15 / 20
第11話 星市前夜と、図々しい願いごと
しおりを挟む
星市まで、あと一日。
星灯バザール王都支店は、朝からいつも以上の熱気に包まれていた。
入口には「星市前夜祭」の布がかけられ、
天井の魔灯は、いつもより少しだけ明るく瞬いている。
「青果、星型果実の追加搬入入りましたー!」
「惣菜、“星型コロッケ”の下ごしらえ、もう一ライン増やします!」
あちこちから声が飛び交い、
バックヤードの通路には、星印のついた箱が山のように積まれていた。
(いよいよ、なんだ)
ミラは、胸の奥をぎゅっとつかまれるような感覚を覚えながら、
星見の広場へ急いだ。
今日から、「おつかれさま棚」も完全な星市仕様になる。
新しく届いた「流れ星マドレーヌ」の箱。
星砂を模した飴の小袋。
「星灯限定」と書かれたリボン。
その一つひとつを、丁寧に棚へと置いていく。
『星市前夜の、おつかれさま。
明日も笑えますように』
前夜用のPOPを立てた瞬間――
胸の中に、ふっと、小さな灯りがともる気がした。
◇
午前中。
開店準備を終えたあと、
リオンは一人、店長室の机に向かっていた。
机の上には、王都支店の売上推移と、
他支店の星市実績の資料が広げられている。
(星市当日の目標は――)
数字を追う視線は、冷静そのものだった。
父親から任された一店舗。
兄弟たちと競う場。
次期頭首への道筋。
どれも、リオンにとっては、ずっと変わらない「ゴール」の形だ。
(勝つ。数字で)
その決意だけは、何度見直してもぶれない。
けれど――
指先が、ふと、机の端に置かれた小さな紙片に触れた。
星見の広場で余った端紙に、ミラがメモ代わりに書いたものだ。
『今日も、生き延びたあなたへ。
それだけでも、じゅうぶんです』
読み慣れたはずの文字が、
今日に限って、妙に重たく胸に残る。
(……“勝つ”ことと、“灯す”ことは、別だ)
ノエルが言った「顔が見える棚」。
マリアンヌが気に入った、「守る側じゃない言葉」。
ユリウスやフェリオが、それぞれの視点から認めてくれた星見の広場。
星市で勝ちたい気持ちは揺らがない。
ただ、その「勝ち方」を、以前のように“数字だけ”で測れなくなっている自分がいた。
(……やっかいな棚精を拾ったものだ)
ひとりごちて、苦笑がこぼれる。
扉をノックする音がしたのは、そのときだった。
「リオン店長、いいですか?」
カイの声。
「入れ」
扉が開き、カイが資料を抱えて入ってくる。
「星市当日の導線案、ひと通りまとめました。
それと――“あの件”の確認も」
「あの件、か」
リオンは椅子の背にもたれた。
「“棚精をベンチに座らせておく計画”なら、変更はない」
「正式名称、決めちゃってもいいかもしれませんね、それ」
カイは笑いながら、星見の広場の簡易図を机に広げた。
「星市のピークタイム、二刻(四時間)だけ、
ミラさんには“客として”星見の広場にいてもらいます」
「うむ」
「その時間帯は、代わりに僕と臨時スタッフで広場周辺をフォローします。
ミラさんはPOPを書かない。商品を並べない。
ただ、“どんな顔が並んでいるか”を見ていてもらう」
リオンは、図面の上の小さな丸印を見つめた。
それは、ベンチの位置を示している。
「本人は、まだ半信半疑のようですが」
「だろうな」
リオンは、うっすらと笑う。
「あいつは、“座っているだけ”という状態を、仕事と認識しづらいタイプだ」
「ですね。
でも、そこをあえて“仕事として命じる”のが、店長の役目です」
カイは、資料を揃えながら言った。
「……そういえば、親御さんから連絡が」
「父からか?」
「はい。“星市の前夜、少し話がしたい”と。
他店舗の結果次第で、来店時間が前後するそうですが」
リオンは一瞬だけ目を細めた。
父。星灯一族の現頭首。
この総合商店系列を築いた本人。
(いつか、肩を並べたいと思っていた人間だ)
尊敬と、憧れと、
ほんの少しの、届かない焦り。
「わかった。星市前夜に、店内で話そう」
「はい。ミラさんには、どうします?」
「知らせる必要はない」
即答だった。
「余計な緊張を増やす」
「……そうですね」
カイは、それ以上何も言わなかった。
(父に、とやかく言われる筋合いはない)
