4 / 4
第3話「敵将が“話を聞きに来ただけ”と言い出す」
しおりを挟む
翌朝。
王城の会議室は、重たい空気で満ちていた。
昨夜の敵軍の動きは「補給路を狙う」と見せかけた牽制だったが、
それでも軍議は荒れていた。
「敵が撤退した理由が分からぬ!」
「次も“帰る”とは限らんぞ!」
「勇者の魔法が効いている間に畳みかけるべきだ!」
将軍たちの声が高くなる。
その中心でレオンは、相変わらず冷たい顔で地図を見ていた。
――ただし、胃は痛い。
(あの言葉を……撤回できないのが致命的だ)
昨日の廊下。
抱き上げた勢いで、口から出た単語。
『可愛い』
脳が勝手に、言った。
しかも兵士たちに拍手された。
(処刑台より恥ずかしい)
冷静を取り戻せ。参謀。
論理的に考えろ。戦争の話をしろ。
……ミナのことは考えるな。
そう決めた瞬間、扉が開く。
「参謀レオン! 緊急報告です!」
兵士が飛び込んで、息を切らした。
「敵将が――単騎で、城門前に」
会議室が凍った。
「単騎!?」
「罠だ!」
「討て!」
レオンは一度だけ目を細め、静かに立ち上がった。
「私が行く」
「参謀が?危険だぞ!」
「危険なのは承知です」
彼は迷いなく言い切った。
そして、次の瞬間に付け加える。
「……勇者は、連れて行きません」
なぜなら――。
連れて行けば、話が終わる。
戦争が終わるのは良い。
でも。
(彼女が削れる)
あの魔法は、優しすぎる。
優しすぎて、本人の命を削りそうだ。
将軍が眉を吊り上げる。
「連れて行かずに、どう交渉する!」
「敵将が目的を明かすまでは、必要ありません」
レオンは冷静に言った。
……そのはずだった。
廊下に出た瞬間、ふわっと香る匂い。
「レオンさん……」
聞き慣れた声。
振り向くと、ミナがいた。
ゆっくりこちらへ歩いてくる。
両手に、湯気の立つカップを二つ持って。
「温かいの……いるかなって思って」
(いる。いるに決まっている)
だが参謀として、今は違う。
「……ありがとう。だが、今は――」
「敵の人、来たんでしょ?」
ミナは首を傾げる。
「わたし、行ったほうがいい……?」
レオンは、迷った。
迷った時間は一秒だ。
「駄目だ」
「でも……」
「駄目だ」
レオンは二度、同じ言葉を言った。
それくらい強く言わないと、彼女は“役に立ちたい”で動く。
ミナは小さく唇を尖らせ、カップを差し出す。
「じゃあ、これだけ……持ってって」
レオンは受け取った。
指先が触れた瞬間、胸が変な音を立てる。
(だから、やめろ)
「……戻ったら、話をする」
「うん」
ミナはにこっと笑った。
「行ってらっしゃい。無事に帰ってきてねぇ」
その言葉が、魔法みたいに背中を押した。
レオンは少しだけ視線を落として、短く言った。
「……行ってくる」
そして、城門へ向かった。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
城門前。
冷たい風が吹き抜ける。
衛兵が槍を構え、弓兵が矢をつがえ、緊張が張り詰めている。
その中央に、敵将が一人。
黒い外套。
鋭い目つき。
だが、昨日の“撤退”のせいで、妙に疲れて見える。
敵将は馬上から、レオンを見下ろした。
「王国の参謀か」
「そうだ。用件を言え」
敵将は一拍置いた。
そして、驚くほど素直な声で言った。
「……話を聞きに来た」
「……は?」
レオンの眉が動いた。
敵将は真顔で続ける。
「昨日、戦場で……俺は怒れなくなった」
「……魔法の影響だろう」
「そうだろうな。だが」
敵将は拳を握る。
「怒りが消えた瞬間、頭が静かになった。
……俺は気づいた」
レオンは警戒を解かないまま、黙って聞いた。
敵将は言った。
「この戦争、勝っても負けても、虚しい」
会場がざわついた。
「敵が弱気だ!」
「罠だぞ!」
