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ケモノはシーツの上で啼く Ⅲ
4.穂積と斎賀の関係
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昼を過ぎた頃、柴尾は役所に向かっていた。
時折斎賀も行くが、役所へ報告や情報収集に行くのは今はほとんど柴尾の仕事だった。
通りを歩いていて、柴尾は見知った顔を見つけた。少し早足になり、近付く。
「穂積先生。こんにちは」
声を掛けられ、穂積が振り向いた。柴尾は頭をぺこりと下げる。
「今日はお休みの日ですか?」
同じ方向に向かって歩いていたので、歩調を合わせた。
「昼までの診療が終わったから、帰るところだ」
「志狼は元気ですか?」
「ああ。今日も元気に朝から狩りに出てった」
志狼は今、ファミリーを出て穂積の家に住んでいた。
柴尾と斎賀以上に年齢差のある二人が、同居するほど仲がいいとは思ってもいなかったので、話を聞いた時はじつに驚いたものだ。
志狼とは、今もたまに一緒に出掛けることがある。遊びに行くこともあれば、フリーのハンターである志狼と一緒に仲間を募って狩りに出向くこともある。
次の休日も、その予定をしていた。ファミリーの補充要員もするため、ハンターとしての登録は解除していないのだ。
「柴尾は役所か?」
行き先を訊ねられ、はいと頷く。
「斎賀のところで働くようになってどうだ?」
この問いには、少し苦笑いで返した。
「自分たちが、どれほど甘やかされていたかが分かりました。ファミリーの一員でなくなった途端、容赦がないっていうか……」
穂積がぷっと笑う。想像がついたのだ。
それに、と柴尾は続ける。
「あんなに仕事をたくさん、抱えられているとは思いませんでした。休日がなかったのも、当然です」
斎賀が丸一日休んでいるのを、柴尾は目にしたことがなかった。しかも、夜遅くまで仕事をしていることもあった。
今は夕食前には仕事を終え、週に一度はゆっくりと過ごしている。自分が力になれているのだと実感する。
穂積は優しく笑った。
「柴尾が手伝ってくれてるおかげで、斎賀も随分助かっているだろう。これからもあいつを支えてやってくれ」
「……」
また、だ。穂積と斎賀の間にある、特別な空気。
柴尾が気になっているものだ。
「お二人は……付き合いが長いんですか?」
思い切って穂積に訊ねると、何でもない様子で答えが返ってくる。
「うーん。……ちゃんとした出会いは、俺が二十六歳くらいだから、十三年ってとこだな」
「長いんですね」
「偶然仲間になったにしては、そうだな。こんなに長い付き合いになるとは、思っていなかったな」
仲間という言葉に、耳がピンと立つ。
「もしかして、穂積先生も昔ハンターだったんですか?」
「おう。斎賀とは、一緒に旅してた」
「そういう、ご関係……だったんですね」
柴尾は息を零した。
入っていけないような、二人の信頼関係―――。
それは、命を預け合ったからこそ生まれたものだったのだ。
「出会った頃から、斎賀様って今みたいな感じだったんでしょうか?」
せっかくなので、斎賀の若い頃の話を聞いてみたくなる。
思い出すように穂積は笑った。
「あいつの美麗の麗は、冷たいって書くな。身内には優しいが、それ以外の男には、てんで冷たい厳しい素っ気ないの三拍子だ。そんなところがいいって女もいたけどな。だが、あいつは冷たいように見えて熱い男だ。そして、男らしい」
穂積は、おかしそうに笑った。
「黙ってりゃ、女みてえに可愛い頃もあったんだけどなあ」
「えっ!? そ……そんな頃が……」
凄く興味が沸く。だが、穂積は慌てて口を塞いだ。
「……って、これは絶対に斎賀に言うなよ。あいつは人並み以上に、男らしくあることにこだわってるからな。……まったく、周りが敵だらけってわけでもないのに、弱ったところを見せたくねえんだ」
「………」
「じゃあ、俺はこっちだから。仕事頑張れよ」
通りを曲がる穂積と別れる。柴尾は後ろ姿を見送った。
道の真ん中で、呆然と立ち尽くす。
男らしくあることに、こだわる斎賀。
皆の前ではいつもかっこいいから、それが当たり前だった。
だが、穂積が言うのなら間違いない。
斎賀は、男らしくいることを意識している。それはきっと、斎賀の綺麗な容姿が関係しているような気がした。
それなのに柴尾は、抱くなどという女性に対するような行為をしてしまった。
抱いた翌朝、斎賀からは怒りが感じられた。自分のした行為のせいだとは分かっていた。
柴尾は、斎賀の自尊心を打ち砕いてしまったというお墨付きをもらってしまったのだった―――。
時折斎賀も行くが、役所へ報告や情報収集に行くのは今はほとんど柴尾の仕事だった。
通りを歩いていて、柴尾は見知った顔を見つけた。少し早足になり、近付く。
「穂積先生。こんにちは」
声を掛けられ、穂積が振り向いた。柴尾は頭をぺこりと下げる。
「今日はお休みの日ですか?」
同じ方向に向かって歩いていたので、歩調を合わせた。
「昼までの診療が終わったから、帰るところだ」
「志狼は元気ですか?」
「ああ。今日も元気に朝から狩りに出てった」
志狼は今、ファミリーを出て穂積の家に住んでいた。
柴尾と斎賀以上に年齢差のある二人が、同居するほど仲がいいとは思ってもいなかったので、話を聞いた時はじつに驚いたものだ。
志狼とは、今もたまに一緒に出掛けることがある。遊びに行くこともあれば、フリーのハンターである志狼と一緒に仲間を募って狩りに出向くこともある。
次の休日も、その予定をしていた。ファミリーの補充要員もするため、ハンターとしての登録は解除していないのだ。
「柴尾は役所か?」
行き先を訊ねられ、はいと頷く。
「斎賀のところで働くようになってどうだ?」
この問いには、少し苦笑いで返した。
「自分たちが、どれほど甘やかされていたかが分かりました。ファミリーの一員でなくなった途端、容赦がないっていうか……」
穂積がぷっと笑う。想像がついたのだ。
それに、と柴尾は続ける。
「あんなに仕事をたくさん、抱えられているとは思いませんでした。休日がなかったのも、当然です」
斎賀が丸一日休んでいるのを、柴尾は目にしたことがなかった。しかも、夜遅くまで仕事をしていることもあった。
今は夕食前には仕事を終え、週に一度はゆっくりと過ごしている。自分が力になれているのだと実感する。
穂積は優しく笑った。
「柴尾が手伝ってくれてるおかげで、斎賀も随分助かっているだろう。これからもあいつを支えてやってくれ」
「……」
また、だ。穂積と斎賀の間にある、特別な空気。
柴尾が気になっているものだ。
「お二人は……付き合いが長いんですか?」
思い切って穂積に訊ねると、何でもない様子で答えが返ってくる。
「うーん。……ちゃんとした出会いは、俺が二十六歳くらいだから、十三年ってとこだな」
「長いんですね」
「偶然仲間になったにしては、そうだな。こんなに長い付き合いになるとは、思っていなかったな」
仲間という言葉に、耳がピンと立つ。
「もしかして、穂積先生も昔ハンターだったんですか?」
「おう。斎賀とは、一緒に旅してた」
「そういう、ご関係……だったんですね」
柴尾は息を零した。
入っていけないような、二人の信頼関係―――。
それは、命を預け合ったからこそ生まれたものだったのだ。
「出会った頃から、斎賀様って今みたいな感じだったんでしょうか?」
せっかくなので、斎賀の若い頃の話を聞いてみたくなる。
思い出すように穂積は笑った。
「あいつの美麗の麗は、冷たいって書くな。身内には優しいが、それ以外の男には、てんで冷たい厳しい素っ気ないの三拍子だ。そんなところがいいって女もいたけどな。だが、あいつは冷たいように見えて熱い男だ。そして、男らしい」
穂積は、おかしそうに笑った。
「黙ってりゃ、女みてえに可愛い頃もあったんだけどなあ」
「えっ!? そ……そんな頃が……」
凄く興味が沸く。だが、穂積は慌てて口を塞いだ。
「……って、これは絶対に斎賀に言うなよ。あいつは人並み以上に、男らしくあることにこだわってるからな。……まったく、周りが敵だらけってわけでもないのに、弱ったところを見せたくねえんだ」
「………」
「じゃあ、俺はこっちだから。仕事頑張れよ」
通りを曲がる穂積と別れる。柴尾は後ろ姿を見送った。
道の真ん中で、呆然と立ち尽くす。
男らしくあることに、こだわる斎賀。
皆の前ではいつもかっこいいから、それが当たり前だった。
だが、穂積が言うのなら間違いない。
斎賀は、男らしくいることを意識している。それはきっと、斎賀の綺麗な容姿が関係しているような気がした。
それなのに柴尾は、抱くなどという女性に対するような行為をしてしまった。
抱いた翌朝、斎賀からは怒りが感じられた。自分のした行為のせいだとは分かっていた。
柴尾は、斎賀の自尊心を打ち砕いてしまったというお墨付きをもらってしまったのだった―――。
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