【霧の王太子は花の令嬢にほどける】冷徹王太子×天然令嬢:じれ甘×宮廷癒しファンタジー。

星乃和花

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小さな終章|またやろうの国

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 朝の霧は薄く、星灯(せいとう)は白い息をひとつ吐いてから、ゆっくり目を開けた。
 広場の掲示板には、昨日と同じ通達——温・分・星。紙の角に、小さな星の栞(しおり)が差してある。

「おはようございます。“温”をどうぞ」
 ミレイユは星灯守の胸飾りを光苔の角度に合わせ、湯気の立つミルク湯を紙杯へそっと分ける。
「“分”。お隣へ半分。……“星”は歩幅。一・二・三・ふわで並びましょう」

 子どもが真似をして、ふう、と息を出す。パン屋の老女も笑いながら列を揃える。
 靴音がそろえば、棚の苔が小さく点る。ほんの少しだけ、でも確かに。

 回廊から侍従長アーノが歩み寄り、咳をひとつ。
「本朝は穏やかです。——王太子殿下より伝言、『命令ではない。願いだ。生き延びろ』」

「受領しました。了解を二つ」
 ミレイユは胸の前で手を重ね、猫のルクに目配せする。ルクは“成功”の尾を一回描き、巡回へ消えた。

 そこへ、藍の影。
 シリウスが巡視の帰りに立ち寄る。礼装ではない簡素な外套、肩の線は軽く、目の奥はよく笑う朝の目だ。

「報告」
「市場、歩幅良好。窓は半分、湯は三杯分。——殿下のふわは、今日は余り気味です」

「なら半分こだ」
「十口八口二口……」
「猫にやるな」
「じゃあ、一口だけ」

 ふっと、苔が明るむ。
 彼は懐から小さな朱印を出し、ミレイユの手帳の“今日”に星をひとつ。ぱちり。
「——またやろう」
「はい。今日も、明日も」

 ふたりが礼法の距離で別れるとき、回廊の端で誰かがわざとらしく鼻を鳴らした。
 宰相代理ヴァルンである。
「朝礼の条件は満たされているな。騒がず、集めず、揃えている。……よろしい」

 彼は懐から小箱を出し、蜂蜜菓子をひとつ摘む。かじりかけて、ふと手を止め、半分だけ口へ。残りの半分を、通りがかった書記官の青年の皿に置くだけでのせた。
「砂糖は、時に薬だ。——言い過ぎるな、書記官」
「は、はい」
 青年は緊張の角を片方だけ落とし、紙束の字が少し丸くなる。

 王都は動き出す。
 洗濯部の竿が規則正しく並び、鍛冶の槌は三拍と余白で鳴る。
 星灯温室のガラスには、夜のうちに伸びた金継ぎの細い線が一本、朝陽でやわらかく光っていた。

 ミレイユは広場の端で深呼吸し、いつもの三行を心で確かめる。
〈一、重石は落とさない。持ち手を広く。
 二、呼吸は衣装。先に着る。
 三、目印はいつも——またやろう。〉

 遠くの鐘が一度だけ鳴る。
 靴音が合い、息が合い、苔が応える。
 国は歌わない。けれど、歩幅と余白で、今日を丸く運ぶ。

 ルクが戻ってきて、鈴をちり。
 ミレイユはその音に合わせて、小さく手を上げた。
「殿下——行ってらっしゃい」

 返事は、振り返らない背中の高さで、短く、真ん中に。
「うるさい。——だが、続けろ」

 朝の霧はほどけ、星灯は静かに呼吸する。
 見える星と、見えない星が重なって——
 ここはまたやろうの国。今日の頁にも、星がひとつ増えた。
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