茜空

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Prologue

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黄昏時、まだ空は紅い。
窓から眺めるのは見慣れた景色だ。
紅い夕陽を見ると、僕はいつも“あの日”の事を思い出す。

……

あれは15年前。学校や仕事帰りの人達で賑わう街を通り過ぎ、辿り着いたのは幼い頃家族でよく出かけた公園。談笑をする主婦達やボール遊びをする子ども達とは逆方向。幼い頃よりずっと低く見える草木を踏み分け、立ち入り禁止の柵を乗り越え、重い足取りで辿り着いたのは千紫万紅の花畑。しかし僕は花には目もくれず真っ直ぐに歩いた。柵の向こう、その先にはあるのは崖のみ。つまり僕、橘瑞樹(たちばなみずき)はここで自分のつまらない生涯に終止符を打とうとしていた。そう、一人の少女と出会うまでは。

……

こんなところに人などいるはずの無いのに、柵の向こうに彼女は居た。綺麗な茶色の瞳と、対照的な漆黒の髪が印象的だった。
「何してるの、危ないよ」
と咄嗟に僕は声をかけていた。今になってみれば何でそんな事をしたのかわからない。当時の僕は人に興味がなかったのだ。ましてや自分に関係のない人間だ、どこで誰が何をしていても全く自分には関係ないとさえ思っていた。でも、人間と言うのは単純なもので、今にも消えそうな少女を前にした高校生の少年は気付けば少女に声をかけていた。彼女は驚いた様子だった。そして暫しの静寂の後、彼女は振り向きその大きな瞳に僕を映して…にっこりと笑った。

「君も、死にに来たの?」

突拍子も無いセリフだった。けれどその笑顔があまりに綺麗で、儚くて。思わず見惚れてしまった。少し経って我に返り、いや、その、と言葉に詰まる僕を見た君は、今度は天真爛漫な明るい笑顔を見せた。
「冗談だよ。私はここで景色を眺めていたの。…ねぇ、君は死ぬの?」
見透かされて、言葉が詰まった。何も言えずに俯いていると、彼女は察した様子で
「だったら死ぬ前に私に付き合ってよ」
と言った。頭に疑問符が沢山浮かんだし、実際に声にも出ていたと思う。が、今思えばこれが僕のつまらない人生を変えた日だった。所謂ターニングポイントってやつで、忘れられない日で、何度願っても戻れない日々の始まりで。僕は今でもずっと、彼女との思い出を反芻して生きている。旧い想い出に浸りながらゆらゆらと椅子に揺られる僕に声をかける一人の少女。
「お父さん~、遊ぼう~!」
そう、彼女ではない。可愛い僕の娘だ。「お父さんあのね、私、またあのお話聞きたい!」無邪気に笑う娘。いいよ、おいで。と娘を膝にのせ、優しく頭を撫でる。「これはね、お父さんが昔出会った、とても素敵な女の子のお話なんだ。」そう、これは僕を変えた少女、花園綾(はなぞのあや)と、僕の、ありふれた想い出話だ。
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