リオンは、資料を閉じた。
(この店の棚は、この店で決める)
それだけは、ゆずるつもりはなかった。
◇
日中の客足は、前日よりも明らかに増えていた。
星市のチラシを手にやってくる人。
「明日は混みそうだから、今日のうちに」と下見にくる人。
星見の広場にも、ひっきりなしに人が流れ込んでくる。
「ねえ、明日も来ようよ」
「おつかれさまのお菓子、どれにする?」
“誰かといっしょ”の棚の前では、
子どもたちが星型クッキーを指差してはしゃいでいる。
“わたしへ”の棚では、
ひとりで来た客が、POPを読んで小さく笑ったり、目を伏せたりしていた。
(……星市の前から、こんなに)
ミラは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
「ミラさん、この辺り、星市当日は“試食”も出しましょうか?」
惣菜担当が提案してくれる。
「いいですね。
“おつかれさまの味見”みたいな感じで」
そんなやりとりを繰り返しているうちに、
あっという間に夕方を迎えていた。
◇
閉店後。
店内の灯りが少し落とされ、
星見の広場だけが、穏やかな光で浮かび上がっている。
棚の最終確認を終えたミラは、
一度バックヤードに戻ろうとして――ふと、星見の広場にある“レジ前”に、見慣れない紙が置かれているのに気づいた。
「……?」
近づいて手に取ると、
それは、小さな一枚のカードだった。
端には、星灯バザールの紋章。
真ん中には、整った文字でこう書かれている。
『星市前夜、店長と頭首との会談あり。
王都支店の代表スタッフ一名、同席可』
「代表スタッフ……?」
カードの下部には、
ごく小さな字で「星見の広場担当・棚精」と追記されていた。
「……棚精?」
まるで、誰かがいたずら書きしたような肩書き。
けれど、その文字の癖は、見慣れたものだった。
「カイさん……」
ミラは、思わず名前を呟く。
そこへ、ちょうど通りがかったカイが、ばつが悪そうに笑った。
「あ、見つけました?」
「これ……」
「頭首様から“誰か連れてきても構わない”と言われて。
“誰がいいですか?”って店長に聞いたら、“星見の広場の棚精”って返ってきたので」
カイは、肩をすくめる。
「正式な招待状、作っておきました」
「しょ、招待状って……!」
ミラは、カードを抱えたまま固まった。
「わたしなんて、とても……」
「出ました、“とても”」
カイは苦笑する。
「店長も言うと思いますけど、これは“仕事”ですよ。
星見の広場と“おつかれさま棚”が、星市でどんな役割を果たすのか。
その説明役として、あなた以上に適任はいません」
そう言われてしまうと、反論の余地はない。
(頭首、ってことは――リオン店長のお父さん)
一族の長。
この店を任せた人。
(そんな人の前で、ちゃんと話せるのかな……)
不安でお腹がきゅっとなる。
「無理だったら、途中で水を取りに行くふりをして、
僕を呼んでください」
カイは、いたずらっぽく片目をつぶった。
「ちゃんと途中からでも入れるように、
“言い訳の台詞”を三つくらい用意しておきますので」
「……ずるいです、そういうの」
ミラは、思わず笑ってしまう。
ほんの少しだけ、肩から力が抜けた。
◇
星市前夜の会談は、
閉店後の星見の広場で行われることになった。
客のいない広場は、
昼とはまったく違う表情を見せている。
静かなベンチ。
魔法の星空の下で、
「おつかれさま棚」だけが、ぽつんと優しく灯っていた。
ミラは制服を整え、
約束の刻の少し前に広場へ向かった。
すでにリオンが、棚の前に立っている。
「来たか」
「お、お邪魔じゃないですか? 本当に同席しても……」
「招待したのは俺だ」
リオンは、短く言い切る。
「嫌なら、父に直接断れ」
「……無理です」
即答するミラに、リオンの口元が、わずかに緩む。
「なら、座れ」
リオンは、ベンチの一角を顎で示した。
「今日のところは、まだ“仕事として座る”練習だと思えばいい」
「……はい」
ミラは、少し深呼吸をしてから、
ベンチに腰を下ろした。
数刻も経たないうちに、
星見の広場の入口から、足音が近づいてきた。
「久しいな、リオン」
低く、よく通る声。
