甘灯の思いつき短編集

甘灯

文字の大きさ
13 / 31
10 仕事と人間関係に思い悩む『芽衣』。とある夜、彼女は“異形頭”の男と出会う。

宵夜のルーメン【前編】

しおりを挟む

「はぁ…疲れた。週休二日制なんて都市伝説だったんだ…」

 終電を逃した望月もちづき 芽衣めいは、とぼとぼと重い足取りで家路を歩いていた。

(二駅分って地味にきついんだよなぁ。タイトスカートに、ヒールのあるパンプスだし)

 七月上旬。
 梅雨明けしたばかりの蒸し暑さがまとわりつき、背中にじっとりと汗が滲む。
 終電を逃してから、すでに一時間は歩いている。

「そりゃ喉も乾くはずだよ。 あ~あ、干からびそう。このままじゃミイラになっちゃう!」

  深夜という自覚もなく、芽衣は公園前で大声を上げた。
 これも毎日の激務と度重たびかさなる連勤のせいだ。

「あっ」 

 公園に差し掛かったところで、ぴたりと足を止める。

「ここ、自販機ある!」

 砂漠でオアシスを見つけたかのように目を輝かせながら、芽衣は公園へと足を踏み入れた。

「んーと、どれにしようかな。ビールがあれば最高なんだけど…」

 ぶつぶつと愚痴りながら、明るいパネルを眺める。

「よし、これにしよ」

 財布の中から硬貨を取り出し、投入口へ差し込もうとした、その瞬間。

 チャリーン。 

 甲高かんだかい音を立てて、硬貨は地面に落ち、そのまま自販機の下へ吸い込まれていった。

「うそぉぉ…五百円がぁーー!!」

 芽衣は絶叫し、反射的に両膝をついて自販機の下をのぞき込む。

「飲み物一つと、コンビニのおにぎり二個…いや、三個いけるかも!」

 せこくわめきながら、隙間へ手を突っ込む。
 しかし手応えはない。

「暗いなぁ……」

 スマートフォンのライトで照らしてみるが、奥まで見えない。

「あと少し、明かりがあればなぁ…」

「――それなら、これでどうでしょうか?」

「!」

 艶のある男性の声と同時に、視界がぱっと明るくなった。
 
「あっ、ありました!そのままでお願いします!!」

「わかりました」

 顔を見る余裕もなく、芽衣は五百円玉へと手を伸ばす。

「取れた!!ありがとうございます!!助かりまし…ええぇ!?」

 勢いよく上体を起こし、相手を見た瞬間、芽衣は頓狂とんきょうな声を上げた。
 一緒になって自販機の下を覗いていた人物も、慌てて上体を起こす。

(あ、あ、あ、頭が!!!)

 芽衣は混乱した。

 ――目の前の人物の頭が『豆電球』だった。

「どうかされましたか?」

 襟元から上が豆電球。
 目も、鼻も、口もない。
 なのに、低く落ち着いた声だけが、どこからともなく響く。
 長身にスーツ姿の、どう見ても成人の男性。

 ――理解が追いつかない。

(な、なんで!!豆電球!? あ、あ、頭はどこいっちゃったの!?) 
 
 何度瞬きしても、豆電球は豆電球のままだ。

「…大丈夫ですか? 顔色が優れませんが…どこか具合が?それともお怪我でもされましたか?」

「い、いえ!!体調は問題ないです!怪我もないですし!」

 慌てて答える。

「それは良かった」

 男は安堵したように頷いた。

(普通に話してるけど…。私、仕事のしずぎで幻覚を見てるの?)

 普通に考えて、頭が豆電球の人間など存在しない。

(あ、被り物かな?)

 ようやくその可能性に思い至る。

(なーんだ。…それにしてもよく出来てるなぁ。向こうの景色が透けて…って、え? あれ…?)

「本当に大丈夫ですか?」

「あっ、はい! 助かりました。ありがとうございます!」

「いえいえ。貴女のお役に立てて何よりです。では、私はこれで――」

 軽く会釈えしゃくをして、男性はきびすを返す。

「あっ!」

 咄嗟とっさに声をあげる。

「……何か?」

 男が振り返った。

「そ、そこ!汚れてます!」

 芽衣は男の頭部を指差した。

「?? どこでしようか?」

 男が見当違いの場所を袖で拭う。

「もっと右です…えっと…」

(顔あれば、うまく説明できるのに…!)

「少し屈んでもらっていいですか?」

「はい」

 素直に腰を落とす男。
 芽衣はハンカチで丁寧に拭く。

「うーん。落ちないっ…。ちょっと持っててください」

 ハンカチを押し付け、鞄を漁る。

「ウェットティッシュの方が良さそう」

 “キュッ!キュッ!”と音を立てて磨く。

「取れました!」

 ピカピカになった豆電球を見上げて、芽衣に満足げに笑う。

「…ありがとうございます」

 男は照れくさそうに、自分の頭を撫でた。

「いえ、綺麗になって良かったです。…って!」

 芽衣は、はっと我に返る。

(私、何してるの!? こんな真夜中に、豆電球の頭を磨いてるなんて……!)

