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第9話 星市会議と、小さなすれ違い
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星市まで、あと十日。
星灯バザール王都支店では、朝礼のあと、そのまま「星市会議」が開かれていた。
バックヤードの大きなテーブルに、部門ごとの責任者が顔をそろえている。
青果、精肉、惣菜、日用品――そして、星見の広場担当として、ミラも末席に座っていた。
(会議、なんて)
前の職場では、こうした場に呼ばれたことなど一度もなかった。
決まったことを、あとから「やっておいて」と言われるだけ。
(ここでは、“決めるところ”からいていいんだ……)
それが嬉しくもあり、同時に肩にのしかかってくるようでもあった。
◇
「――以上が、各部門の星市に向けた案だ」
ひと通りの報告を聞き終えて、リオンがまとめに入る。
「青果は“星型果実の量り売り”、惣菜は“星型コロッケフェア”。
日用品は、星灯ランタンとのセット販売」
そう言ってから、ミラのほうに視線を向けた。
「そして、星見の広場周辺――“おつかれさま棚”だ」
一斉に視線が集まる。
ミラは、思わず背筋を伸ばした。
「試験運用の数字と、お客様の反応を見る限り、手応えは十分。
星市当日は、この棚を“正式な星市目玉”として扱う」
ざわ、と小さなどよめきが起こる。
「目玉、ですか?」
ミラは、思わず訊ねた。
「そうだ。“これを目当てに来る理由になる棚”ということだ」
リオンは、淡々と続ける。
「星市の広告にも、“星見の広場で見つかる『今日のおつかれさま』”という文言を入れる。
具体的なコピーは広報と調整中だがな」
「お、おつかれさまが、広告に……」
目の前が、少しくらくらする。
自分の書いたPOPと棚が、“星灯バザールの顔”のひとつになる――
その事実が、急に現実味を帯びて迫ってきた。
「ミラ」
「……はい」
「星市当日まで、“星見の広場周辺の棚”に関しては、基本的な決定権を君に渡す」
「――え?」
あまりに大きな言葉に、思わず聞き返してしまう。
「もちろん、予算と仕入れの枠はある。
価格や在庫に関わる部分は、俺とカイが見る」
リオンは淡々と補足する。
「だが、“どう並べるか”“どんな言葉を添えるか”“どんな空気にしたいか”。
それは、君が決めろ」
「わ、わたしが……」
「そうだ。棚精に棚を任せて、何が悪い」
さらりと言われて、ミラは言葉を失った。
前の店では、「余計なことしないで」の一言で終わった世界。
ここでは、「決めろ」と言われている。
(……頑張らなきゃ)
胸の奥で、いつもの合図のように、その言葉が膨らんだ。
「質問は?」
リオンが周囲を見渡す。
「特にないようなら、解散だ。各自、星市に向けて準備を進めろ」
「はーい!」
賑やかな返事が飛び交い、会議は解散となった。
ミラは立ち上がりかけて――ふと、手帳を握る手が震えていることに気づいた。
(大丈夫、大丈夫。ちゃんとやれば――)
自分に言い聞かせながら、星見の広場へ向かう。
◇
その日から、ミラの時間はますます慌ただしくなった。
星市に向けて、棚の構成を練り直す。
POPの文言を増やす。
「星市限定」のメッセージ付きお菓子の案も考える。
日中は店に立ち、客の反応をメモする。
閉店後、宿舎に戻ってからも、机に向かって文字を書いた。
(“誰かと一緒”の棚には、星市の日だけの言葉も欲しいし……
“わたしに渡す”ほうにも、もう少し選択肢を増やしたい)
考えれば考えるほど、やりたいことは増えていく。
「無理して、全部抜かなくていいですよ」
マリアンヌの言葉が、ふと頭をよぎる。
棘を、無理に忘れる必要はない。
棚の言葉に変えられるなら、それは力になる。
(だったら、ちゃんと使えるようにしなきゃ)
棘ごと、きちんと使いこなしたくて。
気づけば、手書きのPOPは机の上に山になっていた。
◇
三日ほど経った頃だった。
いつものように星見の広場の様子を見ていると、
ひとりの女性客が、右側の棚の前で立ち止まった。
年の頃は、ミラの母より少し若いくらい。
仕事帰りなのか、肩からかけた鞄が少し重そうに見える。
女性はPOPの文字を読み、
一瞬だけ視線を落とした。
『今日のわたしに、おつかれさま。
ちゃんと頑張ったあなたへ。』
――次の瞬間、ふっと小さく笑って首を振る。
「……わたしには、似合わないわね」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと零した。
そして、そのまま何も手に取らず、棚から離れていった。
ミラは、胸の奥がずき、と痛むのを感じた。
(似合わない……)
言葉そのものは、棘のあるものではない。
むしろ、どこか自嘲気味で、自分を遠ざけるような響きだった。
それでも、POPを書いた自分には、
「この言葉は、届かなかった」という事実として突き刺さる。
(わたし――失敗、したのかな)
あの人の今日には、
この“おつかれさま”は重すぎたのかもしれない。
(もっと、軽い言葉にしておいたほうがよかった?
“がんばったね”って言い切るのは、押し付けだった?)
考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。
でも、一度浮かんだ不安は、なかなか消えてくれなかった。
◇
その日の閉店後。
バックヤードで、簡単な数字の確認が行われた。
「星見の広場、“おつかれさま棚”の動きは?」
「悪くありません」
カイが、落ち着いた声で報告する。
「左側の“いっしょに”は、星市の告知が出始めてから、少しずつ動きが良くなっています。
右側の“わたしへ”も、数は少ないですが、じわじわと伸びています」
数字を聞く限り、決して悪くない。
それなのに、ミラの胸の中のざわめきはおさまらなかった。
「……でも」
気づいたら、口が勝手に動いていた。
「今日、“似合わない”って言われました」
リオンとカイが、同時にこちらを見る。
「“今日のわたしに、おつかれさま”って、
“わたしには似合わない”って」
言いながら、自分でも情けなくなってくる。
「きっと、押しつけがましいPOPだったんだと思います。
“ちゃんと頑張った”なんて、勝手に決めつけるの、嫌だったのかも」
前の店で言われた言葉と、今日の言葉が頭の中で混ざり合う。
――余計なことしないで。
――そんな言葉、誰も読まない。
(また、同じことになってるのかも)
胃のあたりがきゅっと固くなる。
「……変えたほうがいいでしょうか」
POPを。
棚の構成を。
自分の考え方を。
「数字としては、悪くない」
リオンが、まず事実だけを口にした。
「“似合わない”と言った客は、一人だ」
「はい……」
「だから、変えなくていい」
その言葉に、ミラの胸がちくりとした。
(変えなくていい――)
それは、
「そこまで気にしなくていい」という意味なのか。
それとも、
「その程度の意見のために、手間をかけるな」という意味なのか。
自分の中の棘が、勝手に悪いほうへ引きずっていく。
「……期待に、届いてないのかなって」
ぽつりと、こぼれてしまった。
「数字が悪くないなら、“このままでいい”っていうのは、
それ以上は、あんまり期待されてないっていうか……」
言ってから、自分でも言葉の選び方を誤った気がした。
リオンは、しばし沈黙した。
静かな沈黙。