レオンは手で制し、冷静に問う。
「それで? 何が言いたい」
敵将は息を吐く。
「……俺たちはずっと怒っていた。
怒ることで、進むしかなかった」
その目に、本音が滲んだ。
「だが昨日、怒りが消えた。
怖くなった。
――怒りがないと、自分が空っぽだと気づいた」
レオンの胸に、鈍い痛みが走った。
(……それは)
それは、何かに似ている。
怒りに限らず、強い感情は“支え”になる。
それが消えた時、人は――。
敵将は、馬から降りた。
そして、静かに言う。
「勇者に会わせろ。
あの声を……もう一度聞きたい」
ざわっ、と空気が揺れる。
衛兵が槍を突き出す。
「近づくな!」
「我らを騙す気か!」
レオンは一瞬で理解した。
(こいつ、危険だ)
危険なのは刃ではない。
この敵将は、勇者の魔法に依存し始めている。
ミナの“鎮静”を、救いとして求めている。
それは――。
(彼女を削る)
レオンは冷たく言い放った。
「会わせない」
敵将の目が見開かれる。
「なぜだ。
和平を考えるなら、会わせるべきだろう」
「だからだ」
レオンは言葉を切る。
「勇者は“道具”ではない」
敵将の表情が歪む。
「……なら、条件を出す」
敵将は手を広げた。
「王国が望むだけの物資を渡す。
捕虜も返す。
戦線も下げる。
だから一度だけ、あの勇者と話をさせろ」
大きすぎる譲歩。
(……本気か)
レオンは一度、息を吸った。
参謀としては、魅力的な提案だ。
このまま交渉が進めば、多くの兵士が生きて帰れる。
だが。
(彼女が削れる)
そして何より――
(俺が、耐えられない)
ミナが他の男に「もっと声を聞きたい」と求められる状況。
参謀として最悪の感情が、胸の奥を熱くした。
(嫉妬――だと?)
馬鹿げている。
だが、感情は論理を超えてくる。
レオンが返事を決めるより先に、背後から――
「こんにちはぁ……」
ふわっと、柔らかい声がした。
レオンの背筋が凍った。
(――ミナ!?)
振り向くと、城門の影からミナが顔を出していた。
ゆっくり。
しかし確実に。
彼女は、来てしまった。
「レオンさんが、むずかしい顔してたから……」
ミナはカップを抱えるように持ち、にこっと笑った。
「だいじょうぶかなって」
周囲の兵士たちの緊張が、一瞬でほどけた。
敵将の目からも、刃が消える。
レオンは、低い声で言った。
「……来るなと言った」
「うん……ごめんねぇ」
ミナは素直に謝る。
でも、目がまっすぐだ。
「でも、ここ、怖いのがいっぱいだった」
ミナは敵将を見上げた。
「あなた……怒ってる?」
敵将が、ゆっくり首を振る。
「……怒れない」
ミナは小さく頷く。
「そっかぁ」
そして、優しく言った。
「怒りって、疲れるからねぇ」
ふわ、と空気が変わる。
敵将の肩が落ち、目が潤んだ。
レオンは歯を食いしばった。
(やめろ。効きすぎる)
ミナは続けた。
「話を聞きに来たんだね。
それ、えらいよ」
敵将の瞳が揺れた。
「……俺は、空っぽだ」
ミナはすぐ答えない。
ゆっくり、ゆっくり。
考える速度が、そのまま優しさになる。
「空っぽってね……」
ミナは胸に手を当てた。
「空っぽじゃなくて、“休憩中”かもしれないよ?」
敵将が、息を止めた。
「……休憩」
「うん」
ミナはにこっと笑った。
「ずっと怒ってたら、心が疲れちゃうもん。
今は、止まっていいの」
敵将の膝が、ふらりと落ちた。
地面に片膝をつき、顔を伏せる。
「……俺は、もう戦いたくない」
周囲がどよめく。
「敵将が……膝を!」
「降伏……!?」
レオンは、すぐに前へ出た。
「ミナ、もういい。止めろ」
ミナは素直に頷いた。
「うん。わかった」
そして小さく、ぼそっと付け足す。
「レオンさん、こわい顔してる……」
レオンは心の中で、膝をついた。
(そりゃ怖い顔にもなる)
敵将は顔を上げた。
