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17 非の打ち所のない完璧な女性『可奈』。彼女は職場でかつてマッチングアプリで知り合った男と再会する。
Smile in voice -最愛の声-【前編】
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「可奈君。こちらが今回の依頼人である画家の“紫雨 ”さんだ」
応接室でそう紹介された瞬間、可奈は相手の顔を一目見るなり、不覚にも「あ!」と声を漏らしてしまった。
「ど、どうしたんだい?」
滅多に驚かない可奈の反応に、室長は目を丸くした。
普段の彼女は依頼人の前で声を荒げることなど一度もない。
任務で不測の事態に陥れば、誰よりも冷静に、迅速に、的確に動く。
事務仕事でもミスなくこなし、報告書はいつも完璧。
訪れてくる依頼人への接客態度も申し分なく、緊張している相手を和ませる話題の振り方も上手い。
「依頼人との信頼関係を築く」それはこの仕事において最も重要な要素であり、可奈はそれを何よりも得意としていた。
さらに職場でも、彼女は淑女的な気配りを欠かさない。
華やかな外見も相まって、同僚たちからは“事務所のマドンナ”などと囁かれている。
書類整理の合間には率先してお茶を淹れ、しかも全員の好みを把握している徹底ぶりだ。
『菜島可奈』を一言で言い表すならーー
まさに『非の打ち所がない完璧な女性』である。
「…大きな声を上げてしまい、大変失礼いたしました。世界的に名高い鬼才画家・紫雨さんとお会いできて、つい感極まってしまって…」
可奈は、我ながら『よくもまあこれだけ心にもない形ばかり』の社交辞令が口から出るな、と内心思いながら、完璧に微笑みを浮かべた。
「ああ、そうだよね!」
室長が勢いよく頷く。
「画家の紫雨と言ったら“見る者の気を触れさせる鬼才”だよ!
あの作品はね…いや、あれ、“絵”って呼んでいいのか…今だに僕は迷っていてさ。
だって、絵の具で描いたはずなのに“絵”という括りに片づけちゃうのが、なんか惜しいというか…もっと違う次元なんだ!
まるで目の前で映像が立ち上がってくるみたいでさ。色と線が混ざり合って、善と悪がこう…混沌として渦巻いていてさ。
思わず息を吞むんだよ。…あれはもう吸い込まれるような不思議な感覚なんだ。
しかも見る人によって印象が違う。だからこそ!世界が絶賛するんだろうね!
――あれはもはや、中毒性のある芸術だよ。いや、まさに、紫雨さんは日本の宝だな!」
室長の熱弁が一段落すると、可奈はそっと視線を横に逸らした。
(……え、今の熱量は何?)
引き気味になった視線を、可奈はそっと紫雨へ向けた。
自分の作品についてここまで熱く語られているのに、当の本人はどこ吹く風という表情だ。
だが紫雨は、わずかに顔を上げた。
――視線が触れ合う。
その瞳は静かなまま、けれど“探るような色”を帯びていて、可奈を見つめていた。
(何なの…急に)
胸が微かにざわつき、可奈はそっと紫雨から視線を外した。
何事もなかったように、室長に向き直る。
「…室長、お詳しいですね」
声音は丁寧さを保っているが、その言葉には動揺を隠すような距離感が滲む。
「僕は紫雨さんの大ファンだからね。それは君も同じだろう?可奈君」
室長に聞き返されて、可奈は紫雨の方へ視線を戻した。
「…ええ。本当に素晴らしい方ですよね」
◇ ◇ ◇
数週間前。
『…意味がわからないわ』
オープンテラス席で可奈は呆然と呟いた。腕時計に目を遣る。
「トイレに行く」と席を立った男は、30分経っても戻ってこない。
『…いくら何でも長過ぎだわ。まさか…帰った?』
所詮、出会い系のマッチングアプリで今日会ったばかりの相手だ。
何か気に障ることでもあったのか、あるいは顔が好みではなかったのかもしれない。
――とはいえ、可奈は自他ともに認める美人である。
一目を惹く秀麗な顔立ち。染めていない黒髪は癖ひとつもなく、艶やかに揺れる。
強い眼差しを宿すくっきりした黒の瞳は、彼女の意志の強さを印象付ける最大の魅力だ。
幼い頃から続けてきた合気道で鍛えた身体は引き締まり、スタイルも抜群。
学生時代から“高嶺の花”と呼ばれてきたのも無理はない。だが美人にもかかわらず、可奈には恋人が一人もいなかった。
端から相手にされないと寄ってくる相手がいなかったのか。はたまた、可奈自身がそんな空気を纏っていたのか。
可奈に告白してくるような“勇気ある男”はこれまで本当に一人もいなかったのだ。
今年で25歳。
さすがに恋人が欲しいと思い、可奈は初めて出会い系アプリに登録した。