 冷や汗がじわりと滲む。

「そ、それでは! 失礼しますっ!!」

 そう言い残し、芽衣は脱兎だっとの如く公園を駆け出した。



   ○ ○ ○    ○ ○ ○



(昨日の……あれは、本当に何だったんだろう…)

 翌日の昼休み。
 芽衣は食堂の片隅で、昨夜の出来事をぼんやりと思い返していた。

(リアルな被り物だったなぁ。拭いた感触なんて、ガラスそのままだったし)

 球体の硝子越しに、向こうの景色が透けて見えていた。
しかも内部には、確かに明かりが灯っていた。

 ――まるで、本物の豆電球を頭に乗せているみたいに。

(あの中、どうなってたんだろう……。どんなカラクリ?)

 あんな紳士的で親切そうな人が、なんであんな奇抜な被り物をしていたのか。 

「…い」

(そもそも、なんで公園なんかに……)

「芽衣!」

 至近距離で名前を呼ばれ、芽衣ははっと顔を上げた。

「あっ、ご、ごめん!めぐみ、なに?」

「何かあった? さっきから何度も呼んでも返事しないし、ずっと上の空だけど…」

 社内で一番仲の良い入夏いりなつ めぐみが、心配そうに尋ねてきた。

「そ、そうかな?」

「疲れてるんじゃない? 最近、残業続きなんでしょ」

「…うん。新プロジェクトの資料まとめとか、ちょっと手間取っちゃって」

 芽衣は曖昧に笑った。

「無理しないでよ。部署違うけどさ、手伝えることあったら言って。すぐ行くから」

「…ありがとう」

 胸の奥がじんわりと温かくなる。
涙腺が緩みそうになり、芽衣は慌てて笑顔を作った。

「ここ、いいか?」

 そのとき、テーブル越しに声がかかる。

「あれ?新谷あらたに、今から昼食?」

 恵が食堂の壁時計を一瞥いちべつして尋ねる。

「そうなんだよ。穂積ほづみ西岡にしおかが会議中にまた揉めてさ」

 深くため息をつきながら、新谷あらたに 桃矢とうやが向かいの椅子に腰を下ろした。
 同じ部署の同期で、すでプロジェクトリーダーを任されているエースだ。

「以前の提案が良かったって、穂積がまた突っかかってさ。西岡の案が採用されたことが悔しいんだろうけど…仲間内で足の引っ張り合いは勘弁してほしいわ」

「…あんたも大変ね」

「あんた“も”?」

 新谷の視線が芽衣へ向く。

「私なんか全然だよ」

 芽衣は明るい声を作った。

「新谷君に比べたら楽なもん。同じ中途採用なのに、もうチームリーダーだもんね
 私なんか飲み込み悪いから、未だに資料作りの手伝いとか、お茶汲みとかで。
 …あっ、ごめん、嫌味になっちゃったよね?」

 誤魔化すように笑う。

「…木崎きさきさんに、また何か言われた?」

 新谷は眉間に皴を寄せた。

「ううん!何も言われてないよ」

 核心を突かれ、内心どきりとする。

 木崎は、同じ部署の『お局様』的存在。
 理由は分からないが、芽衣を露骨に毛嫌いしている。
 顔を合わせれば、息を吐くように小言。
 わざと間違えた情報を教えられたこともあった。

 ――芽衣が今、一番頭を悩ませている『案件』だった。

「ほら、早く食べないと昼休み終わっちゃうよ。このあと会議だし」

「…ん」

 新谷はそれ以上追求せず、大人しく食事を始めた。

「あっ、第一会議室の鍵!」

 芽衣は立ち上がる。

「ごめん、先行くね」

 慌てて食堂を後にした。



   ○ ○ ○    ○ ○ ○




「望月さん、遅いわよ!」

 第一会議室の前で、木崎が腕を組み、仁王立ちしていた。

「すみません!」

 芽衣は急いで鍵を開ける。

「雑用ぐらいしか大して役に立ってないのに、有能な先輩を待たせるなんて、随分すいぶんと図太い神経をしてるのね。私なら悠長に昼食なんか取っていられないわよ」

 木崎の敵意むき出しの嫌味に、芽衣は「すみません…」と声をしぼませた。

「私が貴女ぐらいの歳の頃は――」

(…また、始まった)

 木崎はいつも、芽衣と自分の若い頃を比較しては、自慢と嫌味を交えて語り始めるのだ。

 
「そこ、揃ってないわよ」
「資料の角、ちゃんと合わせて」
「ほんと、気が利かないのね」 

 会議の準備を始めた芽衣の後ろを執拗について回り、椅子の並べ方、資料の置き方まで逐一指摘する。

 芽衣はただ、「すみません」と繰り返すしかなかった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

【完結短編】真実の愛を見つけたとして雑な離婚を強行した国王の末路は?

ジャン・幸田
恋愛
真実の愛を見つけたとして政略結婚をした新妻を追い出した国王の末路は、本人以外はハッピーになったかもしれない。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

処理中です...