振り向くと、そこには、
落ち着いた紺の上着に身を包んだ壮年の男性が立っていた。
髪には、ところどころ白いものが混じっているが、
背筋はまっすぐで、瞳は鋭く澄んでいる。
「……父上」
リオンが立ち上がり、一礼をする。
「星灯一族頭首、オルフェ・アストレアだ」
男――オルフェは、ミラのほうに視線を向けた。
「君が、星見の広場の“棚精”か」
「た、棚精はあだ名で、その……
星見の広場担当のミラと申します」
あわてて立ち上がり、深く頭を下げる。
「ミラ。名乗りはそれでいい」
オルフェの声は、思っていたよりもずっと柔らかかった。
「星市前夜に、店の空気を感じさせてもらおうと来た。
勝ち負けの話は、明日以降、いくらでもできる」
“勝ち負け”という言葉に、
リオンの肩がわずかに強張るのが見えた。
(やっぱり、この人にとっても、“数字”が大事なんだ)
ミラは、そっと息を呑む。
◇
「……悪くない」
オルフェは、一歩、星見の広場に踏み出し、
天井の魔法の星空を見上げた。
「星見の広場。
これは、誰の案だ?」
「俺と、カイです」
リオンが答える。
「星市に向けて、“店に星空を持ち込む”仕掛けが欲しかった」
「そうか」
オルフェは、しばらく星空を眺めたあと、
ゆっくりと視線を落とした。
「そして――この棚だな」
“おつかれさま棚”の前に立つ。
POPに目を通し、
並べられた商品をひとつひとつ見ていく。
『今日もいちにち、おつかれさま。
いっしょに食べると、もっとおいしい』
『今日のわたしに、おつかれさま。
ちゃんと頑張ったあなたへ。』
『今日も、生き延びたあなたへ。
それだけでも、じゅうぶんです』
読み終えたとき、
オルフェは、ふっと短く息を吐いた。
「……珍しいな」
低い声で呟く。
「星灯の店の棚で、“数字”の匂いが薄い」
ミラの心臓が、跳ねた。
(薄い、って……)
思わず、胸がきゅっとなる。
しかし、次の言葉は、その予想とは少し違っていた。
「悪い意味ではない」
オルフェは、ゆっくり首を振る。
星灯バザール王都支店は、朝からいつも以上の熱気に包まれていた。
入口には「星市前夜祭」の布がかけられ、
天井の魔灯は、いつもより少しだけ明るく瞬いている。
「青果、星型果実の追加搬入入りましたー!」
「惣菜、“星型コロッケ”の下ごしらえ、もう一ライン増やします!」
あちこちから声が飛び交い、
バックヤードの通路には、星印のついた箱が山のように積まれていた。
(いよいよ、なんだ)
ミラは、胸の奥をぎゅっとつかまれるような感覚を覚えながら、
星見の広場へ急いだ。
今日から、「おつかれさま棚」も完全な星市仕様になる。
新しく届いた「流れ星マドレーヌ」の箱。
星砂を模した飴の小袋。
「星灯限定」と書かれたリボン。
その一つひとつを、丁寧に棚へと置いていく。
『星市前夜の、おつかれさま。
明日も笑えますように』
前夜用のPOPを立てた瞬間――
胸の中に、ふっと、小さな灯りがともる気がした。
◇
午前中。
開店準備を終えたあと、
リオンは一人、店長室の机に向かっていた。
机の上には、王都支店の売上推移と、
他支店の星市実績の資料が広げられている。
(星市当日の目標は――)
数字を追う視線は、冷静そのものだった。
父親から任された一店舗。
兄弟たちと競う場。
次期頭首への道筋。
どれも、リオンにとっては、ずっと変わらない「ゴール」の形だ。
(勝つ。数字で)
その決意だけは、何度見直してもぶれない。
けれど――
指先が、ふと、机の端に置かれた小さな紙片に触れた。
星見の広場で余った端紙に、ミラがメモ代わりに書いたものだ。
『今日も、生き延びたあなたへ。
それだけでも、じゅうぶんです』
読み慣れたはずの文字が、
今日に限って、妙に重たく胸に残る。
(……“勝つ”ことと、“灯す”ことは、別だ)
ノエルが言った「顔が見える棚」。
マリアンヌが気に入った、「守る側じゃない言葉」。
ユリウスやフェリオが、それぞれの視点から認めてくれた星見の広場。
星市で勝ちたい気持ちは揺らがない。
ただ、その「勝ち方」を、以前のように“数字だけ”で測れなくなっている自分がいた。
(……やっかいな棚精を拾ったものだ)
ひとりごちて、苦笑がこぼれる。