だが自慢の顔はあえて非公開にした。
数人の男たちとやり取りする中で、同じく顔を出していない一人の男性と頻繁にやり取りを交わすようになった。
その男の方から、直接会おうと誘われて、今日に至る。
会話で相手を不快にさせることを言った覚えはない。
“素”の自分は正直で、歯に衣着せぬ物言いをしがちだが、無神経なタイプではない、はず。
『…………』
空になったコーヒーカップの底を無言で見つめる。
『…帰ろ』
可奈は席から立ち上がり、会計を済ませて店を出ようとした。
『あっ、お客様! 先程は大変失礼しました!』
若い女性店員が駆け寄り、深く頭を下げた。
『いえ、本当に気にしないでください』
可奈は安心させる笑みを向けると、店員は胸を撫でおろした。
『ありがとうございます…。でも…その…お召し物を濡らしてしまって…』
言われて可奈は腕に引っ掛けていた赤いカーディガンを見る。
男が席を立って、この店員がテーブルの脚に躓き、倒れそうになったところを可奈が支えたのだ。
その際、店員が運んでいたコップの水がカーディガンに盛大にかかってしまった。
中に着ていたブラウスが濡れなかったのは幸いだった。
『大丈夫ですよ。この天気ですからすぐ乾きますし…それに、これ、私の好みではないんですよね』
可奈は思わず苦笑した。
この赤いカーディガンは、男が「デートには赤い服がいい」と指定してきたものだ。
普段の可奈は暖色系を好まず、こんな真っ赤な色の服は絶対に着ない。
渋々従って、せっかく着てきたのに肝心の相手は帰ってしまった。
――なら、この服を着る意味はもうない。
(……まさか、その相手がまた目の前に現れるとは、ね)
男はまるで初対面のような態度だった。
名を聞いただけでは、気づかなかった。
画家の紫雨は素性を隠して活動しており、彼から画家だとひと言も聞かされていなかった。
そういえば、可奈はこの男のことを何も知らない。
何度か通話はしたが、“紫雨”という名の通り、どこか掴みどころのない、神秘的な空気をまとった男だった。
だからこそ、男から会いたいと言われた時、可奈はむしろ驚いたほどだ。
(そんなことはもうどうでもいい……でも!)
“何も言わずに帰ったこと”だけは、どうしても問い詰めたい。
しかし今は仕事中。可奈は衝動を飲み込み、冷静な顔を取り繕った。
「可奈君、それでだ」
黒の革張りの椅子に腰掛けた室長が、隣に座る可奈へと話を切り出した。
「今回の依頼だけど、今日から7月末に開催される紫雨さんの個展までの期間、彼の一人警護を頼みたいんだ」
「…わかりました」
可奈はすぐに仕事モードへ入り、素直に頷いた。
「……それで私は、どのような相手から紫雨さんを護ればよろしいのでしょうか?」
「…“焔の密教会”をご存知ですか?」
ここで、今まで黙っていた紫雨が口を開いた。
一度会った時とはまるで違う、冷淡たる声だった。
だが不思議と、その声は彼の端正な顔立ちにしっくりと馴染んでいる。
可奈はマッチングアプリで見た紫雨のプロフィールを思い出す。
確か34歳。
明るめの髪色にゆるい癖のある髪。
色素の薄い茶色の瞳。
彫りの深い目元は東洋人らしさから遠ざかって見える一方、西洋人とも違う。
ハーフ、あるいはクオーターだろうか。
背は高く、Vネックのシャツ越しでも分かる鍛えられた体つきは、芸術家という印象とはかけ離れている。
今、目の前に座っている紫雨は、近寄りがたい冷たい気配を醸し出していた。
最初に会った時の頼りない印象はもうどこにもなかった。
――まるで別人だ。
――もっとも、それは仕事モードの可奈も同じだといえるが。
「…いえ、存じ上げません」
「焔摩天という神を崇拝している団体です」
「………」
可奈は理解が追い付かず、押し黙った。
「…簡略的に言うと、仏教で有名な閻魔大王のもう一つの姿とされる、冥府を司る神です。彼らは“徳を積めば死後の世界は安泰だ”などと言って、言葉巧みに信者を増やしています。まぁ、大規模ではない小さな団体ですがね」
「…なるほど。その団体が紫雨さんを狙っていると。……一体どんな関係なんですか?」
可奈は不躾ながら、紫雨に問いかけた。
「…少し前から『焔摩天の宗教画を描け』と焔の密教会から要求されていまして。ですが、私はそういったものとは一切関わり合いたくありませんから、何度も断っています。しかし相手は聞き耳を貸してくれない」
「確かに…そういう団体との関係は避けたいですね」
「はい。…世間的に知名度は低い分、余計に過激なことをしてくる可能性が高いんです」
紫雨は心底疲れた様子で、深くため息をついた。