涙がひと筋、頬を伝っている。
「……和平を申し出る。
だが条件がある」
レオンが構える。
「何だ」
敵将はミナを見る。
「この勇者に、礼を言わせろ」
ミナはきょとんとして、首を傾げた。
「れい……?」
敵将は低く、頭を下げた。
「ありがとう。
俺は……初めて、怒り以外の息ができた」
ミナはぽわっと微笑む。
「うん……よかったねぇ」
その瞬間。
レオンの胸の奥で、何かが静かに崩れた。
(……彼女は、世界を終わらせる)
戦争を終わらせる。
そして。
自分の心の防壁を、終わらせる。
レオンは、ミナの肩を引き寄せた。
ほんの少しだけ。
周囲に気づかれない程度に。
「……帰る」
ミナがぱちぱちする。
「帰るの?」
「帰る。今すぐ」
ミナは、ふわっと笑った。
「うん。帰ろう」
レオンは敵将に向けて冷たく言った。
「和平交渉は受ける。
だが――勇者への依存を前提にするな」
敵将が静かに頷く。
「……分かった」
レオンはミナの手を取った。
指先があたたかい。
それだけで、少しだけ世界が落ち着く。
ミナはゆっくり歩きながら、ぽつりと言った。
「ねぇ、レオンさん」
「何だ」
「わたし、勝手に来ちゃったから……怒ってる?」
レオンは一拍止まった。
そして、低い声で答える。
「……怒っていない」
「ほんと?」
「ただ――」
言葉が詰まった。
ミナが見上げる。
レオンは、負けた。
「……心配した」
ミナは少しだけ目を丸くして、
それから、嬉しそうに笑った。
「えへへ……」
レオンは思わず、彼女の頭に手を置いた。
一度だけ、軽く撫でる。
それは参謀として、完全に余計な動作だった。
でも。
彼女が削れるのが怖いのは、
国のためだけじゃない。
――自分のためだ。
(……最悪だ)
レオンはそう思いながら、
胸の奥の熱を、隠すことをやめ始めていた。
=======
第4話「誤解される勇者、守りたい参謀」
(ほわほわ最強ヒロインの“静かな無双”回&参謀がまた落ちます)
王城の会議室は、重たい空気で満ちていた。
昨夜の敵軍の動きは「補給路を狙う」と見せかけた牽制だったが、
それでも軍議は荒れていた。
「敵が撤退した理由が分からぬ!」
「次も“帰る”とは限らんぞ!」
「勇者の魔法が効いている間に畳みかけるべきだ!」
将軍たちの声が高くなる。
その中心でレオンは、相変わらず冷たい顔で地図を見ていた。
――ただし、胃は痛い。
(あの言葉を……撤回できないのが致命的だ)
昨日の廊下。
抱き上げた勢いで、口から出た単語。
『可愛い』
脳が勝手に、言った。
しかも兵士たちに拍手された。
(処刑台より恥ずかしい)
冷静を取り戻せ。参謀。
論理的に考えろ。戦争の話をしろ。
……ミナのことは考えるな。
そう決めた瞬間、扉が開く。
「参謀レオン! 緊急報告です!」
兵士が飛び込んで、息を切らした。
「敵将が――単騎で、城門前に」
会議室が凍った。
「単騎!?」
「罠だ!」
「討て!」
レオンは一度だけ目を細め、静かに立ち上がった。
「私が行く」
「参謀が?危険だぞ!」
「危険なのは承知です」
彼は迷いなく言い切った。
そして、次の瞬間に付け加える。
「……勇者は、連れて行きません」
なぜなら――。
連れて行けば、話が終わる。
戦争が終わるのは良い。
でも。
(彼女が削れる)
あの魔法は、優しすぎる。
優しすぎて、本人の命を削りそうだ。
将軍が眉を吊り上げる。
「連れて行かずに、どう交渉する!」
「敵将が目的を明かすまでは、必要ありません」
レオンは冷静に言った。
……そのはずだった。
廊下に出た瞬間、ふわっと香る匂い。
「レオンさん……」
聞き慣れた声。
振り向くと、ミナがいた。
ゆっくりこちらへ歩いてくる。
両手に、湯気の立つカップを二つ持って。
「温かいの……いるかなって思って」
(いる。いるに決まっている)
