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第13章 受け継ぐもの

第148話 宇宙(そら)へ

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 衛星が地表に近づくにつれ、その光度は明るくなり楕円の姿形が肉眼でも分かるようになってきた。その不吉な星を見上げ、王都に集結している兵士達も不安がる。

 その王都の城壁の外、戦場となった一角にはテントが張られ、昼夜を問わず宇宙へ出るための準備が眷属の里の者達によって行われている。
 落下したフライボードのコックピットを改造して、小さな宇宙船を造る。動力は無く、浮かび上がる反重力装置と宇宙へ飛び出すためのブースターを取り付けている。

「いよいよ、明日出発するよ。工場長、フライボードの改造、ありがとう」
「これなら宇宙とかいう、空の世界へちゃんと飛んで行けますぞ」
「食料も水も積み込んでいます。何日かかるか知りませんが、リビティナ様ならあの落ちて来る星を何とかしてくれますよね」
「ああ、任せてくれ。君達はボクが必ず守るからね」

 そう言って明るく笑顔で応える。
 でも、目の前に集まってくれた里のみんなから涙が零れた。この計画は片道切符で明日、この地上を飛び立てば二度と帰って来れない。
 里のみんなはそれを知った上で、リビティナの希望を叶えるため今まで準備に邁進してくれた。

「リビティナ様。俺も……俺も 一緒に連れていって下さい」
「それはできないよ、ネイトス」
「俺は……まだ、リビティナ様に恩を返していない……。いや、俺はあなたと一緒にいつまでもいたいんですよ……」
「ネイトスは今までボクのために尽くしてくれた。君との出会いはボクにとって大切な宝物なんだ。そんな君を死なせるわけにはいかないよ……今まで本当にありがとう」

 むせび泣くネイトスの肩を優しく抱く。

「リビティナ様。これは我が家に伝わるヒスイの首飾り。どうぞお持ちになってください」
「ありがとう、エリーシア。ボクがいなくなっても、他国をまとめてくれるかい」
「あの、リビティナ様。これ私が作ったガラスの笛なんです。空の上で鳴らしてみてください」
「ありがとう、ティーア。君達職人のお陰で宇宙へ行けるんだ。感謝しているよ」
「リビティナ様。俺、何も無いですけどルルーチアとお祈りしています」
「フィフィロ、ありがとう。これからは君が里のみんなを守ってくれ。それと最初の人族となったククルをしっかりと育ててくれよ」
「はい。リビティナ様のように勇気のある立派な人間に育てて見せます」

 ウィッチアやエルフィもリビティナとの別れを惜しんで、ここに来てくれている。

「あんたがいなくなっても寂しくないわよ。でもちゃんと空の上で生きて元気にしてなさいよ……帰りを待っているからね」

 いつも強気のウィッチアの目にも涙があふれていた。首に着けているチョーカーとお揃いの赤い宝石がはめ込まれたブレスレットをもらう。

「あたしは寂しいわよ、リビティナ。女王様に言ってあなたを迎えに行く魔道具を作ってもらうからね」

 お守りだと言って、妖精族に伝わる小さな緑の宝石があしらわれた細かな細工の指輪をもらった。
 他にもリビティナと別れを告げる眷属達に声を掛けて回る。

「さあ、明日の朝早くにボクは出発するよ。その時はみんな笑顔で見送ってくれるかい」
「はい、リビティナ様」

 最後に見るのは笑顔のほうがいいからね。


 出発の朝。

「それじゃ、族長。よろしく頼むよ」

 フライボードのコックピット部は空気中を安定して飛行するため、翼を付けて小さな宇宙シャトルのような形になっている。三ヶ所のフックには鉄の鎖が取り付けられ、ドラゴン達の足首につながっている。

「魔王よ。またお前の恩を受ける事になるな。ワシらドラゴン族だけでなくこの大陸中の者達もじゃ」
「気にすることないよ。君達が居なければ、空の上に上がる事もできないんだからね」
「そうじゃな。まずはこれを成功させねばなるまい」

 ここには国王や大将軍も来ていて、一緒に戦った兵士達が大勢見送りに来てくれている。その中心にいる里の眷属達、一人ひとりに握手をし最後の別れを告げる。

「リビティナ様。必ず成功すると信じております」
「リビティナ様。お体をお大事に」
「リビティナ様……リビティナ様……」
「ネイトス、まだ泣いているのかい。さあ、顔を上げてくれよ」

 ネイトスはやっと顔を上げてくれて、泣き笑いの表情でリビティナを見つめる。

「俺は……いや俺達はこのご恩を忘れる事はありません。この先何十年、何百年経とうとも必ずリビティナ様を迎えに行きます。それまでお元気で」
「ああ、楽しみにして待っているよ」

 そのためにもあの衛星に辿りつき、地上に落下させないようにしなくちゃね。

「それじゃ、行って来るよ」

 手を振り別れを惜しむ眷属達に見送られてシャトルに乗り込む。小さなシャトルは反重力装置で浮上し、三頭のドラゴンに引っ張られて朝日の方向に向かって飛び立つ。もう王都の町も小さくなって、人の姿も見分けがつかなくなってしまった。

 空高くの雲を越え空気が薄くなった中、ドラゴン達は全速力でシャトルを引っ張っていく。地表が丸みを帯び、空の色が薄くなってきた頃。

『そろそろ限界のようじゃな』
『ありがとう、族長』
『小さくも美しく偉大な魔王よ。元気でな』

 機体のフックを外して、鎖を切り離す。機体後方に取り付けられた六本のブースターに火を入れ一気に加速する。小さなシャトルは白い煙をなびかせて成層圏を飛び続けた。その様子は地上からも見えていることだろう。
 ブースターの燃焼が終了する頃には惑星の青い大気層が分かる位置まで上昇していた。

 地上から百キロの宇宙空間に突入する。操作パネルを見ると第一宇宙速度を越えて予定の速度になっているようだね。まずは成功かな。これからは楕円軌道を飛びながらアンカー衛星とのランデブーポイントへと向かう。

 フライボード本体から移設したスラスターも、小さなコックピットだけのこの機体ならエンジン並みの推力が出せる。コンピューター制御でスラスターを操作して軌道修正を行ないながら、飛行を続ける。

「宇宙空間でも反重力装置は機能してくれているみたいだね」

 職人達が取り付けてくれた反重力装置を宇宙では推進力として使う。これならより早くアンカー衛星と遭遇できそうだ。


「あれがアンカー衛星か」

 窓の外には、ひときわ明るい星が見えてきた。
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