「ああ…大きな団体だと警察の目もありますし、世間の目を浴びて動きづらいですからね。でも小規模なら表立たずに動けてしまう」
「ええ、その通りです。それで、この前は誘拐されそうになりまして…」
「………」
再び押し黙った可奈に、室長が口を挟んだ。
「…と言うことなんだよ、可奈君。確かな証拠がないからと警察は真剣取り合ってくれない。…まぁ、いろいろと事情があってね。で、紫雨さんは2週間後に大規模な個展を開く予定だ。今はその準備で忙しいが、相手はお構いなしだ。また同じような手段を取ってくる可能性は十分にある。だから、君に警護を任せたいんだ」
室長の口ぶりから“どうやら警察が頼れないから、ここに来た”ことが読み取れた。
「…話はわかりました。しかし室長、それなら他の者が適任ではないですか?」
可奈は護衛経験が豊富であるが、女性対象者を除き、直接対象者に張り付くタイプの要人警護は少ない。
周囲を見ながら人を配置し、進路を調整し、裏方として動くことが多かった。
“適任適所”という言葉通り、可奈は前に立つタイプではない。
可奈が冷静にそれを指摘すると、室長は頬を描いた。
「それがね……」
室長の煮えたぎらない物言いに、可奈は眉をひそめる。
「紫雨さんは、警護されているということを他人に気取られたくないんだよ」
依頼人が護衛人の“見た目”に注文をつけることは珍しくない。
俳優なら、自分より目立つ護衛を嫌がるし、政治家なら威圧感のある護衛を好む。
依頼人に合った人材を選ぶのも室長の仕事だ。
「だからね。個展までの数日間は可奈君、君に紫雨さんの私生活面込みの警護してほしいんだよ」
室長の言い方に、可奈の胸の奥がざわついた。
嫌な予感がする。
まるで可奈の反応を探るように、紫雨がそっと視線を注いだ。
「つまりは紫雨さんと“同居人“という形で護ってほしいんだ」
室長の一言に、可奈は絶句した。
◇ ◇ ◇
「…1つ聞いてもいいですか?」
「はい。なんですか」
紫雨が運転する車内で、助手席に乗った可奈が前方を見据えたまま切り出した。
「なんで初めて会った時、トイレに行ったきり戻らなかったんですか?」
「えっ!?」
紫雨はひどく動揺し、思わず急ブレーキを踏んだ。
「あぶなっ!!」
可奈は思わず声を上げる。
「す、すみません!!」
紫雨は慌てて車を路肩に寄せて停めた。
可奈が鋭く睨みつける。
「…一体なんなの?」
「し…室長さんが“可奈君”と貴方を呼んでいて…それに声も似ているから、もしかしてとは…思ったんですけど。まさか…あの“カナさん”だとは…」
「は?実際に会ったことあるのに、“私”だってわかんなかったってこと?」
「…はい」
可奈の気迫に押され、紫雨は消え入りそうな声で答えた。
あれほど冷淡に見えた紫雨が、今は小動物のように怯えて見える。
「実は…私…子供の頃から人の顔が認識できなくって…」
「……え?」
「一般的には『相貌失認』と言われるものなんですが……」
「………」
可奈は言葉を失った。
「トイレから戻ったら…急にカナさんの場所が分からなくなって…いなくなったんだと思って…」
紫雨は罰が悪そうに頬を掻く。
「カナさんがずっと不思議がっていた“服装の色を指定した”のは…それで、カナさんを認識できるように、なんです」
「あ…」
可奈は一つの事実に思い当たった。
紫雨が席を立ったあと、転びそうになった店員に水をかけられ、赤いカーディガンを脱いだこと。
割れた食器の片付けで席を移動させられたこと。
そして移動先は店内からは見えづらい 位置だったこと。
「ごめんなさい…それ、私のせいだわ」
「え?」
可奈は当時の状況を説明した。
「…そ、そうでしたか」
「好みの服装を指定されたんだと単純に思ってたけど、そんな理由があったのね。…知らずに怒って、ごめんなさい」
「いえ!私が言わなかったせいです。貴女には大変、不快な思いをさせました…すみません」
可奈の素直な謝罪に、紫雨も深々と頭を下げた。
「何度か、カナさんに連絡を取ろうとしたんですけど…」
「ムカついたから即ブロックしたのよ…」
「ああ…なるほど…」
重い沈黙が車内に流れる。
そうして、車は高級住宅街の一角にある紫雨の家の駐車スペースに滑り込んだ。
「…どうぞ」
紫雨に促されて、可奈は玄関を上がる。
世界的な画家のアトリエ兼自宅というだけあり、調度品はどれも美的センスに溢れていた。
「ふーん」
可奈は部屋を見回す。
警護するうえで間取りの把握は護衛人として当然だ。
一方の紫雨は、どこか落ち着かない。
「あ、お茶を入れますね」
耐えきれなくなったように、紫雨はキッチンへ向かった。
