愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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3.特別な客

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 衛士は信じがたい顔で老人を見た。
 那岐と同じく、歴代の客の中で最年長であることに衝撃を受けているに違いない。

「どういうことだ?」
 ソファに座る那岐に視線を向け衛士は尋ねるが、そんなことは那岐の方が訊きたいくらいだ。

 本来なら営業開始と同時に客の相手をしているはずの衛士がこんな時間に出歩いていることもおかしなことだが、何かの手違いとしか思えなかった。

「儂が呼んだ。こちらへ来なさい」

 衛士と那岐は、同時に老人の顔を見る。
 遊華楼のトップとナンバー2を同時に呼ぶだなんて、驚きが少し顔に出てしまった。
 だが、衛士の顔を見ると隠す気もなくありありと表情に出ていた。そして恐らく今の表情を見れば、この年寄りを抱くという状況に動揺しているのだと分かった。

 遊華楼のトップとナンバー2を呼ぶとは、いったいこの老人は今夜どれほどの金を上乗せして支払ったのか想像もつかない。
 そう考えると、老人の正体が得体のしれないものに変わった。

 衛士はドアを閉めると、訝しそうな目つきでゆっくりと近付いた。ソファに座る那岐が全裸であるのを見て、どういう状況かと言いたそうだ。
 客の目がなければ間違いなく、なんでこんなじじいがいるんだと悪態をついている。

「……で、オレを呼んだご用件は?」
 客を抱く為に決まっているのに、衛士は現実から目を背けた。

 オーナーから丁寧な対応をするように言われているはずだが、衛士の態度はいつも通りだ。だが老人は、気に留めていない。

 老人はしっかりとした眼差しで、那岐を見てから衛士を見た。
「この男が、抱かれる側として使えるかを確認したい」

 那岐は瞬きを忘れて老人を見た。

「………。は?」
 思わず間抜けな声が出た。衛士も老人を凝視する。

 那岐が抱かれる側とは、おかしなことを言う老人に唖然とした。

 やはりこの老人は、遊華楼のシステムを分かっていない。
「お客様。それでしたら、お相手は桃宮の者になります」
 トップ違いで間違えて呼ばれたのだと分かり、那岐は胸を撫で下ろした。座ったまま、首だけ衛士の方に向ける。

「衛士。オーナーが間違えたようだ。悪いが、急いで行ってきてくれ。音羽を呼ぶようにと」
「あ、ああ」
 老人の言葉に動揺したまま、衛士は頷いた。

「こちらの手違いです。大変申し訳ありません」
 那岐は顔を老人に向けると詫びた。

 本来なら立ち上がり頭を下げるのだが、立ち上がれない為にソファに腰掛けたままとなった。
 そして、手違いだと分かり安堵しながらも、体に力の入らないという状況は那岐を不安にさせていた。

 部屋を出ようとする衛士を、老人が待てと止める。
「間違いではない。儂は、お主ら二人を呼んだ。こちらに来て、言う通りにせぬか」

 衛士は老人の言い方に少し眉を顰めたが、興味の方が勝ち文句も言わず那岐の傍に来た。ソファの傍に立つと、那岐の裸体をじろじろと見下ろす。
「ふぅん」

「ま、待って下さい。俺は橘のトップだ。そういうことなら、桃宮のトップを呼んで下さい!」
 衛士の不穏な視線に慌てて那岐が反論すると、老人は顔を顰めた。

「使い古された者など要らん」

 那岐は瞠目した。
 何度も客に抱かれた体を、まるで物のように使い古しだと言う。

 仲間を侮辱されたことに、怒りが湧いた。体を売るという仕事をしていても、それなりにプライドはある。
 例え相手が上客であろうと、怒りに任せて席を立ち部屋を出て行ってしまいたい気分だった。
 だが、体に力が入らない状態では、那岐はただ座り悔しそうに睨むことしかできなかった。

「では、俺が衛士を抱きます。行為を見ることをお望みでしたら、トップの俺が衛士を抱く方がご満足いただけるでしょう」
 状況が現実味を帯び始め、自分の置かれた窮地から逃れる為に那岐は別の提案をした。

 那岐は橘宮のトップだ。男に抱かれるなど、冗談ではない。

「いや。トップの者が良い。そこの衛士とやら、頼んだぞ」
「かしこまりぃ!」
 老人の言葉に衛士は、先程とは打って変わったご機嫌な返事をした。

 衛士は可笑しそうに、にやけ顔で那岐を見る。
「いやぁ。ナンバー2で残念だわ、オレ。まだまだ頑張らないと」
 言葉と表情が一致していない。焦りを感じる那岐とは対照的に、衛士は楽しくて仕方がないといった顔だ。

「衛士……っ」
 那岐の焦りは、衛士にも伝わっているはずだ。那岐はひじ掛けに置いた拳を握った。握る手すら、しびれたように上手く力が入らない。

 こんな状況になって、酒に薬を盛られたのだと分かった。那岐が玩具を選んでいる間に入れたに違いない。

 衛士は那岐に顔を近づけた。
「溜飲が下がるって、こういうことか? 客がご所望なら、禁止行為じゃねーよな。さすがにオレも、同じ橘の那岐を抱くことになるとは思わなかったけど」
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