甘灯の思いつき短編集

甘灯

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10 仕事と人間関係に思い悩む『芽衣』。とある夜、彼女は“異形頭”の男と出会う。

宵夜のルーメン【中編】

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「はぁ…今日も疲れた」

 仕事を終えた芽衣は、心底くたびれた様子で、家路を歩いていた。

(木崎さん、私に一体なんの恨みがあるんだろう…あんな姑みたいな…ううん、まるで親の敵みたいに攻撃してくるし)

 視界に入るだけで拒否反応を起こしているかのような態度。

(恵は『芽衣わたしがまだ若いから、ただひがんでるだけよ』なんて言ってたけど… 
 私、同じ歳になっても絶対後輩いびりなんてしないんだから!)

 心の中で小さく拳を握る。

 気づけば、昨夜立ち寄った公園の前だった。

「あの人…もしかしたら、また居るかな?」

 ――豆電球頭の男。

 どうしても気になって、芽衣は公園の中へ足を踏み入れた。

「やぁ、こんばんは」

 ベンチに腰掛けた“豆電球頭の男”が、親しげに声をかけてくる。

「こ、こんばんは」

 ――本当にいた。

 芽衣は動揺しながらも挨拶を返す。

 ――どこからどう見ても、見事な豆電球。

 昨日は混乱して無理に“被り物”だと思い込もうとしていたが、今こうして落ち着いてみると、それは違うことがはっきりと分かる。

 ガラスの球体の中には、水晶玉のような丸い“何か”がともっている。
台座もないのに、ふわりと浮かび、鼓動するように光が強弱を繰り返していた。

「ここ、空いてますよ」

 男は隣を軽く叩く。

「し…失礼します!」

 芽衣は鞄を抱え、少し緊張しながら腰を下ろした。

「今夜は蒸し暑いですね」

「そうですね…」

「いつも、こんなに遅くまで?」

 何気ない問いかけに、芽衣の表情が曇る。

「…はい。大きな企画があがっていて…その対応で」

「それは大変ですね、ご苦労様です」

「…ありがとうございます」

 その一言に、芽衣は泣きそうになった。

 心配されても――最近、ねぎらわれた記憶がない。

「いえ、礼には及びませんよ。
 貴女はとても気遣いのできる、そして優しい方です。――どうか、ご無理なさらぬよう」

 芽衣は照れたように頬を掻く。

「そんな……優しいなんて」

「いえ、貴女はとても優しい方だ。
 私の“この姿”を見ても逃げず…むしろ汚れを拭ってくださった」

 男は自らの頭をそっと撫でる。

「私の顔に触れた“人間”は、今まで誰一人いなかったんですよ」

「な、内心はめちゃくちゃ驚きましたよ! 『頭が豆電球!?なんで!?』って」

 芽衣が大げさに言うと、男は小さく笑った。

「驚くのが普通です。ですが、貴女は私を怖い・・とは思わなかったでしょ?」

「…あ、そういえば。驚きはしましたけど、怖くはなかったです」

 被り物だと思っていたのもある。
 だがそれ以上に、直感的に“悪い人ではない”と感じたのだ。

「多くの人間は、私を一目見るなり『化物』だと怯え、逃げていきます」

 声は穏やかだが、どこか寂しさが滲む。

「私はとても可愛いと思いますよ、その頭」

 芽衣は微笑んだ。

「丸いフォルムも、中の明かりも。なんだか、懐かしくて…ほっとします」

 男の光が、わずかに強く灯る。

「…ほんと、優しい明かり。一緒にいると落ち着きます」

「…ありがとう」

 みしめるような声音だった。

 
 しばしの静寂。

「…そろそろお帰りになった方がよいのでは?」

「あっ、そうですね。…って、もう日付変わってる!!」

 芽衣は腕時計を見て、慌てて立ち上がる。

「…引き止めてしまいましたね。お気をつけて」

「いえ、こちらこそ。では、失礼します」

 歩き出してから、芽衣はふいに振り返る。

「おやすみなさい!!」

 屈託くったくのない笑顔。

 男は一瞬言葉を失い、やがて穏やかに言葉を返した。

「…ええ。おやすみなさい」


 