「…そんな気を遣わないでいいわ。私は“仕事”で来ているんだから」
可奈も後を追う。
「そ、そうなんですけど…」
冷たくあしらわれて、紫雨はしゅんと肩を落とした。
(……なんで、その反応なのよ)
可奈は“紫雨”という男がつかめない。
事務所で再会した時はあれほどクールだったのに、今は耳と尻尾を下げた大型犬のようだ。
「はぁ…わかったわ。じゃあ、お茶一杯もらう」
「はい!」
紫雨は一瞬で表情を明るくする。
今度は尻尾を全力で振っている大型犬のように見えた。
(本当に…よくわかんない人)
◇ ◇ ◇
紫雨が初めて“カナ”と通話した日のこと。
『カナです。よろしく』
その声を聞いた第一印象は、『飾りっ気のない女性』だった。
『そのアーティストは全く興味ないわ』
何度か通話でやり取りをするうちに、カナは“率直に思ったことを言う人”だと分かった。
自我が強い、協調性がない、と捉える人もいるだろう。
だが紫雨には、そんな彼女がひどく心地よかった。
相貌失認の紫雨は、相手の顔の表情が読むことができない。
紫雨から見える人の顔とはとても曖昧で、まるで“のっぺらぼう”のようだった。
だから相手が何を考えているのか分からない。
――幼い紫雨にとって、それは恐怖だった。
だからこそ、次第に“声”で感情を読むようになった。
声の質は多少なりとも感情に左右されて、時には表情よりも雄弁に心を語る。
普通の人でも、長く一緒に過ごすことで、声を聞いただけで相手の細やかな心の変化に気づくこともある。
だが紫雨は、“どれだけ一緒に過ごしたか”とは無関係にーー
たった一声で、その人の感情を読み取れるようになっていた。
それは欠損した部分を別の感覚で補うようにして、自然と開花した紫雨の“能力”だったのかもしれない。
けれど、その能力には厄介な面もあった。
笑っていても、声音が笑っていない。
楽しそうに話していても、声音はどこか沈んでいる。
紫雨はそんな“声の矛盾”に、誰よりも敏感になってしまったのだ。
人は、自分の本心を隠すために、矛盾した行動や声音を使う。
社会には、自分を偽る人間が多い。
紫雨にとって、そんな噓に満ちた世界は、とても生きづらい場所だった。
やがて声だけで相手の嘘が分かるようになった紫雨は、ますます世間から距離を置くようになっていた。
そんな中で、カナだけは違っていた。
彼女は“真っ直ぐな声”を持つ人だった。
『カナさんは「紫雨」って画家、知ってますか?』
『そうね、名前だけなら聞いたことはあるかしら』
『……そうですか』
『その人がどうかした?』
『私と名前が同じで…ニュースでもよく見るので、どう思ってるのかなって』
『仕事以外の話題には興味ないのよね』
『…そうですか』
カナはいつものように素直に答える。
彼女が、一般的に知られている“画家・紫雨”について、どう思っているのか知りたかった。
しかしあまりにも淡白な反応に、さすがに少し凹んだ。
『……そういえば、「紫雨」って画家だけど…』
ある日、カナの方からその話題が出た。
『ネットで見たけど抽象画ばかりよね。人物画は全然ないし』
『…そうですね』
『でも、“人の気に触れる鬼才”って言われるのは、分かる気がするわ』
『どこがですか?』
『そうね…人の心に届く“温かみのある絵”って感じかしら。…何を描いてるのか全くわからないけど…そう感じるの。不思議よね』
その言葉に、紫雨は本気で彼女に会いたくなった。
◇ ◇ ◇
「…で、どうするの?」
可奈の声に、紫雨は我に返った。
「……え?」
急に、現実へ引き戻される。恋焦がれた人が目の前にいる。
嬉しいと思う反面、彼女の表情が読めないことに、胸が苦しくなった。
「だ・か・ら、明日よ。どこか行く予定はあるの?」
紫雨が上の空で返事をするので、可奈は不満げだ。
「あっ…そうですね、画材を買おうかと!」
「そう。わかったわ」
可奈は椅子から立ち上がる。
「紫雨の部屋はどこ?その隣の部屋を使わせてもらうわ」
「はい!ええっと…」
“可奈と一つ屋根の下”それだけで紫雨の沈んでいた気持ちは一気に晴れた。
部屋に案内し、可奈に用意していた寝具を手渡す。
「何かあったらすぐ言って。じゃあ、おやすみ」
可奈は素っ気なくそう言って、部屋に入っていった。
もっと話かったのにーー紫雨はがっくりと肩を落とした。
(どうして……彼の前だけは素の自分でいられるかしら)
可奈は後ろ手でドアを閉め、その背に寄りかかった。
自分でも驚くほど、胸の奥がざわついている。
職場でも、家族の前でさえ本音を隠して生きてきたのに…紫雨の前では、どうしても飾れない。
気づけば、素のままの自分で話してしまっている。
