星灯バザールの約束(次期頭首を目指す彼と健気な店員)

星乃和花

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第11話 星市前夜と、図々しい願いごと

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 星市まで、あと一日。

 星灯バザール王都支店は、朝からいつも以上の熱気に包まれていた。

 入口には「星市前夜祭」の布がかけられ、
 天井の魔灯は、いつもより少しだけ明るく瞬いている。

「青果、星型果実の追加搬入入りましたー!」
「惣菜、“星型コロッケ”の下ごしらえ、もう一ライン増やします!」

 あちこちから声が飛び交い、
 バックヤードの通路には、星印のついた箱が山のように積まれていた。

(いよいよ、なんだ)

 ミラは、胸の奥をぎゅっとつかまれるような感覚を覚えながら、
 星見の広場へ急いだ。

 今日から、「おつかれさま棚」も完全な星市仕様になる。

 新しく届いた「流れ星マドレーヌ」の箱。
 星砂を模した飴の小袋。
 「星灯限定」と書かれたリボン。

 その一つひとつを、丁寧に棚へと置いていく。

『星市前夜の、おつかれさま。
 明日も笑えますように』

 前夜用のPOPを立てた瞬間――
 胸の中に、ふっと、小さな灯りがともる気がした。



 午前中。

 開店準備を終えたあと、
 リオンは一人、店長室の机に向かっていた。

 机の上には、王都支店の売上推移と、
 他支店の星市実績の資料が広げられている。

(星市当日の目標は――)

 数字を追う視線は、冷静そのものだった。

 父親から任された一店舗。
 兄弟たちと競う場。
 次期頭首への道筋。

 どれも、リオンにとっては、ずっと変わらない「ゴール」の形だ。

(勝つ。数字で)

 その決意だけは、何度見直してもぶれない。

 けれど――

 指先が、ふと、机の端に置かれた小さな紙片に触れた。

 星見の広場で余った端紙に、ミラがメモ代わりに書いたものだ。

『今日も、生き延びたあなたへ。
 それだけでも、じゅうぶんです』

 読み慣れたはずの文字が、
 今日に限って、妙に重たく胸に残る。

(……“勝つ”ことと、“灯す”ことは、別だ)

 ノエルが言った「顔が見える棚」。
 マリアンヌが気に入った、「守る側じゃない言葉」。
 ユリウスやフェリオが、それぞれの視点から認めてくれた星見の広場。

 星市で勝ちたい気持ちは揺らがない。
 ただ、その「勝ち方」を、以前のように“数字だけ”で測れなくなっている自分がいた。

(……やっかいな棚精を拾ったものだ)

 ひとりごちて、苦笑がこぼれる。

 扉をノックする音がしたのは、そのときだった。

「リオン店長、いいですか?」

 カイの声。

「入れ」

 扉が開き、カイが資料を抱えて入ってくる。

「星市当日の導線案、ひと通りまとめました。
 それと――“あの件”の確認も」

「あの件、か」

 リオンは椅子の背にもたれた。

「“棚精をベンチに座らせておく計画”なら、変更はない」

「正式名称、決めちゃってもいいかもしれませんね、それ」

 カイは笑いながら、星見の広場の簡易図を机に広げた。

「星市のピークタイム、二刻(四時間)だけ、
 ミラさんには“客として”星見の広場にいてもらいます」

「うむ」

「その時間帯は、代わりに僕と臨時スタッフで広場周辺をフォローします。
 ミラさんはPOPを書かない。商品を並べない。
 ただ、“どんな顔が並んでいるか”を見ていてもらう」

 リオンは、図面の上の小さな丸印を見つめた。

 それは、ベンチの位置を示している。

「本人は、まだ半信半疑のようですが」

「だろうな」

 リオンは、うっすらと笑う。

「あいつは、“座っているだけ”という状態を、仕事と認識しづらいタイプだ」

「ですね。
 でも、そこをあえて“仕事として命じる”のが、店長の役目です」

 カイは、資料を揃えながら言った。

「……そういえば、親御さんから連絡が」

「父からか?」

「はい。“星市の前夜、少し話がしたい”と。
 他店舗の結果次第で、来店時間が前後するそうですが」

 リオンは一瞬だけ目を細めた。

 父。星灯一族の現頭首。
 この総合商店系列を築いた本人。

(いつか、肩を並べたいと思っていた人間だ)

 尊敬と、憧れと、
 ほんの少しの、届かない焦り。

「わかった。星市前夜に、店内で話そう」

「はい。ミラさんには、どうします?」

「知らせる必要はない」

 即答だった。

「余計な緊張を増やす」

「……そうですね」

 カイは、それ以上何も言わなかった。

(父に、とやかく言われる筋合いはない)

 リオンは、資料を閉じた。

(この店の棚は、この店で決める)

 それだけは、ゆずるつもりはなかった。



 日中の客足は、前日よりも明らかに増えていた。

 星市のチラシを手にやってくる人。
 「明日は混みそうだから、今日のうちに」と下見にくる人。

 星見の広場にも、ひっきりなしに人が流れ込んでくる。

「ねえ、明日も来ようよ」
「おつかれさまのお菓子、どれにする?」

 “誰かといっしょ”の棚の前では、
 子どもたちが星型クッキーを指差してはしゃいでいる。

 “わたしへ”の棚では、
 ひとりで来た客が、POPを読んで小さく笑ったり、目を伏せたりしていた。

(……星市の前から、こんなに)

