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51,真実の一端
しおりを挟む今後オラージュ公爵家とは神殿で連絡を取り合うかどうか話し合いましたが、私の方も外出時は王立騎士団に監視され安全とは言い難い状態でありますから、連絡は王子殿下経由が出来ない場合は控えることにいたしました。
今回のように王子殿下が存じ上げない場合、情報を陛下と一部の上層部で遮断しているのだそうです。
「王が関与している以上、何を引き起こすか分かりません」
ロクス大神官の言葉にオラージュ騎士団の騎士は神妙に頷かれますが、私には未だにそれについては理解しきれておりません。
私も夜会の様子から陛下の異常な執着は分かりました。一方でそれがどう警戒に繋がるのか、今だからこそよく分からなくなっておりました。
「何を引き起こすかとは、ライナス伯父様のような?」
私が尋ねると、二人とも驚いた様子でした。
ああ、やはりライナス伯父様の死には陛下が関わっていたという疑惑は他の方も持って……何も証拠はなくとも疑念を長年持ち続けておれらたのですね。
「……断言はしませんが」
護衛を入れることを拒んだダイナス公爵家に対してよりも深く、ライナス伯父様を殺害した犯人の黒幕をオラージュ公爵家、騎士団は恨んでいたと私はたった今知ることになりました。
全てを黙っておられた養母は、何処まで何を知っておられるのでしょう。
「ねえ、私が一つだけ質問したら答えてくれる? それとも私には何も言ってはいけないって指示されてる?」
「特に指示はされておりませんが、それなりに機密情報など答えられないことはあります。そこをご理解いただいた上でなら、質問にお答えしましょう」
私の質問に答えられない場合もあるのなら、それ自体が答えだと思うことにしましょう。
取り敢えず、私が聞きたいのはこの一つです。
「居合わせたオラージュ騎士団なら分かると思ったから質問するわ。王立騎士団の調査書を見たら『ライナス伯父様とダイナス公爵子息、どちらが狙われたのかは断定できない』って書いてあったけど、貴方達の目から見た犯人はどちらを狙っていたのか、それを教えて欲しいの」
「断定できないって書いてあったのですか? 我々は王立騎士団にどちらの令息も狙われていたと報告したはずです」
狙われていたのはどちらもだったことにも驚きましたが、王立騎士団の調査書と違っていたことにも驚きました。
「意図的に省いたのでしょうが、王立騎士団が別の騎士団の話を信じず自分達で調べた結果だけ記入したのでしょうね。よくある話ですよ」
「派閥違い問題ですか……」
素人の私などは特記事項としてでも書き残しておくべきだと思うのですが、言われたオラージュ騎士団の騎士は苦虫を噛みつぶしたような顔をしておられるだけで反論はいたしませんでした。本当によくあることのようです。
それにしても、実際にはどちらも狙われていたとはどういうことでしょう。
「理由は分かっているのですか?」
質問してから一つって自分が言ったことを思い出しました。
「それが分かっていたら証拠になったでしょうね。残念ながら理由はおろか、犯人の身元すら分かりませんでした」
一つは私が勝手に限定したことでしたね。騎士は私の質問にあっさり答えてくれました。
結局この件に関しては、分からない事ばかりだから情報の制限がかけられていなかったのでしょうね。
ライナス伯父様と当時のダイナス公爵家の後継の方、この二人を同時に殺したら何が変わったのかと考えると、普通なら犯人の目星が付くものなのですが……。
結局一番狙われる理由が分からないライナス伯父様も狙われていたと分かっただけでした。
あまり長く休憩しているのも王立騎士団に不審に思われるかも知れないので、私はオラージュ騎士団の騎士と別れ、離宮に戻ることにしました。
「我らの姫が神殿を退出してから、私も公爵家に戻ります」
私が来ているので王立騎士団が神殿の周囲を警戒しているらしく、それが緩むのは私が帰ってからになるとのことです。