紫雨と出会ってから生まれた、この不思議な感覚。
その理由がなんなのか分からない。でも、嫌ではない。むしろ心地よい。
――これは…一体、何なんだろう。
応接室でそう紹介された瞬間、可奈は相手の顔を一目見るなり、不覚にも「あ!」と声を漏らしてしまった。
「ど、どうしたんだい?」
滅多に驚かない可奈の反応に、室長は目を丸くした。
普段の彼女は依頼人の前で声を荒げることなど一度もない。
任務で不測の事態に陥れば、誰よりも冷静に、迅速に、的確に動く。
事務仕事でもミスなくこなし、報告書はいつも完璧。
訪れてくる依頼人への接客態度も申し分なく、緊張している相手を和ませる話題の振り方も上手い。
「依頼人との信頼関係を築く」それはこの仕事において最も重要な要素であり、可奈はそれを何よりも得意としていた。
さらに職場でも、彼女は淑女的な気配りを欠かさない。
華やかな外見も相まって、同僚たちからは“事務所のマドンナ”などと囁かれている。
書類整理の合間には率先してお茶を淹れ、しかも全員の好みを把握している徹底ぶりだ。
『菜島可奈』を一言で言い表すならーー
まさに『非の打ち所がない完璧な女性』である。
「…大きな声を上げてしまい、大変失礼いたしました。世界的に名高い鬼才画家・紫雨さんとお会いできて、つい感極まってしまって…」
可奈は、我ながら『よくもまあこれだけ心にもない形ばかり』の社交辞令が口から出るな、と内心思いながら、完璧に微笑みを浮かべた。
「ああ、そうだよね!」
室長が勢いよく頷く。
「画家の紫雨と言ったら“見る者の気を触れさせる鬼才”だよ!
あの作品はね…いや、あれ、“絵”って呼んでいいのか…今だに僕は迷っていてさ。
だって、絵の具で描いたはずなのに“絵”という括りに片づけちゃうのが、なんか惜しいというか…もっと違う次元なんだ!
まるで目の前で映像が立ち上がってくるみたいでさ。色と線が混ざり合って、善と悪がこう…混沌として渦巻いていてさ。
思わず息を吞むんだよ。…あれはもう吸い込まれるような不思議な感覚なんだ。
しかも見る人によって印象が違う。だからこそ!世界が絶賛するんだろうね!
――あれはもはや、中毒性のある芸術だよ。いや、まさに、紫雨さんは日本の宝だな!」
室長の熱弁が一段落すると、可奈はそっと視線を横に逸らした。
(……え、今の熱量は何?)
引き気味になった視線を、可奈はそっと紫雨へ向けた。
自分の作品についてここまで熱く語られているのに、当の本人はどこ吹く風という表情だ。
だが紫雨は、わずかに顔を上げた。
――視線が触れ合う。
その瞳は静かなまま、けれど“探るような色”を帯びていて、可奈を見つめていた。
(何なの…急に)
胸が微かにざわつき、可奈はそっと紫雨から視線を外した。
何事もなかったように、室長に向き直る。
「…室長、お詳しいですね」
声音は丁寧さを保っているが、その言葉には動揺を隠すような距離感が滲む。
「僕は紫雨さんの大ファンだからね。それは君も同じだろう?可奈君」
室長に聞き返されて、可奈は紫雨の方へ視線を戻した。
「…ええ。本当に素晴らしい方ですよね」
◇ ◇ ◇
数週間前。
『…意味がわからないわ』
オープンテラス席で可奈は呆然と呟いた。腕時計に目を遣る。
「トイレに行く」と席を立った男は、30分経っても戻ってこない。
『…いくら何でも長過ぎだわ。まさか…帰った?』
所詮、出会い系のマッチングアプリで今日会ったばかりの相手だ。
何か気に障ることでもあったのか、あるいは顔が好みではなかったのかもしれない。
――とはいえ、可奈は自他ともに認める美人である。
一目を惹く秀麗な顔立ち。染めていない黒髪は癖ひとつもなく、艶やかに揺れる。
強い眼差しを宿すくっきりした黒の瞳は、彼女の意志の強さを印象付ける最大の魅力だ。
幼い頃から続けてきた合気道で鍛えた身体は引き締まり、スタイルも抜群。
学生時代から“高嶺の花”と呼ばれてきたのも無理はない。だが美人にもかかわらず、可奈には恋人が一人もいなかった。
端から相手にされないと寄ってくる相手がいなかったのか。はたまた、可奈自身がそんな空気を纏っていたのか。
可奈に告白してくるような“勇気ある男”はこれまで本当に一人もいなかったのだ。
今年で25歳。
さすがに恋人が欲しいと思い、可奈は初めて出会い系アプリに登録した。
だが自慢の顔はあえて非公開にした。
数人の男たちとやり取りする中で、同じく顔を出していない一人の男性と頻繁にやり取りを交わすようになった。
その男の方から、直接会おうと誘われて、今日に至る。
会話で相手を不快にさせることを言った覚えはない。
