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第2話 市井デートは現場視察 — キャンディ雨が仲裁する商人ギルド会議
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◇俺 — 春灯 佑真
倉庫街は、潮と干し草と人の焦りが混ざった匂いがする。午前の積み下ろしが押したのか、通りには木箱が積み上がり、荷札の色だけが秩序を保っていた。
俺は通りの端で一度、立ち止まる。風向き、段差、逃げ道。訓練された視線は、風景の中から“嘘”と“本当”の境目を拾い上げる。
「夕星さん」
「はいっ、婚約者らしく、ちゃんとしてます!」
彼女は背筋をのばし、両手をお腹の前で重ねていた。完璧な“ちゃんと”だが、靴紐が片方、解けている。
「靴」
「あっ……てちてち(結び中)」
指がリボンを作る。ほどけかけの緊張が、そこで一度、結び直される。
俺たちの前で、商人たちの輪が二つ、空気を取り合っていた。乾物問屋の親父と、香辛料の若旦那。荒い語気、噛み合わない数字。例の封筒の“妙に揃った見積り”が、脳裏で点滅する。
「——じゃあ、ギルド事務所の裏庭で話そう」俺はさらりと提案し、代表者を三人ずつ連れてもらう。路地の出口と風の通りを計算して、彼女には俺の左袖の範囲に立ってもらった。
「合図、覚えてるな」
「はい、袖つまみ=風の出口、業務外手当(飴)」
「良い復唱だ」
◇わたし — 夕星 りら
ギルドの裏庭は、思ったよりも広くて、思ったよりも物が多かった。樽、荷車、はしご、猫(1匹)。
ちゃんとしてるモードのわたしは、深呼吸して、にこっと笑う。
「本日はお時間をいただき、ありが……えっと、その……」
台本どおりに言おうとしたら、胸の奥がむずむずして、言葉が指の間からこぼれた。
だめ。いまは静かに。ご機嫌の空気は、すぐ風になる。
左手で、そっと春灯さんの袖を、きゅ。
袖は、安心のとっておき。
彼は横顔だけで「了解」と言うみたいに、軽く頷いた。
◇俺
会議の最初の三分は、事実の確認。次の三分は、主張の列挙。六分を越えると、声が熱を帯び、十を越えると、言葉は“相手を動かす”より“自分を守る”ためのものに変わる。
十に差し掛かったところで、俺は小さく指を鳴らし、彼女に目配せをした——“いまは風ではない”。
「では、まず、この“偶然同じ数字が三つ続く見積り”について——」
「偶然だ!」乾物の親父が吠え、香辛料の若旦那が眉をつり上げる。「いや、ギルドの伝票が——」
輪の温度が、ぐっと上がる。
そして、彼女の目が、すこしだけ、沈んだ。
◇わたし
胸の奥で、ぽちゃん、と音がした。悲しい、は、だめ。
でも、目の前で人が喧嘩してるの、やっぱり、すこし悲しい。
俯かない。俯かないけど——
……ころん。
わたしの足もとに、あめ玉が一個、落ちた。
次に、二個。
ぽと、ぽと、ぽとぽとぽと——
キャンディが、降った。
(やってしまった!)