だが参謀として、今は違う。
「……ありがとう。だが、今は――」
「敵の人、来たんでしょ?」
ミナは首を傾げる。
「わたし、行ったほうがいい……?」
レオンは、迷った。
迷った時間は一秒だ。
「駄目だ」
「でも……」
「駄目だ」
レオンは二度、同じ言葉を言った。
それくらい強く言わないと、彼女は“役に立ちたい”で動く。
ミナは小さく唇を尖らせ、カップを差し出す。
「じゃあ、これだけ……持ってって」
レオンは受け取った。
指先が触れた瞬間、胸が変な音を立てる。
(だから、やめろ)
「……戻ったら、話をする」
「うん」
ミナはにこっと笑った。
「行ってらっしゃい。無事に帰ってきてねぇ」
その言葉が、魔法みたいに背中を押した。
レオンは少しだけ視線を落として、短く言った。
「……行ってくる」
そして、城門へ向かった。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
城門前。
冷たい風が吹き抜ける。
衛兵が槍を構え、弓兵が矢をつがえ、緊張が張り詰めている。
その中央に、敵将が一人。
黒い外套。
鋭い目つき。
だが、昨日の“撤退”のせいで、妙に疲れて見える。
敵将は馬上から、レオンを見下ろした。
「王国の参謀か」
「そうだ。用件を言え」
敵将は一拍置いた。
そして、驚くほど素直な声で言った。
「……話を聞きに来た」
「……は?」
レオンの眉が動いた。
敵将は真顔で続ける。
「昨日、戦場で……俺は怒れなくなった」
「……魔法の影響だろう」
「そうだろうな。だが」
敵将は拳を握る。
「怒りが消えた瞬間、頭が静かになった。
……俺は気づいた」
レオンは警戒を解かないまま、黙って聞いた。
敵将は言った。
「この戦争、勝っても負けても、虚しい」
会場がざわついた。
「敵が弱気だ!」
「罠だぞ!」
レオンは手で制し、冷静に問う。
「それで? 何が言いたい」
敵将は息を吐く。
「……俺たちはずっと怒っていた。
怒ることで、進むしかなかった」
その目に、本音が滲んだ。
「だが昨日、怒りが消えた。
怖くなった。
――怒りがないと、自分が空っぽだと気づいた」
レオンの胸に、鈍い痛みが走った。
(……それは)
それは、何かに似ている。
怒りに限らず、強い感情は“支え”になる。
それが消えた時、人は――。
敵将は、馬から降りた。
そして、静かに言う。
「勇者に会わせろ。
あの声を……もう一度聞きたい」
ざわっ、と空気が揺れる。
衛兵が槍を突き出す。
「近づくな!」
「我らを騙す気か!」
レオンは一瞬で理解した。
(こいつ、危険だ)
危険なのは刃ではない。
この敵将は、勇者の魔法に依存し始めている。
ミナの“鎮静”を、救いとして求めている。
それは――。
(彼女を削る)
レオンは冷たく言い放った。
「会わせない」
敵将の目が見開かれる。
「なぜだ。
和平を考えるなら、会わせるべきだろう」
「だからだ」
レオンは言葉を切る。
「勇者は“道具”ではない」
敵将の表情が歪む。
「……なら、条件を出す」
敵将は手を広げた。
「王国が望むだけの物資を渡す。
捕虜も返す。
戦線も下げる。
だから一度だけ、あの勇者と話をさせろ」
大きすぎる譲歩。
(……本気か)
レオンは一度、息を吸った。
参謀としては、魅力的な提案だ。
このまま交渉が進めば、多くの兵士が生きて帰れる。
だが。
(彼女が削れる)
そして何より――
(俺が、耐えられない)
ミナが他の男に「もっと声を聞きたい」と求められる状況。
参謀として最悪の感情が、胸の奥を熱くした。
(嫉妬――だと?)
馬鹿げている。
だが、感情は論理を超えてくる。
レオンが返事を決めるより先に、背後から――
「こんにちはぁ……」
ふわっと、柔らかい声がした。
レオンの背筋が凍った。
(――ミナ!?)