扉をノックする音がしたのは、そのときだった。
「リオン店長、いいですか?」
カイの声。
「入れ」
扉が開き、カイが資料を抱えて入ってくる。
「星市当日の導線案、ひと通りまとめました。
それと――“あの件”の確認も」
「あの件、か」
リオンは椅子の背にもたれた。
「“棚精をベンチに座らせておく計画”なら、変更はない」
「正式名称、決めちゃってもいいかもしれませんね、それ」
カイは笑いながら、星見の広場の簡易図を机に広げた。
「星市のピークタイム、二刻(四時間)だけ、
ミラさんには“客として”星見の広場にいてもらいます」
「うむ」
「その時間帯は、代わりに僕と臨時スタッフで広場周辺をフォローします。
ミラさんはPOPを書かない。商品を並べない。
ただ、“どんな顔が並んでいるか”を見ていてもらう」
リオンは、図面の上の小さな丸印を見つめた。
それは、ベンチの位置を示している。
「本人は、まだ半信半疑のようですが」
「だろうな」
リオンは、うっすらと笑う。
「あいつは、“座っているだけ”という状態を、仕事と認識しづらいタイプだ」
「ですね。
でも、そこをあえて“仕事として命じる”のが、店長の役目です」
カイは、資料を揃えながら言った。
「……そういえば、親御さんから連絡が」
「父からか?」
「はい。“星市の前夜、少し話がしたい”と。
他店舗の結果次第で、来店時間が前後するそうですが」
リオンは一瞬だけ目を細めた。
父。星灯一族の現頭首。
この総合商店系列を築いた本人。
(いつか、肩を並べたいと思っていた人間だ)
尊敬と、憧れと、
ほんの少しの、届かない焦り。
「わかった。星市前夜に、店内で話そう」
「はい。ミラさんには、どうします?」
「知らせる必要はない」
即答だった。
「余計な緊張を増やす」
「……そうですね」
カイは、それ以上何も言わなかった。
(父に、とやかく言われる筋合いはない)
リオンは、資料を閉じた。
(この店の棚は、この店で決める)
それだけは、ゆずるつもりはなかった。
◇
日中の客足は、前日よりも明らかに増えていた。
星市のチラシを手にやってくる人。
「明日は混みそうだから、今日のうちに」と下見にくる人。
星見の広場にも、ひっきりなしに人が流れ込んでくる。
「ねえ、明日も来ようよ」
「おつかれさまのお菓子、どれにする?」
“誰かといっしょ”の棚の前では、
子どもたちが星型クッキーを指差してはしゃいでいる。
“わたしへ”の棚では、
ひとりで来た客が、POPを読んで小さく笑ったり、目を伏せたりしていた。
(……星市の前から、こんなに)
ミラは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
「ミラさん、この辺り、星市当日は“試食”も出しましょうか?」
惣菜担当が提案してくれる。
「いいですね。
“おつかれさまの味見”みたいな感じで」
そんなやりとりを繰り返しているうちに、
あっという間に夕方を迎えていた。
◇
閉店後。
店内の灯りが少し落とされ、
星見の広場だけが、穏やかな光で浮かび上がっている。
棚の最終確認を終えたミラは、
一度バックヤードに戻ろうとして――ふと、星見の広場にある“レジ前”に、見慣れない紙が置かれているのに気づいた。
「……?」
近づいて手に取ると、
それは、小さな一枚のカードだった。
端には、星灯バザールの紋章。
真ん中には、整った文字でこう書かれている。
『星市前夜、店長と頭首との会談あり。
王都支店の代表スタッフ一名、同席可』
「代表スタッフ……?」
カードの下部には、
ごく小さな字で「星見の広場担当・棚精」と追記されていた。
「……棚精?」
まるで、誰かがいたずら書きしたような肩書き。
けれど、その文字の癖は、見慣れたものだった。
「カイさん……」
ミラは、思わず名前を呟く。
そこへ、ちょうど通りがかったカイが、ばつが悪そうに笑った。
「あ、見つけました?」
「これ……」
「頭首様から“誰か連れてきても構わない”と言われて。
“誰がいいですか?”って店長に聞いたら、“星見の広場の棚精”って返ってきたので」
カイは、肩をすくめる。
「正式な招待状、作っておきました」