◇俺
色とりどりの小さな球体が、議論の熱に冷水を浴びせる代わりに、砂糖をまぶした。樽の蓋で、ころろろろ。帽子のつばで、ぴん。
俺は一拍ののち、即座に口を開いた。
「中断。拾う。S-90——“配布式”を発動」
「S-……何?」「配布?」商人たちがきょとんとする。
「拾ったキャンディは、箱へ。箱は“子ども食堂基金”の札を貼る。誰が一番拾えるか、今から競争。早い者には、ギルド広報紙の一面下バナー権をやる」
「バナー権!?」
人は“損”より“得”で動く。
「——よーい、はい」
樽の陰から走り出す若旦那。腰を鳴らして屈む親父。見事なフォームで拾い上げる帳簿係。
彼女は慌てて、両手を広げて空を見上げた。「ご、ごめんなさい、止まって、止まって、止まって~!」とお願いしたら、降り方が“ぽと、ぽと(控えめ)”になった。お願いが通じるあたりが、彼女の魔法の可愛いところだ。
◇わたし
「こ、これは事故の福祉です!」
さっき春灯さんが言ってた言葉を、わたしも言ってみる。
春灯さんは、片手で箱を押さえながら、もう片方の手で“受付”の札を樽に貼った。空白の札に、わたしは小さな火を“ちょこん”と灯して、ろうで端っこを止める。
火は、ちょこん。これなら安全。
受付、完成。
「お、お茶もあったら——」
「湯は?」
「魔法のやかんは持ってません……」
「なら、これだ」春灯さんは腰のポーチから、ポケットサイズの折りたたみカップを三つ出した。何でも出るの、策士のポーチ。
「湯は、俺が手配する。りら、マシュマロは?」
「持ってます!(カバンから、ぽふん)」
わたしのカバンも、けっこう何でも出る。
◇俺
拾いレースが中盤に差しかかったところで、俺は声を張った。
「——さて、休憩。砂糖は頭を冷やす」
商人たちにスティックを配り、マシュマロを差し出す。火の番は彼女。炎は“ちょこん”で、甘い匂いが裏庭の空気に溶けた。
砂糖は、剣より強いときがある。とくに、市井では。
「春灯さぁん、飴、合計で百二十六個です!」帳簿係が誇らしげに箱を掲げる。
「上等。ギルド紙のバナー枠は週替わりで両陣に割り当てる。争いは広告で解決する」
「広告で……」親父が頬を緩める。「はは、悪くないじゃねえか。ところでよう、さっきの“偶然の数字”の話だが」
バナー権という餌で、会話の窓が開いた。
「同じ帳面を使ってるんだ。うちの馬丁が、ここに置きっぱなしにしててよ」
若旦那が「あ、それ、うちのも——」と続け、二人は互いの帳面の端に同じ“記入補助の見本”が貼ってあるのを見せ合った。
——誰かが、現場の手間を省く名目で“揃うように”見本を配ったのだ。
談合の悪意ではなく、横着とズルの間にある、庶務の悪癖。
俺はゆっくり頷いた。
「見本の配布者に心当たりは?」
「ギルドの旧書記が、去年まで——」
糸が一本、するりとほどける音がした。糸の先は、封筒と、ここの空気と、王都のどこかで繋がっている。
◇わたし
わたしは“受付”の番。飴の箱に“ありがとう”の札を立てて、笑う係。
さっき喧嘩していた二人が、ほっぺに砂糖をつけて並んでいるのが、ちょっと可愛い。
「婚約者さん、悪かったな。驚かせて」
「いえ、砂糖は平和です」
言ったら、二人とも吹き出して、うんうんと頷いた。
春灯さんは、笑いながらも、目が仕事をしている。糸を見ている目。
その横顔を見ていると、胸の奥が、ぽっとあたたかくなる。……あ、危ない。あったかくなると、ご機嫌の空気が——
そっと、左手で袖を、きゅ。
「賢い」って、小声が降りてきて、心の中で“わーい”ってなった。
◇俺
拾い終わった裏庭は、さっきまでの剣呑さが嘘のようだ。樽の影の猫が一匹、いつのまにか二匹になっている。猫は空気に敏い。
「バナー原稿の締め切りは、明日の鐘三つ」
「おう」「任せな」
商人たちは肩を叩き合って散っていった。砂糖は、本当に平和だ。
俺は彼女のほうに向き直る。
「夕星さん」
「はい」
「業務外手当、二飴」
「ふふっ(受け取り)」
「ついでに、作戦名を付ける。今のは“雨天配布・S-90”。次にキャンディが降ったときは、あらかじめ箱を三つ用意して“拾い→分配→寄付”までをルーティン化する」
「ルーティン化……はいっ」
「いい目だ。楽しんでる」
彼女はちょっとだけ視線を彷徨わせてから、こくんと頷いた。
「たのしいです。……ちゃんとできてるか、不安だけど」
“ちゃんと”は、人を追い詰めるときがある。
俺はほんの一瞬、彼女の頭に手を伸ばしたくなる衝動に、理性で蓋をした。まだ早い。
「できている。俺の計画は崩れたが、達成した」
「へ?」
「目的は“会議を壊さず、情報の糸口を掴む”だ。壊さなかった。掴んだ。——達成だ」
◇わたし
達成。
初めて“婚約者のわたし”が、達成、した。
「達成……!」
声に出してみたら、胸の奥の、ご機嫌の空気が、ぽわっと膨らんで、でも、暴れない。
袖をつまむ指が、いつのまにか力を抜いていた。
「春灯さん」
「うん」
「さっき、お茶があったらって言いましたよね。今度は、ちゃんと用意してきます。魔法じゃない、普通のお茶」
「期待する」
「お砂糖は?」
「少なめで」
「了解です(メモメモ)」
てちてち、心の中のメモ帳に、書き込む音。
ふと見ると、さっきの猫が三匹に増えて、樽の上で会議をしていた。
——猫、増えるの、早い。
胸の奥で、ちょっとだけ“淋しい”が顔を出しそうになって、慌てて笑う。淋しいと、猫がもっと集まってしまうのだ。
「猫さん、またね。今日はここまで」
猫が、にゃー、と返事をして、どこかへ消えた。かと思ったら、路地の奥に点々と尻尾。
……たぶん、明日、増える。
◇俺
帰り道、俺は手帳を開いた。赤字で“休む”と書く欄の、隣に、小さく“飴拾い寄付箱(恒常化)”と書き込む。制度にする。事故を、福祉に。
彼女が窓から外を見て、ふっと笑った。
「何かいいこと?」
「はい。計画通りにならないの、たのしいです」
その言葉は、胸のどこかを直撃した。
幸せが、不釣り合い——という恐れが、影のように足もとにつきまとう。けれど、こうして光が差すと、影の輪郭は、思ったよりも柔らかい。
「次は、猫だな」
「ね、猫?」
「倉庫街の害獣対策と迷子札の話をする。ギルド会議は、今日で“砂糖和解”。明日は“猫和解”だ」
「わ、わたし、猫、好きです(小声)」
「知ってる」
そして、明日の空気が、ほんの少し、前倒しで甘くなるのを、俺は感じていた。
——つづく——
倉庫街は、潮と干し草と人の焦りが混ざった匂いがする。午前の積み下ろしが押したのか、通りには木箱が積み上がり、荷札の色だけが秩序を保っていた。
俺は通りの端で一度、立ち止まる。風向き、段差、逃げ道。訓練された視線は、風景の中から“嘘”と“本当”の境目を拾い上げる。
「夕星さん」
「はいっ、婚約者らしく、ちゃんとしてます!」
彼女は背筋をのばし、両手をお腹の前で重ねていた。完璧な“ちゃんと”だが、靴紐が片方、解けている。
「靴」
「あっ……てちてち(結び中)」
指がリボンを作る。ほどけかけの緊張が、そこで一度、結び直される。
俺たちの前で、商人たちの輪が二つ、空気を取り合っていた。乾物問屋の親父と、香辛料の若旦那。荒い語気、噛み合わない数字。例の封筒の“妙に揃った見積り”が、脳裏で点滅する。
「——じゃあ、ギルド事務所の裏庭で話そう」俺はさらりと提案し、代表者を三人ずつ連れてもらう。路地の出口と風の通りを計算して、彼女には俺の左袖の範囲に立ってもらった。
「合図、覚えてるな」
「はい、袖つまみ=風の出口、業務外手当(飴)」
「良い復唱だ」
◇わたし — 夕星 りら
ギルドの裏庭は、思ったよりも広くて、思ったよりも物が多かった。樽、荷車、はしご、猫(1匹)。
ちゃんとしてるモードのわたしは、深呼吸して、にこっと笑う。
「本日はお時間をいただき、ありが……えっと、その……」
台本どおりに言おうとしたら、胸の奥がむずむずして、言葉が指の間からこぼれた。
だめ。いまは静かに。ご機嫌の空気は、すぐ風になる。
左手で、そっと春灯さんの袖を、きゅ。
袖は、安心のとっておき。
彼は横顔だけで「了解」と言うみたいに、軽く頷いた。
◇俺
会議の最初の三分は、事実の確認。次の三分は、主張の列挙。六分を越えると、声が熱を帯び、十を越えると、言葉は“相手を動かす”より“自分を守る”ためのものに変わる。
十に差し掛かったところで、俺は小さく指を鳴らし、彼女に目配せをした——“いまは風ではない”。
「では、まず、この“偶然同じ数字が三つ続く見積り”について——」
「偶然だ!」乾物の親父が吠え、香辛料の若旦那が眉をつり上げる。「いや、ギルドの伝票が——」
輪の温度が、ぐっと上がる。
そして、彼女の目が、すこしだけ、沈んだ。
◇わたし
胸の奥で、ぽちゃん、と音がした。悲しい、は、だめ。
でも、目の前で人が喧嘩してるの、やっぱり、すこし悲しい。
俯かない。俯かないけど——
……ころん。
わたしの足もとに、あめ玉が一個、落ちた。
次に、二個。
ぽと、ぽと、ぽとぽとぽと——
キャンディが、降った。
(やってしまった!)