“素”の自分は正直で、歯に衣着せぬ物言いをしがちだが、無神経なタイプではない、はず。
『…………』
空になったコーヒーカップの底を無言で見つめる。
『…帰ろ』
可奈は席から立ち上がり、会計を済ませて店を出ようとした。
『あっ、お客様! 先程は大変失礼しました!』
若い女性店員が駆け寄り、深く頭を下げた。
『いえ、本当に気にしないでください』
可奈は安心させる笑みを向けると、店員は胸を撫でおろした。
『ありがとうございます…。でも…その…お召し物を濡らしてしまって…』
言われて可奈は腕に引っ掛けていた赤いカーディガンを見る。
男が席を立って、この店員がテーブルの脚に躓き、倒れそうになったところを可奈が支えたのだ。
その際、店員が運んでいたコップの水がカーディガンに盛大にかかってしまった。
中に着ていたブラウスが濡れなかったのは幸いだった。
『大丈夫ですよ。この天気ですからすぐ乾きますし…それに、これ、私の好みではないんですよね』
可奈は思わず苦笑した。
この赤いカーディガンは、男が「デートには赤い服がいい」と指定してきたものだ。
普段の可奈は暖色系を好まず、こんな真っ赤な色の服は絶対に着ない。
渋々従って、せっかく着てきたのに肝心の相手は帰ってしまった。
――なら、この服を着る意味はもうない。
(……まさか、その相手がまた目の前に現れるとは、ね)
男はまるで初対面のような態度だった。
名を聞いただけでは、気づかなかった。
画家の紫雨は素性を隠して活動しており、彼から画家だとひと言も聞かされていなかった。
そういえば、可奈はこの男のことを何も知らない。
何度か通話はしたが、“紫雨”という名の通り、どこか掴みどころのない、神秘的な空気をまとった男だった。
だからこそ、男から会いたいと言われた時、可奈はむしろ驚いたほどだ。
(そんなことはもうどうでもいい……でも!)
“何も言わずに帰ったこと”だけは、どうしても問い詰めたい。
しかし今は仕事中。可奈は衝動を飲み込み、冷静な顔を取り繕った。
「可奈君、それでだ」
黒の革張りの椅子に腰掛けた室長が、隣に座る可奈へと話を切り出した。
「今回の依頼だけど、今日から7月末に開催される紫雨さんの個展までの期間、彼の一人警護を頼みたいんだ」
「…わかりました」
可奈はすぐに仕事モードへ入り、素直に頷いた。
「……それで私は、どのような相手から紫雨さんを護ればよろしいのでしょうか?」
「…“焔の密教会”をご存知ですか?」
ここで、今まで黙っていた紫雨が口を開いた。
一度会った時とはまるで違う、冷淡たる声だった。
だが不思議と、その声は彼の端正な顔立ちにしっくりと馴染んでいる。
可奈はマッチングアプリで見た紫雨のプロフィールを思い出す。
確か34歳。
明るめの髪色にゆるい癖のある髪。
色素の薄い茶色の瞳。
彫りの深い目元は東洋人らしさから遠ざかって見える一方、西洋人とも違う。
ハーフ、あるいはクオーターだろうか。
背は高く、Vネックのシャツ越しでも分かる鍛えられた体つきは、芸術家という印象とはかけ離れている。
今、目の前に座っている紫雨は、近寄りがたい冷たい気配を醸し出していた。
最初に会った時の頼りない印象はもうどこにもなかった。
――まるで別人だ。
――もっとも、それは仕事モードの可奈も同じだといえるが。
「…いえ、存じ上げません」
「焔摩天という神を崇拝している団体です」
「………」
可奈は理解が追い付かず、押し黙った。
「…簡略的に言うと、仏教で有名な閻魔大王のもう一つの姿とされる、冥府を司る神です。彼らは“徳を積めば死後の世界は安泰だ”などと言って、言葉巧みに信者を増やしています。まぁ、大規模ではない小さな団体ですがね」
「…なるほど。その団体が紫雨さんを狙っていると。……一体どんな関係なんですか?」
可奈は不躾ながら、紫雨に問いかけた。
「…少し前から『焔摩天の宗教画を描け』と焔の密教会から要求されていまして。ですが、私はそういったものとは一切関わり合いたくありませんから、何度も断っています。しかし相手は聞き耳を貸してくれない」
「確かに…そういう団体との関係は避けたいですね」
「はい。…世間的に知名度は低い分、余計に過激なことをしてくる可能性が高いんです」
紫雨は心底疲れた様子で、深くため息をついた。
「ああ…大きな団体だと警察の目もありますし、世間の目を浴びて動きづらいですからね。でも小規模なら表立たずに動けてしまう」
「ええ、その通りです。それで、この前は誘拐されそうになりまして…」
「………」
再び押し黙った可奈に、室長が口を挟んだ。
