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そしてケモノは愛される
35.斎賀への謝罪
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二人は屋敷に着いた。
顔を合わせたファミリーのメンバーと挨拶を交わし、二人一緒に斎賀の仕事部屋へと向かった。
「………」
部屋の前で深呼吸をすると、神妙な面持ちで志狼はドアをノックした。斎賀の返事を待って、ドアを開ける。
仕事机には斎賀の姿はなかった。本棚の前に立ち、調べ物をしているようだった。
「ただいま帰りました」
「おかえり。志狼」
志狼の顔を見て、斎賀が優しく微笑む。だが、すぐ後ろに立つ穂積の姿に気付くと、それまでの優しい表情がすっと消えた。
「あの……斎賀様」
志狼が斎賀に近付こうとした。
穂積はすかさず制して、志狼の前に立ち塞がった。斎賀の正面に立つ。
「悪い、斎賀。志狼は俺がもらう」
「穂積先生!?」
志狼は驚いて穂積を見た。自分が言うより先に穂積が告げたからだ。
穂積は最初から、志狼に告げさせるつもりはなかった。
斎賀が傷つくと分かっている言葉を、斎賀のことを大好きな志狼に告げさせるのは酷だ。
言葉にできたとしても、心の負担となり続けるに違いない。どれほど泣いてしまうのか、想像がつく。そうはさせたくなかった。
「―――」
斎賀は静かに穂積に向き合った。
聡い斎賀のことだ。二人一緒に部屋に入ってきた時から、感づいていたようにも思えた。穂積が告げた言葉にも、動じる様子はなかった。
「斎賀様……っ、ごめんなさい」
穂積を押しのけるようにして、志狼が斎賀に近づいた。
「俺、斎賀様のこと凄く好き……! 大好きで凄く大切だけど……、穂積先生が……っ、す、好き…だって気付いて……」
まっすぐに視線を逸らすことなく斎賀を見つめ、志狼は一生懸命に気持ちを言葉にする。
「ごめんなさい……っ。俺、斎賀様に……」
耳をぺたんとさせ何度も謝る志狼に近づくと、斎賀は志狼の唇に人差し指を当てた。
魔法にかかったように志狼が口を閉じる。
「私よりも、穂積を選んだのだね」
優しく問いかけた斎賀を見上げ、志狼は顔をくしゃりとさせた。みるみるうちにその目に涙を溢れさせる。
「ごめ……。ほず…せんせ…っ……好きで、ごめ……なさいぃぃ……っ」
斎賀の長い腕が、優しく志狼を包み込んだ。
優しく抱きしめられたのがとどめとなって、志狼は堪えきれずにまるで子供のように声を上げて泣き出した。
「さ、さい…さいがさま……っ。ひぃぃん」
しがみ付く志狼の背を、斎賀の手があやすように撫でる。
斎賀は静かに目を伏せた。
それは短いようで長くも感じた。
まるで、取り乱さないように己と闘っているようにも見えた。
普段から斎賀は感情をコントロールし、落ち着き払っている男だ。それでも激情に駆られれば、抑えきれないこともある。
取り乱せば志狼が傷つく。志狼のために、冷静なように振る舞っているのだ。
「うえっ……。さ、さいが……さまぁ」
ぐずぐずと志狼は泣き続けた。
穂積と斎賀は、黙って志狼を見つめていた。それぞれに、違う想いで。
斎賀の気持ちを考えると、穂積は何も言葉にすることが出来なかった。
今は、斎賀が決断をしている時だ。何も言うべきではない。
「うぅ……。斎賀様……」
しばらく優しく撫でられているうちに気持ちが落ち着いたのか、志狼は顔を上げ斎賀を見た。
まだ少し涙ながらに問う。
「こ、こんな俺だけど……、まだここに、居ても……いいですか?」
「……当たり前だ」
優しく微笑んだ斎賀に、まるで感動の再会を果たしたかというくらいに志狼がさらにしがみ付く。
「斎賀様ぁ……っ」
別れの場面のはずなのに、何故か大好きだと抱きついているようにしか見えない。これが嫉妬というやつだ。
斎賀は愛しそうに志狼の耳に口付けた。
「あの粗野な男に失望したら、いつでも戻ってきなさい」
割り込むべきではないと二人がいちゃつく様を大人しく見ていた穂積だったが、斎賀がさらりと言った言葉には反応せずにはいられない。
「おい。失望って何だ」
嫌いを通り越して、人としてダメという意味になる。
「言葉の通りだ」
斎賀は穂積を一瞥した。
「一人の人として好きでいてくれるのなら、いつかまた希みはあると……思っていよう」
斎賀は名残惜しそうに、抱き締めたまま志狼の髪を撫でた。
斎賀にとっても、苦渋の決断なのだ。
相手がいてこその関係とはいえ、ようやく手に入った愛しい者を手放さなければならないのは辛いはずだ。
本当に、斎賀には悪いことをした。それは穂積も十分に分かっている。
けれど、このまま関係を続けていても、それは幻の関係だ。決して互いのためにはならない。傷は浅い方がいい。
斎賀にもいつか、志狼以上に大切に想う相手が見つかりますように―――。
親友の幸せを、穂積は心から願った。
顔を合わせたファミリーのメンバーと挨拶を交わし、二人一緒に斎賀の仕事部屋へと向かった。
「………」
部屋の前で深呼吸をすると、神妙な面持ちで志狼はドアをノックした。斎賀の返事を待って、ドアを開ける。
仕事机には斎賀の姿はなかった。本棚の前に立ち、調べ物をしているようだった。
「ただいま帰りました」
「おかえり。志狼」
志狼の顔を見て、斎賀が優しく微笑む。だが、すぐ後ろに立つ穂積の姿に気付くと、それまでの優しい表情がすっと消えた。
「あの……斎賀様」
志狼が斎賀に近付こうとした。
穂積はすかさず制して、志狼の前に立ち塞がった。斎賀の正面に立つ。
「悪い、斎賀。志狼は俺がもらう」
「穂積先生!?」
志狼は驚いて穂積を見た。自分が言うより先に穂積が告げたからだ。
穂積は最初から、志狼に告げさせるつもりはなかった。
斎賀が傷つくと分かっている言葉を、斎賀のことを大好きな志狼に告げさせるのは酷だ。
言葉にできたとしても、心の負担となり続けるに違いない。どれほど泣いてしまうのか、想像がつく。そうはさせたくなかった。
「―――」
斎賀は静かに穂積に向き合った。
聡い斎賀のことだ。二人一緒に部屋に入ってきた時から、感づいていたようにも思えた。穂積が告げた言葉にも、動じる様子はなかった。
「斎賀様……っ、ごめんなさい」
穂積を押しのけるようにして、志狼が斎賀に近づいた。
「俺、斎賀様のこと凄く好き……! 大好きで凄く大切だけど……、穂積先生が……っ、す、好き…だって気付いて……」
まっすぐに視線を逸らすことなく斎賀を見つめ、志狼は一生懸命に気持ちを言葉にする。
「ごめんなさい……っ。俺、斎賀様に……」
耳をぺたんとさせ何度も謝る志狼に近づくと、斎賀は志狼の唇に人差し指を当てた。
魔法にかかったように志狼が口を閉じる。
「私よりも、穂積を選んだのだね」
優しく問いかけた斎賀を見上げ、志狼は顔をくしゃりとさせた。みるみるうちにその目に涙を溢れさせる。
「ごめ……。ほず…せんせ…っ……好きで、ごめ……なさいぃぃ……っ」
斎賀の長い腕が、優しく志狼を包み込んだ。
優しく抱きしめられたのがとどめとなって、志狼は堪えきれずにまるで子供のように声を上げて泣き出した。
「さ、さい…さいがさま……っ。ひぃぃん」
しがみ付く志狼の背を、斎賀の手があやすように撫でる。
斎賀は静かに目を伏せた。
それは短いようで長くも感じた。
まるで、取り乱さないように己と闘っているようにも見えた。
普段から斎賀は感情をコントロールし、落ち着き払っている男だ。それでも激情に駆られれば、抑えきれないこともある。
取り乱せば志狼が傷つく。志狼のために、冷静なように振る舞っているのだ。
「うえっ……。さ、さいが……さまぁ」
ぐずぐずと志狼は泣き続けた。
穂積と斎賀は、黙って志狼を見つめていた。それぞれに、違う想いで。
斎賀の気持ちを考えると、穂積は何も言葉にすることが出来なかった。
今は、斎賀が決断をしている時だ。何も言うべきではない。
「うぅ……。斎賀様……」
しばらく優しく撫でられているうちに気持ちが落ち着いたのか、志狼は顔を上げ斎賀を見た。
まだ少し涙ながらに問う。
「こ、こんな俺だけど……、まだここに、居ても……いいですか?」
「……当たり前だ」
優しく微笑んだ斎賀に、まるで感動の再会を果たしたかというくらいに志狼がさらにしがみ付く。
「斎賀様ぁ……っ」
別れの場面のはずなのに、何故か大好きだと抱きついているようにしか見えない。これが嫉妬というやつだ。
斎賀は愛しそうに志狼の耳に口付けた。
「あの粗野な男に失望したら、いつでも戻ってきなさい」
割り込むべきではないと二人がいちゃつく様を大人しく見ていた穂積だったが、斎賀がさらりと言った言葉には反応せずにはいられない。
「おい。失望って何だ」
嫌いを通り越して、人としてダメという意味になる。
「言葉の通りだ」
斎賀は穂積を一瞥した。
「一人の人として好きでいてくれるのなら、いつかまた希みはあると……思っていよう」
斎賀は名残惜しそうに、抱き締めたまま志狼の髪を撫でた。
斎賀にとっても、苦渋の決断なのだ。
相手がいてこその関係とはいえ、ようやく手に入った愛しい者を手放さなければならないのは辛いはずだ。
本当に、斎賀には悪いことをした。それは穂積も十分に分かっている。
けれど、このまま関係を続けていても、それは幻の関係だ。決して互いのためにはならない。傷は浅い方がいい。
斎賀にもいつか、志狼以上に大切に想う相手が見つかりますように―――。
親友の幸せを、穂積は心から願った。
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