振り向くと、城門の影からミナが顔を出していた。
ゆっくり。
しかし確実に。
彼女は、来てしまった。
「レオンさんが、むずかしい顔してたから……」
ミナはカップを抱えるように持ち、にこっと笑った。
「だいじょうぶかなって」
周囲の兵士たちの緊張が、一瞬でほどけた。
敵将の目からも、刃が消える。
レオンは、低い声で言った。
「……来るなと言った」
「うん……ごめんねぇ」
ミナは素直に謝る。
でも、目がまっすぐだ。
「でも、ここ、怖いのがいっぱいだった」
ミナは敵将を見上げた。
「あなた……怒ってる?」
敵将が、ゆっくり首を振る。
「……怒れない」
ミナは小さく頷く。
「そっかぁ」
そして、優しく言った。
「怒りって、疲れるからねぇ」
ふわ、と空気が変わる。
敵将の肩が落ち、目が潤んだ。
レオンは歯を食いしばった。
(やめろ。効きすぎる)
ミナは続けた。
「話を聞きに来たんだね。
それ、えらいよ」
敵将の瞳が揺れた。
「……俺は、空っぽだ」
ミナはすぐ答えない。
ゆっくり、ゆっくり。
考える速度が、そのまま優しさになる。
「空っぽってね……」
ミナは胸に手を当てた。
「空っぽじゃなくて、“休憩中”かもしれないよ?」
敵将が、息を止めた。
「……休憩」
「うん」
ミナはにこっと笑った。
「ずっと怒ってたら、心が疲れちゃうもん。
今は、止まっていいの」
敵将の膝が、ふらりと落ちた。
地面に片膝をつき、顔を伏せる。
「……俺は、もう戦いたくない」
周囲がどよめく。
「敵将が……膝を!」
「降伏……!?」
レオンは、すぐに前へ出た。
「ミナ、もういい。止めろ」
ミナは素直に頷いた。
「うん。わかった」
そして小さく、ぼそっと付け足す。
「レオンさん、こわい顔してる……」
レオンは心の中で、膝をついた。
(そりゃ怖い顔にもなる)
敵将は顔を上げた。
涙がひと筋、頬を伝っている。
「……和平を申し出る。
だが条件がある」
レオンが構える。
「何だ」
敵将はミナを見る。
「この勇者に、礼を言わせろ」
ミナはきょとんとして、首を傾げた。
「れい……?」
敵将は低く、頭を下げた。
「ありがとう。
俺は……初めて、怒り以外の息ができた」
ミナはぽわっと微笑む。
「うん……よかったねぇ」
その瞬間。
レオンの胸の奥で、何かが静かに崩れた。
(……彼女は、世界を終わらせる)
戦争を終わらせる。
そして。
自分の心の防壁を、終わらせる。
レオンは、ミナの肩を引き寄せた。
ほんの少しだけ。
周囲に気づかれない程度に。
「……帰る」
ミナがぱちぱちする。
「帰るの?」
「帰る。今すぐ」
ミナは、ふわっと笑った。
「うん。帰ろう」
レオンは敵将に向けて冷たく言った。
「和平交渉は受ける。
だが――勇者への依存を前提にするな」
敵将が静かに頷く。
「……分かった」
レオンはミナの手を取った。
指先があたたかい。
それだけで、少しだけ世界が落ち着く。
ミナはゆっくり歩きながら、ぽつりと言った。
「ねぇ、レオンさん」
「何だ」
「わたし、勝手に来ちゃったから……怒ってる?」
レオンは一拍止まった。
そして、低い声で答える。
「……怒っていない」
「ほんと?」
「ただ――」
言葉が詰まった。
ミナが見上げる。
レオンは、負けた。
「……心配した」
ミナは少しだけ目を丸くして、
それから、嬉しそうに笑った。
「えへへ……」
レオンは思わず、彼女の頭に手を置いた。
一度だけ、軽く撫でる。
それは参謀として、完全に余計な動作だった。
でも。
彼女が削れるのが怖いのは、
国のためだけじゃない。
――自分のためだ。
(……最悪だ)
レオンはそう思いながら、
胸の奥の熱を、隠すことをやめ始めていた。
=======
第4話「誤解される勇者、守りたい参謀」
(ほわほわ最強ヒロインの“静かな無双”回&参謀がまた落ちます)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
【完結】終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる