SSSランクの元傭兵ですが、国一番の美形王子に「初恋なんです」と詰め寄られて正直めちゃくちゃ邪魔です

たら昆布

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7話

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 翌朝、ガンツが目を覚ますと、隣の寝台は既にもぬけの殻だった。
 一瞬、昨夜の看病がすべて夢だったのではないかと疑ったが、枕元に置かれた使い古しの手ぬぐいと、寝具に残った微かな熱が、それが現実であったことを物語っている。
「……あの馬鹿王子、どこへ行きやがった」
 ガンツは寝癖のついた黒髪を乱暴に掻き回しながら、重い腰を上げた。
 昨夜の熱はどこへやら、家の中にはルカの騒がしい気配が微塵も感じられない。静寂が戻ったはずの室内は、どういうわけか以前よりも寒々と感じられた。
 居間へ向かうと、テーブルの上に一枚の紙切れが置かれていた。
『ガンツ様へ。少しだけ、あなたに似合うものを探しに行ってきます!心配しないでください。僕、今日は一度も転んでいません!』
 その書き置きを見た瞬間、ガンツの胃のあたりが嫌な音を立てて鳴った。
 心配するなと言われて安心できるほど、ガンツの神経は太くない。むしろ、あの歩く災害が一人で外へ出たという事実に、戦場での奇襲以上の危機感を覚えた。
「……ったく、一秒たりとも目が離せねえな」
 ガンツは朝飯を食うのも忘れ、汚れた上着をひっつかんで家を飛び出した。

 枯れ草村の朝は早い。
 霧が深く立ち込める森の入り口付近を、ガンツは鋭い眼光で走査した。元SSSランクの索敵能力を、まさか家出した王子の足跡を追うために使う羽目になるとは、隠居前の自分に教えたら絶望するだろう。
 泥の跳ねた跡、折れた小枝、不自然に踏み荒らされた草むら。
 ルカの残した痕跡は、素人目にも明らかなほど分かりやすかった。何度も躓き、草木に足を取られながらも、その足跡は真っ直ぐに森の奥の崖へと続いていた。
「おい、ルカ!どこにいやがる!」
 地響きのような怒声を上げながら、ガンツは茂みをかき分けた。
 すると、少し開けた崖の下から、情けない悲鳴が聞こえてきた。
「ひゃっ!あああ、棘が、僕の服を離してくれません!待ってください、今、僕が助けて……あだっ!」
 案の定だった。
 ガンツが崖の上から覗き込むと、そこには棘だらけの低木に絡まり、身動きが取れなくなっているルカの姿があった。
 せっかくの高級な旅装束は泥まみれになり、自慢の金色の短髪には枯れ葉や泥がこびりついている。
「あんた、そこで何してやがんだ」
 呆れ果てた声。ルカは顔を上げると、情けなさと嬉しさが混ざったような、何とも言えない表情でガンツを見上げた。
「ガ、ガンツ様……!すみません、驚かせようと思ったのに、逆に驚かせてしまいました!」
「驚きじゃねえ、呆れてんだよ。動くな、今助けてやる」
 ガンツは崖を滑り降りると、ルカを拘束している低木を、太い腕一本で根こそぎ引き抜いた。
 自由になったルカは、よろよろと立ち上がろうとして再び転び、ガンツの足元に転がった。
「怪我はねえか」
「はい……。かすり傷程度です。それより、見てください!これを、あなたに届けたくて」
 ルカは泥だらけの手を、宝物を扱うようにゆっくりと開いた。
 その中には、崖の影にしか咲かないという珍しい野花が、数輪握られていた。
 ルカの握力が強すぎたのか、花弁は少し萎れ、形も崩れている。だが、その色は驚くほど鮮やかで、朝露を弾いて輝いていた。
「……花?」
「昨日、看病してくれたお礼です。本当はもっと綺麗なものがよかったんですけど……。この花を見た時、どうしてもガンツ様の目を思い出したんです」
 ルカは鼻の頭についた泥を拭いもせず、無邪気に笑った。
「俺の、目?」
「はい。ガンツ様の目は、遠くから見ると怖いけれど、近くで見るとすごく深い色をしています。古びた金貨が、森の奥の泉に沈んでいるような……暗がりの中で、静かに光を湛えている、あの不思議な色。僕、大好きなんです」
 ルカの指先が、おずおずとガンツの右目の古傷のすぐ下、その瞳の近くに触れた。
 ガンツは息を呑んだ。
 触れられた肌から、火傷をしそうなほどの熱が伝わってくる。
 自分では忌まわしい傷の一部だと思っていた瞳を、この王子は古びた金貨だと言ったのだ。
「……馬鹿言え。ただの汚ねえ目だ」
 ガンツは動揺を隠すように顔を背けた。
 心臓の鼓動が、自分のものとは思えないほど激しく打っている。
 衣擦れの音が重なり、至近距離にルカの甘い気配が満ちる。
「汚くなんてありません。世界で一番、価値のある色です」
 ルカの声は、いつものヘタレた調子ではなく、驚くほど真摯だった。
 ガンツは乱暴にルカの腕を掴むと、彼を背負うようにして立ち上がった。
「……御託はいい。さっさと帰るぞ。その花は、俺が持ってやる」
「えっ!本当ですか!?」
「捨てるのがもったいねえだけだ。勘違いするな」
 ガンツはルカからボロボロの野花を受け取ると、それを大事そうに上着の胸ポケットに仕舞い込んだ。
 背中でルカがやったぁとはしゃぎ、ガンツの首にぎゅっと抱きついてくる。
「ガンツ様、大好きです!僕、一生あなたの隣で花を摘み続けます!」
「……重いんだよ、この馬鹿王子。あと、鼻水を俺の背中で拭くな」
 毒づきながらも、ガンツの足取りは朝よりもずっと軽かった。

 家に戻ると、ガンツは空いたジャムの瓶に水を入れ、ルカが摘んできた不器用な花を飾った。
 窓から差し込む光を受けて、野花は誇らしげに咲き誇っている。
 静かに暮らしたいという願いは、もうどこかへ消え去っていた。
 代わりに、この騒がしくて泥だらけの初恋が、ガンツの乾いた心にじわじわと染み込んでいくのを、彼は認めざるを得なかった。
「……ふん。金貨、ねぇ」
 独り言を呟き、ガンツは再びジャムの鍋を火にかけた。
 その顔は、村人が見れば腰を抜かすほど、穏やかで不器用な慈愛に満ちていた。
 だが、そんな穏やかな時間を切り裂くように、村の入り口から軍靴の音が近づいていることに、二人はまだ気づいていなかった。
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