 芽衣の姿が見えなくなると、男は静かに呟いた。

「芽衣さん、貴女はきっと大丈夫です」

 灯りが、柔らかく揺れる。

「貴女は温かい光を持っている。それは『灯台』のように、遠くを導く大きな光ではありませんが―」

 わずかに強く、そして優しく。

「その光は棘を持つ心を、そっと溶かす。そう…『蝋燭』の揺らめきだ。貴女の光は、誰かの心を癒やし、やがて愛されるともしびとなるでしょう」



   ○ ○ ○   ○ ○ ○



「望月さん! 何度言ったらわかるのかしら? この資料はこの棚! この位置なのよ!!」

 木崎の癇癪かんしゃくが、また始まった。


 周囲の社員が不快そうに眉をひそめる。当の本人は、そのことにまるで気づいていない。

「まぁまぁ、木崎さん」

 見かねた課長の清水しみずが、穏やかな声で割って入る。

「きちんと決められた棚には入っているんだから、そんなに目くじら立てなくても――」

「でも! 場所を統一しないと、次に使う人が困るでしょう?」

「いやいや。背表紙に大きく見出しが書いてあるし、十分に見やすいよ。少なくとも僕は困ってないな」

 清水はのんびりと笑った。

「最近、歳のせい・・・・か老眼が始まったみたいでね。望月さんのファイリングはとても見やすくて、助かってるんだ」

 芽衣のほうへ、にこりと微笑む。

「木崎さん、これでも見づらいなら、一度眼科で診てもらったほうがいいんじゃない?」

 嫌味のない、さらりとした口調。

 控えめな笑い声があちこちから漏れ、場の空気が和らいだ。

「大きなお世話よ!そんなんだから、いつまで経ってもあんたは課長止まりなのよ!」

 吐き捨てるように言い残し、木崎は大股で去っていった。

「――課長、ありがとうございました」

 芽衣は小さく頭を下げる。

「いいんだよ。僕、鈍感だから、なかなか気づいてあげられなかった」

 清水は苦笑する。

「…新谷あらたにから『君が困っているから、木崎さんにきちんと注意してください』って、言われてね」

「……え?」 

 思わぬ名前に、芽衣は目を見開いた。



  ○ ○ ○   ○ ○ ○



「新谷君、後片付けなら私がやるよ。今日は珍しく定時で上がれるでしょ? 先に帰って」

 会議は終わっても、新谷はテーブルの上の空の紙コップを集めている。

「それを言うなら、望月だってそうだろ」

 手を止めずに返す。

「私はこれが仕事だもん。終わったらすぐ帰るよ」

「なら、俺が手伝った方がもっと早く終わる」

 ぶっきらぼうな言い方だが、動きは手際よい。

「…ありがとう」

 芽衣はふいに鼻をすすった。

「……課長に聞いたの。私なんかに気遣ってくれて…」

 ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 新谷は驚き、慌てて芽衣のもとに駆け寄った。

「…礼なんかいいって」

 そっと袖で、芽衣の涙を優しく拭う。

「泣くなよ。お前は、いつも笑ってろ」

 少し照れくさそうに、新谷が笑う。

「うん…」

 芽衣は目を赤くさせながらも、笑顔を作った。

 その笑顔を見て、新谷がどこか眩しそうに目を細める。

「……早く終わらせて、一緒に飯でも食いに行くか」

「うん! ――あ、恵も誘おうよ!」

「え、ああ…そうだな」

 わずかに歯切れの悪い返事。

「?」

 芽衣は不思議そうに小首を傾げる。

 ――気づいていないのは、彼女だけだった。
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