◇俺
色とりどりの小さな球体が、議論の熱に冷水を浴びせる代わりに、砂糖をまぶした。樽の蓋で、ころろろろ。帽子のつばで、ぴん。
俺は一拍ののち、即座に口を開いた。
「中断。拾う。S-90——“配布式”を発動」
「S-……何?」「配布?」商人たちがきょとんとする。
「拾ったキャンディは、箱へ。箱は“子ども食堂基金”の札を貼る。誰が一番拾えるか、今から競争。早い者には、ギルド広報紙の一面下バナー権をやる」
「バナー権!?」
人は“損”より“得”で動く。
「——よーい、はい」
樽の陰から走り出す若旦那。腰を鳴らして屈む親父。見事なフォームで拾い上げる帳簿係。
彼女は慌てて、両手を広げて空を見上げた。「ご、ごめんなさい、止まって、止まって、止まって~!」とお願いしたら、降り方が“ぽと、ぽと(控えめ)”になった。お願いが通じるあたりが、彼女の魔法の可愛いところだ。
◇わたし
「こ、これは事故の福祉です!」
さっき春灯さんが言ってた言葉を、わたしも言ってみる。
春灯さんは、片手で箱を押さえながら、もう片方の手で“受付”の札を樽に貼った。空白の札に、わたしは小さな火を“ちょこん”と灯して、ろうで端っこを止める。
火は、ちょこん。これなら安全。
受付、完成。
「お、お茶もあったら——」
「湯は?」
「魔法のやかんは持ってません……」
「なら、これだ」春灯さんは腰のポーチから、ポケットサイズの折りたたみカップを三つ出した。何でも出るの、策士のポーチ。
「湯は、俺が手配する。りら、マシュマロは?」
「持ってます!(カバンから、ぽふん)」
わたしのカバンも、けっこう何でも出る。
◇俺
拾いレースが中盤に差しかかったところで、俺は声を張った。
「——さて、休憩。砂糖は頭を冷やす」
商人たちにスティックを配り、マシュマロを差し出す。火の番は彼女。炎は“ちょこん”で、甘い匂いが裏庭の空気に溶けた。
砂糖は、剣より強いときがある。とくに、市井では。
「春灯さぁん、飴、合計で百二十六個です!」帳簿係が誇らしげに箱を掲げる。
「上等。ギルド紙のバナー枠は週替わりで両陣に割り当てる。争いは広告で解決する」
「広告で……」親父が頬を緩める。「はは、悪くないじゃねえか。ところでよう、さっきの“偶然の数字”の話だが」
バナー権という餌で、会話の窓が開いた。
「同じ帳面を使ってるんだ。うちの馬丁が、ここに置きっぱなしにしててよ」
若旦那が「あ、それ、うちのも——」と続け、二人は互いの帳面の端に同じ“記入補助の見本”が貼ってあるのを見せ合った。
——誰かが、現場の手間を省く名目で“揃うように”見本を配ったのだ。
談合の悪意ではなく、横着とズルの間にある、庶務の悪癖。
俺はゆっくり頷いた。
「見本の配布者に心当たりは?」
「ギルドの旧書記が、去年まで——」
糸が一本、するりとほどける音がした。糸の先は、封筒と、ここの空気と、王都のどこかで繋がっている。
◇わたし
わたしは“受付”の番。飴の箱に“ありがとう”の札を立てて、笑う係。
さっき喧嘩していた二人が、ほっぺに砂糖をつけて並んでいるのが、ちょっと可愛い。
「婚約者さん、悪かったな。驚かせて」
「いえ、砂糖は平和です」
言ったら、二人とも吹き出して、うんうんと頷いた。