責めるわけでも、即座に否定するわけでもない。
やがて、低い声が落ちた。
「――違うな」
「え?」
「“変えなくていい”は、“期待していない”とは別の話だ」
リオンは、真っ直ぐにミラを見る。
「君は、すぐ、“全部”を自分の成績に直結させる」
その指摘に、ドキリとする。
「一人の客の言葉で、棚全体を否定する。
数字がよければ、『もっとやらなきゃ』。
少しでも引っかかる声があれば、『全部やり直さなきゃ』」
「…………」
図星すぎて、反論できなかった。
「俺が言った“変えなくていい”は、
『今の棚は、ちゃんと働いているから、慌てて壊す必要はない』という意味だ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「“似合わない”と感じた客が、そこに立ち止まってくれたこと。
それ自体、棚が仕事をしている証拠だ」
「……仕事、ですか?」
「そうだ」
リオンは、星見の広場の方向を指さす。
「“似合わない”と感じる場所が、この店の中に一つだけある。
それは、その人にとって、“自分のことを考えさせられる場所”でもある」
ミラは、言葉の意味を咀嚼するように、目を瞬いた。
「もし店中どこを見ても、“自分には縁がない”“自分には似合わない”で終わるなら、
その客は、何も持たずに帰るかもしれない」
「……はい」
「だが、“似合わない”とわざわざ口にしたということは、
どこかで“本当は似合ったらいいのに”と思っている可能性もある」
“本当は”――
ミラの胸の奥で、その言葉が響く。
「俺は、“似合わない”と言える場所も、店に必要だと思う」
リオンは、静かに続ける。
「ただ甘やかす棚だけじゃない。
“まだ、自分に言えない言葉”を見つけてしまう棚も」
その言い方が、とてもリオンらしくて、
ミラは胸の奥が少し温かくなった。
「……でも、その人は何も買わずに行ってしまいました」
「今日の“このタイミング”ではな」
リオンは、少しだけ口元を緩める。
「星市の日や、その前後。
また、来るかもしれない」
「……また、来てくれますかね」
「来る可能性を、棚に残しておけばいい」
リオンの声は、相変わらず淡々としているのに、
その内容はどこか、優しい余白を含んでいた。
「だから、“全部を変えなくていい”。
変えるとしたら――」
「変えるとしたら?」
「君自身の、“受け取り方”だ」
ミラは、息を呑んだ。
「“似合わない”を、『自分の失敗』としてだけ受け取るのではなく。
『いつか、その人が自分に似合うと思える日の種』として、棚のどこかに置いておく」
「種……」
「そのために、棚のどこかに、“ちょっとだけ軽い言葉”も混ぜておくとか」
リオンは、ポケットから小さなメモを取り出した。
「さっきカイが言っていた案だ」
そこには、こんな言葉が書かれていた。
『今日も、生き延びたあなたへ。
それだけでも、じゅうぶんです』
ミラは、思わず目を丸くした。
「これ……カイさんが?」
「“自分には“ちゃんと頑張った”なんて言えない客もいるだろう”と、な」
リオンは、肩をすくめる。
「俺も、“ちゃんと”と言い切られると、少しむず痒い」
意外な一言だった。
「だから、“ちゃんと”に届かない日用の棚があってもいい」
ミラは、胸がふっと軽くなるのを感じた。
(……わたし一人で、全部の“おつかれさま”を作らなくていいんだ)
カイの視点。
リオンのむず痒さ。
兄弟たちの言葉。
いろんな「目」が集まって、星見の広場の棚が形になっていく。
「ミラ」
「はい」
「君の棚は、もう十分“期待以上”に働いている」
その一言が、じんと胸に染み込んだ。
「だから、慌てて壊す必要はない。
少しずつ、“余白”に足していけばいい」
「……余白」