「…と言うことなんだよ、可奈君。確かな証拠がないからと警察は真剣取り合ってくれない。…まぁ、いろいろと事情があってね。で、紫雨さんは2週間後に大規模な個展を開く予定だ。今はその準備で忙しいが、相手はお構いなしだ。また同じような手段を取ってくる可能性は十分にある。だから、君に警護を任せたいんだ」
室長の口ぶりから“どうやら警察が頼れないから、ここに来た”ことが読み取れた。
「…話はわかりました。しかし室長、それなら他の者が適任ではないですか?」
可奈は護衛経験が豊富であるが、女性対象者を除き、直接対象者に張り付くタイプの要人警護は少ない。
周囲を見ながら人を配置し、進路を調整し、裏方として動くことが多かった。
“適任適所”という言葉通り、可奈は前に立つタイプではない。
可奈が冷静にそれを指摘すると、室長は頬を描いた。
「それがね……」
室長の煮えたぎらない物言いに、可奈は眉をひそめる。
「紫雨さんは、警護されているということを他人に気取られたくないんだよ」
依頼人が護衛人の“見た目”に注文をつけることは珍しくない。
俳優なら、自分より目立つ護衛を嫌がるし、政治家なら威圧感のある護衛を好む。
依頼人に合った人材を選ぶのも室長の仕事だ。
「だからね。個展までの数日間は可奈君、君に紫雨さんの私生活面込みの警護してほしいんだよ」
室長の言い方に、可奈の胸の奥がざわついた。
嫌な予感がする。
まるで可奈の反応を探るように、紫雨がそっと視線を注いだ。
「つまりは紫雨さんと“同居人“という形で護ってほしいんだ」
室長の一言に、可奈は絶句した。
◇ ◇ ◇
「…1つ聞いてもいいですか?」
「はい。なんですか」
紫雨が運転する車内で、助手席に乗った可奈が前方を見据えたまま切り出した。
「なんで初めて会った時、トイレに行ったきり戻らなかったんですか?」
「えっ!?」
紫雨はひどく動揺し、思わず急ブレーキを踏んだ。
「あぶなっ!!」
可奈は思わず声を上げる。
「す、すみません!!」
紫雨は慌てて車を路肩に寄せて停めた。
可奈が鋭く睨みつける。
「…一体なんなの?」
「し…室長さんが“可奈君”と貴方を呼んでいて…それに声も似ているから、もしかしてとは…思ったんですけど。まさか…あの“カナさん”だとは…」
「は?実際に会ったことあるのに、“私”だってわかんなかったってこと?」
「…はい」
可奈の気迫に押され、紫雨は消え入りそうな声で答えた。
あれほど冷淡に見えた紫雨が、今は小動物のように怯えて見える。
「実は…私…子供の頃から人の顔が認識できなくって…」
「……え?」
「一般的には『相貌失認』と言われるものなんですが……」
「………」
可奈は言葉を失った。
「トイレから戻ったら…急にカナさんの場所が分からなくなって…いなくなったんだと思って…」
紫雨は罰が悪そうに頬を掻く。
「カナさんがずっと不思議がっていた“服装の色を指定した”のは…それで、カナさんを認識できるように、なんです」
「あ…」
可奈は一つの事実に思い当たった。
紫雨が席を立ったあと、転びそうになった店員に水をかけられ、赤いカーディガンを脱いだこと。
割れた食器の片付けで席を移動させられたこと。
そして移動先は店内からは見えづらい 位置だったこと。
「ごめんなさい…それ、私のせいだわ」
「え?」
可奈は当時の状況を説明した。
「…そ、そうでしたか」
「好みの服装を指定されたんだと単純に思ってたけど、そんな理由があったのね。…知らずに怒って、ごめんなさい」
「いえ!私が言わなかったせいです。貴女には大変、不快な思いをさせました…すみません」
可奈の素直な謝罪に、紫雨も深々と頭を下げた。
「何度か、カナさんに連絡を取ろうとしたんですけど…」
「ムカついたから即ブロックしたのよ…」
「ああ…なるほど…」
重い沈黙が車内に流れる。
そうして、車は高級住宅街の一角にある紫雨の家の駐車スペースに滑り込んだ。
「…どうぞ」
紫雨に促されて、可奈は玄関を上がる。
世界的な画家のアトリエ兼自宅というだけあり、調度品はどれも美的センスに溢れていた。
「ふーん」
可奈は部屋を見回す。
警護するうえで間取りの把握は護衛人として当然だ。
一方の紫雨は、どこか落ち着かない。
「あ、お茶を入れますね」
耐えきれなくなったように、紫雨はキッチンへ向かった。
「…そんな気を遣わないでいいわ。私は“仕事”で来ているんだから」
可奈も後を追う。
「そ、そうなんですけど…」
冷たくあしらわれて、紫雨はしゅんと肩を落とした。
(……なんで、その反応なのよ)
可奈は“紫雨”という男がつかめない。
事務所で再会した時はあれほどクールだったのに、今は耳と尻尾を下げた大型犬のようだ。
「はぁ…わかったわ。じゃあ、お茶一杯もらう」
「はい!」
紫雨は一瞬で表情を明るくする。
今度は尻尾を全力で振っている大型犬のように見えた。
(本当に…よくわかんない人)
◇ ◇ ◇
紫雨が初めて“カナ”と通話した日のこと。
『カナです。よろしく』
その声を聞いた第一印象は、『飾りっ気のない女性』だった。
『そのアーティストは全く興味ないわ』
何度か通話でやり取りをするうちに、カナは“率直に思ったことを言う人”だと分かった。
自我が強い、協調性がない、と捉える人もいるだろう。
だが紫雨には、そんな彼女がひどく心地よかった。
相貌失認の紫雨は、相手の顔の表情が読むことができない。
紫雨から見える人の顔とはとても曖昧で、まるで“のっぺらぼう”のようだった。
だから相手が何を考えているのか分からない。
――幼い紫雨にとって、それは恐怖だった。
だからこそ、次第に“声”で感情を読むようになった。
声の質は多少なりとも感情に左右されて、時には表情よりも雄弁に心を語る。
普通の人でも、長く一緒に過ごすことで、声を聞いただけで相手の細やかな心の変化に気づくこともある。
だが紫雨は、“どれだけ一緒に過ごしたか”とは無関係にーー
たった一声で、その人の感情を読み取れるようになっていた。
それは欠損した部分を別の感覚で補うようにして、自然と開花した紫雨の“能力”だったのかもしれない。
けれど、その能力には厄介な面もあった。
笑っていても、声音が笑っていない。
楽しそうに話していても、声音はどこか沈んでいる。
紫雨はそんな“声の矛盾”に、誰よりも敏感になってしまったのだ。
人は、自分の本心を隠すために、矛盾した行動や声音を使う。
社会には、自分を偽る人間が多い。
紫雨にとって、そんな噓に満ちた世界は、とても生きづらい場所だった。
やがて声だけで相手の嘘が分かるようになった紫雨は、ますます世間から距離を置くようになっていた。
そんな中で、カナだけは違っていた。
彼女は“真っ直ぐな声”を持つ人だった。
『カナさんは「紫雨」って画家、知ってますか?』
『そうね、名前だけなら聞いたことはあるかしら』
『……そうですか』
『その人がどうかした?』
『私と名前が同じで…ニュースでもよく見るので、どう思ってるのかなって』
『仕事以外の話題には興味ないのよね』
『…そうですか』
カナはいつものように素直に答える。
彼女が、一般的に知られている“画家・紫雨”について、どう思っているのか知りたかった。
しかしあまりにも淡白な反応に、さすがに少し凹んだ。
『……そういえば、「紫雨」って画家だけど…』
ある日、カナの方からその話題が出た。
『ネットで見たけど抽象画ばかりよね。人物画は全然ないし』
『…そうですね』
『でも、“人の気に触れる鬼才”って言われるのは、分かる気がするわ』
『どこがですか?』
『そうね…人の心に届く“温かみのある絵”って感じかしら。…何を描いてるのか全くわからないけど…そう感じるの。不思議よね』
その言葉に、紫雨は本気で彼女に会いたくなった。
◇ ◇ ◇
「…で、どうするの?」
可奈の声に、紫雨は我に返った。
「……え?」
急に、現実へ引き戻される。恋焦がれた人が目の前にいる。
嬉しいと思う反面、彼女の表情が読めないことに、胸が苦しくなった。
「だ・か・ら、明日よ。どこか行く予定はあるの?」
紫雨が上の空で返事をするので、可奈は不満げだ。
「あっ…そうですね、画材を買おうかと!」
「そう。わかったわ」
可奈は椅子から立ち上がる。
「紫雨の部屋はどこ?その隣の部屋を使わせてもらうわ」
「はい!ええっと…」
“可奈と一つ屋根の下”それだけで紫雨の沈んでいた気持ちは一気に晴れた。
部屋に案内し、可奈に用意していた寝具を手渡す。
「何かあったらすぐ言って。じゃあ、おやすみ」
可奈は素っ気なくそう言って、部屋に入っていった。
もっと話かったのにーー紫雨はがっくりと肩を落とした。
(どうして……彼の前だけは素の自分でいられるかしら)
可奈は後ろ手でドアを閉め、その背に寄りかかった。
自分でも驚くほど、胸の奥がざわついている。
職場でも、家族の前でさえ本音を隠して生きてきたのに…紫雨の前では、どうしても飾れない。
気づけば、素のままの自分で話してしまっている。
紫雨と出会ってから生まれた、この不思議な感覚。
その理由がなんなのか分からない。でも、嫌ではない。むしろ心地よい。
――これは…一体、何なんだろう。
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