だから何故、王城内では護衛も付けて下さいませんのに、外だけやたらと厳重なのはどこかにアピールでもする必要があるかと勘ぐってしまいます。
物思いにふけりながらロクス大神官とともに、加護持ちと案内の神官しか立ち入らない廊下を歩いていると、
「王城内より貴女を求める者が圧倒的に多い外は危険だからでしょう。北部も西部も貴女をさらってでも自分達の土地に実りを与えて欲しいと望んでおります」
暴動の理由ですか。
現実的に、どんなに頑張っても私の加護にも限界があります。
以前の国の試算では南部の収穫で国をギリギリ支えられると私は聞いておりましたが、今はそれを信じる気にはなれません。いえ、元々私に現実を突きつけてもどうすることも出来ないための、優しい嘘だったのでしょう。
北と西、そこに住まう人々の生活を救うには、その場しのぎの豊穣の加護ではなく、真の意味での解決による救済が必要なのでしょう。
「ロクス様、正直に申し上げます。ロクス様達は禁忌を犯した者に心当たりがありますか?」
私には婉曲に聞くだけの能力がないので、直球で伺うしか手はありません。
「……犯していそうな方に一人は心当たりがあります。ですが、北や西に強い穢れが出ているなら、その方以外の北や西の者が禁忌を犯していたと考えるべきでしょうね」
ロクス様は神殿の総意として西と北は自然災害と結論づけられていることを御存知なのかどうかは、あまり意味がありません。この方も禁忌が犯されていると考えられていることが重要なのです。
「私の心当たりである人は、貴女もお気付きの方でしょう。その人は中央寄りの東の方なので、北と西は誰が犯したのか、私達は何年も見当も付かないでいる」
養母も恐らく北と西の問題に関しては、何も掴めていないのでしょう。
中央寄りの東とは……恐らくこの王都のことですね。
「大人になられた貴女は、これらの問題について知るべきなのでしょうね」
危険だと情報を出し渋られることはありますが、そう言えば誰からも調べるなと止められてはおりません。
既に分かっている情報をちまちま辿っているだけだからと私は思い込んでおりました。
「貴女は王族の血を引く加護持ちです。いつか我々ではなく、貴女がこの問題に決着を付けなければならなくなるでしょうね」
私はその言葉を聞かなかった振りをしました。
奇跡の加護持ち、その幻想にかける人々の期待は、私にとってフルレット侯爵領に居たときとは比べられないほど非常に重たいものになっておりました。
加護持ちの祈りの間へ続く出入り口は一つではありません。大神殿は大きく広いので何カ所かございます。
気が重くなった私が遠回りの道を頼んだので、恐らく王立騎士団が待っている出入り口とは異なった扉から外に出たのですが、
「ここで待っていれば会えそうな気がいたしました」
出てきた私を見つけて近付いてこられたのは、夜会で私に挨拶だけされて立ち去られたメイローズ侯爵でした。
この方、夫人の肩を叩くタイミングといい、多分ディル(仮名)さんと同じ系統の世界にいらっしゃる方でしょうね。隙なく周囲を伺い情報を集めて行動する方なら、私がここから出ることもある程度予想しておられたのでしょう。
敵なのか、味方なのか、私には分かりません。
「どうなさいました?」
敵にしろ味方にしろ、待っていたのならば用事があるからでしょう。私はいつも通りを装って尋ねてみました。
「そんなに警戒されなくても、私は大したことは考えておりませんよ。私は折角王女殿下が大神殿にいらっしゃったので、先代王妃のお墓にお参りしていただきたいとお願いに参りましただけですので」
先代王妃?
確か私の記憶では王家の墓に代々の王族は入る筈なのですが、大神殿とはいえここに先代王妃の墓があることは不思議です。
隣のロクス大神官を見上げると、
「先代王妃は王家の墓に入られた筈ですが?」
「十数年前に陛下の意向でこちらに移されたのですよ。御存知なかったのですか」
先代王妃だけ移したと言うことでしょうか?
「私にとっても母ですよ。私も知らされなかったなんて……」
ロクス大神官は陛下の弟、王弟と判明いたしました。
もう心のノートがいっぱいいっぱいなのですが、まだ情報は増えるのでしょうね……。
「……様々な事情がありますからね。王立騎士団が気付かれる前に移動をしましょうか」
ロクス大神官も私と一緒にメイローズ侯爵に案内されて、神殿の内部の特別な墓が並ぶ場所にたどり着きました。
「ここは貴人の眠る墓がある場所ではありません……」
特別な場所、と言うと綺麗に整えられた別格の場所と勘違いしやすいですね。
周囲を厚い壁と鉄格子に覆われた、神殿の施設の一部とは思えない寂れた場所にも、いくつもの墓が並んでいました。どの墓石も長年放置され、周囲も手入れがほとんどされておらず、通る道すら凸凹で一般人の眠る墓にしてもありえないことでしょう。
「オラージュ公爵令嬢は御存知ありませんよね。ここは王都でも特に重罪を犯した罪人の眠る墓地です」
私はとても驚きました。
「先代王妃の墓に行くのではなかったのですか?」
「この場所に先代王妃の墓があるからですよ」
一度は王家の墓に入れた先代王妃をよりによって重罪人の墓地に葬り直す意味は私には全く分かりません。
「兄は、どうして……」
ロクス大神官の嘆きが聞こえてきました。
母親ですものね。これでは罪人扱いと……
「罪人だからですよ」
はっきりとメイローズ侯爵は仰いました。
「は?」
「罪人だからですよ」
余程驚かれたのか、ロクス大神官は無言になられました。
罪人用の墓地でも一番目立たない場所で、メイローズ侯爵の足は止まりました。
目の前の適当な石には確かに名前が刻まれておりましたが、それを見て先代王妃の墓だと気付く者など到底いるわけがありません。
屈んだロクス大神官は刻まれた名前を確認されて、
「……母の名前です」
茫然とされていました。
「何故……罪人だなんて……」
「子供を1人もお産みにならずに王妃として亡くなると、この国では罪人扱いになるのですよ」
先代王妃は、陛下とロクス大神官の母親ですよね。
「産んでないって……まさか」
「さて、それ以上お知りになりたければ、オラージュ公爵令嬢の墓参りが終わってからにしていただきたい」
……正直、私が墓参りをすることに何の意味があるのかを真っ先に説明していただきたいのですが、突然突きつけられた謎に困惑されているロクス大神官が待っておられるので、私は先代王妃の墓の前に膝をついて祖父の義理の姉の為に祈りを捧げました。
捧げただけなのですよ。
物凄い音がして目を開けると、私の前にはメイローズ侯爵の背がありました。頭を傾げて奥を見ると、先代王妃の墓石が粉々に砕け散っておりました。
私の加護に何かが追加されたの!?
周囲の草も枯れて腐っており、豊穣の加護の影も形もありません。
まさか、まさか……イラッとすると物を砕く加護を得ることが出来ましたか?
「やはり、先代王妃も禁忌に関わっていたようですね」
はい?
「これは……禁忌を犯した者は加護を受けられないとはいわれておりますが……」
墓石も対象になるとは、加護持ちの私も知りませんでした。
メイローズ侯爵は深いため息をつきました。
「禁忌を犯した先代王と先代王妃には子供が生まれませんでした。でも、今の陛下もロクス様も王家の血筋ですよ」
「そんな話、誰からも聞いたことがない……」
「禁忌を犯したことを言えなかったように、貴方の真実も誰も口にはできなかったのですよ」
「どうしてメイローズ侯爵は知っている?」
「私は国の暗部に関わる家ですよ。尤も私が知り得るのはロクス様の父親が、先代王には弟でオラージュ公爵令嬢の祖父には兄であられた方だと知っているくらいですね」
恐らくそれしか知らないとは嘘でしょう。
ただ今の私達にはメイローズ侯爵自身から語られるもの以外は、情報を引き出すことは出来ないと感じました。
「兄もか?」
「いいえ」
私はこの時初めて、母達が未だ真相にたどり着けなかった真の理由を知ってしまいました。
「陛下の母親は、クローシェル様ですよ」
あまりにも前から、この国は闇に閉ざされていたのです。
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