春灯さんは、笑いながらも、目が仕事をしている。糸を見ている目。
その横顔を見ていると、胸の奥が、ぽっとあたたかくなる。……あ、危ない。あったかくなると、ご機嫌の空気が——
そっと、左手で袖を、きゅ。
「賢い」って、小声が降りてきて、心の中で“わーい”ってなった。
◇俺
拾い終わった裏庭は、さっきまでの剣呑さが嘘のようだ。樽の影の猫が一匹、いつのまにか二匹になっている。猫は空気に敏い。
「バナー原稿の締め切りは、明日の鐘三つ」
「おう」「任せな」
商人たちは肩を叩き合って散っていった。砂糖は、本当に平和だ。
俺は彼女のほうに向き直る。
「夕星さん」
「はい」
「業務外手当、二飴」
「ふふっ(受け取り)」
「ついでに、作戦名を付ける。今のは“雨天配布・S-90”。次にキャンディが降ったときは、あらかじめ箱を三つ用意して“拾い→分配→寄付”までをルーティン化する」
「ルーティン化……はいっ」
「いい目だ。楽しんでる」
彼女はちょっとだけ視線を彷徨わせてから、こくんと頷いた。
「たのしいです。……ちゃんとできてるか、不安だけど」
“ちゃんと”は、人を追い詰めるときがある。
俺はほんの一瞬、彼女の頭に手を伸ばしたくなる衝動に、理性で蓋をした。まだ早い。
「できている。俺の計画は崩れたが、達成した」
「へ?」
「目的は“会議を壊さず、情報の糸口を掴む”だ。壊さなかった。掴んだ。——達成だ」
◇わたし
達成。
初めて“婚約者のわたし”が、達成、した。
「達成……!」
声に出してみたら、胸の奥の、ご機嫌の空気が、ぽわっと膨らんで、でも、暴れない。
袖をつまむ指が、いつのまにか力を抜いていた。
「春灯さん」
「うん」
「さっき、お茶があったらって言いましたよね。今度は、ちゃんと用意してきます。魔法じゃない、普通のお茶」
「期待する」
「お砂糖は?」
「少なめで」
「了解です(メモメモ)」
てちてち、心の中のメモ帳に、書き込む音。
ふと見ると、さっきの猫が三匹に増えて、樽の上で会議をしていた。
——猫、増えるの、早い。
胸の奥で、ちょっとだけ“淋しい”が顔を出しそうになって、慌てて笑う。淋しいと、猫がもっと集まってしまうのだ。
「猫さん、またね。今日はここまで」
猫が、にゃー、と返事をして、どこかへ消えた。かと思ったら、路地の奥に点々と尻尾。
……たぶん、明日、増える。
◇俺
帰り道、俺は手帳を開いた。赤字で“休む”と書く欄の、隣に、小さく“飴拾い寄付箱(恒常化)”と書き込む。制度にする。事故を、福祉に。
彼女が窓から外を見て、ふっと笑った。
「何かいいこと?」
「はい。計画通りにならないの、たのしいです」
その言葉は、胸のどこかを直撃した。
幸せが、不釣り合い——という恐れが、影のように足もとにつきまとう。けれど、こうして光が差すと、影の輪郭は、思ったよりも柔らかい。
「次は、猫だな」
「ね、猫?」
「倉庫街の害獣対策と迷子札の話をする。ギルド会議は、今日で“砂糖和解”。明日は“猫和解”だ」
「わ、わたし、猫、好きです(小声)」
「知ってる」
そして、明日の空気が、ほんの少し、前倒しで甘くなるのを、俺は感じていた。
——つづく——
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