。
「……やれやれ」
「処置を」
フィアは諦めて、腕を広げた。
「……一回だけですよ」
「うん」
抱きしめられる。
そして、耳元で囁かれた。
「今日、来てくれて嬉しかった」
「……それ、契約にないです」
「契約じゃなくても言う」
「……もう」
フィアの声が、少しだけ笑っていた。
=======
(第7話予告)
次回――ついに来ます。
契約更新の話。
期限が近づき、フィアが平静を装う回。
レオンハルトは迷いなく言います。
「更新する」
そしてフィアの心が、静かに崩れます(甘)。
フィアは、ひとつの希望を抱いていた。
(これで少しは落ち着くだろう)
病人モードの、弱い声。
子どもみたいな「もう少し」。
あれは体調不良のせいだ。きっとそう。
回復したら、いつもの合理的で冷静な公爵に戻る。
つまり、抱きしめ要求は――
「フィア」
玄関で呼ばれた瞬間、希望は粉々に砕けた。
レオンハルトは完璧な服装で立っていた。
顔色も良い。姿勢も良い。目も冴えている。
完治。完全に完治。
なのに。
「疲れた」
「……え?」
「今、疲れた」
――朝だぞ?
フィアは目を細める。
「公爵さま」
「なに」
「あなた、今起きたばかりですよね」
「うん」
「どこが疲れるんですか」
「起きた」
起きた、が疲労理由。
フィアは頭痛がした。
「……やれやれ」
「処置を」
処置。
来た。
フィアは深呼吸して言った。
「今日は忙しいです」
「把握している」
「なら」
「だから、短くする」
「短いなら」
「十秒」
十秒。
やっと常識に戻った。
フィアはため息をつきながら、レオンハルトの前に立った。
「……はいはい。十秒です」
「ありがとう」
抱きしめられる。
普通の抱きしめ。
普通の十秒。
――終わる。
フィアはそう思っていた。
しかし、レオンハルトは終わった直後に、淡々と言った。
「第七条、完了」
「はい」
「第八条、予防」
「……え?」
レオンハルトが、フィアの髪をすっと撫でた。
さらり。
一回。
それだけなのに、心が揺れる。
フィアは思わず睨んだ。
「……今、撫でましたよね」
「予防です」
「何の予防ですか」
「君の疲労」
言い方が上手い。
(ずるい)
フィアは冷静を装って、スカートの裾を整えた。
「……行ってらっしゃいませ」
「うん」
レオンハルトは出かけていった。
フィアは、玄関でひとり立ち尽くす。
(終わった……?)
いや、終わってない。
彼の背中が妙に軽かった。
“やり切った感”があった。
嫌な予感しかしない。
◆
その日の昼。
フィアは屋敷の帳簿を整え、書類に目を通し、予定を整理していた。
平穏。普通。静か。
――静かすぎる。
そのとき、執事がいつもの微笑みで近づいてきた。
「奥さま」
「何ですか」
執事は、さらっと言った。
「公爵さまより、“ため息一回”が届いております」
「……は?」
「ため息一回です」
届くな。
そんなもの届けるな。
フィアは机に手をついた。
「……何ですかそれ」
「“疲労の申告”かと」
「申告って…遠隔で…?」
「はい。高度化しております」
高度化。
フィアはこめかみを押さえた。
「……やれやれ……」
執事はどこか嬉しそうだ。
「奥さま、さすがです」
「何がですか」
「公爵さまの回復速度が、奥さまの日々の処置により――」
「報告いりません!!!」
フィアが声を荒げた瞬間、執事が優雅に一礼した。
「承知いたしました。では次の申告を」
「次!?」
「“ネクタイを緩めた写真”が届いております」
フィアは固まった。
「……写真?」
「はい。執務室で少しお疲れのようです」
お疲れのようです、じゃない。
それは――
(構ってアピールだ!!!)
フィアは立ち上がった。
「……行きます」
「かしこまりました。馬車を」
この屋敷、連携が完璧すぎる。
◆
王宮の執務室。
扉の前で、衛兵が軽く頭を下げた。
「奥さま、お待ちしておりました」
「待ってたんですか……」
「はい。公爵さまが“必要です”と」
必要です。
万能ワード。
フィアはため息をつき、扉を叩いて入った。
中は静かだった。
書類の山。
整った机。
そして椅子に座る、完璧な公爵。
レオンハルトはペンを置き、顔を上げた。
「フィア」
「……来ましたよ」
「ありがとう」
「ため息一回で呼び出すのやめてください」
「呼び出していない」
「呼び出してます」
「申告しただけ」
言い訳が理詰め。
腹立つ。
フィアは机の前に立ち、腕を組んだ。
「何が“疲れた”んですか」
「君がいない」
「それは疲労じゃないです」
「疲労です」
レオンハルトは真面目な顔で言い切る。
「思考が鈍る」
「……本当に?」
「君がいると安定する」
またそれだ。
フィアは負けそうになって、口を尖らせた。
「……じゃあ、短くですよ」
「うん」
レオンハルトが椅子から立ち上がる。
その動きが、いつもより少しゆっくりだ。
一瞬だけ、心が心配になってしまう。
(……本当に疲れてるの?)
その瞬間。
レオンハルトが、フィアの腰を抱いて引き寄せた。
近い。
危険。
呼吸が混ざる。
フィアが目を見開くと、レオンハルトが淡々と言った。
「はい。回復」
「……早いですね!?」
「君が効く」
効くって言うな。
フィアは離れようとして、止まった。
レオンハルトが、急に低い声になる。
「……今日、君のことを見た」
「見た?」
「廊下で、誰かが話しかけていた」
「え?ああ、事務官の方が…」
「近かった」
「普通の距離でした」
「近い」
嫉妬。
しかし彼は真顔だ。
これは“危険管理”として処理されるやつだ。
フィアはやれやれと息を吐く。
「……危険管理ですか」
「そう」
「嫉妬じゃなくて?」
「嫉妬ではない」
「じゃあ何ですか」
「……不快」
不快、って言った。
フィアは固まった。
「え」
「君が他人に笑うのが、不快」
それ、嫉妬より重い。
フィアの心が一瞬で熱くなる。
「……言い方、気をつけてください」
「気をつける」
「なら」
「……君が可愛い」
気をつけた結果がそれ?
フィアは顔を覆った。
「やれやれ……!!」
レオンハルトは満足そうに息を吐く。
「回復した」
「はいはい」
「次は」
「次は何ですか」
「ソファ」
ソファ?
レオンハルトは執務室の隅にある小さなソファを指した。
まさか――
フィアは警戒した。
「……何をするつもりですか」
「座る」
「座るだけ?」
「うん」
「じゃあ一人で座ってください」
「君も」
フィアは眉をひそめる。
「私、仕事があります」
「私も」
「あなたは公爵です」
「だから効率的に回復する必要がある」
また効率。
レオンハルトは真顔で続けた。
「座って、君を抱きしめる」
「それ座るだけじゃない!」
フィアが叫ぶと、レオンハルトは淡々と訂正した。
「座る+抱きしめる」
「足し算しないでください」
でも結局、フィアはソファに座らされた。
座らされたというか――自分から座った。
なぜなら彼が少しだけ疲れた目をしていたから。
ずるい。
レオンハルトはフィアの隣に座り、肩に額を寄せた。
静かに、息を吐く。
「……落ち着く」
「……ここ、王宮ですよ」
「知っている」
「誰か来たらどうするんですか」
「来ない」
「何の根拠で」
「執事が封鎖した」
封鎖!?
フィアは目を見開く。
「……封鎖!?」
「必要です」
「必要すぎる!!」
フィアは笑いそうになって、堪える。
だめ。公爵の執務室で笑ったら品位が――
(もう品位とか言ってる場合じゃない)
レオンハルトは、少しだけ弱い声で言った。
「……君、忙しい?」
「忙しいです」
「なら、短くする」
「じゃあ短く…」
「三分」
十秒どこ行った。
フィアは睨む。
「増えてますよね」
「高度化した」
「自分で言うな!!」
フィアがツッコミを入れている間にも、
心はどんどん柔らかくなる。
この人がこうして頼ってくるのが――
嬉しい。
悔しいくらいに。
フィアは小さく息を吐いた。
「……三分だけですからね」
「うん」
「終わったら離れますよ」
「うん」
素直。
素直で、ずるい。
三分。
フィアは数えようとして――
数えられなかった。
抱きしめられていると、時間が溶ける。
レオンハルトの呼吸が落ち着いていく。
肩の力が抜けていく。
その変化が、嬉しい。
フィアはそっと、彼の背中に手を置いた。
撫でない。
置くだけ。
でもそれだけで、レオンハルトが小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
「……はいはい」
フィアの声は、もうやれやれ半分、優しさ半分だった。
◆
三分後。
フィアは立ち上がり、スカートの裾を整える。
「はい、終わりです」
「終わりか」
「終わりです」
レオンハルトは少しだけ名残惜しそうに見上げた。
その目が、ずるい。
フィアは視線を逸らし、扉へ向かう。
「……帰ります」
「送る」
「いりません」
「必要です」
「何が必要なんですか」
「君を屋敷まで運ぶ」
運ぶな。
フィアが振り返ると、レオンハルトは淡々と立ち上がり、
フィアの手を取った。
「行こう」
「……もう」
フィアは小さく笑ってしまった。
(負けてる)
完全に負けてる。
でも、その負け方が嫌じゃない。
廊下を歩く二人を、衛兵たちがどこか温かい目で見ていた。
誰も何も言わない。
察している。
フィアは小声で言う。
「……王宮の皆さん、優しすぎません?」
「私が命じた」
「命じた!?」
「余計なことは言うな、と」
公爵の権力、使い方が違う。
フィアは頭を抱えた。
「……やれやれ……」
「ありがとう」
「その言葉、万能すぎます」
「君が万能だから」
ずるい。
フィアはもう反論できなかった。
◆
その夜。
屋敷に戻って、やっと平穏――と思った瞬間。
レオンハルトがソファに座り、ネクタイを少し緩めた。
そして、何も言わずにこちらを見た。
無言。
でも顔が言っている。
“疲れた”
フィアは目を細めた。
「……今度は何ですか」
「申告」
「申告だけで終わります?」
「終わらない」
終わらない宣言。
フィアはため息をつきながら、レオンハルトの前に立った。
「……高度化、やめてください」
「やめない」
「どうして」
「君が来てくれるから」
フィアは顔を逸らした。
「……やれやれ」
「処置を」
フィアは諦めて、腕を広げた。
「……一回だけですよ」
「うん」
抱きしめられる。
そして、耳元で囁かれた。
「今日、来てくれて嬉しかった」
「……それ、契約にないです」
「契約じゃなくても言う」
「……もう」
フィアの声が、少しだけ笑っていた。
=======
(第7話予告)
次回――ついに来ます。
契約更新の話。
期限が近づき、フィアが平静を装う回。
レオンハルトは迷いなく言います。
「更新する」
そしてフィアの心が、静かに崩れます(甘)。
0
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
エリート医務官は女騎士を徹底的に甘やかしたい
鳥花風星
恋愛
女騎士であるニーナには、ガイアという専属魔術医務官がいる。エリートであり甘いルックスで令嬢たちからモテモテのガイアだが、なぜか浮いた話はなく、結婚もしていない。ニーナも結婚に興味がなく、ガイアは一緒いにいて気楽な存在だった。
とある日、ニーナはガイアから女避けのために契約結婚を持ちかけられる。ちょっと口うるさいただの専属魔術医務官だと思っていたのに、契約結婚を受け入れた途端にガイアの態度は日に日に甘くなっていく。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
辺境令嬢ですが契約結婚なのに、うっかり溺愛されちゃいました
星井ゆの花
恋愛
「契約結婚しませんか、僕と?」
「はいっ喜んで!」
天然ピンク髪の辺境令嬢マリッサ・アンジュールは、前世の記憶を持つ異世界転生者。ある日マリッサ同様、前世の記憶持ちのイケメン公爵ジュリアス・クラインから契約結婚を持ちかけられちゃいます。
契約に応じてお金をもらえる気楽な結婚と思いきや、公爵様はマリッサに本気で惚れているようで……気がついたら目一杯溺愛されてるんですけどぉ〜!
* この作品は小説家になろうさんにも投稿しています。
* 1話あたりの文字数は、1000文字から1800文字に調整済みです。
* 2020年4月30日、全13話で作品完結です。ありがとうございました!
『噂が先に婚約しましたが、私はまだ“練習相手”のつもりです(堅実護衛が半歩前から離れません)』
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全8話+後日談1話⭐︎
舞踏会が苦手な伯爵令嬢ルシアは、社交の“空気圧”に飲まれて流されがち。
――そして致命的に、エスコートされると弱い。
そんな彼女の“練習相手”に選ばれたのは、寡黙で堅実、おおらかな護衛隊出身の男ロアン。
半歩前を歩き、呼吸の乱れを見抜き、必要なときだけ手を差し出す彼の優しさは、甘い言葉ではなく「確認」と「対策」でできていた。
「怖くない速度にします」
「あなたが望めば、私はいます」
噂が先に婚約しても、社交界が勝手に翻訳しても――守られるのは、ルシアの意思。
なのに最後の一曲で、ルシアは言ってしまう。
「……ロアンさんと踊りたい」
堅実すぎる護衛の甘さに、流され注意。
噂より先に“帰る場所”ができてしまう、異世界ほの甘ラブコメです。
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~
ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。
それが十年続いた。
だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。
そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。
好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。
ツッコミどころ満載の5話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる