SSSランクの元傭兵ですが、国一番の美形王子に「初恋なんです」と詰め寄られて正直めちゃくちゃ邪魔です

たら昆布

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6話

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 深い溜息が、夜の静寂に溶けていく。
 ガンツは、自分の寝台を占領して熱にうなされている「黄金の厄介者」を眺め、本日何度目か分からない後悔を噛み締めていた。
 普段はうるさいほどに跳ね回っているルカだが、今は青白い顔をして、時折苦しげに眉を寄せている。金色の短髪は汗で額に張り付き、宝石のような青い瞳は固く閉じられたままだ。
「……まったく、世話の焼ける王子様だぜ」
 ガンツは無骨な指先で、ぬるくなった手拭いを絞り、ルカの額に乗せ直した。
 SSSランクの元傭兵が、深夜に王子の看病。バズが見れば腹を抱えて笑い転げるだろうが、当の本人にそんな余裕はない。ルカが熱に浮かされて握りしめたガンツの服の裾は、無理に引き剥がそうとすれば破れてしまいそうなほど強く握りしめられていた。
 そのまま、ガンツは寝台の横に腰を下ろし、ルカの寝顔を見つめる。
 熱い吐息と共に漏れる「ガンツ様……」という呟き。
 その声を聞いているうちに、ガンツの意識は、忘れていたはずの十年前の記憶へと引き戻されていった。

 十年前、ガンツはまだ二十代前半の、血気盛んな若手傭兵だった。
 実力こそ頭抜けていたが、今よりもずっと刺々しく、他者との関わりを拒絶していた時期だ。そんな彼に舞い込んできたのが、隣国の盗賊団に拐われた「第三王子」の奪還という極秘任務だった。
 嵐の夜だった。
 ガンツはたった一人で盗賊の砦に乗り込み、立ちはだかる敵を次々と力でねじ伏せた。返り血を浴び、死神のような面構えで最奥の檻を壊した時、そこにいたのが十歳のルカだった。
 豪華な衣装は泥と涙で汚れ、小さな身体は恐怖でガタガタと震えていた。
「……おい、迎えに来た。立てるか」
 今の自分よりもさらに恐ろしい形相をしていたはずのガンツを、幼いルカは怯えた目で見つめていた。だが、ガンツが差し出した、血で汚れた大きな手を、少年は縋り付くようにして両手で握りしめたのだ。
 その時の、凍えるほど冷たかった小さな手の感触。
 崩れ落ちる砦から少年を抱き上げ、雨の中を走り抜けた時の、背中に感じた微かな鼓動。
 王宮の騎士団に引き渡す際、少年は泣きじゃくりながら「また会えますか」と、ガンツの服の裾を掴んで離そうとしなかった。
 あの時も、今と同じように……。

「……あ、う……」
 不意にルカが声を漏らし、睫毛を震わせた。
 ガンツは慌てて過去の追憶を振り払い、ルカの顔を覗き込む。
「おい、ルカ。気がついたか」
 ゆっくりと開かれた青い瞳は、まだ熱で潤んでいたが、目の前にいる大男を認めると、ふにゃりと力なく弛んだ。
「……ガンツ、様……。僕、まだ、生きてますか……?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。たかが知恵熱で死なれてたまるか。ほら、水を飲め」
 ガンツはルカの背中を支えて起こし、水差しから器に注いだ水を口元に運んだ。
 ルカは喉を鳴らして水を飲み干すと、満足そうに吐息をつき、そのままガンツの逞しい胸板に頭を預けてきた。
「……温かい。やっぱり、ガンツ様は……あの時と同じ、匂いがします」
「匂いだぁ?血生臭い傭兵の匂いだろうが。早く寝ろ」
「違います……。あの日、真っ暗な檻の中で、僕を救い出してくれた……僕だけの、英雄の匂い……」
 ルカの声は次第に小さくなり、再び眠りの淵へと沈んでいく。
 しかし、その顔には先ほどまでの苦悶はなく、どこか安らかな微笑みが浮かんでいた。
 ガンツは、預けられた頭の重みを心地よく感じている自分に気づき、慌てて首を振った。
「(英雄、ねぇ……。あんたの中じゃ、俺はいつまで経っても、あの時のままなんだな)」
 自分は年を取り、傷は増え、心も枯れ果てた。
 だが、この王子は十年前のあの日から一歩も引かず、まっすぐに自分の背中を追い続けてきたのだ。その事実が、岩のように硬いガンツの心を、少しずつ、しかし確実に削り取っていく。
 窓の外では、夜明けの光がうっすらと差し込み始めていた。
 ルカの熱は、峠を越えたようだ。
 握られた服の裾を解こうとしたガンツだったが、王子の寝顔があまりにも幸せそうだったため、結局、そのまま朝日が昇るまで隣に座り続けることにした。
 静かに暮らしたいという願いは、もう叶いそうにない。
 だが、この騒がしくて熱い「邪魔者」が隣にいない朝を想像した時、ガンツの胸に去来したのは、かつて味わったことのない妙な寂しさだった。
「おやすみ、ルカ。……いや、もうおはよう、か」
 ガンツの呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
 伝説の元傭兵は、自分が無意識のうちにルカの髪を指先で整えていることに、まだ気づいていなかった。
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