ミラは、自然と微笑んでいた。
「余白を残していいんですね」
「むしろ、残せ」
リオンは、きっぱり言う。
「店も、人も、だ」
その「人」という言葉の中に、自分も含まれているのがわかって、
心の中がそっと温かくなった。
「……わかりました」
ミラは、深く息を吸って、ゆっくり吐き出した。
「全部を変えたり、全部を抱え込んだりしないで。
余白に、少しずつ、足していきます」
「それでいい」
リオンは、満足げに頷いた。
◇
事務作業が一段落したあと、
リオンがふいに口を開いた。
「星市当日のシフトの件だが」
「はい」
「君には、ある時間帯だけ、“客として”星見の広場にいてもらう」
「……え?」
またしても予想外の言葉が飛び出して、ミラは目を瞬いた。
「棚の前で、商品をすすめるのではなく。
ベンチに座って、“星見の広場にいる人たちの顔”を見ていてほしい」
「顔を……?」
「君が作った棚を前に、どんな表情をするか。
何を手に取って、何を戻すか。
何も買わない人が、どんな顔で立ち去るか」
リオンの瞳が、静かに光る。
「棚精としての仕事は、“並べる”だけじゃない。
“見届ける”ことも含まれる」
ミラは、自分の胸に手を当てた。
(見届ける……)
今日出会った、「似合わない」と言った女性の顔。
それもきっと、「見届けるべき一人」なのだろう。
「でも、そんな……シフトなのに、座ってていいんですか?」
思わず、いつもの感覚で口にしてしまう。
「仕事だ」
リオンは即答した。
「むしろ、“座って観察しろ”と命じるのは、俺にとってもかなり図々しい注文だ」
少しだけ口元を緩める。
「だが、星市の日くらい、図々しくてもいいだろう」
ミラは、くすりと笑ってしまった。
「……はい。
じゃあ、“図々しく”ベンチに座って、“わたしの棚”を見てます」
「そうしろ」
そのやりとりが、さっきまで胸に絡みついていた不安を、
少しずつほどいていく。
◇
宿舎への帰り道。
夜空には、星が一つ、また一つと瞬いていた。
(“似合わない”って、言ってしまう日もある)
今日の女性の横顔を思い出す。
(でも、いつか、
“ちょっとだけ似合うかもしれない”って思える日が来ますように)
それは、願いというより、
棚精としての、ささやかな祈りだった。
「……今日も、生き延びたあなたへ」
カイの考えた言葉を、そっと自分に向けてみる。
「それだけでも、じゅうぶんです」
声に出してみると、胸の奥が、少しだけほどけた。
星灯バザールの屋根の魔灯が、
また一つ、ちいさく瞬いた気がした。
星灯バザール王都支店では、朝礼のあと、そのまま「星市会議」が開かれていた。
バックヤードの大きなテーブルに、部門ごとの責任者が顔をそろえている。
青果、精肉、惣菜、日用品――そして、星見の広場担当として、ミラも末席に座っていた。
(会議、なんて)
前の職場では、こうした場に呼ばれたことなど一度もなかった。
決まったことを、あとから「やっておいて」と言われるだけ。
(ここでは、“決めるところ”からいていいんだ……)
それが嬉しくもあり、同時に肩にのしかかってくるようでもあった。
◇
「――以上が、各部門の星市に向けた案だ」
ひと通りの報告を聞き終えて、リオンがまとめに入る。
「青果は“星型果実の量り売り”、惣菜は“星型コロッケフェア”。
日用品は、星灯ランタンとのセット販売」
そう言ってから、ミラのほうに視線を向けた。
「そして、星見の広場周辺――“おつかれさま棚”だ」
一斉に視線が集まる。
ミラは、思わず背筋を伸ばした。
「試験運用の数字と、お客様の反応を見る限り、手応えは十分。
星市当日は、この棚を“正式な星市目玉”として扱う」
ざわ、と小さなどよめきが起こる。
「目玉、ですか?」
ミラは、思わず訊ねた。
「そうだ。“これを目当てに来る理由になる棚”ということだ」
リオンは、淡々と続ける。
「星市の広告にも、“星見の広場で見つかる『今日のおつかれさま』”という文言を入れる。
具体的なコピーは広報と調整中だがな」
「お、おつかれさまが、広告に……」
目の前が、少しくらくらする。
自分の書いたPOPと棚が、“星灯バザールの顔”のひとつになる――
その事実が、急に現実味を帯びて迫ってきた。
「ミラ」
「……はい」
「星市当日まで、“星見の広場周辺の棚”に関しては、基本的な決定権を君に渡す」
「――え?」
あまりに大きな言葉に、思わず聞き返してしまう。
「もちろん、予算と仕入れの枠はある。
価格や在庫に関わる部分は、俺とカイが見る」
リオンは淡々と補足する。
「だが、“どう並べるか”“どんな言葉を添えるか”“どんな空気にしたいか”。
それは、君が決めろ」
「わ、わたしが……」
「そうだ。棚精に棚を任せて、何が悪い」
さらりと言われて、ミラは言葉を失った。
前の店では、「余計なことしないで」の一言で終わった世界。
ここでは、「決めろ」と言われている。
(……頑張らなきゃ)
胸の奥で、いつもの合図のように、その言葉が膨らんだ。
「質問は?」
リオンが周囲を見渡す。
「特にないようなら、解散だ。各自、星市に向けて準備を進めろ」
「はーい!」
賑やかな返事が飛び交い、会議は解散となった。
ミラは立ち上がりかけて――ふと、手帳を握る手が震えていることに気づいた。
(大丈夫、大丈夫。ちゃんとやれば――)
自分に言い聞かせながら、星見の広場へ向かう。
◇
その日から、ミラの時間はますます慌ただしくなった。
星市に向けて、棚の構成を練り直す。
POPの文言を増やす。
「星市限定」のメッセージ付きお菓子の案も考える。
日中は店に立ち、客の反応をメモする。
閉店後、宿舎に戻ってからも、机に向かって文字を書いた。
(“誰かと一緒”の棚には、星市の日だけの言葉も欲しいし……
“わたしに渡す”ほうにも、もう少し選択肢を増やしたい)
考えれば考えるほど、やりたいことは増えていく。
「無理して、全部抜かなくていいですよ」
マリアンヌの言葉が、ふと頭をよぎる。
棘を、無理に忘れる必要はない。
棚の言葉に変えられるなら、それは力になる。
(だったら、ちゃんと使えるようにしなきゃ)
棘ごと、きちんと使いこなしたくて。
気づけば、手書きのPOPは机の上に山になっていた。
◇
三日ほど経った頃だった。
いつものように星見の広場の様子を見ていると、
ひとりの女性客が、右側の棚の前で立ち止まった。
年の頃は、ミラの母より少し若いくらい。
仕事帰りなのか、肩からかけた鞄が少し重そうに見える。
女性はPOPの文字を読み、
一瞬だけ視線を落とした。
『今日のわたしに、おつかれさま。
ちゃんと頑張ったあなたへ。』
――次の瞬間、ふっと小さく笑って首を振る。
「……わたしには、似合わないわね」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと零した。
そして、そのまま何も手に取らず、棚から離れていった。
ミラは、胸の奥がずき、と痛むのを感じた。
(似合わない……)
言葉そのものは、棘のあるものではない。
むしろ、どこか自嘲気味で、自分を遠ざけるような響きだった。
それでも、POPを書いた自分には、
「この言葉は、届かなかった」という事実として突き刺さる。
(わたし――失敗、したのかな)
あの人の今日には、
この“おつかれさま”は重すぎたのかもしれない。
(もっと、軽い言葉にしておいたほうがよかった?
“がんばったね”って言い切るのは、押し付けだった?)
考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。
でも、一度浮かんだ不安は、なかなか消えてくれなかった。
◇
その日の閉店後。
バックヤードで、簡単な数字の確認が行われた。
「星見の広場、“おつかれさま棚”の動きは?」
「悪くありません」
カイが、落ち着いた声で報告する。
「左側の“いっしょに”は、星市の告知が出始めてから、少しずつ動きが良くなっています。
右側の“わたしへ”も、数は少ないですが、じわじわと伸びています」
数字を聞く限り、決して悪くない。
それなのに、ミラの胸の中のざわめきはおさまらなかった。
「……でも」
気づいたら、口が勝手に動いていた。
「今日、“似合わない”って言われました」
リオンとカイが、同時にこちらを見る。
「“今日のわたしに、おつかれさま”って、
“わたしには似合わない”って」
言いながら、自分でも情けなくなってくる。
「きっと、押しつけがましいPOPだったんだと思います。
“ちゃんと頑張った”なんて、勝手に決めつけるの、嫌だったのかも」
前の店で言われた言葉と、今日の言葉が頭の中で混ざり合う。
――余計なことしないで。
――そんな言葉、誰も読まない。
(また、同じことになってるのかも)
胃のあたりがきゅっと固くなる。
「……変えたほうがいいでしょうか」
POPを。
棚の構成を。
自分の考え方を。
「数字としては、悪くない」
リオンが、まず事実だけを口にした。
「“似合わない”と言った客は、一人だ」
「はい……」
「だから、変えなくていい」
その言葉に、ミラの胸がちくりとした。
(変えなくていい――)
それは、
「そこまで気にしなくていい」という意味なのか。
それとも、
「その程度の意見のために、手間をかけるな」という意味なのか。
自分の中の棘が、勝手に悪いほうへ引きずっていく。
「……期待に、届いてないのかなって」
ぽつりと、こぼれてしまった。
「数字が悪くないなら、“このままでいい”っていうのは、
それ以上は、あんまり期待されてないっていうか……」
言ってから、自分でも言葉の選び方を誤った気がした。
リオンは、しばし沈黙した。
静かな沈黙。
責めるわけでも、即座に否定するわけでもない。
やがて、低い声が落ちた。
「――違うな」
「え?」
「“変えなくていい”は、“期待していない”とは別の話だ」
リオンは、真っ直ぐにミラを見る。
「君は、すぐ、“全部”を自分の成績に直結させる」
その指摘に、ドキリとする。
「一人の客の言葉で、棚全体を否定する。
数字がよければ、『もっとやらなきゃ』。
少しでも引っかかる声があれば、『全部やり直さなきゃ』」
「…………」
図星すぎて、反論できなかった。
「俺が言った“変えなくていい”は、
『今の棚は、ちゃんと働いているから、慌てて壊す必要はない』という意味だ」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「“似合わない”と感じた客が、そこに立ち止まってくれたこと。
それ自体、棚が仕事をしている証拠だ」
「……仕事、ですか?」
「そうだ」
リオンは、星見の広場の方向を指さす。
「“似合わない”と感じる場所が、この店の中に一つだけある。
それは、その人にとって、“自分のことを考えさせられる場所”でもある」
ミラは、言葉の意味を咀嚼するように、目を瞬いた。
「もし店中どこを見ても、“自分には縁がない”“自分には似合わない”で終わるなら、
その客は、何も持たずに帰るかもしれない」
「……はい」
「だが、“似合わない”とわざわざ口にしたということは、
どこかで“本当は似合ったらいいのに”と思っている可能性もある」
“本当は”――
ミラの胸の奥で、その言葉が響く。
「俺は、“似合わない”と言える場所も、店に必要だと思う」
リオンは、静かに続ける。
「ただ甘やかす棚だけじゃない。
“まだ、自分に言えない言葉”を見つけてしまう棚も」
その言い方が、とてもリオンらしくて、
ミラは胸の奥が少し温かくなった。
「……でも、その人は何も買わずに行ってしまいました」
「今日の“このタイミング”ではな」
リオンは、少しだけ口元を緩める。
「星市の日や、その前後。
また、来るかもしれない」
「……また、来てくれますかね」
「来る可能性を、棚に残しておけばいい」
リオンの声は、相変わらず淡々としているのに、
その内容はどこか、優しい余白を含んでいた。
「だから、“全部を変えなくていい”。
変えるとしたら――」
「変えるとしたら?」
「君自身の、“受け取り方”だ」
ミラは、息を呑んだ。
「“似合わない”を、『自分の失敗』としてだけ受け取るのではなく。
『いつか、その人が自分に似合うと思える日の種』として、棚のどこかに置いておく」
「種……」
「そのために、棚のどこかに、“ちょっとだけ軽い言葉”も混ぜておくとか」
リオンは、ポケットから小さなメモを取り出した。
「さっきカイが言っていた案だ」
そこには、こんな言葉が書かれていた。
『今日も、生き延びたあなたへ。
それだけでも、じゅうぶんです』
ミラは、思わず目を丸くした。
「これ……カイさんが?」
「“自分には“ちゃんと頑張った”なんて言えない客もいるだろう”と、な」
リオンは、肩をすくめる。
「俺も、“ちゃんと”と言い切られると、少しむず痒い」
意外な一言だった。
「だから、“ちゃんと”に届かない日用の棚があってもいい」
ミラは、胸がふっと軽くなるのを感じた。
(……わたし一人で、全部の“おつかれさま”を作らなくていいんだ)
カイの視点。
リオンのむず痒さ。
兄弟たちの言葉。
いろんな「目」が集まって、星見の広場の棚が形になっていく。
「ミラ」
「はい」
「君の棚は、もう十分“期待以上”に働いている」
その一言が、じんと胸に染み込んだ。
「だから、慌てて壊す必要はない。
少しずつ、“余白”に足していけばいい」
「……余白」
ミラは、自然と微笑んでいた。
「余白を残していいんですね」
「むしろ、残せ」
リオンは、きっぱり言う。
「店も、人も、だ」
その「人」という言葉の中に、自分も含まれているのがわかって、
心の中がそっと温かくなった。
「……わかりました」
ミラは、深く息を吸って、ゆっくり吐き出した。
「全部を変えたり、全部を抱え込んだりしないで。
余白に、少しずつ、足していきます」
「それでいい」
リオンは、満足げに頷いた。
◇
事務作業が一段落したあと、
リオンがふいに口を開いた。
「星市当日のシフトの件だが」
「はい」
「君には、ある時間帯だけ、“客として”星見の広場にいてもらう」
「……え?」
またしても予想外の言葉が飛び出して、ミラは目を瞬いた。
「棚の前で、商品をすすめるのではなく。
ベンチに座って、“星見の広場にいる人たちの顔”を見ていてほしい」
「顔を……?」
「君が作った棚を前に、どんな表情をするか。
何を手に取って、何を戻すか。
何も買わない人が、どんな顔で立ち去るか」
リオンの瞳が、静かに光る。
「棚精としての仕事は、“並べる”だけじゃない。
“見届ける”ことも含まれる」
ミラは、自分の胸に手を当てた。
(見届ける……)
今日出会った、「似合わない」と言った女性の顔。
それもきっと、「見届けるべき一人」なのだろう。
「でも、そんな……シフトなのに、座ってていいんですか?」
思わず、いつもの感覚で口にしてしまう。
「仕事だ」
リオンは即答した。
「むしろ、“座って観察しろ”と命じるのは、俺にとってもかなり図々しい注文だ」
少しだけ口元を緩める。
「だが、星市の日くらい、図々しくてもいいだろう」
ミラは、くすりと笑ってしまった。
「……はい。
じゃあ、“図々しく”ベンチに座って、“わたしの棚”を見てます」
「そうしろ」
そのやりとりが、さっきまで胸に絡みついていた不安を、
少しずつほどいていく。
◇
宿舎への帰り道。
夜空には、星が一つ、また一つと瞬いていた。
(“似合わない”って、言ってしまう日もある)
今日の女性の横顔を思い出す。
(でも、いつか、
“ちょっとだけ似合うかもしれない”って思える日が来ますように)
それは、願いというより、
棚精としての、ささやかな祈りだった。
「……今日も、生き延びたあなたへ」
カイの考えた言葉を、そっと自分に向けてみる。
「それだけでも、じゅうぶんです」
声に出してみると、胸の奥が、少しだけほどけた。
星灯バザールの屋根の魔灯が、
また一つ、ちいさく瞬いた気がした。
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※全11話 2万字程度の話です。
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