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第4部 魔王と勇者、家族のために戦う

第6話 魔王と勇者、妹を助ける

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 俺は小声で呪文を唱えながらひかりと木島先生に向かって走った。
 木島先生は動揺した声を上げた。

「何を!? この子がどうなってもいいの!?」

 どうにもならないさ。
 俺は木島先生の顔面に向けて魔法を発動した。

「『ライティング』!」

 使ったのは攻撃魔法じゃない。
 そんなものを使ったら、ひかりまで傷つけかねない。
 ただの明かりの魔法。
 蛍光灯や白熱電球程度の光を放つだけの魔法だ。

 それでも、顔面に直接当ててやれば目くらまし程度にはなる。
 薄暗いこの部屋にずっといたならなおさらだ。
 案の定、木島先生はよろけ、それでもなお俺を睨んでナイフを構える。

「魔王がっ!」

……つまり、ひかりの首筋からはナイフを離したということだ。
 俺は木島先生に全力で体当たりしてやった。

「くっ」

 木島先生はうめいてヨタヨタと倒れそうになった。
 ナイフは俺の体のどこにも刺さっていない。
 それどころか、地面に落ちて転がった。

「先生、ごめんなっ!」

 俺は木島先生の膝の裏を蹴飛ばした。
 小学生の力でも、木島先生を転がすには十分だった。
 想像通りだ。木島先生もマリオネアも格闘技なんて知らないのだろう。
 人質さえいなければ、俺に負ける要素はない。
 地面に倒れた木島先生を押さえつけながら叫んだ。

「勇美! ナイフを回収しろ! ひかりのロープを切ってやれ!!」

 が、勇美は動かない。
 なにやらブツブツと悔恨だかなんだかをつぶやいている様子だ。
 本当に、この娘はっ!!

「勇美、考えるのはあとだ! ひかりを助けることだけに集中しろ」

 その言葉に、勇美は『はっ』という表情で顔を上げた。
 そして、ナイフを手に拾って、椅子に縛られたひかりの元へと駆けつけた。

 一方、地面に押さえつけられた木島先生は、憎々しげに俺に言った。

「妹の命なんてどうでもいいって言うの? さすが魔王ね」
「あんたはひかりを刺したりしないと分っていたからな」
「どうしてそう思ったのよ?」
「あんた、子どもが好きだろ?」
「……何を!?」
「エレオナールだけじゃない。半年も担任をしてもらえばわかるさ。あんたはクラスの皆のことを心から好きだった。やさしかった。それは演技なんかじゃない。そんなあんたがひかりを傷つけるなんてするわけがない」
「ずいぶん甘っちょろいことを言うのね!」

 たしかにな。
 以前の――魔王時代の俺ならこんなふうに考えなかったかもしれないな。
 この世界に来て、知らず知らずのうちに俺も平和ボケしたのかもしれない。

「実際、あんたはひかりを傷つけなかったじゃないか」
「そうね……勇者と魔王に復讐するために神様に転生させてもらったのに……やっぱり私は鬼にはなれなかったか」

 木島先生はそう言うと涙を流した。

「くやしいわ。でも、不思議ね。それ以上にホッとしているの」

 そう言った彼女の口調は、いつものやさしい木島先生だった。

「自分がひかりちゃんを傷つけることにならなくて良かったって気持ちの方が大きい」
「そうだろうさ。それが普通だよ」

 魔王時代の俺は、必要があれば敵を殺すことに躊躇なんてなかった。
 もちろん、それは臣民を護るためという大義名分があったからだが。

 しかし。
 この半年平和な場所で小学生をやってみてわかった。

 人を平気で殺せるのは『普通』じゃないのだ。
 身を守るため、家族を護るために戦うのは間違いじゃない。
 でも、今の俺はひかりを助けるために木島先生を殺すなんてできない。
 攻撃魔法を使わなかったのはひかりのためだけじゃない。

「これで解決か」

 勇美が俺の背後で言った。
 振り返ると、勇美はすでにひかりを縛ったロープを切って、やさしく妹を抱きかかえていた。

「ひかりはどうだ?」

 俺は勇美に尋ねたのだが、その前に木島先生が答えてくれた。

「大丈夫、ひかりちゃんは眠っているだけよ。たぶん、目が覚めても浚われたという記憶すらないわ」
「そうか」

 肉体だけでなく、心も傷ついてないか。
 それならばいい。

 俺は木島先生の上からどいた。

「どういうつもり?」
「どういうもこういうも、俺たちはひかりを助けに来ただけだから」

 その言葉に、木島先生は驚いた顔を浮かべた。

「私を許してくれるの?」
「ひかりは無事だったしな。警察に自首するなら別に止めはしないが」

 勇美が呆れたように言った。

「魔王殿はずいぶんと甘ちゃんになったものだな」
「そうはいうが、俺たちは警察じゃないから逮捕なんてできないだろ。だからって殺したらまずいし。それにさ……木島先生になにかあると、そらたちが悲しむだろ?」

 木島先生は「ふふ……」と笑う。その顔には、すでに敵意は見受けられなかった。

「本当に、やさしいを通り越して甘ったれね。魔王とは思えない」
「魔王じゃなくて小学生だからな」
「なるほどね……なら、担任教師として小学生に社会の授業をしてあげるわ」
「へー、なんだ?」
「この国の法律だとね、現行犯は警察じゃなくても逮捕権があるのよ」

 それは、知らんかった。
 俺は苦笑した。

「勉強になったよ。ありがとな、先生」

 それから、俺はたずねた。

「ついでにあといくつか教えてもらえるか?」
「何かしら?」
「先生を転生させた神様っていうのは、創造神ゼカルか?」
「ええ」
「先生も、向こうの世界で死んだのか?」
「そうよ。エレオナールが戻らなくて、マリオネアはパニックになって、村の近くの崖へ身を投げたの。そしたら、白い世界で創造神ゼカルが現れて教えてくれた。勇者と魔王が平和な世界で第二の人生を楽しく送っているって。それを聞いたらなんだか無性に悔しくなってね……ゼカルは私のそんな気持ちを知ったのでしょうね。あなたたちの担任教師に転生させてやるって言われたわ。あとは自由にしろとも」

 あの創造神はっ!
 またしても俺たちはヤツの手の平の上で遊ばれたということか。
 うん? ということは……

「先生がこの世界に転生したのは何月のこと?」
「たしか、1月だったわね」

 つまり、それまでは俺たちの担任は本物の木島先生だったということか。

「本物の木島先生はどうなったんだ? やっぱり死んだのか?」
「いいえ。そっか、あなたたちの体の持ち主は亡くなったのね。そういえば9月に交通事故で入院したって聞いたわね。その時か」
「ああ、そういうことだ。先生の場合は違うのか?」
「そうね、少し難しいんだけど……私は本物の木島晴でもあるの」

 それまで黙って聞いていた勇美が「どういうことだ?」と口を挟んだ。
 たしかに意味が分りにくいが……

「……ひょっとして、木島先生とマリオネア両方の記憶がある?」
「ええ。ついでに言えば、人格も2人のそれが統合されている」

 なんとも想像しにくいな。

「木島先生の人格も、ひかりを誘拐することに賛成したのか?」
「そうね……難しいところだけど……いいわ。教えてあげる。木島先生にも小学生の娘がいたの」

 木島先生はそう言って、語り出した。
 木島晴とマリオネア。2人の母親の物語を。
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