 ミラは、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。

「ミラさん、この辺り、星市当日は“試食”も出しましょうか?」

 惣菜担当が提案してくれる。

「いいですね。
 “おつかれさまの味見”みたいな感じで」

 そんなやりとりを繰り返しているうちに、
 あっという間に夕方を迎えていた。



 閉店後。

 店内の灯りが少し落とされ、
 星見の広場だけが、穏やかな光で浮かび上がっている。

 棚の最終確認を終えたミラは、
 一度バックヤードに戻ろうとして――ふと、星見の広場にある“レジ前”に、見慣れない紙が置かれているのに気づいた。

「……?」

 近づいて手に取ると、
 それは、小さな一枚のカードだった。

 端には、星灯バザールの紋章。
 真ん中には、整った文字でこう書かれている。

『星市前夜、店長と頭首との会談あり。
 王都支店の代表スタッフ一名、同席可』

「代表スタッフ……?」

 カードの下部には、
 ごく小さな字で「星見の広場担当・棚精」と追記されていた。

「……棚精?」

 まるで、誰かがいたずら書きしたような肩書き。

 けれど、その文字の癖は、見慣れたものだった。

「カイさん……」

 ミラは、思わず名前を呟く。

 そこへ、ちょうど通りがかったカイが、ばつが悪そうに笑った。

「あ、見つけました?」

「これ……」

「頭首様から“誰か連れてきても構わない”と言われて。
 “誰がいいですか?”って店長に聞いたら、“星見の広場の棚精”って返ってきたので」

 カイは、肩をすくめる。

「正式な招待状、作っておきました」

「しょ、招待状って……!」

 ミラは、カードを抱えたまま固まった。

「わたしなんて、とても……」

「出ました、“とても”」

 カイは苦笑する。

「店長も言うと思いますけど、これは“仕事”ですよ。
 星見の広場と“おつかれさま棚”が、星市でどんな役割を果たすのか。
 その説明役として、あなた以上に適任はいません」

 そう言われてしまうと、反論の余地はない。

(頭首、ってことは――リオン店長のお父さん)

 一族の長。
 この店を任せた人。

(そんな人の前で、ちゃんと話せるのかな……)

 不安でお腹がきゅっとなる。

「無理だったら、途中で水を取りに行くふりをして、
 僕を呼んでください」

 カイは、いたずらっぽく片目をつぶった。

「ちゃんと途中からでも入れるように、
 “言い訳の台詞”を三つくらい用意しておきますので」

「……ずるいです、そういうの」

 ミラは、思わず笑ってしまう。

 ほんの少しだけ、肩から力が抜けた。



 星市前夜の会談は、
 閉店後の星見の広場で行われることになった。

 客のいない広場は、
 昼とはまったく違う表情を見せている。

 静かなベンチ。
 魔法の星空の下で、
 「おつかれさま棚」だけが、ぽつんと優しく灯っていた。

 ミラは制服を整え、
 約束の刻の少し前に広場へ向かった。

 すでにリオンが、棚の前に立っている。

「来たか」

「お、お邪魔じゃないですか? 本当に同席しても……」

「招待したのは俺だ」

 リオンは、短く言い切る。

「嫌なら、父に直接断れ」

「……無理です」

 即答するミラに、リオンの口元が、わずかに緩む。

「なら、座れ」

 リオンは、ベンチの一角を顎で示した。

「今日のところは、まだ“仕事として座る”練習だと思えばいい」

「……はい」

 ミラは、少し深呼吸をしてから、
 ベンチに腰を下ろした。

 数刻も経たないうちに、
 星見の広場の入口から、足音が近づいてきた。

「久しいな、リオン」

 低く、よく通る声。

 振り向くと、そこには、
 落ち着いた紺の上着に身を包んだ壮年の男性が立っていた。

 髪には、ところどころ白いものが混じっているが、
 背筋はまっすぐで、瞳は鋭く澄んでいる。

「……父上」

 リオンが立ち上がり、一礼をする。

「星灯一族頭首、オルフェ・アストレアだ」

 男――オルフェは、ミラのほうに視線を向けた。

「君が、星見の広場の“棚精”か」

「た、棚精はあだ名で、その……
 星見の広場担当のミラと申します」

 あわてて立ち上がり、深く頭を下げる。

「ミラ。名乗りはそれでいい」

 オルフェの声は、思っていたよりもずっと柔らかかった。

「星市前夜に、店の空気を感じさせてもらおうと来た。
 勝ち負けの話は、明日以降、いくらでもできる」

 “勝ち負け”という言葉に、
 リオンの肩がわずかに強張るのが見えた。

(やっぱり、この人にとっても、“数字”が大事なんだ)

 ミラは、そっと息を呑む。



「……悪くない」

 オルフェは、一歩、星見の広場に踏み出し、
 天井の魔法の星空を見上げた。

「星見の広場。
 これは、誰の案だ?」

「俺と、カイです」

 リオンが答える。

「星市に向けて、“店に星空を持ち込む”仕掛けが欲しかった」

「そうか」

 オルフェは、しばらく星空を眺めたあと、
 ゆっくりと視線を落とした。

「そして――この棚だな」

 “おつかれさま棚”の前に立つ。

 POPに目を通し、
 並べられた商品をひとつひとつ見ていく。

『今日もいちにち、おつかれさま。
 いっしょに食べると、もっとおいしい』

『今日のわたしに、おつかれさま。
 ちゃんと頑張ったあなたへ。』

『今日も、生き延びたあなたへ。
 それだけでも、じゅうぶんです』

 読み終えたとき、
 オルフェは、ふっと短く息を吐いた。

「……珍しいな」

 低い声で呟く。

「星灯の店の棚で、“数字”の匂いが薄い」

 ミラの心臓が、跳ねた。

(薄い、って……)

 思わず、胸がきゅっとなる。

 しかし、次の言葉は、その予想とは少し違っていた。

「悪い意味ではない」

 オルフェは、ゆっくり首を振る。
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