「しょ、招待状って……!」
ミラは、カードを抱えたまま固まった。
「わたしなんて、とても……」
「出ました、“とても”」
カイは苦笑する。
「店長も言うと思いますけど、これは“仕事”ですよ。
星見の広場と“おつかれさま棚”が、星市でどんな役割を果たすのか。
その説明役として、あなた以上に適任はいません」
そう言われてしまうと、反論の余地はない。
(頭首、ってことは――リオン店長のお父さん)
一族の長。
この店を任せた人。
(そんな人の前で、ちゃんと話せるのかな……)
不安でお腹がきゅっとなる。
「無理だったら、途中で水を取りに行くふりをして、
僕を呼んでください」
カイは、いたずらっぽく片目をつぶった。
「ちゃんと途中からでも入れるように、
“言い訳の台詞”を三つくらい用意しておきますので」
「……ずるいです、そういうの」
ミラは、思わず笑ってしまう。
ほんの少しだけ、肩から力が抜けた。
◇
星市前夜の会談は、
閉店後の星見の広場で行われることになった。
客のいない広場は、
昼とはまったく違う表情を見せている。
静かなベンチ。
魔法の星空の下で、
「おつかれさま棚」だけが、ぽつんと優しく灯っていた。
ミラは制服を整え、
約束の刻の少し前に広場へ向かった。
すでにリオンが、棚の前に立っている。
「来たか」
「お、お邪魔じゃないですか? 本当に同席しても……」
「招待したのは俺だ」
リオンは、短く言い切る。
「嫌なら、父に直接断れ」
「……無理です」
即答するミラに、リオンの口元が、わずかに緩む。
「なら、座れ」
リオンは、ベンチの一角を顎で示した。
「今日のところは、まだ“仕事として座る”練習だと思えばいい」
「……はい」
ミラは、少し深呼吸をしてから、
ベンチに腰を下ろした。
数刻も経たないうちに、
星見の広場の入口から、足音が近づいてきた。
「久しいな、リオン」
低く、よく通る声。
振り向くと、そこには、
落ち着いた紺の上着に身を包んだ壮年の男性が立っていた。
髪には、ところどころ白いものが混じっているが、
背筋はまっすぐで、瞳は鋭く澄んでいる。
「……父上」
リオンが立ち上がり、一礼をする。
「星灯一族頭首、オルフェ・アストレアだ」
男――オルフェは、ミラのほうに視線を向けた。
「君が、星見の広場の“棚精”か」
「た、棚精はあだ名で、その……
星見の広場担当のミラと申します」
あわてて立ち上がり、深く頭を下げる。
「ミラ。名乗りはそれでいい」
オルフェの声は、思っていたよりもずっと柔らかかった。
「星市前夜に、店の空気を感じさせてもらおうと来た。
勝ち負けの話は、明日以降、いくらでもできる」
“勝ち負け”という言葉に、
リオンの肩がわずかに強張るのが見えた。
(やっぱり、この人にとっても、“数字”が大事なんだ)
ミラは、そっと息を呑む。
◇
「……悪くない」
オルフェは、一歩、星見の広場に踏み出し、
天井の魔法の星空を見上げた。
「星見の広場。
これは、誰の案だ?」
「俺と、カイです」
リオンが答える。
「星市に向けて、“店に星空を持ち込む”仕掛けが欲しかった」
「そうか」
オルフェは、しばらく星空を眺めたあと、
ゆっくりと視線を落とした。
「そして――この棚だな」
“おつかれさま棚”の前に立つ。
POPに目を通し、
並べられた商品をひとつひとつ見ていく。
『今日もいちにち、おつかれさま。
いっしょに食べると、もっとおいしい』
『今日のわたしに、おつかれさま。
ちゃんと頑張ったあなたへ。』
『今日も、生き延びたあなたへ。
それだけでも、じゅうぶんです』
読み終えたとき、
オルフェは、ふっと短く息を吐いた。
「……珍しいな」
低い声で呟く。
「星灯の店の棚で、“数字”の匂いが薄い」
ミラの心臓が、跳ねた。
(薄い、って……)
思わず、胸がきゅっとなる。
しかし、次の言葉は、その予想とは少し違っていた。
「悪い意味ではない」
オルフェは、ゆっくり首を振る。
0
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件
水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる